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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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22 決断

「――それは本当かネ?」


 深夜。マルテ王国の正規の騎士たち一万人で編成された『王女捜索隊』の大陣営。その中心の天幕の中、総指揮官たるドミニク伯は驚嘆と訝し気な声を上げて報告に来た兵に尋ねた。片手に持ったカップの中の飲料が揺れ動く。

 さすがに短期とはいえ遠征であるため華美な格好ではないが、鎧姿でも充分に様になるのがこの男、武人である。というよりも彼的には、他貴族たちに合わせるよりもこちらの方が好んでいた。


「斥候の話では間違いないとの事です。アンバードの鬼人族オーグと思われる集団がそのような事を大声で口走っていたと……」


「……ふむ。しかし、え~っと、『マルテの姫を捕まえた!』か……。いくら自分の領土内とはいえ、余りにも、こう、マヌケではないかネ?」


「鬼人は粗野で短慮だと聞き及びますが……」


「ううむ。だが我々ももう情報がない以上、その話に食いつくしかないネ。……大方が神託士サマの言いなりでしゃくだが、仕方あるまい」


カップの中の馬乳酒を仰ぎ、ドミニク伯は椅子から立ち上がった。


「では諸君、物事はスマートに! 決断は素早くだよ! じゃあいくさの準備と取り掛かろうかネ!」


自身の鼻の下の八の字に整えられた髭の一房に触れながら不敵に笑うと、腰に差した二振りの聖剣の飾りが煌めきを放って見えた。


 ◇

 前日、魔王軍・協議天幕内――。


「恐れながら我が神よ、我が鬼人たち、そのような演技が上手くできるとは思えませぬ……」


「……いや、あまりにわざとらしくなければ大丈夫です。多分、罠だとわかっても、相手方は無視はできないはず。食いつきますよ。きっと」


 ◇


 砂地の荒野に揺らめく黒線が続く。

 あまりに長いため緩慢に映るが、実際は急ぎ足――迅速に目標まで進んでいる。

 夜明け前に行軍を始めた軍勢はもう目標地点まであと僅かと迫っていた。

 遠くの空は未だ霞んでいて、北部の山や森の豊かさが目につく。寂寞せきばくの想いや故郷への憂いが一瞬だけ脳裏に浮かんでは消える。何年も続けた大遠征ではないのだが、不思議とそう思えてしまうのは心の中にどこか引っ掛かり、ある種の迷いがあるせいだろう、と三十代後半のドミニク伯は馬上で自身に老いを感じ始めていた。若い頃のように考えずに戦うわけにもいかない立場となった事に対して感慨深いものもある。


 アンバード領内で陣を敷いていたマルテの捜索隊は報告を受け、すぐさま進軍を開始していた。一万の軍勢であるが正規兵――ゆえに準備は四半刻も掛からず手早く終わって歩み出せていた。

 それを遠くから確認する影に誰も気づきはしない。マルテは人族ウィリアの国。そしてここは魔族と呼ばれた者たちの土地であるから、まさか彼らも自分たちよりも遠くを見通せる目を持つとは思わなかったのだろう。いや、ヴェルミとアンバードが魔王の手に落ちたという噂も、二大国が統合するという話すら馬鹿げた虚言デマだと断じていたからこそ、敵方にエルフがいて、既にこちらの動きを掴んでいるとは想像もしていなかったのだ。敵は鬼人族だけだと思い込んでいた。

 巨躯とはいえ、報告では五百も満たないと聞き及んでいる。それなら一万の兵では圧殺が出来る。問題は人質などという小癪な手を使う可能性がある事だが、命惜しさに手放すだろうと構わず進軍する。

 斥候の話では、西の方角の崖下で夜営をしていたらしい。歩哨も満足に立てていないという命知らずの荒くれ者共は、領地内で奇襲を受けても勝てると踏んでいるか単に頭が悪いのか判断しかねるが、捜索隊には好都合であった。

 日が昇る前であるが、周辺の村々には既にこの旗を掲げずに進む軍勢の存在に気づいているだろうが、あくまで戦争をしに来た訳ではない。食糧難でいざとなれば村に対し略奪も辞さないが、ドミニク伯はなるべくアンバード本国を刺激しないように、鬼人たちの集合地点へ急いだのであった。


 ◇

 前日、魔王軍・協議天幕内――。


「信仰者。鬼人の戦士たち三百名と彼奴きゃつら一万の軍勢、戦えばどうなる」


「…………おそらく皆、死ぬまで戦うのは間違いないでしょうが、敗北は必至ですな。同じ鬼人の贔屓ひいき目でも無理なものは無理です。物量差に、それに練度も違うでしょう」


 ◇


 重装備でも動き回れる強靭な肉体と狂人のスタミナを持つ人族ウィリアの兵たちであるが、此度の重装兵は全体の二割もいない。捜索がメインであるため騎馬は連れてきたがそれも二割弱。しかも全体の半分近くは新兵で編成されている。これは宮廷神託士の一存であり、本来は軍事に口出しを越権行為として禁じられている身でありながら、ドミニク伯爵と国王まで説得し、万の軍勢を出兵させたのだ。

 新米の兵に経験を積ませるべくと名目に、ドミニク伯爵は当初、何も疑問を持たなかった。

 元よりそういった演習を行う予定であったのと、ヒルデブルク王女には失礼であるが、他国へ侵入し捜索――いつ戦闘になるかわからない緊張感を知る良い機会となるだろう、と考えていた。

 はっきり言えば、ドミニク伯は王女が既に亡くなっているものだと思い込んでいた。

 それがまさか、密航した船が沈没し行方不明となった王女がこんな場所にいるとは思っておらず、神託士の話す言葉も半分以上聞き流していた。ヴェルミ領内を捜索していた頃、斥候が民に扮して聞き込み調査させたところ、姫と特徴が一致した少女の目撃情報や、先ほど得たばかりの鬼人たちの会話でまだ生きていると知り、真偽を確かめるべくその鬼人たちの下へ歩みを進めている。

 宮廷神託士の地位は盤石だが、王家以外の者にとってはその神託の存在そのものが懐疑的である。神託士と馬が合うドミニク伯ですら人族の国であるゆえに、魔道や占いなども所詮は迷信やその程度の物と侮っている節があった。

 今の流れ的に偶然、とは流せやしないが、だからと言って万事が神託通りであるとも認めたくない心があったのだ。心理的には「幽霊がいない」と言いつつその存在に脅えている子供と同じだ。だからこれから出会ってしまう(、、、、、、、)存在も心のどこかで認めつつ、否定していた。


 現在、一万の線が連なり進んでいる道は、双方の丘に挟まれたひと気のない街道であり、アンバードでも辺境の地と呼ばれる部分であった。

 マルテと隣接しているが、ヴェルミと違って砦が少ない。細々とした村が点々としているだけである。その理由のひとつはかつて鬼人族の大きな集落があった点と、およそ三スヴァン――(この世界のウマで三日かかる距離)に竜魔族ドラクルードがいる古びた城があり、それがマルテへの牽制けんせいとなっていた。だが今や一万の兵が我が物顔で行軍している。王女を救うという大儀があると士気は高いが、ただ中央のドミニク伯だけは浮かない顔をしていた

 敵に対する恐れではない。王女に対する同情もなくはないが別件だ。


「………………」


「如何なされました?」


「いや、済まないネ。総大将がこんな顔つきじゃあ不安を覚えるのも無理もない。ただの考え事だよ。敵方が動く前に迅速に終わらせるとしよう」


近衛兵の問いにそう答えたドミニク伯は、気を引き締める。

 彼が引っ掛かりを覚えたのは神託士の言葉――、


『どうせ先に獣刃族ベルヴァの皆さんが先に見つけてるっすよ』


神託士はそう断言していた。

 しかし、現状で先に出発した獣刃族の黒豹たちの姿が見えないし、連絡も途絶えたままである。


『では兵など要らぬではないかネ』とドミニクが反論したところ、神託士から『保険っすよ保険』と返される――今、その保険が利いている形であると言えよう。別段、砂の民が心配であるわけではない。ただ漠然とした、いわゆる戦士の勘が警鐘を鳴らしていた。


 ――……まさか、ネ


彼が夢に見たという神託の最後に言った部分、あり得ないネと唾棄した言葉が自然と響いていた。


『――最悪、退いてください』


武人を侮辱する言葉だ。もしドミニクでなければ怒り狂っていたし、もし宮廷神託士という役職でなければ斬り捨てられてもおかしくない。


 ――全く馬鹿らしい。所詮は神託、占卜せんぼくの類い。信じてすくわれるは足元だけ


呆れの溜息は自分に向けてであった。

 そして今、行軍した先の敵陣営で戦闘が起こると、雑念を消し始めた。


 ウマが嘶かないように板を噛ませて縛り、蹄に布を被せて足音を消す――じんわりと近づいてついに敵の寝床を目視できる距離となった。

 街道を進み道の外れ、なだらかな下りの先に天幕が幾つか見えたのだ。

 前には屹立した広い崖があり、崖と坂に挟まれる形であった。崖を背にして魔物から身を守る算段であったのだろうか。むしろ落石が危険なのではと思うが相手は自分たちと異なる蛮族であり知性も差があるだろうと驕ったのか、あるいは目前にあるという焦りからか、深く考えが至らなかった。あつらえ向きに逃げ場が塞がれているので、ドミニク伯は各隊長に命じ、敵を三方向から囲むべく兵を動かす。三つに分ければ戦力は減るが敵の数はたかが三百ちょっとだ。万の兵を分けたところで痛くも痒くもない。

 むしろ敵方の方が逃げ場がないと知り、諦めて降伏すればなお好都合だ。

 ドミニク伯はもう一抹の不安を拭い去っている。彼の指揮の下で兵たちが分かれ、配置に着こうとした――、


 その時である。



「――、――、――、――――、――!!」


衝撃――いや、爆音が響き渡った。

 耳どころか世界すら壊れそうな音がした。

 マルテの兵たちは反射的に耳を塞ぐ。

 それでも骨の髄にまで響き、振動で歯まで揺れカチカチと音を立てる者が現れるほどの轟き。

 彼方に昇り始めた円盤の眩しさにその存在がくっきりと映る。

 それがヒト、しかもたった一人から発せられたと気づくのに万の兵たちは暫し時間が掛かった。


 ◇

 前日、魔王軍・協議天幕内――。


「天幕を罠に?」


「そうだ。敵を少しでも分断させ混乱を招き、敵に考える間を与えず――」


 ◇


「止まるがいい!! 我らの神の地を、誰の許しを得て踏み荒らすか! マルテの兵どもよ!!」


先ほどより抑えた声量で放たれた人語。それは、崖の上から響いた。

 崖から影が立つ――それぞれ武器を持った鬼人族たちだ。数は確かに少ないが、それでも全員がニムート超えの長身でありその顔の厳つさも相まって見下ろす姿に幾分も迫力がある。

 そして中心に叫んだ鬼人の前にいる異質な存在に皆が目が止まる。

 まるで今、昇りし日輪の光すら呑みこまんとする傲岸な闇の化身がそこ佇んでいたのだ。

 鬼人に比べれば背は低い。それはそのはず、その軍団にいるはずのない同族たる者……人族のまだ未成年であろう男が、これまた不思議な出で立ちで、崖っぷちの丁度岩が隆起した部分に片足を乗せて、少し前のめりで見下ろしてきている。

 全体は黒ずくめで手足と顔の半分だけ鎧うといういびつさ、背にはなびく漆黒のマント――さしずめ死を運ぶ“黒”と呼ぶべきか。その纏う気配がより歪で、歴戦の戦士ほど焦燥感が募る得体の知れなさを敏感に感じ取っていた。


「我が名はファラス!! 神に代わり声を届ける者!!」


 あれは何だと混乱から納得が起こる前に、響く怒号が平静な思考を奪うように耳朶を揺さぶる。尊大な主を称えるために若干大げさに身振り手振りが却って効果を生み出していたと言える。


「ここからは我が神の御言葉だ!! 有難く拝聴するが良い!!」


と言い放ち訪れる僅かな間の静寂――。


『我が名は“魔王”! 二大国を制覇し、統合せし神なる王者「タチバナ・ソウタ」である!!』


 だが叫ぶのは変わらずファラス。未だ動かず冷たい瞳で睥睨する神にして“魔王”の代弁者となる。

 三方向から囲う兵たちの少し放れた地点――なだらかな下り坂の上に佇む集団の、総指揮官であるドミニクから直線でおよそ百五十ムート程度か。囁き声は絶対に届かない距離、天然の拡声器たる鬼人の叫びが全方向によく通り、響き渡る。


「あれが、“魔王”……! まさか、本当に……!?」


ドミニクの口からギリッと歯ぎしりが鳴る。

 思った以上に若い顔つきだが、遠すぎるせいもあって相手を正確に測れない。


『用心してください……。この先から神託が光に――あの“光の柱”と同じ光に呑まれて見えなくなったっす。国王陛下にはナイショですが――』


神託士の言葉がドミニクの頭の中に過る。

 ここから先は未知であり、最悪撤退しろと警告されていた。

 魔王や魔法などの現象を信じ切っていないが、それでも彼らの心に爪痕を残す光景を確かに見せられた。遠い空、北方にあるヴェルミ・アンバードの国境たるエリュトロン山脈に突き刺さるように屹立した光の柱――。まやかしだと思い込もうにも、目で見たそれは紛れもなく真実であると魂が叫んでいた。

 『何故ここに?』――混乱が加速する。

 響動どよめきが、確かな動揺が兵たちの中へ駆け巡って行く。ドミニク含め、隊長たちが静まれと部下たちに叫ぶ中、ファラスは続けた。

 それが一層、動揺を強めるものとなる。


『我が領地を求食る不敬者ども、汝らが求めし者はこれ(、、)ぞ?』


切り立ったそびえる崖の死角から、引き上げるように“魔王”はマルテ王国が求めてやまないものを雑に見せつけた。

 口を布で縛られ、手足を縄で縛られた少女。その縄を引き、魔王は自身の下へ手繰り寄せると、


『小娘……ヒルデブルク=マギウス=ルスト=ピーク、貴様らマルテの秘宝だな――』


その名を出した瞬間、一部の兵たちが爆ぜるように声を荒げて武器を掲げた。崖へ至れる地点を探そうと動き出そうとするが、


『動くな!! 余計な真似をすれば、たちまちこの細首をね、二度と物言わぬ人形になるぞ?』


ファラスの忠告に合わせるように、“魔王”は少女の首元に、先端が鋭い手甲の指を突き付けた。下手な動きをすれば命を奪うと宣言したのだ。

 さらに狼狽うろたえだすマルテの正規兵たち。

 ドミニクは苦虫を噛み潰したような沈痛な面持ちで一度だけ呟き、再度それを大声で発した。


「――何が、目的かネ!?」


その叫びは、確かに届いたようだ。


『我の要求? 何、簡単であるぞ!!』


そして崖の上に四頭、シトリーを含めた獣刃族が獣化した姿を見せ始めたではないか。その姿で敵である首謀者と並び立つ意味は、誰の目でも明らかな“裏切り”だと理解できた。


『貴様らは即刻、マルテへ退き帰し、王に伝えろ! 「マルテ中の獣刃族の解放――“黒真珠”ヴィネを引き渡せ」とな!!』


 それは、マルテ王国が盾としている砂の民の秘宝たる王――ヴィネと他の獣刃族の返還を要求であった。

 砂の民が離反した理由が明白となる。己の大事なタテガミを持つ獅子の子であるヴィネを取り戻すために、魔王へ泣きついたのだと理解できた。今、人質の交換を持ち掛けてきているのだ。国の――まだ幼い王女を使ってだ。

 ドミニク伯は静かに、だが確かに握った拳が戦慄わななき震わす。

 歴戦の戦士に、普段とは異なる、また重すぎる決断が迫られていた。


なんとか投稿が間に合いました。

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