21 協議
睨み合う二つの種族。
それも互いに人の上に立ち、荒事を得手とする戦士たちを率いる者たち。
片や鬼人族を纏め上げたカリスマ。
その見た目に似合わず知性的で信心深い大男。
片や獣刃族の若き女豹。
女ながら鬼人相手でも渡り合える実力者だ。
双方とも相性はとても良いとは言えぬ。
それは戦闘においてだけではない。
獣たちは彼らを蛮族と揶揄し、鬼たちは彼らを裏切り者と罵り合う仲であった。
獣刃族において、絶滅したと呼ばれる風の民については仕方がないとして、少なくともオオカミである雪の民は友好的で、アンバードでも馴染み、仲間意識があった。しかし、彼らヒョウへ姿を変える砂の民は独自の思想の下、迎合を拒み孤高を貫いていた。
その姿勢はまだ許容できたものの、三大国のひとつであるマルテへ下ったとなると、話が変わってくる。
彼らは先王時代でも何度かぶつかり合った。
そして時は過ぎ、アンバードを襲った災厄――迅雷の魔王の台頭により国は混乱に陥る。立ち上がった鬼人族の頭領たるファラスが反旗を翻す中、魔人族も雪の民も共に戦う事を選んだ。
王国所属の騎士たちが折れて、王都周辺は彼の簒奪者に従うのも無理がなかったと言える程、迅雷の魔王は凄まじき敵であったのは間違いない。それでも平和を望み戦いを挑んだ者たちがいた。
だから戦わずに逃れた竜魔族たちや南の敵国に行った砂の民を、彼ら鬼人族は嫌悪する。その高い実力を認めているがゆえに憎悪していた。
一方、砂の民からすれば端から仲間などと思った事すらない上に自分たちの王となるべき“黒真珠”たるヴィネの安否の方が大事であったのだ。
思想も理念もすれ違う仲――。
ならば再び、衝突は必至であろう。
短慮な鬼人は猛り狂い。
独尊の黒豹は嘲り嗤う。
今まで通りならば――。
「なるほど。畏れ多くも、貴殿は我が“神”に挑み、敗北し、恭順を誓った、……と」
「そうだよー」
『そうなの?』
ファラスは種族の中で最もオカシイ男と呼ばれていた程、力ではなく信仰――知性と友愛に重きを置いている。
最初こそ、救世の神であり龍の化身――アンバードとヴェルミの統一のみならず、種族の垣根を越えて安寧の世界を造ると宣言した(していない)立花颯汰の背にべったり付いているシトリーを見て、ファラスは冷静さを失いかけた。しかし周囲をよく観察し、状況がある程度理解できたからこそ、改めて砂の民を率いる女豹との対話を試みたのだ。
「俺たちはそんな約束はしていないが――」
「――シッ! 静かに。話が拗れる」
オセの物言いにフラウロスが注意した。
既に鬼人族の軍勢とも合流し、渦中の人間たちを囲うように、三百を超える兵たちがいた。
獣刃族の黒豹たちもヒトの姿へ戻り話し合いを聴いている。
「言ったじゃない『あたしが勝ったら、君の全てはあたしのモノ。君が勝ったらあたしの全ては君のモノ』って」
『え、なにその賭け。こっちにメリットが一切ない』
眠れる“獣”の力を呼び起こすために自らの腕をナイフで刺し貫き、発動させたは良いがその痛みから気を失い、制御不能となっていた頃に結ばれた強引な約束に今さらながら颯汰は引き気味に感想を漏らす。
「えー? 儲けものだよー? 自由に、……じ、自由にしてもいいんだよー?」
途中で少し赤らめて、言い直した部分の声の高さが狂ったが、少し試すような物言いをするシトリーであったが、
『え、じゃあ降りて』
まるで興味ないように、颯汰は答える。
「……あ、痛たたた、身体がー」
わざとらしく身体の不調を訴えだすが、
『そろそろ元に戻るから、いい加減に』
颯汰が絡みつく足をペシペシと叩き、シトリーに降りるように再度促す。
「ちぇー」
そう言いながら降りる砂の民の次期族長。
颯汰が天を仰ぐようにして身体の力を抜くと、纏わりついていた装甲が一瞬で光に溶け、霧散して元の小さな子供――およそ十代前後の姿に戻る。大多数の人々からどよめきが奔る。およそ百七十メルカンはあったであろう身長が百二十メルカンほどに縮めば無理もない。
「……はぁ」
――予想はしてたけど、やっぱ子供のままか
颯汰は縮んだ左手を見ながら嘆息を吐いた。
そこへ先ほどまで視点があまり変わらない女が、見下ろすように颯汰の腕を見て嘆声を吐く。
「本当、傷が塞がってるー……」
「自分で言うのも何だけど、意味わかんねえ」
シトリーにではなく独り言ちるように言う颯汰。
迅雷との激闘で生じた傷も目が覚めると(身体は縮んだが)治っていた。だから治ると想定はしていたが、自身の異様な回復力がさすがに気味が悪く顔をしかめる。さすがに刺し貫いた傷痕までは残っているが、近いうちに目立たなくなるのだろう。
「……さて、頭領が他の鬼人たちを制止させてくれている事だ、王よ。今後の方針を示して頂こう」
神父姿の紅蓮の魔王が従者のように礼儀良く、また王としてはまだ駆け出しの――愚昧とも言える颯汰を導くように言った。
「方針? う~んと……」
問題が積み重なり、やっと落ち着けるようになった時に鬼人たちの襲来で場も頭の中も混乱していた情報を整理――、
「神よ! どんな事だろうと命じてください!」
している時に大声で邪魔が入る。善意でも大音量は迷惑であるし子供視点だと感じる怖さもまた違ってくる。
「じゃあちょっと、静かに……」
「――ふむ。時間も惜しい。信仰者よ、会議の為に天幕を用意を願えるか?」
苦笑いを浮かべて耳を押さえる颯汰の代わりに、紅蓮の魔王がファラスに頼み込んだ。
「いいでしょう。神に相応しき荘厳なものを――」
「――普通で、かつ急いでお願いしまーす」
「仰ッせのッままにぃぃい!!」
颯汰の命令に勢いよく答えると同時に、巨体を俊敏に動かし、走り去る。
鬼人族の並び立つ中へ割って入っていき、「神のために天幕の準備をー!」と叫んでいるのが聞こえる。どうやら積み荷がある馬車の方へ進んでいるようだが、何から何まで全力投球のスタイルに颯汰が半ば呆れていると、別種族の――ヴェルミからの客人たちがやって来た。
「お初にお目にかかります! 魔王陛下!」
「? その格好は黒狼騎士……、それにエルフのメイドさんと……?」
全身を黒で纏めた鎧騎士が仰々しく片膝を突いて挨拶をし始める。
エルフの侍女が丁寧に御辞儀をすると、隣にいた顔が良い一般人――の格好をした護衛が跪き、隣の侍女を引っ張って「お前もやれ」と無言で指示をしてから口を開いた。
「此度、我らが新王――クラィディム陛下の勅命により、親書をお届けに参りました。エルフのグレアムと申します! ……失礼ですが、どこかで……」
失言をする兄を打っ叩いた後に同じく挨拶をするメイドのルチア、そしてヴェルミきっての戦闘集団たる黒狼騎士団のカロンと名乗った。
颯汰の記憶の片隅に男二人の名があったが、それを今話しても詮無い事だと断じて初見であると決め込む。昔話に花を咲かせる趣味も暇もない。
「気のせいでしょう。……それで、えーと? わざわざディムからの手紙を? ありがとうございます」
手紙を受け取る颯汰であったが、一瞬の逡巡を看破した魔王が告げ口をする。
「信仰者が天幕を準備するまで時間がある。少し読むくらいなら問題なかろう」
「……うん」
封を切って颯汰はクラィディム王子からの手紙を読み始める。颯汰は今では日本語のように慣れて、自然と読み書きができるようになっていた。
「…………あっちも大変そうだな」
即位したばかりの友人に労うような本音が、口から漏れている事に当人は気づいていない様子で手紙を読み進める。こちらを心配させまいと伏せているが、間違いなく修羅場なのだろう。先王ダナンは投獄したが、ダナン派の貴族たちをどう懐柔するかが問題だ。おそらく弾圧はしまいとディムの気性からは察せられるが、逆にそうだから大変ではある。
読み進めていくうち、颯汰の視線が止まる。
そして再度動き出したあとに再び止まった箇所を読み始め、
「んん……? ん~……――」
小さく唸りを上げた。
それは、とある人物が何を目的にヴェルミを旅していたのかが記述されていた。
新国王でも、やっと知りえた秘匿情報の一つだったらしくそれには彼の父であるウィルフレッド老王まで関っている案件であった。
前々から何故と疑問であったものの答えがやっと出たのだが、また妙なタイミングであり、運命がどうとは言いたくない颯汰だが不思議な因果を感じられずにいられなかった。
どうしたと紅蓮に尋ねられて、
「いや、ちょっと変なフラグを立てられたような気がして」
「?」
首をかしげる神父であったが特にそれ以上追及する事はなく、颯汰もまた手紙を畳み始めた。
「返事は後で書きます。少し待っててください」
そう言って出来上がった天幕へ足を運び出す。魔王がその後を追い、必要な人物にだけ声をかけて中へと誘導する。
『目撃情報、各地の土壌に含まれた成分を解析した結果、やはりヴェルミ南西部から、マルテ付近で“それ”が出現しているようだ。こちらで注意勧告は出したが、アンバードの方はソウタが注意を促してくれ』
――んなこと言われても……
親書に書かれていた内容を思い出し、心内でそう呟きながら天幕の中へ入ると、ファラスがこちらへと案内をした。
◇
四隅に柱が立つ大きい天幕は、床は毛皮が敷かれ、その中心におそらく組み立て式のテーブルが一本足で立っていた。その上にはヴァーミリアル大陸南部の地図があり、天井からぶら下がった獣脂のランプが天幕内を明るく照らしていた。
狂信者が椅子の準備をしようとするのを止め、呼び出された人数が集まり、会議が始まる。
“獣”を宿す偽王――立花颯汰。
従者にして偽神父――紅蓮の魔王。
神を妄信せし鬼人――ファラス。
俊敏なる女豹の頭――シトリー。
冷徹な女豹の補佐――フラウロス。
マルテ王国の王女――ヒルデブルク。
卓を囲むは六人の男女。
上から時計回りにそれぞれが立った。
しかしそれでいて窮屈に感じないほどに天幕の中は広い。元より大柄の鬼人族用の物なのだろう。それぞれの影が大きく伸び、被らないほどにスペースがあった。
泰然とする大人たちや欠伸をしているシトリー。王女は表面に出すまいと懸命に押さえているが、その顔やソワソワとした仕草に緊張と恐怖が漏れ出ている。それは仕方があるまい。
「…………」
「? どったのお姫さま?」
「い、いえ……どうもしませんわ」
思わず二人の女たちから視線を逸らす。
いくら持ち前の幸運があるとはいっても、自分を味方する人物が誰一人としていないだろう空間の中に放り込まれれば不安は生まれる。
まだ十三の小娘だ。まだ頭の中で今の状況すら整理できていない。
良き友と思い込んでいた他種族は、その裏で苦汁をなめ続け、自由を欲して牙を剥いた。
彼らの目的は、『獣刃族砂の民の悲願――“黒真珠”たるヴィネの奪還』。
その為に王女を救出する任を与えられながら、人質にして国と交渉しようと画策していた。そして、さらに彼らは言う。
『一万の人族からなるマルテ正規兵軍が王女を捜索に派遣されて、来ている』と。
「では、会議を始めよう――」
紅蓮の魔王が開始を宣言する。
颯汰も緊張した顔であったが、ちらりと密かに震えを隠す少女を見て神妙な面持ちとなり、嘆息を抑えめで吐いた。
前を見据えて「やるしかないか」と誰にも気づかれぬ声量で呟く。
それに独りだけ気づいた魔王がふっと一瞬だけ楽しそうに笑みを浮かべた
2020/03/23
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