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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
異世界転移
15/431

11 港町の洗礼

「ふぃ~……」


およそ一月ひとつきぶりに湯を浴びて、少年こと若干幼少化した立花たちばな颯汰そうたは身体からまだ湯気をほんわり発しながらベッドに倒れ込んだ。

 原因不明であるが、それについて考えても仕方がないと断じた颯汰は、とりあえず今を生きることを優先した。

 生きるとは『何かを残すこと』『恐怖を克服こくふくし安心を得ること』など、人によってさまざまな答えがあるだろう。だが大抵は、総じて何かを追い求める“欲”を持つことに帰結する。自分の置かれた状況を理解する過程である今を懸命に生きてこそ、『答え』という目的――知りたいという“欲”に辿り着くだろうと信じている、……といえば多少は格好がつくが、そこまで深く考えていない。

 ただ、今は『どうやったら元の世界に帰れるのか』というヒントもない状態であるから、命の恩人について行く方が賢明だろうと直感的に選らんだだけである。

 魔物という危険な野生動物だけではなく盗賊とうぞくといった者まで闊歩かっぽするこの世界(クルシュトガル)で、答えを探すだけの力――単独で冒険する技術もない今は闇雲に行動するよりも、この世界の常識など知識を得て考えてから行動した方が生存率も目標達成も高まるだろう。

 少しずつ、知識や技術を身に着けながら進んで行ってもう二月ふたつき近く経とうしていた。その間はほぼ野宿だ。雨の日だけは(ボルヴェルグが颯汰に気遣って)買った野営用のテントを張るが、それ以外の夜は星をながめる日々であった。屋根どころか風が通さない場所で過ごすのは本当に久しぶりだと喜びながらベッドにうずくまる。

 水浴びである程度は身体を清潔には保っていたが、やはりお湯は格別であった。全身の汚れと疲労を一緒に洗い流してくれた。


「あぁ~……やっぱ、ベッドがある生活っていいわ~~~」


倒れ込んだベッドの上で両手足を無意味なシャカシャカと振っていた。

 一方、保護者役のボルヴェルグは宿代を支払い終えてから、買い出しに行くと言って木造のこの宿屋からどこかへ去って行った。要するに颯汰は留守番である。別段異論はなかったので大人しく休んでいた。


「…………それにしても、港町。船がいっぱいで人も大勢なのはわかるけど、結局“アレ”は何なんだ?」


宿屋の一室は質素な造りであるが、ベッドが二つ、クローゼットが一つ、小さな暖炉に持ち運びができる照明用のランプが置いてあった。そして部屋の窓はガラスはなく木製である。その木製の窓を開け放つと港を一望できる形となっていた。当然、そこから“アレ”が見える。


「島……というよりあの大きさだと、――大陸?」


颯汰の視線の先が一点に集中する。窓の縁に手を置いて、左の方に宙に浮かぶモノに釘付けとなる。

 白い尖った岩の上に、木々や山といった自然が目に映る。そこの河川から膨大ぼうだいな量の水が、海へと落下しては海上には白波を、空には虹を生み出していた。問題は、それが空中を浮遊している事だ。

 その浮島の周りに幾つかの岩も一緒に浮いている。どういった原理か分からないが“魔法”と一言で片づけていいものか。そういったモノだと納得なっとくするしかないのかと考えあぐねていた。

 港町であるここ“カルマン”に入った瞬間に浮島ならぬ浮遊大陸についてボルヴェルグに訊ねたところ、『アズールド』という名前以外はよく知らないそうだ。

 独立して浮いてる大陸に、訪れた者はいないらしい。純粋にあの場所まで行く手段がないからである。この世界ではまだ飛ぶ装置などがないのだろう。


「故に未開の地……か」


幾つもの河川から流れ落ちる水の柱が島を海から支えているようにも見える不思議な大陸を見て、宿屋の男が言った言葉を呟く。

 相当距離のある空に浮かぶ大陸から、視線を下に移すと、舗装ほそうされた石畳いしだたみの上に人々が大勢いて大いに賑わっていた。

 桟橋さんばしに横付けした船舶せんぱくから交易した荷物を運び出す人々、港の漁師や商人、酒場の売り子に客、出店を並べた道に喧騒けんそう木霊こだまする。果てには大道芸人や吟遊詩人までもいる。

 しかし、そこにいる人々は男女問わず大勢いるが、種族として分けると二種だけだった。

 立花颯汰と同じ、というより地球の人間と表面上の差は感じられない“人族ウィリア”。

 多くの人が金髪で肌が白く、整った顔つきで極めつけは耳が長い“耳長族エルフ”。

 このヴァーミリアル大陸に於ける『アンバード』『マルテ』を追い越す、三大国家一の大国『ヴェルミ』は、エルフの王が治める土地となっている。

 『ヴェルミ』はその二国と比べて人の数、領土の広さが単純に上回っており、更に比較的豊かなのが特徴だろう。国民の七割強はエルフであり、人族は二割ほどだ。

 そしてカルマンはヴェルミ領内の港町であるから、当然エルフがほとんどの人数をめている。


「……力仕事とかの中心はウィリア? なんだなぁ。適材適所って奴か」


単純な腕力で人族の方が上らしいことは保護者たるボルヴェルグに聞いていたがイマイチ、ピンときていなかったが、眺めていると、人族からエルフへの荷物の受け渡しの様子を見ていると納得できた。

 人族ウィリアが狩った魔物を、エルフがその手先の器用さを活かし加工して売っている出店もある。他種族であるが互いに手を取って、笑顔で仕事をする様は種族間の軋轢あつれきなど、この世界には存在しないように錯覚してしまう。

 しかし、ボルヴェルグのような魔人族メイジスも混ざっていける場所ではない事を既に颯汰は知っている。この一ヶ月、カルマンに訪れる前に幾つかの街や村に立ち寄ったが、ボルヴェルグはすべて、全身に包帯を巻いて肌を隠し、颯汰と親子と偽って訪れては、買い物などを済ませていた。曰く『アンバードとヴェルミは長年睨み合っているんだ、だから正体を隠している』だそうだ。

 身長も群を抜いて高く、それに加えて包帯ぐるぐる巻きの不審者は否が応でも視線を集める気がするのだが、まさかここに魔人族がいるはずないと思っているのか以外にもバレていない。

 何十年も直接的な戦争はお互い避け合っていたが、どうにも遺恨いこんが根深いらしい。魔人族メイジスであるボルヴェルグが見つかれば街は別の意味で騒がしくなるだろう。

 それでも危険を賭してまでヴェルミの領土を進む理由があるらしいが、颯汰は未だその理由を聞いていない。


 ――毎日が野宿と狩りで手一杯だったからな……


最初の頃こそはボルヴェルグが狩りを行っていたが、さすがの自分の分の食料を全て他人である大男にまかなってもらっている状態に居心地を悪くした颯汰は狩りの仕方を教わり、手伝いをするようになった。

 初めて使う弓矢は未だ自信はない。それより颯汰自身が意外だと驚いたのは獲物を狩った後の処理――皮をぐ、肉を解体するといった作業はすぐに出来るようになったことであった。

 他にも狩りの仕方だけではなく野草や木の実の毒の有無なども褐色の男は教えてくれた。しかし、剣の使い方だけは頑なに教えてくれなかった。教えるほど上手くないと誤魔化していたが、その剣技で数日前に襲ってきた賊も撃退していた事から嘘だろうとわかりきっている。自分の身を護るためだと颯汰が言ったとき、しばらく考え込んでから、あとで必ず教えると言ったキリであった。


「おーい!! そこの短命――!!」


ナイフは使わせてくれるのに、何故だろうかと思考が内側に向いた時、両開きの窓の外から聞こえる声が喧しく感じて閉じようとした。

 しかし、その窓の近くに小石がぶつかり、颯汰は我に返って窓の外――下方向を覗き込んだ。


「お前の事だよ!! 短命の人族ウィリア~~!!」


小生意気な子供の声が小石という悪意を持って飛来する。颯汰の視線の先には、大中小と背丈や体格が異なる子供が三人並んでいた。顔つきから今の颯汰との歳の差はさほど感じさせないが、全員エルフであるから外見と年齢は人間と同じとは思っていけない。ボルヴェルグの話によれば、寿命について人族ウィリアを基準にすると、魔人族メイジスはおよそ五割増で耳長族エルフは三倍から五倍も長生きするそうだ。

 ゆえに見た目以上に歳は食っている可能性は否めない。その割に精神は肉体と結びついているというべきなのか、言動はどうにも子供染みていた。

 

 ――わかりやすい子分たちとガキ大将だな


右に一番体格がいい少年、左には中くらいのひ弱そうな少年はどの町にもいる麻の服を着た子供たちであるが、真ん中にいる背丈が一番小さい少年だけは藍色の服に金の刺繍ししゅうがある格好となっていた。首元にはヒラヒラしたレースの装飾があり、靴は革のブーツを履いている。この子供はおそらくこの街の貴族だろうと安易に想像することができた。

 あまりにキッチリとした中世ヨーロッパの世界から飛び出したような出で立ちは、子供には似合わないものだった。服を着ているというより“着せられている感”がすごい。

 そんな子供たちと目が合い、


「お前の様なみすぼらしい格好の人族が、オレ様の街の、しかも高級宿に泊まるなんて生意気だっ!」


真ん中の子供が石を拾っては二階の窓のある颯汰がいる地点に向かって投石を再開すると、それに合わせて両隣の子供たちも混ざっては石を投げ始める。

 窓の左側に命中し、それを見て颯汰は驚いて、やめるように注意をしようとしたが、


「おい! やめ――」


額に、石が直撃した。子供の弱い膂力りょりょくとはいえ投げつけられた飛礫つぶては、思わずよろけて後退り、尻もちをついてしまうほどの威力があった。ぶつけられたところは赤くれるどころか少量の血がにじみ出た。

 外から聞こえる子供たちの不愉快な笑い声に、颯汰は怒りに身を任せた。扉を閉めずに、部屋から飛び出す。


「大きな物音がしましたけど、何事ですかい?」


「ちょっと転んだだけです! すいません!」


どうやら一階にいた宿屋の主人は気づかなかったようだ。颯汰は子供たちに対する怒気が含まれた声音で謝罪をしてから宿を飛び出した。


「あー! 鍵は……――掛けてないですな。やれやれ、掛けておきますかね」


どう見ても二十代前半くらいで顔が整った金髪長耳の男性主人は、どこか達観しているような口調でゆっくりとした足取りで鍵を掛けに階段を上がっていった。

 階段を登り空きっぱなしの部屋の前に立って、扉を閉める前に窓が開いていて、そこから子供特有の甲高い、声変りがする前の声がキンキンと響いた。嫌な予感がすると宿屋の主人は顔をしかめながら窓から外を覗く。


「ん……? あれは……、ナディム卿のバカ息子じゃないですかい! あぁお客さんの坊ちゃん!! 下手な事をしちゃあいけないいけない!! あ、あああ――……、あっしはもう知りません、ちょっと裏でトイレ掃除してたから見てません……」


 そっと部屋の鍵を閉め、そそくさと階段を下りてはトイレまで駆け込んでいった。



 時間をほんの数十秒程、宿屋の主人が見た一部始終が始まる前まで遡る。

 身体を揺らし、早歩きでやって来る颯汰に対し、子供たちは各々で罵声を浴びせかかった。


「この国はオレ様たちエルフのもんだ! 余所者の人族のガキはとっとと出てけ~!!」


「人族のくせに生意気だぞ!!」


『では、そこで働いている方々は特別なのか』、などという文句の言葉すら出てこない。何より罵声が耳朶じだに届いても、あふれだす感情により脳へ行き届くはずの情報が遮断しゃだんされていたのだから。

 言葉にひるむことなく突き進んでくる颯汰を気味悪がり、ガキ大将とひ弱そうな少年が後退る。それをかばうように今の颯汰より背も高く身体つきの良い少年が横に手を伸ばして出てきた。


「何だお前、生意気だぞ!!」


「――石を当てたのは誰だ?」


どちらかといえばガキ大将のような風貌の子分の言葉を無視し、颯汰は敵意に満ちた声で訊ねる。静かな怒りが乗せられた言葉の重圧と、睥睨へいげいするような眼光の鋭さに少年の視線が泳いだ。

 目は口ほどに物を言う――颯汰は常に他人の目を気にする傍観者であったからこそ、すぐに子分が反射的にしてしまった目線の動きの意味を理解した。

 少年の眼球が左方向にほぼ水平に動いた。斜めに泳がず、後ろにいるなんちゃって貴族の坊ちゃまを見ようとした――と颯汰は予測する。

 実際のところ、それで正解ではあったのだが冷静さを大いに欠いていた颯汰は別段間違っても構わないという気持ちであった。


 ――とりあえず頭を潰せば黙るか退散するだろう


 さすがに物理的な意味ではないが、リーダー格を倒せば組織は混乱し瓦解する。相手が子供で少人数であれば尚更だと思ってしまった颯汰は暴力にうったえようとした。


「な、なんだクソ人族!! お、オレ様はここの領地を任されている父上の息子だぞ!? オレ様に触れればタダじゃおかないぞ!?」


――余所者に自分のところの法を持ち出すなよ、と口に出す前に、気づいてしまう。相手が腐っても貴族の家柄に属するという意味を。

 ……頭を潰すのは軽くやっつける程度では意味がないのだ。相手の息の根を止めるくらいに徹底的にやらねば、この小僧っ子は間違いなく親にでも泣きついて、その権力を使って嫌がらせを行使するだろうと気づいてしまった。ここまで横暴な性格で放っておかれている時点で親から甘やかされて育った可能性が大いにある。

 それでなくても、もしここで人族ウィリアとみなされている颯汰が拳を振るえば面倒が起きるのは避けられない。

 軽くおどして退散させたところで状況は悪化するのではないかなどと考えていた隙に、大柄の少年が颯汰の後ろから羽交はがめにし始めた。両脇に潜らせた腕で持ち上げ、颯汰を宙に浮かす。

 颯汰は足をバタつかせたが、完全に抑え込まれてしまった。まるで捕まえた野生動物や昆虫を眺めるようにめ回す子供たちの瞳。

 さすがに虫を扱うように足をもぐ、捕まえた蛙のように腹を掻っ捌く、袋に入れた大量のミミズを袋の中でシェイクして踏みつけては滅多刺しにすると言った子供特有の無邪気の残酷な行いは人間相手にはしないだろう。しかし、石を投げつけては命中すると爆笑するような子供たちである上に、地球の日本の倫理観が通用するとも限らない。一抹の不安が過る。


「よくやったぞ! この短命……いや、すぐ老いる早老を海にでも捨てちまおう!!」


「ッ!! 離せ! あと、早老は別の意味に聞こえるから、やめなさい!」


泳ぎが不得手の颯汰には死にも等しい一手であった。更に暴れるが少年の手は緩まない。背後と正面から聞こえる下品な笑い声に怒りを加熱させる。叫ぼうとするも少年の手が乱暴に顔を押さえる。意図的ではないにしろ、口だけではなく鼻も押さえられ呼吸が一気にしづらくなる。

 その一部始終を、自身の手で目を押さえながら指の間から覗き見ていた宿屋の主人はそそくさと部屋から立ち去って鍵を掛けていってしまった。

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