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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
155/422

41 闇の中を駆ける光

 応接間から廊下へ飛び出した“獣”。

 見渡すと闇がさらに色濃くなっていた。陽の光を遮るために窓と壁の仕掛けが動き、燭台の火は消されている。高価そうな厚い生地のカーテンを開けても無駄だ。

 さらに空間に満ちる“香”の匂いが強まっているように思えた。だがそれでも颯汰は一切の迷いを見せずに走り始めていた。女領主の匂いを覚えた訳ではない。断じて違う。全力疾走で“偽りの王”は暗闇を駆けていく。屋敷の奥の方へと向かい、曲がり角に差し掛かり――、


「うぉらぁッ!!」

『――ッ!!』


瞬間、闇の中で剛槍の閃きが身を掠める。

 暗がりに突如出現した命を狙う一撃。

 だが颯汰は、横から突き刺す突撃槍(ランス)くぐり正面の壁に走った勢いのまま手で触れ、爆ぜる手甲の炎で押し出して加速する。


 止まる道理はない。


 奇襲をあっさりかわされた魔人族メイジスの戦士。暗闇に慣らした目で敵を追うが、まさに電光石火――ジグザグと壁から壁へと移られ翻弄ほんろうされ、


「避け――ぶえっ!?」


右に行った標的が蒼い炎を奔らせながら、次の瞬間には左の壁を蹴って上昇し、男の顔を踏み越していく。『避けるな』とでも言いたかったのだろうか。廊下は決して狭くはないがこの暗がりで場違いなほどに重装備なのはひとえに“迅雷の魔王”を討った『新たな魔王』を恐れていたからに違いない。ただ兜だけは視界が悪すぎるために着けていなかった。そのせいで顔面に重たいストピングを食らう破目になったのだ。

 そうして後ろにいる仲間の兵たち四人をも飛び越えた颯汰は着地と同時に無影迅ファントム・シフトを使う。

 精霊たる恩師からぶっ叩き込まれた縮地の走法で一気に――影すら呑み込まれた闇の中へ溶けてゆく。

 追おうとしたが異質な銀の光がすぐ遠ざかるのが見え、似たような武装をした兵の一人が後方にいるはずの姿が見えぬ仲間へと叫ぶ。


「そっちへ行ったぞぉおおお!!」


その怒号を背後から受けたが、無論颯汰の足は止まらない。その先に何が待ち受けようとも――。

 次は剣と盾を携えた戦士たちが吠えた。数は五人ほどだろうか……暗がりで顔はよく見えない。


「ぶっ殺す!」

「しゃああああッ!!」


 一人一人相手してはいられない。


『シッ――!』


「おわ!?」「うぉおッ!?」


「ぐわぁあああ!!」


踏み込んだ左脚に力を込め、右へ跳梁する勢いで左爪を振るう。蒼い光を帯びた衝撃が襲う。強烈な五本の煌めきが盾ごと相手を、壁に向かって吹き飛ばす。対魔物用の金属製シールドに抉るような傷が付き、他の兵を巻き込んで絨毯の上に倒れ込んだ。


「ぐ、うっ……ぅう……」


苦し気なうめき声を無視し、颯汰は走り抜ける。


『あの女、どこだ……』


気配を追って直進し、階段を駆け上がり、中段に差し掛かった時点で敏感に殺気を感じ取って顔が上方の進行先へと向いた。


「――死ねぇ!」


『ッ!』 


中段の踊り場への襲撃を最小限の動きで回避すると同時に、左腕から放出された瘴気――『黒獄の顎(ガルム・ファング)』が革の鎧の首辺りを後ろから強引に掴む。

 身体が浮きあがり、思わず持っていた剣を落とした男。必死にその噛みついた謎の物体を引き剥がそうと躍起となっていたが、


「ちょ! 止め――」


颯汰が右足で強く押すように男を踏んで、そのまま階段の下へ落とす。悲鳴を上げながらゴロゴロと転がった男を最後まで見届ける道理もなく、追撃をせずに上の階へと進んでいった。

 さらに上の階にいた雪の民であろう犬耳の戦士が振り回す剣を一度二度と避け、僅かな隙に顎に目掛けて右手で横から捻じ込む。脳震盪のうしんとうを起こした敵を容赦なく掴み、またもや階段から転がすように蹴り落とした。


『どこだ……』


耳朶を越えて反響する声音は怨霊を思わせる。実際にこの“魔王”と相対した兵たちにとっては実害がある分厄介であった事だろう。

 階段の先は右と左に分かれていた。こっちだ、と静かに呟いては相も変わらず暗い廊下をひた走り始める。

 そしてすぐに進む先から声がしたのだ。


「行くぞ野郎どもォ! 気合を入れろォ!!」

「「おうッ!!」」

「魔物の捕獲作戦の時ん事を思い出せェ!! あれよりやばい相手だぞゥ!?」

「「おうッ!!」」


純白の盾が横に並ぶ。

 通常の運用するものとは異なりかなり大型だ。使用者の身を隠すほどに高く重量もあり、鋼と樫の木を合わせたこの大楯は、簡単に貫けないほど堅く。重すぎて床に置くしかない。この大きな楯で並び、道を遮ろうとする魂胆だろう。大の大人が六人がびっしりと並び、その後ろを一人ずつ押さえる。そうなればこれはもはや“壁”と呼んでも差し支えないほどに強固なものとなる。

 これを何千人規模で、新種の暴れる魔牛の群れ相手にやった事もあった。さすがに室内であるから人数も少なく、弓矢のよる曲射も使えないが、足を止める事に意味がある。――女領主に命じられたのもあるが、敵を足止めすれば味方も合流する。基本的に戦いにおいて数が多い方が有利だ。


「来たぞォ!!」

「「おうッ!!」」


魔人族メイジス特有の技術である疑似魔法――彼の赤い瞳は闇夜であっても対象をしっかりと捉える事が可能なのだろう。また盾と盾の間は隙間もないが、正面からは全身がほぼ黒に染まっている颯汰の位置を正確に把握していた。

 雄々しい号令により楯を掴む手と足に力が入る。歯を食いしばり衝撃に備えた。後ろで待機しているリーダーは持った剣の柄を握り直していた。

 ターゲットである“魔王”を全力で受け止め、動きを止めたところを囲って袋叩きにする――シンプルであるが自由が利かぬ暗闇の通路では慣れぬ相手の方が不利。

 魔王は勇者でしか殺せぬなどは作り話であり、どんな生物も死ぬまで叩けば殺せると断じていた彼らであったが――。

 兵士は盾に空いた覗き窓から、敵の姿を肉眼ではっきりと認識できた。

 緊張が奔る。

 不安と高揚が入り混じり、汗が滲む。

 衝撃に備えさらにしっかりと構えた。

 歯を食いしばり、不自然に揺らめく炎と目が合ったように思えた。凍えるほど蒼く冷たい色をした瞳は戦士としての直感が危険だと警鐘を鳴らす。しかし、もう逃げる訳にもいかない彼らは呑み込まれる前に叫ぶ。力の限り叫んで迎え撃つ。正面からぶつかり合い、動きを止めた瞬間を狙う。

 迫りくる魔王も跳躍し飛び蹴りの態勢を取る。

 腕部の装甲が展開し、巻き上がる蒼い炎の推進力を活かして楯に衝突した。


「ぐっ……!」


衝撃はあった。だが想定よりもかなり弱い。

 眼前の敵を過大評価しすぎたか、と一瞬の楽観がすぐに驚きへと変わる。

 颯汰は楯で押し返されるよりも早く態勢を変え、両手の先にある鋭い爪を無理矢理引っ掛け、垂直から僅かに斜めになった楯を、斜面の道として駆け登ったのだ。最初の一撃も突き破ろうとするものではない。掴んだ腕の力で己の身体を持ち上げ、すぐさま左腕を天井に向けて叫ぶ。


『――ファング! 行けッ!』


仄暗い闇に溶け込むような黒煙は実体化し、天井に牙を突き立てると、普段は対象を引っ張るという役割を担う事が多い『黒獄の顎』が逆に颯汰を天井へと引き寄せた。

 兵士が呆気に取られた瞬間に、颯汰の蒼炎が再び爆ぜる。


『うおぉッ!!』


短いが力強い声と共に、止まることもなくジェット噴射で加速をし、すぐさまこの部隊の指揮を執るのが魔人族メイジスだと判断すると――その首に目掛けて飛び掛かった。


「――ッぉ!?」


斜め上の空中から飛び込んできた左手を、回避も防御もできない。その左手が戦士の首をがっしりと掴み、絨毯の地面を擦りながら三ムート(約三メートル)ほどだけ引きずって手を離す。

 痛みに苦し気な声を漏らす敵を置いていき、気配を辿たどっていった。


 矢を避けては射手を次々と殴り伏せさせ、張り巡らされた特殊な繊維のワイヤーを掻い潜り……あるいは奪った剣で切り裂きながら進んでいき、遂に一つの部屋の前の廊下で颯汰は足を止めた。

 そこだけ窓が開け放たれていて、カーテンが風に揺れる。中天に座した陽の光が眩しく、暗い場所からそこへ歩む一つの影があった。


「そこで停止だ。邪悪なる魔王よ」


『…………退け』


若い声。男は扉の前で立ちはだかる。颯汰は女領主がその先に行ったと本能で勘付いている。

 男は独特な左手で顔の右部分を隠す謎のポージングをして不敵に笑う。おそらく格好いいと思ってやっているのだろう。他の戦士たちと異なり鎧を着けず、だが軽装とも呼べぬ――所々貴族風の象意――黒地で袖には金の刺繍が施されていた。

 頭に角があり下向きであり、彼が竜魔族ドラクルードの貴族であることは一目瞭然である。


「誇り高き竜魔族ドラクルードにして貴族である私が、君を煉獄へ導いて進ぜよ――」

『邪魔ッ!!』


会話するだけ無駄だと刹那に断じ、戦う前に先手を打った。例の如く『黒獄の顎』を使う。

 しかし此度は掴むのではなく、長い鞭の様に振るったのだ。


「ごふっ!!」


身体に丸太で横から殴られたような衝撃を受け、竜魔の若い貴族は窓の外へ落ちていった。

 先ほどまでの凛々しい声から打って変わって素の感情を丸出しの悲鳴がどんどん小さくなっていった。三階から落とされれば大怪我では済まない。颯汰も若干「やってしまった」という表情で窓の外から覗き見ると、


「――痛たたた……! うぅ、何たる非道! ハッ! おい!! まだこちらは名乗りもしていないというのに攻撃とは何事か! 無粋な真似を! 騎士道を知らぬ田舎者め!! ――ってうわぁ!?」


庭の木の茂みと枝のおかげで石畳に叩きつけられずに済んだようである。そこへ見下ろす颯汰と目が合うと立ち上がり、噛みつかんばかりに吠えると足元の枝が折れ、そこから次は灌木の上で大の字で寝転がる羽目となったのだ。


『……頑丈そうだな』


男と問答などするつもりもないため、すぐに窓から離れては扉の前へ立った。騎士道など知った事ではなく、事態は一刻も争う状況で相手が構えるまで待つのは非常に馬鹿らしい。


『で、……ここか』


両開きの大扉があるが別段他の階層にあるものと違いは見受けられない。

 躊躇ためらいもなく右足で蹴って扉を開いた。


『…………誰も、いない? 馬鹿な――』


 言いようのない直感――あるいは気配と呼ぶべきものが部屋の中で途絶えていた。もしや自分が追っていたモノはただの思い過ごしなのではないか。無駄足だったのではと背筋から冷える感覚に、焦りが冷や汗を生もうとしていた。


『――……?』


部屋の中は整っていて小綺麗な印象があった。

 ごちゃごちゃとした金持ち趣味の華美な飾りがある訳ではなく、アナの若い頃を描いた絵がなく、一点だけ美しい風景画が置いてあるくらいだ。

 暖炉もあり、ソファも丸いテーブルもきっと一級品であることには違いないだろうがやけにシンプルに感じる。違和感があるのは、部屋に入って真っすぐの地点にある本棚。

 何故か本が三冊床に落ちている。

 変だなと思いつつ妙に色が派手な――他のカバーは茶色や深緑など落ち着いた色合いの中で明るいオレンジの表紙のものを拾い上げる。

 なんとなしにページを捲るがどれも白紙。

 そこでふと、開いた本棚に目を向ける。本が落ちている地点の丁度上にそれぞれ一冊分が空いたスペースが目についた。


 ――いや、まさかな……


そう心の中で呟きながら、単純に本棚から落ちていたであろう本を、不自然に開いている箇所に押し込むと――ガチャリと何か鍵が開いたような音がしたと思った瞬間、


『!』


暖炉のある壁が動き出した。ゴゴゴゴゴと大きな石臼を擦るような音を奏で忍者屋敷の要領で暖炉付近が壁ごと回転し、隣の部屋が見えた。


『確か隣の部屋への扉なんてなかった……つまり――!』


隠し部屋の類いだろう。独り言の通りこの部屋に入る扉は存在しない。気配を追って暖炉が回り切る前に部屋に侵入する。隠し部屋には家具が一切ないが、廊下と同じくカーテンが閉じ、奥にもう一つ暖炉が見えるだけ。


 ――ただの行き止まりのはずがない……ん? カーテン……?


 隠し部屋でその存在の秘匿性を消すであろう窓があるはずがない。怪しく思い、思いきり幕を開けるとそこには……――。


『いやおかしいでしょこれは』


 そこにあったのは壁に指し込まれた機械装置。所謂いわゆる手回しハンドルであった。

 変だよ……と思いつつもハンドルを右手で握りグルグルと回し出すと、さっそく部屋に反応があった。この部屋の奥にあった暖炉から先ほどと似たような音が聞こえる。


『隠し階段!』


煤塗れの黒と薪と灰で偽装しているが、屈んで進める隠し通路の先が石のスライド式ドアで閉じていたのをハンドルで開いた形となる。よく耳を澄ますと徐々に閉まっているのがわかり、颯汰は慌てて抜けていき階段を下って行った。


 ――それにしてもなんでこんな仕掛け……? もしかしてお金持ちの家ってみんなこんな感じなのかな……


賊の襲撃に対する緊急脱出経路なのは理解できるが、ここまで不可解で面倒な面白ギミックを用意するだろうか。


 ――いや、外国では庭園で迷路を造る人だっているんだ。これくらいは普通なのかも……?


横幅に余裕のある螺旋階段を下りながら、どうでもいい考えを振り切り、隠し通路は続く。

 地上より高い屋敷の上階から遠く。

 地面よりも下の血に飢えた者の領域へ――。

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