28 契約と霊器
耳まで赤く、頬を紅潮させた少女。
慌てる小動物の如き愛らしさを見せる闇の勇者リズは自分自身が急に何をしでかしたのかわからず混乱している様子だ。
過去のトラウマから声が出せずにいるが、迅雷に囚われて弱り切っていた頃を考えると、かなり状態は良くなっていると言えるだろう。証拠に一言も声を発していないがコロコロと表情が変わっている。――と、平静に観察していない。実際には人と触れ合う温もりと柔らかさと、それなりにあったように思える弾力に打ちのめされかけた颯汰もこの状況が読めずにテンパっていた。
――……やばい。やわい。やばい
迅雷の魔槍から身を挺して護ってくれた――自分を庇って死んだはずの少女がここにいる事もおかしいが、今は交戦中だ。余計な思考は危険だとわかっていたからそれは置いておこうとしたのに、さらに真正面から抱き付かれるという会心の一撃をお見舞いされれば、そうなるのは不思議ではないだろう。この男、異世界転移して何故か若返り、未だ思春期真っ盛りであるのだから。
空気が一変し、何やらオカシナ方向に事が進みかけたが、すぐに意識がまた別の方へ向く。
『――ッ!?』
颯汰は自分の胸に熱を感じる。何事かとそこを見ると身体を覆う濃紺な闇の、その部分だけ紋様が浮かぶ――それは紅蓮の魔王と“契約”を結んだ時に刻まれた証。翼のある龍のようなシルエットが白銀に輝いて映った。
それと同時に、リズの方も異変が起こる。
彼女の胸元に視線がいく。下心ではなく紅い光がキラリと見えたからだ。下心ではない。
それは彼女の胸元――実際は首に巻いたマフラーで隠れているはずなのに、そこだけ半ば透けて見えた。
ネックレスの類いに見えるが違う。
紅い宝玉を囲う銀色の縁――それはピッタリと肌にくっ付いていた。
そして、宝石のようなものから光から、線が伸びて、颯汰の契約の紋章に繋がった……だけでは終わらない。
線が紋様を描く。いや光が染み込んで新たな紋様を浮かび上がらせた。
新たに浮かんだのは四芒星。
一端だけが長いそれが龍の背後に描かれた。
星であり、剣のようにも十字架にも見える。
『これは一体……?』
そしてじんわりと光が失せると契約の証は内側に隠れて、少女の宝玉も巻かれたマフラーが色を取り戻したように同じく隠れていった。
似たような感覚を颯汰は知っていた。
紅蓮の魔王と契約を結んだ時に酷似している。
互いに新たな混乱に驚きを隠せていない。
《なんだか……優しくて、あたたかな光……》
『ん?』
どこからか響く声。
颯汰の声も“獣”の力を身に纏っている状態では、反響して耳というより直接頭の中に響いてくるように感じ取られる。それは、程度と聞こえ方――相手が受け取る圧は異なれど魔王たちの王権と同じであった。
しかし、これはまた何か違う。
威圧感も敵意もない。
不快感も恐怖もない。
囁くような独り言。
きっと特定の誰かに向けた言葉ではない。
声がした方向を凝視する颯汰。
リズは視線を感じて目と目が合う。
《……あ、あわわわ! 目も、合っちゃった……ど、どうしよう……》
『ん~……?』
普段ならば颯汰も同時に目を逸らす所だが、火照る両頬を持つ不思議な声の主から目が離せず、颯汰は問うた。
『…………もしかして声、出せる?』
訝し気な視線にリズは首を傾げつつ、口元が見えるように、声を張って音を出そうと試みるが、
《? …………ううん》
どうにも、音は口から出ていない。少女は首を振ったのだが、想いは間違いなく“情報”として頭の中に伝わって来る。
『………………でも声が聞こえますケド?』
少女が自身の喉に触れながら颯汰を見る。
《まさかー》
『その「まさかー」だったり』
あはは、と笑いを交えた後に訪れる暫しの沈黙。
「……………………」
『………………』
変な空気に耐え難いと感じる前に、リズの方から声が漏れ出た。
《…………ふ》
『ふ?』
震えて出た声(?)を復唱した後、
《ふぇぇえッ!?》
『ッぉ、おぅ!?』
大人しかった少女から出た驚嘆の声に、面を喰らったように颯汰が驚いていると、少女はグイっと一歩また迫って問いただし始めた。
《い、いい、いつからですか!?》
半歩退いて、上体も若干後退気味にした立花颯汰は正直に答えるのであった。
『えっ、ええ、今さっきだけど? あの光が繋がった辺りから?』
《そそそ、それなら大丈ぶ……、……本当ですか?》
『本当。それにしても、なんだこれ。テレパシーか?』
《…………てれぱ、しー?》
『……あぁ、そうか。知らないか。テレパシーって言うのは――』
そういった近い概念はあるだろうが、言葉が異なるのかもしれない、と颯汰が説明を始めようとした時であった。
「きゅう!! きゅうきゅう!!」
シロすけの鳴き声が警告する。奇妙な雰囲気に幼い龍の子は空気を読んだが如く――あるいは自分が颯汰の一部であると言わんばかりに張り付いているだけで黙って見守っていたが、さすがに命の危機となれば別であった。
敵である鉄蜘蛛の攻撃手段のひとつ――赤い光線が飛んできたのである。
数瞬まで談笑をしていたのに、その殺意に対して彼らは一瞬で頭の中を切り替えていた。
リズは透明の双鎌剣で光線を弾いて逸らす。
少し離れた後方からは野次が飛んできた。
「おぉおい! 何を二人の世界に入っているのかネ!? まだ終わってないよ!!」
ドミニク伯の声。鉄蜘蛛が放った粘弾により簀巻きとなった彼は、自身の双剣の片割れを少年に奪われたまま、まだ救出されずにいた。
その更に後方から獣刃族の次期族長たる乙女から凄まじい目で見られている事に当人たちは気付いていない。
彼も何が起きているかは理解していないが、勃発した戦いは未だ終わっていない。
『そうだった――!』
改めて、颯汰とリズが互いの得物を構えて再度、戦闘態勢に入った。
九体の機械は妖しく赤い複数の目を光らせた。
鉄蜘蛛たちも光線が勇者リズによって反射されるのを学習したのか光線攻撃を選択肢から除外し、ぶら下がる尾を収納した。糸と粘着弾と、その鋭い脚による刺突による攻撃を選んだようだ。
後方から射撃する機体と砂から脚を引き上げて前進を始める機体とで別れ始める。
ドスドスと音を立てて前進しながらも、敵機は頭部を動かして粘着弾を放つ。
颯汰はそれらを回避しながら動き出したが、冷たき機械による精密な射撃は狙いが鋭く、
『チッ……、偏差射撃まで……!』
暫くは地面に着弾していたそれは、無影迅で加速する前に標的を捉えたのであった。
反射的に持っている銀剣を大きく振るって防ぐも、剣身に粘着物が絡みついた。
どうせこの剣では光線も弾けず敵の装甲の前では歯が立たないため、捨てようかと颯汰が思っていたところ、ドミニク伯は叫んだ。
「ボォオイ! 魔石の、側面、宝石部分に触れるんだ! それで聖剣は真の力を発揮する!」
ボーイとは自分の事であると判断した颯汰は柄頭に付いたずっしりとした謎の物体に触れる。大人の男の拳を縦に二つ並べた位の大きさはあるこれは飾りでも、相手を殴るために鈍器でもなかった。
銀剣と同色の四角形、各面に金色の装飾と水色の宝石が埋め込まれている。そこに触れた途端、剣に変化が起きた。耳障りの良い音色が響くと、剣全体に仄かに青白い光が奔る。そして光が消えたと思った瞬間、剣身から、
『これは……!?』
水が噴き出したではないか。
鍔から逆巻く水流が剣に付着した粘着物を剥がし、切っ先を向けていた方角に水と一緒に吹き飛ばした。水鉄砲のように飛び続けるのではなく、剣先に液体が球状に形作られた後に、勢いよく飛んでいく水の弾丸となった。
「それは王から賜われし聖剣! ただの剣じゃあないよッ! 加護を受けた聖剣ボルティセさ!」
もし自分の身体が自由であり、手の甲に甚大なダメージがなければ、おそらく自慢げに八の字髭に触れながら言いのけたであろう台詞。脂汗を滲ませながら、懸命に優雅にかつ余裕さをアピールした声で言っていたのだが、それを言われた当人たる颯汰は半ば聞き流していた。
『…………なるほど、これが霊器か』
隔絶領域――仙界の“白亜の森”にて、紅蓮の魔王と師匠に教えられその存在を知っていた。
ドミニク伯が聖剣と呼んでいたそれは、武具に“精霊”を宿し、体内魔力を流し込んで起動する特殊兵装である『霊器』であった。
本来、魔法は魔人族の専売特許であったが地上での体外魔力の減少に伴い、彼らもその術が失われると認め、己の体内魔力だけで使える『疑似魔法』という技術を編み出した。霊器もまた、魔法を失われる事を危惧した者たちが生み出した技術である。
そしてこれは、現行の名立たる鍛冶師であっても製造が出来ない遺産でもあった。
――魔石……バッテリーだな。これがあるから魔力を持たない人族でも魔法が、剣から水とかが射てるわけだ
どことなく魔石の形状も、コードレスタイプの電動ドライバーのバッテリー部分を想起させた。
聖剣と呼んでいるのは俗称なのか、それとも霊器を知らないのか、知っていてそう呼ばれているのかは判断はつかないが、今はそれを知る必要はない。
『よし……! これなら……』
颯汰が横目でリズを見ると、彼女は肯き、二人は動き出した。
斜面を駆け出し、砂が飛び散る。
二つの影が左右斜めに線を伸ばす。
リズは白の弾丸を躱しながら、剣の柄を強く握り直す。
颯汰は霊器の水弾を浴びせ、敵機を牽制しながら進む。
一番近い正面の一機、身体を上げて、上から鋭い足を突き刺さんとするのをリズは不可視の星剣で受け止め、弾き返す。
自重もあり、足場が悪いため鉄蜘蛛たちも多脚であっても実はそこまで自由に動けない。
その生じた隙に、颯汰が詰める。
颯汰は両手で握った霊器の剣を鉄蜘蛛の口の中へ思いきり突き刺したのだ。
右手で柄を掴み、左手で魔石に触れながら押さえ込む形だ。そして剣から放たれる水弾。
鉄蜘蛛の中から容赦なく、何度も水の弾丸が激突する重い音を響かせる。
この世界に見合わぬ謎の機械たちが何物で、何の目的で人を殺すかはわからない。遠隔操作なのか自律型なのか、何が動力かも不明だ。
だからこれは単純な思考による賭け。
『ロボットなら、濡れれば壊れるだろ!』
中の回路が浸水によりショートしたのか、関節各部から動きがぎこちなくなり、並んだカメラアイは不自然に明滅を繰り返す。
『どうやら、防水対策は不十分なようだな!』
次第に、鉄蜘蛛のボディ全体に漏電し始めたのかバチバチと青白い光と共に、頭部からモクモクと、銀ではなく黒の煙が天へと昇る。
一瞬撃破したように見えたが、機械仕掛けのこの巨蜘蛛は、まだ立ち上がろうとしていた。
軋む関節の駆動音が響く。
そこへ颯汰は隙かさず、剣を抜いた頭部目掛けて蹴りを入れる。鉄蜘蛛の目から光が失われ――衝撃で前の方の四本脚が上げて、あとは重力に沿って落ちる……ところを、
《――行きますっ!》
後ろに回って他の敵の注意を惹いていた勇者リズが急転回して、その鉄蜘蛛を後部を踏んで跳び上がり、背に目掛けて双星剣で×字で切り裂いた。その垂直気味になった背を蹴ってバク宙で砂に着地をする。
音を立てて崩れ落ちた敵にリズは一顧だにせず他の敵機に襲撃を掛け、颯汰は剣を逆手に持ち、動きを止めた鉄蜘蛛に近づいては×字に開いた装甲部分から内部を覗き込んだ。
元は未成年であり、あまり自動車やその類いに興味関心が薄かった立花少年であるためどれがエンジンに相当するものかは最早イメージする以外他ない。だが切り裂かれた位置が丁度良かった。脈打つようにシリンダーがピストン運動を繰り返す部分に繋がれた、怪しげな鉱石としか言いようがないパーツをすぐに見つける事が出来た。
『これがきっと動力――あるいは心臓部。これを壊せば再生もしないだろ』
颯汰は銀剣を鉱石に思いきり突き刺し、魔石に触った。
意外にも脆く、剣が深々と突き刺さり、鍔のすぐ上から噴き出した水が水弾へと姿を変え、わりかし速いテンポで三度打ち付ける音が響くとその結晶体は砕けた。内部に電気が音を立てて漏れるのが見えて、颯汰は剣を持ってすぐさまその場から離れると、ボンッと小破してさらに濃い黒煙が昇り始めた。
核が破壊され、完全に機能を停止させていた。
『これで、やっと一機……!』
やっとの思いで九体の機械たちの内、一体の破壊に成功した。だが依然として敵機の数は多い。
内部に水を注ぎ込むにしても、堅い装甲を破るにしても、核を破壊するにしても骨が折れる作業であった。敵のどの攻撃も受ければ致命傷に繋がるため過度な攻めは身を滅ぼすし、だからと言って避け続けるだけでは状況は打開しない。
――今みたいに一体一体処理するの、敵の頭数を減らすのは良い……、だけど次に上手くいくとは限らない。どうにか全部、一気に無力化できれば…………あっ!
八体もの敵機を相手にしているリズに合流すべく、更に踏み出した時、颯汰の脳に閃きが奔る。
足場となっているクレーターの黒い細かな砂。
手に持った武器を眺めてから視線を危険な状況なのに未だ離れない家族である龍の子に向けた。
『…………やるしか、ないよな』
そう呟いて、彼はすぐに砂上で足を止め始めた。
七夕なの今気づきました。
なんかそれに合わせたお話、
外伝とかに書いておけばよかった。




