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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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35 街の中へ

 鬼人族の戦士たちを纏め上げる者の咆哮とも呼べるほど張り上げた声による号令により、仮称“魔王軍”は歩みを止めて集まり出す。

 軍議と言うほど大それたものではなく、決まったばかりの方針を変えるつもりでもない。

 だが何故動き始めて数刻も経たぬ内に止まったのかを想像して、騒めく鬼人たちは猛り始めていた。


「お頭ァ! カチコミに行くんで?」

「しゃあッ!! 俺たちゃあ、まだやれますよ!」

「おっ出番か、出番かああ!?」

「カミ様にいいとこ見せねえとなあッ!!」


がやがやと騒ぎ出す荒くれもの共。彼らは元よりマルテと戦争すると勘違いしてやって来た勇士であり、血気盛んなところが玉にきずであろう。

 武器を持った方の手を高々と掲げ吠え出す戦士たち。六クルス(約六キロメートル)もない距離に見覚えのある街の存在に気付いた彼らはそこを襲い略奪でもするのだとはやり出していたのだ。


「落ち着きなさい皆さん! 神の御前ですよ!」


「「はっ! ははーッ!!」」


良く通る声でファラスが注意すると、全員が恭しく――武器を下げて、ウマに乗る者は地面に降りてまで頭を擦り付け始めた。


「えぇ……」


人を従える事に多くは喜びを感じるはずであるが、立花颯汰にとっては嫌悪とまではいかないものの『困惑』という部分が大きい。

 単純に大の大人たちが(特に苦手とする体育会系ヤンキーに気性も風体ふうていも近い彼らが)自分に向けてこうべを垂れているという構図が、現代社会を生きる中で普通は経験しないからというのも理由として挙げられる。

 また颯汰は鬼人族オーグに“神”と称され礼賛されているが、まだこの軍勢を指揮する者という自覚――さらに言えばこの大陸の大半を支配下に置いた“王”(に今仕立て上げられている最中)という実感を持っていないのである。

 自分の目的の為に“王”を演じる覚悟は決めているがそこはまだ知識と経験が不足している。もっとも、一般男子高生が急にこんな状況に陥り、いくら周りに浮かされたとしても『王』や『神』などと自ら僭称せんしょうし始めるほど浅慮でなければ、相応しき才覚を発揮するなんて事も普通はないものだ。


「…………誰が神だ誰が」


 また彼の場合は元より「調子に乗ると痛い目を見る」と知っていて、さらに目的である『元の世界への帰還』の為に急ぎつつ、今この瞬間も必死に生きているゆえに、乗せられるほど余裕がないのも要因であろうか。


「おっ、これはもしかしてー、略奪ですかぁ!?」

「ヒャッハ――」


「盛り上がっているところ悪いが、買い物だ」


興奮し始める鬼人の三百の兵に、水を差す紅蓮の魔王。そんないつ爆発するかわからない戦士たちを見て、颯汰は危うさを感じていた。


 ――うん。絶対連れていけない


多少のいざこざならば良いが最悪殺し合いにまで発展しそうな――いや望んでそう持ち込むのではとさえ訝しく思えた。


 そして――、馬車から降りた女性陣ともう一方の馬車に乗っていたグレアムとルチア、黒狼騎士カロンも集まり始め、近くの城塞都市であるコックムでウマや天幕、余裕があれば食糧なども買い足すという話をし終えた。


「それで誰が行くか。人数も決めるとしよう」


「この大所帯で行くわけにもいかないですしね」


グレアムが納得してうんうんと肯き、他の者も同様に肯いていた。武装したガラの悪い集団が向かえば相手だって警戒するに決まっている。


「知っての通りあの街は竜魔族ドラクルードの貴族たちが支配する街だ。鬼人族(おまえ)たちも思うところはあるだろうが、此度は抑えてもらおう」


神父の言葉に響動どよめきだし不満が漏れるのを、ファラスが叱責してまた鎮まった。


「今すぐ水に流せと言って出来るはずもなかろう、互いにな。ゆえに我らが王自らが向かうと宣言された」


「……やっぱ確定かぁ」


小さく呟く幼き偽王の声は風に流れていく。

 先ほどより小さいが驚きで騒めき始めた戦士たち。何人かはその行いに感動し涙ぐんで拍手する者がいたが颯汰はそっと目線をずらし溜息を吐いた後、自然と隣に立つ鬼人の長たるファラスの方を向いた。


「じゃあ鬼人の皆さんで留守番を――」


「――お待ちください、我が神よ」


颯汰がファラスを見上げた時、彼はグイっとその長身と見応えのある筋肉を有した身体を近づける。思わず颯汰が仰け反るように引きながら、自身を盲信する男の言葉の濁流を浴びせられる事となった。


「……何だか行く気満々な顔してますケド……鬼人族オーグ竜魔族ドラクルードは仲悪いんですよね?」


「私個人としては全く気にしておりません。むしろ一度、彼らと対話をしたいくらいでした。此度の補給は我々鬼人族(オーグ)に必要な物資でありますし、そこに代表として我らの内一騎がいないのはあまりにおかしな話でしょう……」


「して、本音は?」


「護衛として、鬼人を率いる者として、また“魔王神軍”の駒として――何よりも我が神のしもべとして!! 私にッ! 同行の許可を頂きたいのです!!」


紅蓮の魔王の問いに対し、つい感情が昂り獅子吼ししくとなったファラス。


「あ、相変わらずだなファラス殿は……」


「じょ、情熱的ですわね……」


 言われた本人も、小さな王女もエルフの男だってあまりの勢いに当惑が隠せていない。

 何時の間にか軍勢が聞き覚えのない物に成り代わっているなど、この鬼人族の狂信っぷりに加えていちいち颯汰を変に持ち上げようとする言動に対し、もう何を言っても無駄な気がしたのか長い沈黙の後の返答も溜息の後であった。


「………………うん」


「職務放棄は感心しないな、少年」


「職務じゃねえです」


抑揚のない声を出す神父服を着た魔王に呆れながら答えた後、真面目に話し合いが行われた。

 何かがあったら困るため王女ヒルデブルクも留守番にしたかったのだが、目を輝かせて知らぬ世界、知らぬ土地を歩みたいという奇特さを発揮し始め――説得を試みたが、根負けした颯汰たちは王女と――さらに神父服を着た紅蓮の魔王の一言により、客人たち三人も行くこととなる。メイドであるルチアが率先して手伝いたいと申し出て、兄のグレアムは心配で、カロンは護衛としてだ。

 結局、鬼人族以外の全員で行く事が決まると、まずは使者として紅蓮の魔王とあえて族長のファラスで交戦が目的ではなく、天幕とウマを売って欲しいという旨を伝えに行った。

 使者として片や屈強な戦士、片や真の魔王――知らぬ常識人を除けば殆どの者がさして心配せず、使者を務めた彼らもまたウマを駆って五体満足で戻って来たのであった。

 むっつりと沈痛な面持ちのファラスを見て、皆がもしやと眉をひそめたところ、紅蓮の魔王が静かに語り出した。


「許可は下りた。ただし条件を出された――」


 ◇


 生憎の曇り空で分かりにくいが、太陽神アルオスの円盤がさらに天へ昇っていた。

 その一見緩慢に見える動きと同じくらい、ゆったりとした速度で石畳の上を走る馬車があった。

 城塞都市としてのていをなすコックムに、ウマの蹄鉄が蹴った音にカラカラと響くわだちの音、たまに金属が擦れるような音が聞こえた。

 門を通され案内されるまま馬車に乗り込み道を進んでいく。華美な装飾はないが、窓に天井まで付いている客人用の車内――、


「見てくださいましリズさん!」


かしましい声が響く。

 いや、正確には王女に求められる品位をギリギリ崩すか崩さないかのラインで、かつ年相応よりも若干低めの少女らしい無垢さを見せるのは隣国マルテの王女ヒルデブルク。


「でも、わたくしの国に比べるとまだまだですわね。磨けば光る美しさはありますけど」


誇らしく故郷に想いを馳せて、胸に手を当てて語るヒルデブルク。歳の差は然程ないが大人しい姉のように王女の話を親身になって聞きに徹する紫の衣を纏う“闇の勇者”リズ。対席で合計四人が座れるこの狭い空間で彼女の存在が――はしゃぐ声がこの場を明るくしていたと言えよう。


「もう! ソウタは何をそんなに不満な顔をしてますの?」


「いや別に不満とかじゃなくて……」


見た目年齢だとこの中で最年少の十歳前後の肉体である立花颯汰少年は、もう一方の窓の縁に腕を乗せてぐでっと力を抜いていたのをゆっくり起き上がって弁明をしようとするが、言葉が出ない。


 ――どうして、どうしてこうなった


隣にいるのは怪異にも紛う漆黒の化身――全身が隠れるほどの長い髪をもつエイルではあるが、狭い空間で男が一人だけ。さらに肩身が狭くなり心まで窮屈に感じるのは無理もない事だろう。


 ◇


 竜魔族ドラクルードの領主は天幕とウマを引き渡すと返事をしたがそれは快くとは言えず、代わりに条件を提示したのであった。


 一つは『鬼人族の出入り禁止』。

 これには元より待機を命じられていた戦士たちも憤慨し、ファラスも残念そうではあったが納得はしていた。対立が終わったばかりとはいえ、すぐに仲良くするなんて難しい。例え嫌悪していなくともいさかいの種となり得るのだから避けるのは正しい選択である。

 今生の別れの如く男泣きをしていたファラスたちを待機させ、颯汰たちは一台の幌馬車でコックムの方面へ向かったのだ。

 そうして大門が開かれ、待っていたのは竜魔族ドラクルードの男二人。重装備をした兵たちが警戒して待ち構えているのではと思っていたからそこは拍子抜けではあった。


「お待ちしておりましたお客様方」


「魔王陛下はどうぞこちらへ。申し訳ございません。みすぼらしく、御身に合わぬとは存じますが……」


執事風のきちっとした黒いスーツのような出で立ちの男たち。頭に生えて後方に伸びた角が竜魔族であると判断する事が出来る。

 彼らはもう一つの条件のための遣いであった。

 大きさの異なる馬車を二台、作りは簡素だが大人数が乗れるであろう一台で商業区へとおもむき天幕を貰い受け、貸し馬屋からウマを人道的範囲で接収という目的を果たす。もう一台が客人用の、条件である『颯汰が領主との面会』のために用意されたものであった。

 その馬車を見つめて、偽りの王が静かに問う。


「分かれる必要、あります?」


颯汰の問いに少し困ったような顔を一瞬浮かべた竜魔族ドラクルードたち。もしかすると彼らは、ただ上にそうしろと言われただけなのかもしれない。領主と王――両者とも位が上で板挟み状態で返答に詰まってしまっていた。そこへ紅蓮の魔王が助け舟を出すように言う。


「御目通りが叶ったのは“王”だけだ。ならば我々は分かれて買い物を済まそう。言われた通り時間短縮にもなる。衛士よ、“王”は幼子ゆえに一人では寂しいのだ。そこに少女二人に女医が一人、共に行くのは別段構わぬだろう?」


「え、えぇ。問題は……ない、でしょう」


少し威圧感のある神父服の男の提案に、若そうな竜魔は圧されて答えた。


「いや別に俺は――」


颯汰が反論を口にする前に、するりと躍り出る影が手を掴む。


「あら、素直な方が人に好まれますわよ?」


右腕にヒルデブルク手に捕まれ、引っ張られ始めた。


「え? ちょっと? なんで!?」


強く引かれて小さい方の馬車へ進み、その後ろをリズと、紅蓮の方を見て確認を取ってからエイルが追いかけていったのであった。


 そして、現在に至る――。

 発車して揺られながら目的地へ進んでいる。

 颯汰は若干居心地が悪く思えたが、別段不満があった訳ではない。

 果たして分かれる必要はあったのだろうか。

 果たして領主と会う必要性があるのか。

 領主に会ったところで、自分が上手く会話をし、立ち回れるかどうか。

 口には決してしないが、一人で大丈夫なのだろうかという不安感があったのだ。


 ――あぁ、なんだか緊張してきたぞ……


顔色が少しだけ悪く、気だるそうなのはこれが理由であった。そして――先で待っている物事に意識を向けていたせいか、普段の鋭い感覚であれば気づけるはずの異変に、まるで気づけなかった。


長かった部分をカットしたらバランスが崩れてしまいました。

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