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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
153/423

39 謀略

 コックムは旧アンバード領内南部では比較的大きな都市である。

 領民は魔人族メイジスが多く、次いで獣刃族ベルヴァワーの民。奴隷として買われた人族やエルフもいるらしいが、鬼人族オーグは一人もいない。

 余所者が訪れない理由としては竜魔の貴族たちが、領民以外の者が足を踏み入れるのを好ましく思っていなかっただけではない。アンバードの南端に位置するこの場所が危険(、、)であるからだ。

 版図拡大に燃えるマルテ王国との小競り合いと、暗黒大陸と名高い『カエシウルム大陸』からいつ魔物がやって来るかわからないのである。

 魔物は脅威の度数も種類もてんでバラバラである。数人がかりで倒せるくらいの時もあれば、一個師団レベルの戦力を投入しても倒しきれない場合だってあった。

 およそ二十年前の“成体”とされる鉄蜘蛛の襲撃により壊滅的な被害を受け、コックムの南部は未だ時間が止まったように二十年過ぎてもまだ癒えぬ――“災禍”の傷痕を残したまま、瓦礫の上に砂礫が溜った廃墟がある。その鉄蜘蛛は颯汰たちが相対したもののおよそ十倍近い体躯を持つ大型機動兵器。壁を壊しヒトと街を蹂躙しかけたが、魔人族の傭兵部隊の陽動により犠牲は最小限に留まったという。 

 そんな、命を差し出す危険と隣り合わせが常というこの都市の内でも今もまた、命のりあいが始まろうとしていた――。


 屋敷内の暗く妖しい空気に混じる“香”の匂いと、月の柔らかな光の如き微笑みを受ければ、多くの者は思考がぶれる。それは“魔王”であっても相違ないはずであった。

 実際にあの迅雷の魔王(ひとでなし)は簡単に彼女の策略にハマり、都市の資源|(ヒトや物)に手を出さないと了承した。狂人たるあの男の性格からそれを律義に守るようにも、またむかっ腹が抑えられるようにも思えなかったが、意外にもの魔王がアンバードを支配してからは、この街に対してはむしろ優遇していたという。

 じっくりと相手を調べ込んで練りに練った策略こそが功を成すとは女領主アナはちゃんと理解はしていた。だが今回は時間があまりに無かったし、千載一遇のチャンスをみすみす逃す訳にはいかないと焦っていたせいで、ひっそりと牙を剥いて毒を滴らすようなからめ手がすぐに看破される羽目となった。


さかずきに毒か。いやに古典的すぎて中々に笑える」


薄く笑みを浮かべる少年王。だが、その瞳に一切の喜びという感情はない。

 己の体躯より遥かに小さい――だが紛れもない天敵に睨まれたイボガエルの様に、竜魔族ドラクルードの女領主は動く事がままならない。


「…………」


 天を割くように伸びた“光の柱”――。

 その光で迅雷の魔王を討ったとやって来た早馬から話を聞いた時には女領主アナは冗談だろうと半ば疑っていた。ヴェルミに仕掛けた戦争が大して長引かずに終わったという商人たちの言葉とアンバードへと撤退していく騎士たちの様子から事実であると受け止めた。

 新たな魔王という厄災をどう扱うか思案する前に情報を集めるべく密偵を動かす準備を整えていたところに、彼らは現れたのだ。


 明朝に大陸中に響き渡る轟音で飛び起きて、屹立する光とその距離が近い事に唖然としている中、斥候の報告が飛び込んできた。

 迅雷の魔王を討ったモノがすぐ近くにいると――。

 前々から鬼人族オーグの戦士たちがヴェルミとアンバードの旗を掲げ、三百ほどの数で移動しているという話は聞いていた。

 自称『魔王軍』――新たな王に早くも擦り寄るとは意外であるなと多少は驚いてみせたが、アナはその一団に対してすぐに興味を示さなくなった。鬼人を蛮族と罵っているがコックムを攻めるという愚行をしでかすほど馬鹿ではないし、例え攻められてもここは城塞都市。対処は簡単だと眼中にないに等しかった。


 ただ一つ、とある報告を受けてからは彼女の目は鋭く血走ったという。


 地を穿つ強烈な光にコックム中が騒乱に見舞われるかと思えたが、アナはすぐに兵たちに命令を下し、民間人を一ヵ所に集め、あとは市街各地に兵を置き監視を命じた。家々の屋根は明るい赤色で、清潔感のある白っぽい壁が続く大門を潜り抜け、目抜き通りを走る馬車……からは見えない場所。廃墟郡に漂う毒素は既に失っていたが誰も寄り付かなかった場所のすぐ近くにある旧館を避難所とした。

 生命いのち欲しさもあるのだろうが、常に安全地帯から命令をする無能貴族たちとは異なり女領主はかつて前線で指揮しながら魔物たちと戦っていた女傑であったため信頼は厚く『異常』の前で民も兵も大きな混乱もなく、指示に従った。

 誤算といえば相手方の首領の見た目がまだ十に満たないかくらいの幼さを有していた点だろう。報告で聞いた魔王を討った時と異なる姿であり兵たちもその超常の前に理解が追い付かず、矢をあてがったせいで颯汰の中で迷いが消え、『己の命を狙う敵』と定めてしまった。それをしでかした兵士を無能と言い捨てるのは酷な話だ。殺気もなく馬車で酔いと不安でれている児童がそんな怪物だと普通は信じない。……今の状況を招いた要因であるのは間違いないが。


 黙り込み、うつむくアナ。颯汰はさらに声をかける。


「それで、毒を盛って何を――……なに、を?」


目的を尋ねようとした言葉の向く先が変わる。

 颯汰が零した――何かが盛られた飲料が滴るパンケーキの一切れを、白い手が掴む。

 白樺の細枝のような素手でヒョイと拾い上げて黒髪のカーテンの中に納めるは怪女エイル。

 不気味な姿に敵味方問わず圧巻されてしまった。

 もぐもぐと咀嚼音を鳴らしながらふらっと移動しては、鞄を置いては両手でゴソゴソと中をあさり始め出した。そして、おもむろに取り出すは薬剤か何かを取り出し、飲み込んだ。

 呆気にとられる一同。そこでエイルは急に立ち上がり振り向いて言う。


「ソウタ患者」


何故か頭を九十度近く横に曲げながら、変な呼び名で偽りの王に進言する。ビジュアルも相まって若い王女は悲鳴を短く漏らすがそれを無視して指をさした。


「それ、ガリエン、ゼの粉、入っ……る」


颯汰は実物はまだ見た事なかったが、本で情報だけは知っていた。


「お、おぅ。……ガリエンゼって魔物、でしたよね? ヤギ型の」


「そう。南西の暗黒大陸カエシウルムから、ややって来た新種。非常に、臆病。……主食はレムの、落ちた木の葉と、ネムル、ダケ」


それらは安直な名前であるそれらはヴェルミでも自生していた植物である。


「……なるほど、もうわかった気がする」


颯汰が短い溜息を吐くとエイルが解説を始めた。


「ガリ、エンゼの吐く、唾液だえき弾には強い、昏睡作用……ある。その内臓、取り出し、乾燥、させ……粉末した、もの。微弱だけど、甘い、香りがする」


その動物の変わった生態についても若干気になるところであったが今はその情報だけで充分であった。


「その粉の味と匂いを隠すのが香辛料と香りが強い茶葉、か。――それで、毒ではないとして眠らせてどうするつもりなんです? 毒でった方が早いだろうに」


「………………」


太い足が僅かに震えて、汗が垂れる。

 好奇心や怒りの感情もなくただ問う。抑揚もなく淡々と問う姿が、アナは何よりも奇怪で怖ろしく感じていた。

 だがこの古狸とて幾つもの修羅場を越えている。次の一手を頭で考えながら、まずは危機を脱するために対話を試みる。


「……く、薬、ですか? あ、あわわわわ!! 私、知らずに飲んでしまいま――」


「――動くな」


慌てて椅子から立ち上がろうとする右手に喰らいつくは、颯汰の左手から現れる実体を持った黒き瘴気――『黒獄の顎(ガルム・ファング)』だ。


「ぎゃえっ――!!」


「三文芝居を聞きに来た訳じゃあないんです」


今更自分は知らなかったという言い逃れを聞くほど彼はお人よしではない。颯汰の左手から伸びた漆黒の牙は太い手首に食い込んだ。


「あああぁ!! 痛たたた! 痛――ぶへぇっ!!」


「わざとらしい。……アンタの目的は何だ」


短い手足では届かぬ(颯汰本人はそうじゃないとと否定するだろうが)ゆえ、カップではなく皿の上の残飯を選んでは投げつけた後、続けて言う。


「天幕にウマ、食料を頂けるのは感謝している。だけどそれとこれは別だ。命を狙った訳を言え。単にアンタにとって俺が邪魔なのか、それとも誰かの差し金か……!」


颯汰はフォークを掴んだ。その直後に案内をしていた竜魔の男が短刀を手にアナを護ろうと走る……が、闇の勇者は護衛として立ちはだかる。男は女子供とて容赦はしないという戦士の顔をして、邪魔者を切り払おうと鞘から抜き放とうとする――それよりも早く、不可視の双刃が彼の身を斬っていた。


「なッ……!?」


断末魔ではなく、零すのは短い嘆声のみである。斬られた感触があったが傷はなく、服は切り裂かれず血は噴き出さない。だけど身体から急に力が抜けて立っていられない。手から凶器が床に落ち、支える両足も糸が切られた操り人形の如く絨毯が敷かれた床に伏す。声を上げようにも何か喋る事自体が難しい。刹那に戦力外となった男を一瞥いちべつしてから、そっと扉の外の廊下を覗いて他に邪魔者がいないかを確認し、リズはそっと扉を閉じ終えた。

 それを横目で見ていた颯汰。「逃げ場はないぞ」と物語る瞳。実際にそう言おうとしていた。

 しかし、先に追い詰められた女が口を開く。


「…………フフ」


「?」


「クフフフ……!」


 小刻みに震えた女領主。

 恐怖に屈した……訳ではない。


「オホ、オホ、オオオオッホッホッホ!!」


「!?」


どもりながら、この状況でアナは高笑いを見せた。怯えから正気を失ったのでもない。その気味の悪さに颯汰がそっと一歩だけ退いていた。

 続く嘲笑う声が長く響き渡った後――、


「貴方は……、ひとつ勘違いしていますわ」


 熱狂が嘘のように冷め、妖しい声で続ける。


「貴方なんてどうでもいいのです。ただ最初に貴方が飲めば、後に続くと思っただけ」


「? ……どういう――」


「――ところで。人族ウィリアでヴェルミ育ちの貴方は、竜魔族ドラクルードについて、どれほど知っていますか?」


時間稼ぎに付き合う道理はないが、掴む位置をすぐに手首から太い首に変えられる。アナは扉の真正面にいるが、テーブルもあって、立ち上がり真っすぐ走り抜けるのは不可能であると颯汰は判断していた。


「…………身体にドラゴンっぽい特徴があるって事くらいしか。角とか尻尾とか」


それにリズも竜魔の護衛など敵ではないということを証明して見せてくれた。無口な彼女も扉の前に立ち、臨戦態勢を解いていないから逃げ場は完全に失っているに等しい。……あの巨体で窓から飛び降りるのは考えられない。

 だから今、彼女が語ろうとしている竜魔族の特有の何かについての話こそが、襲い掛かった原因なのだと思ったのだ。

 実のところそれは正しい(、、、)

 彼女は誰かの命令で颯汰たちを昏睡させようとしたのではない。己の種族の特異の枷――そこから解放されるが為に、危ない橋を渡ろうとして落ちたわけだ。


「えぇ、それも正しいです。ですがもう一つ……。ただ単に竜種ドラゴンの角、羽、爪、尾などの美しさを模しているだけじゃないのですよ」


 決して油断をしていた訳ではない。彼女の肉に食い込む杭のような牙は緩んでいなかった。


「竜魔族、ごく稀に、産まれる。『継竜』」


エイルが呟きが聞き覚えのない言葉であったため、無意識に颯汰は反芻する。


「ケイ、リュウ……?」


「オホホ。あらあらさすがお医者様。見た目に反して博識のご様子。……竜種ドラゴンの力を一部持って産まれた者を『継竜』と呼ばれ――」


 ぞわりと鳥肌が立つような怖気が奔る。嫌な予感が颯汰の全身を駆け巡ったのだ。


「――そして私のは『首』ッ! この声は麗しき金糸雀だけではなくてよ!!」


大きく息を吸う音――いや、周りの空気がその口腔に全て収まるように風が動くのが見て取れた。元より肥えた肉体がさらに膨らむ。

 感じた殺気に空間が黒い靄に包まれていくように颯汰の目には映った。

 刹那の間だけ訪れた無明。それは現実ではないが確かな危機を知らせる。


 ――まずい!!


 瞬時に感じ取った颯汰は瘴気の顎を解除して距離を取ろうとしたが、業風――いや超音波が乗った嵐が吹き荒れ、駆け抜ける。

 知る者は脳裏に浮かぶは『神龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』。

 破砕の旋風が応接間内で放たれた。

 凄まじい息吹に鼓膜を激しく打ち付ける音。

 竜種の心臓を持たぬ人の身であれば自力で魔力を生み出す事は出来ず、体外魔力マナに反応しない――この風は並外れた肺活量によるものであり、魔法の域には至っていない。本物(、、)とは違い属性を帯びた光弾ではなかったが、それでも強烈な風は爆音と破壊を撒き散らしてみせた。

 身体に溜めに溜めた魔力はこの僅かな間――身体を竜種と同じ機能にするためだけに消費された。竜魔族ドラクルードの『継竜』アナは首から胸辺りまでは竜種のそれに近い、造りとなっているからこそできる芸当である。

 颯汰は咄嗟に《デザイア・フォース》で変身し、衝撃波を正面から受けたからこそ無事であったが、もしも生身であったならば最悪の場合死んでいたし、さらに後ろにいた彼女たちも大怪我では済まなかったであろう。

 部屋の壁にミシミシとひびが入った。椅子もテーブルもひっくり返り、家具や壁掛けの絵画はまさに台風が通過したかのように傷だらけで無惨な姿を晒す。

 リズは不可視の星剣を床に突き立て、ヒルデブルクを庇い覆いかぶさるようにしながら何とか耐えた。屈んだ少女たちの頭上を通るは――十六、七程に加齢した颯汰。

 黒鉄色の具足に手甲を纏い、身体の表皮を覆う同色の装甲。顔の半分を覆う黒い仮面を着けた魔の戦士に変身した姿であったのだが、軽々と飛ばされた。衝撃波を受けた身体は回転しながら壁に激突する。倒れていた男も巻き込まれ、さらに閉じた扉が破られた。

 粉々になった備品や埃が舞い、視界を覆う中――さらに駆け抜ける一陣の風。巨体を揺らし、外へ走っていく。


「オーッホッホッホ!! これで、これで助かる!! 待ちに待った最上の贄!! これこそ、これこそがぁああ!!」


 その厚い両手にがっしり掴んでいるのは――白くしなやかな身体に羽、ラインの紋様を持つ真なる竜種の子供。立花颯汰が家族だと胸を張って言える龍の子シロすけであった。



七千字越えていたのでだいぶ削りました。

颯汰は一瞬フーセンド〇ゴンや自爆寸前の〇ルみたい自爆すると思っていたようです。

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