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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
133/423

19 咆哮

 死屍累々と言わんばかりに、獣刃族ベルヴァの集団は力尽きて倒れていた。

 意識を取り戻したフラウロスは豹の姿のまま、仲間に近づく。左前脚を引きずり、途中で獣化を維持できず強制的にヒトの姿へ戻ってしまった。左腕を抑え、左足を引きずる。

 一番重傷を負ったであろうオセ――敵の右腕に喰らいつき深々とその牙で傷つけた代償に、膝を叩き込まれて気を失ったところに、『黒獄の顎』に掴まれた仲間を叩きつけられたのだ。

 下敷きになっているオセもまた受けた甚大なダメージで黒豹から姿を元のヒトの形へ戻っていた。

 さらに仰向けのままオセの上に乗っている黒衣の戦士からは魔力が感じ取れない。意識は失っていないが、苦悶の表情で、どうやら起き上がる力もない。

 フラウロスが近づき、起こそうとした時、


「素人……、無闇に、触ったらダメ」


不気味な声が聞こえた。

 ふと振り向くと馬車にいた黒髪の化物――ではなく、エイルがその長すぎる長髪をブワッと揺らして跳んで、カサカサと身体を上下せずに動いて距離を詰める。フラウロスは戦士であるから悲鳴を上げまいと努めた。至近距離に来たエイルの異様に長い髪の隙間から手を伸ばして割り込む。


「な、なんだ――」


「私……は、医者」


そう短く言い切ると、手に持っていた鞄を置き、屈んでまず上に乗る戦士を転がした。悲鳴を上げるが無視し、オセの触診から始める。


 ――呼吸、問題、なし……。出血は、鼻腔だけ……?


骨が折れた様子もない。頑強さに感服しながら次は意識がある方へ視線を動かし、素早く寄る。


「お、おいおいやめ、俺に、触るな――」

「――動悸、酷い。尋常じゃ、ない発汗……」


触られる側の戦士は怖ろしさを覚えて身体に今までにない異常信号サインを発していた。


「ここ、痛む?」


エイルが彼の首に触れながら言う。

“獣”は黒豹だった戦士の首を掴むと、一瞬で彼の獣化を解け、あとは腕の力だけで大の男を持ち上げて叩きつけたのであった。


「い、いや? ……? 血が、出てない……?」


しかし、掴まれたとき、確かに首にあの“顎”の牙がめり込んだ記憶があり、そこから急速に意識がスゥーっと持っていかれる感覚がした。食い込んだ牙の痛みはあったからてっきり出血していると思ったが、今は傷口すら見当たらない。


「…………なるほど」

 ――『分解』し、『再構築』まで……


「……何か、わかったのか」


フラウロスが恐る恐る尋ねる。


「一時的に、魔力が奪われた、だけ。きちんと栄養を補給すれば、いずれ、元に、戻、る。……今すぐ戻したいなら、私が執ッ刀、する」


「いや、何だか知らないがやらんでください?」


まだ切る縫うという医術が一般に普及していない世界で、この異端者の『執刀』という言葉が何なのかわからなかったが、袖辺りから出現してくるくる回す金属の小さなナイフのようなものを見て、戦士の直感が嫌なものを察知して断りを入れた。

 そう、と短く答えた医者は地面に置いた鞄を開け、玩具箱を漁る子供のように乱雑に両手を突っ込み何かを取り出す。


「……これで、ちょっと、治る。……早く」


手のひらサイズの革袋に入った丸薬を取り出し、油断し切っている戦士の呆けて開いたままの口に捻じ込んだ。

 距離を詰める速度も素早く、不気味である存在に驚いた状態で口にモノを放り込まれ、つい飲み込んでしまう。


「――ッァ!? げっほ、げほげほ……! な、なにを……!?」


強烈な苦みでむせ返る。吐き出そうとする戦士にエイルは、超至近距離――鼻と鼻がぶつかりそうな程に近づいて頭と顎を掴んで阻止する。良薬は口に苦しと呟き、その赤い瞳で睨み、圧する。

 同僚であるフラウロスが何故止めに入らないと動かぬ身体、視線だけを動かすと――彼女は大岩蛇の眼力によって石化した逸話のように、固まり切って目線が一点に集中していた。

 それを追って視線をずらすと、黄色く背の高い草が生い茂る林の中から――“敵”が戻って来たところであった。

 

 ……――

  ……――

   ……――


 時間をほんの少しだけ遡る。“獣”――立花颯汰がじゃれてくる猫を追い払い、襲い掛かる殺意を叩きのめした直後だ。

 防衛本能が己の身体を維持するために魔力が必要と判断した。戦闘の途中で敵の一人を掴んだ際にかなり強引な手法で血中から魔力を奪い、補給をしたもののそれでは足りぬと、この砂の民たちの中で最も強いであろう戦士――シトリーを襲う。

 女の首を片手で絞め、さらに左手と同化した瘴気たる『黒獄の顎』の牙が首の肉に食い込む。初めて味わう感覚に戸惑いながら、シトリーはその痛みと苦しみの果てにある快楽に身を委ね、脳が麻痺しかけていた。

 死という終着点と同時に迎えるであろう最高潮の存在に気づき、それを期待していたから止めるつもりは端からないが、抵抗するにも身体からエネルギーも同時に奪われている今、何もかもが彼の手で握られていると思えば心までも火照っていた。

 もうすぐ、達するといったところで、


「――王よ。そこまでだ」


そっと黒き“獣”の燦然と輝く左腕に触れる手。

 気配もなく現れたのは紅蓮の魔王……“魔王”であり“勇者”でもある特異な存在だ。

 触れた手から自身に同化している“王権レガリア”から無限に供給される魔力の一部を分け与えた。


「それ以上吸い上げれば、その女豹は死ぬぞ」


『…………』


ノイズは消え、左腕に蒼い火が灯されると“獣”は掴む手を緩める。紅蓮の魔王の手が離れると、“獣”はそっと女を下ろして寝かせた。


「その女豹めが死ねば、他の戦士たちも勝てぬと理解していても身を粉にして貴様を襲うはずだ」


『……わかってるよ』


両頬の装甲が閉じ、半面が形成されると、顔の上半分の闇が消え、瞳の色は元の黒へと戻る。つまりは主導権が立花颯汰のものになった証拠だ。


「自分を刺すまでは良かったが、力を御するどころかまた呑まれてどうする」


『…………』


痛いところを突かれ、不満があるが何も言い返せなくて複雑な表情で黙り込む颯汰。


「自刃で意識を失い、その間に眠っていたか。笑い話として酒のさかなにすらならんな」


呆れながらもそう言いつつ、少しだけ楽しそうに微笑んだ魔王は紙を手に取り何か書き記し始めた。


『…………何メモってんすか?』


「報告書だ。自殺行為をしないと宣っておきながら自らを刺し貫き、あわや暴走、大惨事。貴様の師たる管理者宛への報告書――」


聞くや否や、颯汰の右腕が襲い掛かる。

 それを余裕そうに最小限の動きで躱す魔王。

 小さなメモ帳を奪おうとする手を避けながらも、走らせるペンは止まらない。


「――かなり回復したようだな」


『待って、師匠はマズいって。あの精霊ヒト冗談と本気のラインが未だにイマイチわからないんだから!』


「なに、それもまた試練だ」


『そんなの求めてないんですけど!?』


剣の修業ならまだしも、彼女が課すトレーニングは基本的にどれもスパルタか、一見すると理解不能のものが多い。獅子は子を千尋の谷へ突き落すと言うが、まさか本当に谷に落とす輩はそうそういないだろう。普通は死ぬ。

 邪悪な目論みを阻止すべく俊敏な動きで手足を動かすが、どれも届かない。

 颯汰がムキになったところで、


「ぅ……うぅ……」


横になったシトリーから呻き声がして我に帰る。


『……このヒト、結局なんなんだ?』


若干だけ息を切らして強奪を諦め、魔王に問う。


「大方、魔王を討った貴様をダシにして“黒真珠”とやらを取り戻す算段だったのではないか? 強大な力は脅すのにも抑止力にもなるだろう?」


山すら削る強大な光をマルテだけではなく、世界中の人間がおそらく知覚しているはずである。

“黒真珠”たる獣刃族の王を解放しなければ国を光の柱が国を灼く――此方を襲えばそれ相応の報いを受ける事となるぞ、と脅す材料に用いるつもりだろうか。

 暴力を武力と言葉を変えて、元の世界(、、、、)でも平和を保っている。

 人間はお互いを真に理解しあう事が出来ず、また権力者は往々にして妥協を許さない――許されない立場にいるため、いさかいは終わらない。そこで、核兵器などによる抑止は、文化や価値観に関係なく相手を抑え込める役割を与えられた。

 紅蓮の魔王の言葉は納得できたが、何となく引っ掛かる。違うような気がする。


『……そうなのかな』


暴走していた前後の記憶が曖昧だが、そんな政治的な理由は関係なしに襲ってきた節があるように思えた。頭を捻り考えるが、答えは所詮想像の範疇から抜け出せない。直接問いただした方が早いだろう。


「それで、どうする?」


『こっちが聞きたい、けど……なんかこのまま王女を渡すのも……帰すのが一番なんだろうけど、それもなぁ……』


襲い来る火の粉を全力で払ったが、元よりヒルデブルクを騙して王都へ送り届けるのが目的であったからに、戦う理由はなかった。彼女が逃げ出した理由も理由であるが、このまま彼らに預けてもロクな事にはなるまい。


『このまま放っておけないし、とりあえず……話し合いで落とし所を見つけるしかないかな?』


互いに納得できる答えや譲歩できる範囲の折衷案せっちゅうあんを模索すべきだと考え、そう言うと気を失っているシトリーを拾い上げ、背負って歩き出す。さすがに敵対していたとはいえ放置も、髪や手を引きずって歩くのも気が引けるからだ。


『…………うぉ!?』


「どうした?」


急に背負って掴んでいた脚が身体を挟み込むように力を入れられ、また肩に回した両手でがっちり固定される。


『ッ! 起きて……ない!?』


意識が戻って絞め殺しに来ると思い、身構えようと手を放すがシトリーはしがみついて離れる様子がない。また穏やかな寝息が聞こえて魔王へ視線を向けるが、「寝ている」と首を横に振られる。

 困惑の声を漏らす颯汰であったが、身体のどこにも触れていなくても、彼女からくっついて離れる様子はなく、諦めて林の中を進んでいく。


『…………』


直接ではなくても、ヒトの重みを背に預かれば触れる柔らかな感触が嫌でもわかる。無論、幼くなっても男はいつだって心は男児――嫌ではないが、それを素直に認められる性格キャラでもない。


『ねぇ、起きてない? ねぇ?』


「――……すぅすぅ……」


『参ったなぁ……――ッゥ!?』


語り掛けると、規則的な寝息の後、何故かうなじ辺りに顔を埋めて来たではないか。そんなところに耐性などあるわけがなく、背中に電流が奔ったように背筋がピンと伸び、慌てて林の外へ駆け出したのであった。


 ――……

  ――……

   ――……


 そうして今、屈強な獣刃族ベルヴァの戦士たちを一蹴した魔神は困惑というより懇願した顔で言う。


『なんか、離れないんだけど……』


ほぼ同じ外見だが、先ほどとは打って変わって荒々しさが幾分も沈んで見える。剥き出しの牙まで闇色に染まっていた顔の下半分が装甲の仮面で隠れ、上半分は元の人間のモノに戻っていた。


「「…………」」


殺されている恐れだってあった次期族長である娘が、生きている事は大変喜ばしいのだが、闘って圧倒的敗北を喫した相手の背に、しがみついて寝入っている。しかも、気を失いながら手足でガッチリ固定して。

 そのシトリーは闘った時の苛烈さはすっかり失い、幸せそうな顔をしていた。

 襲った者たちと襲われた者たち、双方から戦意まで失われ、気まずさにも似た空気が漂う。林から出てその空気を敏感に察知した颯汰は足を止めていたが、王女が無事なのとエイルが馬車から降りているのを視認し――問題ないと判断して、女医の方へ向かって歩き出した時だ。

 馬車の上、一人置いていかれた王女ヒルデブルクは青ざめた顔を上げ、問う。


「ソウタ……あなたは一体……?」


自分より幼いように思えた少年の、風采が著しく変化している。もはや別人とすら感じていた。四、五年分くらいは余裕で成長し、手から放出した謎の力、身体を覆う奇怪な武装。何から何まで理解できず、現実味がない。

 少女の疑問はもっともで、襲撃者である獣刃族ベルヴァたちも浮かべていた疑問だ。

 一方で、その当人は足を止め、神妙な顔で自身の左腕を見つめる。黒い手甲に触れながら、


『…………何なんだろう、な』


そっと呟く。自身すら、答えがわからない。

 疑問に思ったのは幾度もあったが、それを深く考えないようにしていた。

 ひとつは、本当に元の世界へ帰れるのか――。

 ひとつは、自分に宿る力の正体――。

 内に宿る“獣”を知る事へ恐れがあった。

 闇を深く知るには、その闇に身を沈める必要があるように自分の中の“獣”を知るにはそれ相応の代償や何かがいるのではないだろうかと。

 いや、“獣”が思考をそちらに向けないように仕向けていた可能性だってある。

 一見関係ない事柄だが、この世界に行きついて目覚めた力ならば、元の世界へ戻るヒントになり得るかもしれない。可能性が低くてもすがりたい気持ちがある。それくらい必死であったから、向き合う覚悟が出来た。


『王さま。俺って一体、“何”?』


ただ異世界に呼ばれて、元から眠っていた人外の力がここで目覚めたとは思えない。


「…………」


だから答えを求める。

 魔王と勇者という二つの力を持つ埒外な存在ならば、きっと何か答えを握っているはずだと。後方からついて来た紅き魔王のむっつりとした顔からは何を考えているか到底推し量れない。

 少しの間の沈黙の後に、口を開く。

 しかし、魔王が何かを語ったのに、その声は誰の耳にも伝わらなかった。

 空気や身体を震わせる圧と爆音が響き渡ったのだ。

 強い衝撃波となって音を搔き消す咆哮。

 それらは別の方角の丘から現れたのであった。


2020/03/08

他所その投稿に合わせて一部修正

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