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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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25 蜘蛛

 ヴァーミリアル大陸南部は荒涼とした土地だ。

 中央部付近から東側は大樹セラフィー……というよりも《神の宝玉リーゼ・クライムノート》のお陰で緑豊かな大地となっているが、ここにはその恩恵が届いていないのだろう。

 特に南西に近づくにつれ、暗黒大陸と名高いカエシウルムに近づけば近づくほど、それが顕著である。またこの辺りの崖は元は巨岩であったようだ。

 雨で削られ、自然と形作られた景観――。

 その一つに、三百を超える鬼人族の兵が並び、昇る太陽と対の黒――黒衣の王が先端に佇む。

 崖から下はおよそ二十ムート。少し開けた土地となって三方向は緩やかな斜面となっていた。その切り立った場所へ正面から向かうのは厳しく、また回り道で登るのも大変な地形であった。ほぼ垂直で、ごつごつとした岩をよじ登るしかないためウマでの登頂は不可能であり、また上から岩を転がされたり、妨害し放題である――そのため協議でこの場所を選んだのだが、その必要性も既になくなっていた。


「さぁ、魔王殿下! 私と決闘せよ! 降りてくるがいいネ!!」


 崖から見下ろせる緩やかな斜面をウマが走る。

 ドミニク伯爵が馬上にて腰の鞘から剣を抜き放っては坂を下りながら器用に双剣を振り回した。八の字の口髭を勇ましく揺らして、歳のわりに少し高い声であるが雄々しく声を上げる。部下である人族の正規兵一万を既に還したが、一人残った英傑は己の矜持のために命を投げ出す覚悟で剣を取ったのだ。


「臆病風に吹かれたなんて言わせないよ! 王より賜われしこの双つの聖剣――この刃たちに誓って、私は王の国を護らねばならない! さぁ、来るがいい!!」


 一本は刀身まで金色の剣、もう一本はまた銀色一色で統一されていた。鍔の飾りは金色の方は赤い宝石のようなものが、銀色の方には青色の宝玉のようなものが煌めいた。

 一見すると戴冠式などの儀式用、あるいはただの金持ちの道楽用でおよそ物が切れるのかすら疑わしい物であるが、


 ――遠目で見づらいけど、なんか柄の頭に変な物が付いてる? なんだろう……


元来、他人をよく観る者であり、また“獣”が宿ったこの少年は、特に危機に対し目敏いと言える。違和感を覚えたからに立花颯汰は油断するわけがない。剣先からビームが出ても……――それはさすがに驚きはするだろうが、あり得ないなんて捨て置かないでいる。

 自分自身が訳の分からない力を有して相手がそれを持たないなんて、都合が良すぎる想定は死を招くと心得ている。


「……我が神、如何為いかがなさいます?」


鬼人族のファラスが声を掛ける。

 心なしかそのむっつり顔の瞳に期待らしき光が皓々とたたえているように見えるが、答えは決まっている。その手には乗らない。


『一万の兵が帰った今、戦う理由がないのでスルーで。……このパターンはちょっと想定外だ』


 目の前で常識の範疇を超えた強大な力を示せば、敵兵も退くだろうとは協議内で誰もが思い描いていたが、まさか一人残り、戦えと言う者が現れるとは想定していなかった。

 偽りの王たる立花颯汰には戦う気は一切ない。相手が憎くて堪らないならば話は違うが。一万の軍勢を脅して撤退したならばそれで終わりだ。

 自分の意志で“力”を操り、光の柱を顕現させたが、やはりまだ正体不明の“力”で信用に足らない。だから不測の事態でなければ使いたくない……というのが半分本音であるが建前でもある。

 少女の前で自国の兵たちが死にいく姿を見せたくないという甘さと驕りが確かにあったのだ。

 しかしそれでも――もしも二発目を射った後にマルテの正規兵一万名の士気が挫けないで、彼らが徹底抗戦を主張し始めた場合――颯汰はその力を彼らに向けざるを得なかった。敵陣営を潰走させるために敵の頭を潰す――つまりは指揮をする位が高い者だけを狙うちもりであったのだ。



「なんだネ!! まさか叫ばせて疲れさせようという魂胆かな!? 怖じ気づいたのかネ!!」


坂を下り終え、造られたばかりの脆くなっているであろうクレーター前でドミニク伯は止まって叫んでいた。

 抉られた大地は熱で赤く、土は黒く変質していて、細かい砂や灰となっているように見える。

 一瞬――中心部は不思議な光が見えた気がしたがそれも今は消えてしまっていた。気のせいだと断じたドミニク伯だが、そこにウマで侵入するほど冒険家でもない。右手で剣を握りながら手綱を掴んで引き、制止させつつ馬上では喚いている。


『帰ってくれないかな』


 距離が近くなり、また多勢が去ったおかげで幾らかは声が届いていたが、崖の上からの颯汰一行の会話は、下には聞こえない。


「ドミニク様……」


自国の偉大な戦士に向けて様々な感情がない交ぜとなったゆえに掛ける言葉が見つからず、ただ王女ヒルデブルクは彼の名を口にする。

 それを横目で見た颯汰も一瞬の間の後に、


『遠くて何を言っているのか聞こえないので撤収しましょう』


崖の奥、積み荷と客人たちが待機している場所まで移動しようと、エルフのメイドがそそくさと作り上げて見せた黒の外套を翻して呟いた。

 下から叫びが薄っすらと聞こえてくる。


「ちょ!? ま、待たぬか! 人がせっかく覚悟を決めているというのに!」


『死ぬ覚悟とか、あんまり褒められたものじゃない』とブーメラン発言をしながら颯汰が撤収の号令をかけようとしたその時だ。


「――……お待ちください、神よ!!」


ファラスが呼び止め、颯汰が振り返った。彼の視線の先は無論、崖の下にいるドミニク伯である。

 颯汰が崖からそっと覗き見る。

 彼は相変わらず何かを口走っているがその声量は先ほどより小さく――こちらに向けてではなく、何もないはずの正面に対して、剣まで向けて臨戦態勢を取っているではないか。


 変だな、と思った矢先、


「っ!?」


ドミニク伯が落馬した。

 勝手に自分で足を滑らせた訳ではない。

 止まっていたのに落ちたのだ。

 何かが飛来し、それ(、、)を咄嗟に双剣の剣身を十字に重ねて防いだのだが、勢いで彼は馬上から落ちたのだ。それ(、、)により手綱も焼き切れて、ウマがいなないた。両前脚をあげては、その黒くて大きな瞳が恐怖一色に染まりきり、慌てて方向転換しては主の左手の甲を踏み砕いて坂を駆け上がって行くのが見えた。


「――アアッッ!!」


ドミニク伯は両手の剣を捨て、痛みに喘いだ。

 歯に力が入る事で八の字の口髭を震い、目は血走って滴が自然と零れる。

 咄嗟に防いだ「謎の赤い光」からは強い衝撃と熱の感覚があった。夏の日差しを一瞬で受けたような眩さと熱さ――もし双聖剣ではなく身に直接受けていたとしたら絶命していたやもしれないという恐怖に、再度血の気が引いていく。理解不能な現象に脳内でパニックがさらに強まる。 

 痛みに細まる敵意の視線。

 そこには純白の花が咲いていた。

 いや、花にしては大きい。

 人の顔くらいはあるだろう。

 五つの花びらが開き、真ん中から赤い光が収束しているのが見えた瞬間、それ(、、)が放たれていた。

 抉れた黒い地面から、這い出てくる。

 花びらのような部分が引っ込み、細い脚が次々と黒い砂から出ては身体を起こす。八つの脚の形状から、とある虫の存在が想起される。


 ――蜘蛛クモ……? まさか……!?


 白い真珠のような装甲を身に纏う、機械仕掛けの蜘蛛らしき物体。日の光を反射して眩しい。ヒトよりも巨大なそれは明らかに自分たちが知る蜘蛛とは異なるのだが、確かに似ている。

 崖の上からも、その姿を目視できた。

 不自然なほど磨き抜かれた白く輝くボディ。

 発光し、並ぶ赤い目たち。


「まさか、あれは――って神ィ!?」


ファラスも崖下から出てきた謎の物体に覚えがあるのかそのような事を呟き、主の方を見た時には心臓が止まりそうになった。

 主――颯汰は外套の首元の紐を解いてはその場に脱ぎ捨て、既に崖から飛んでいたのだ。


 ――高っ、風っ、うわ、こわっ


 かなりの高さもあり、頭から飛び込む余裕はなく、それでも両足から決死の覚悟で降りた颯汰。

 顔の下半分を覆う仮面の下で必死に歯を食いしばり、風圧により目が潤い始めるが、目標から目を背けはしなかった。

 謎の物体――機械仕掛けの蜘蛛から放たれた光線ビーム。躊躇いはあったがそれを見た時、に身体が動き出していた。あれは、止めないとならない、と――。


 蜘蛛の赤い目がさらに強く光る。

 外敵を、容赦なく抹消しようと動き始めた。

 後部のパーツ付近から響く駆動音。

 蜘蛛のそれのように膨らんだ腹部が変形する。

 先から伸びてはサソリのように反り返り、先端には円錐が花びらのように開いた。

 再びエネルギーが収束する甲高い音が響く。

 開いたその発射口に光が集まり出したのだ。

 一度目の攻撃を受け、また同じものが来るとドミニク伯はすぐに理解していたが、痛みにより身体がいう事を聞かない。


 収束する光が放たれる――、

 その瞬間に蒼き炎が爆ぜた。


『――ッ! イグニション――!』


落下中の颯汰の左腕の装甲が開き、噴射口となって炎が呻りを上げて噴き出した。

 その勢いに合わせて空中で態勢を変え、一瞬だけ右手を前にしてから、引くと同時に後ろから燃える左手を前に突き出し――、


『――蒼炎の衝鎚(ジェット・インパルス)ッ!!』


上から飛び降りた颯汰の拳が、蜘蛛型機械の反り返る発射口もろとも頭部パーツを殴り抜いた。衝角の如き一撃は、落下の加速で増して地面の砂を巻き上げるほどの破壊力を有していた。抉れた地面を覆い隠すほどの黒煙が舞い、衝撃音が崖の上まで響き渡る。

 襲い掛かる暴風により巻き上げられた砂塵を、必死に目を瞑り、頭を抱えるようにして過ぎ去るのを待つドミニク伯。

 風が止み、もくもくと昇る黒のベールの中から、それは現れた。


『――……! あぁー……(高くてこわかったぁ……!)』


 魔神が黒煙より現出する。

 殴った方の手をぷらぷらと振りながら、立花颯汰は自ら造ったクレーターを登り始めて呟いた。


『あれが、“鉄蜘蛛”か……』


破壊した蜘蛛型のロボットらしき存在を、颯汰は友であるクラィディム王からの親書にて知っていたのだ。

 若き日のボルヴェルグとマクシミリアン卿が共闘して討ち取ったとされる『巨神の再来』――。

 それが“鉄蜘蛛”と呼ばれた魔物である。

 厳密に言えば、魔物とカテゴライズされた機械なのだが、虫の姿を模して人を襲うならば民にとっては脅威であり、魔物と大差ない。

 鉄蜘蛛の“成体”とされる物は装甲の色が黒く全長はおよそ二十ムートを超えるとされている。そんな巨大な怪物を、ボルヴェルグは仲間と共に討ったというのだから驚きだ。

 近年、その“幼体”とされる小型版の鉄蜘蛛が復活したという情報を得た王子は、両国を統べる王となる友――颯汰に、人々の安全を確保すべきだと願い、文を送ったのだ。


『――目撃情報、各地の土壌に含まれた成分を解析した結果、やはりヴェルミ南西部から、マルテ付近で“それ”が出現しているようだ。こちらで注意勧告は出したが、アンバードの方はソウタが注意を促してくれ』


 手紙を受け取って丁度、その南西部にいるからに嫌な予感がしていた。しかしフラグの回収が早すぎる――、と呟きながら彼から送られた文面を思い出して溜息を吐いた。


 ――しかも、思った以上に“堅い”


剣や槍、矢などは通さないであろう装甲を持つこの外敵に対し、どのように対策を練るべきか紅蓮の魔王に相談すべきだなと思いながら、まずはクレーターから脱し、痛みで座り込んでいるドミニクへ近づく事にした。


『大丈……ぶじゃないですよね、それ。少し我慢してください、もう少しで医者が――』


正直、直視に堪えない程に左手は腫れていた。血が出たり、骨が露出していないだけマシであるが重傷であるのは間違いない。

 脅した相手だが、最低限の手当を施すべきだろう。マルテの兵が去るのを見て、紅蓮の魔王とエイルもすぐに戻って来るはずだ、と。

 近づく怨敵たる魔王を下から睨むように顔を上げていたドミニク伯であったが、


「はっ! ボーイ、後ろだっ!」


目をカッと見開いて叫んだ。

 颯汰が反応し、振り返る。

 飛来する何かに向けて咄嗟に左手を翳す。


『うぉ……ッ!?』


 熱線ではなく、物理的な勢いに押される左腕。

 黒煙から噴き出したのは白い物体――。


『な、なんだこれ……!?』


 粘着質がありベタ付く白い何か。


『! と、取れない……!』


 腕から顔に付着したそれにより、身体の自由が利かない。伸縮しているが直に元に戻ろうとする。鳥もちのようなそれは――、


『蜘蛛要素っ……!』


糸である。

 ネット状に発射された白い粘着物が纏わりついたのだ。見た目だけが蜘蛛ではなかった。黒煙からパールの装甲を持つ脚が伸びる。赤い瞳の少し下――腹部ではなく口から同じ粘質物が射ち放たれる。機械による正確無比の射撃は颯汰に命中し、黒い装甲がどんどん網目上の白に覆われていく。

 抵抗する間もなく自由が奪われてしまった。


『まずっ――!』


「なんとぉお!!」


黒煙からどんどんネットが飛んできて、颯汰だけではなくドミニク伯まで真っ白になり、またぐるぐる巻きになった。

 簀巻きになって倒れた颯汰と地に伏したまま動けなくなるドミニク伯。


 そこで煙が風に流され、絶望が這い出る。


『………………!』

「…………嘘」


 一体、二体、三体、四体――。

 黒い砂地から這い出てくる“鉄蜘蛛”。

 そして、さらに気づく。

 壊したはずの一体から噴き出す銀の煙――。

 それが損傷個所に集まると、捻り切った配線やへこんだ装甲が、真新しく造り直されていた。


『再、生……!?』


 五体、七体、九体と、数が増えていく。

 青ざめた颯汰の左腕は封じられている。

 何とか右手だけが出ている状態でも、両足の関節まで動かせないほど酷く絡みついていた。

 ドミニク伯が落とした銀の剣が近い。

 何とか拾えないかと身体を懸命に動かすが、地を這う芋虫よりも不器用な動きでバタつくのがやっとだ。

 手を懸命に伸ばす。

 あと数センチ単位で届かない。

 そして――、


「あ、ああ!!」


ドミニク伯の叫びは敵の攻撃行動が始まった――全個体が一斉に花びらを開いたのだ。

 前の個体に当たらぬよう頭部を伸ばして、発射口を颯汰たちに向ける。

 背に昇る太陽よりも赤く、冷たい光が集まる。


「そんな……!」


 二人の男に死が迫る。

 生の終わりは、いつも突然やって来る。

 収束する光が、世界を全て赤く染め上げていった。

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