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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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18 新王の勅命

「本日は、ここまで!! 各自、天幕を張り、炊事の準備に取り掛かれ!」


「「うぉおおおおっ!!」」


先頭に立つ鬼人族オーグが叫ぶと戦士たちは呼応する。地を揺らすほどの怒号のあと、皮の天幕を張り終え、黄昏の空の下から、茜色と影の色に染まる草原の上に幾つもかしぎの煙が昇っていく。

 ウマや戦車チャリオットに乗っていたものは手に持っていた槍や用意していた杭などを地面に刺して繋ぎとめ、ウマの蹄の具合を見たり、水を与えたり、岩塩を舐めさせるものもいた。

 合計三百十二名――大多数が鬼人族である。

 掲げた旗は『アンバード』の紫地に迸る雷と『ヴェルミ』の赤地にフレスヴェルグの片翼が描かれた国旗――つまりは都市名は決まったが未だ国名と象徴すべき旗のデザインすら決まっていない“魔王軍”を意味していた。

 名前も構成団員も恐ろしい戦士たちであるが、彼らは略奪などはせず、また多くが魔族と蔑称で呼ばれたアンバードの者たちであるのに、ヴェルミから来た者を客人として迎え入れていた。

 誇りもあるが、それ以上にその軍勢を率いるものがそう決めたから従っていると言った方がいい。


「ふ、ファラス殿は相変わらず声が大きいな……」


エルフの若い憲兵グレアムが両手の人差し指を、自身の長い尖った耳の穴に突っ込みながら、まだビリビリと響く衝撃に身体まで痺れていた。

 その小さな呟きに気が付いた声の主――現在荒くれ者どもを率いる鬼人の大男、ファラスが恭しく、丁寧に頭を下げ始める。


「これはご無礼を……」


「いや、いやいや、そんな畏まらず――」


グレアム両手を振っていると、後ろから来たもう一人、女のエルフが彼の頭を掴んで下げさせる。


「――いえ、気にしないでくださいファラスさん。……お兄ちゃんはいい加減慣れてよ、もう」


一瞬抵抗しかけたが、されるがままのグレアム。


「これからは皆様方のように他種族との交流が増えるでしょうから、気を付けるようにしませんと……。他にも何か気になる点がありましたら是非お申し付けください」


そう言うと、布を羽織り腰に紐で結んだ変わった衣装を着こむファラスが離れて他の団員の様子を見回りに行った。

 見た目こそ歌舞いていてその人相からは想像つかないほど穏やかな口調である。


「…………ふぅー」


やっと妹の手が離れて自由となった兄、グレアム

が溜息を吐きながら顔を上げた。


「まったく。お兄ちゃんが失礼な事をしたら陛下の株まで下がるのだから、気をつけてよね」


エルフらしい端正な顔立ちに金色の髪の若い女がぷりぷりと兄に対して文句を言う。


「ぐっ……」


正論であり、自身の言動が如何に影響を及ぼすかを考え、慎重に事を運ぶ必要があった。

 今のヴェルミは――元は新国王が召喚したとはいえ、暴走し二国を統べると宣言した魔王に、屈したカタチなのである。


「しかし、そう簡単に慣れんぞ……」


「妹の私が出来るんだから、お兄ちゃんだってやろうと思えば出来るってば」


「いやそんなやる気の問題かなー?」


妹様の言葉に、兄は首を傾げていると、


「ハハハ、まぁ妹君の適応力の高さは驚かされます。あの鬼人たちと臆さず会話など、常人では到底真似できまい!」


兄妹の会話を快哉に笑うのは人族ウィリアの騎士。

 全身を黒一色の装備を整えている彼は、常に顔をヴェルミの黒狼騎士団の兜で覆い隠しているカロンという男だ。


「そういうカロン殿も随分慣れている様子ですが……?」


「俺はまぁ、無茶ぶりには慣れていますからな」


胸を張って言う。この男は表情は見えないが結構気さくである。


「しかし戦線とかけ離れた王城の女中ながら……ルチア殿は天晴れですな。普通の女子おなごならば、ここまで落ち着いてはいられまいでしょうに」


褒められて自慢げに両手でピースサインをする。主張が鬱陶しいので兄は静かに妹の頭を下へと追いやる。


「こいつはいつもこうなんです……度胸があるというか無神経というか……だから此度の任務を任せられたのでしょうけど……やっぱ兄的には心配で心配で……」


兄によって垂れて乱れた前髪を整えたルチアは嘆息を吐いた後に言う。


「新国王陛下からの手紙を、あの“魔王”様に送り届ける重要な使命なんだよ? オ金、イッパイ、入ル。オ家ノ、借金、減ル。私、嬉シイ。オ兄チャンモ、嬉シイ。でしょ?」


「なんだそのカタコトは。……いやぁ、でも、いきなり戦争していた相手の国に行くなんて――」


「――だから羽振りもいいんでしょ! それにカロンさんは黒狼騎士団の切り込み隊長なんだよ? 護衛としても安心だし、お兄ちゃんよりも頼りになるし」


「お兄ちゃん的に男と二人旅は『NO』と答えておこうかな!」


甘いマスクの優男だが、重度のシスコン持ち。

 妹が見ず知らずの男と共に遠出すると聞き、慌てて追いかけてきたのだ。


 ◇


 事は終戦後、黒狼騎士団のカロンは王都ベルンに呼び出された。

 用事は新王クラィディムからの勅命はエルフのメイドと共に親書を秘密裏に“魔王”へ渡せ、というものであった。

 カロンは何故メイドと? と疑問に思ったが華のある旅と思えばいいかと楽観的であった。

 新王直筆の親書であるから、前王の息がかかっていないであろう信用できる人員がたまたま自分たちなのだろうとも考えていた。

 戦争後で人手不足とはいえ二人旅――何も起きないはずもなく……と邪推した兄グレアムが王に申し出て、快諾されたため三人旅が始まった。

 旅と言っても整備された道路を馬車で進むだけ。

 特に問題なく、彼らは国王の勅命により親書を送り届けに統一都市アウィス・イグネアにいる“魔王”に会いに来たのだが――当の“魔王”が不在あると知る。

 切り開かれた平らな大地の上に、仮の施設にしては随分と立派な木造の家の前で会話をする。

 ここは建設が始まったばかりだからか、未だ都市としてのていを持っていなかった。

 山から絶え間なく水が穿たれた陥穽へ注がれる。

 山の断層から噴き出した水が滝壺目掛けて落下し、霧散する滴が作り出す虹の煌めきはみやびで風情があると言えよう。

 そんな滝の近くにて、素人目ではこれから何がどう出来上がるのか判別できないが、急ピッチで事が進んでいるらしく、人々は忙しそうにしていた。仮の足場としての木の吊り橋を渡り、湖の中に浮かぶ島とも呼べる場所のひとつで、ヴェルミの王都にて処刑されそうであった『魔女』と称された女――艶めかしい女官であるグレモリーもまた忙しそうに“魔王”が不在であると答えた。

 

『では、我々と共に行きますか?』


そこで鬼人族のファラスが声を掛けてきた。

 どうやら彼らも同じく“魔王”との合流を目指すようである。丁度グレモリーと会話を終えて出発する直前であった。

 ルチアは巨漢に対し臆する様子もなく、また兄の制止を降り切って了承し、彼ら一団と共に魔王の下へせ参じようとした。


『兵を纏めて、行きますよ!! 今度こそは、間に合わせるッ!! 我らが神が、待っています!!!!』


滝の音にも負けない大声で叫ぶファラス。

 こうして彼らは隣国のならず者部隊と共に南へと進路をとった。


 ◇


「…………早く帰りたいな」


 天幕の中。木製の器の中にあるスープと肉を匙で掬って言葉を零すグレアム。


「帰れば?」


妹の返答の冷たさに、捨てられた子犬よりも惨めな顔をしてグレアムはルチアを見た。


 天幕は四隅に柱があり、その上に皮を被せたものである。上から獣脂のランプを下げ、床は毛皮を敷いてある簡素だが少し豪奢でもあった。

 人族ウィリアが作った――都会人が好む洗練されたデザインのものとは違い、古臭く、どこか粗野な感じもあるが、それが気になるのはエルフの男であるグレアムただ一人だけであった。

 食事は妹が作ったが材料たるヤギ肉は鬼人が調達し、兄たちは香草を採った。

 料理と言っても料理人がこだわるって作る一流の、そこまで手が掛かるようなものではない。

 肉をぶつ切りにして鍋に放り込み、香草を入れて煮ただけだ。

 勿論、メイドであるルチアが適した場所と道具さえあれば、それなりに良いものは作れるが、今はこういった大雑把なものが限度であった。

 敷いた盆の上で湯気だった鍋を囲み、エルフ兄妹と食事まで兜で頑に顔を隠し続けるカロンが談笑を交える。

 いい匂いがこもる中、グレアムが噛んだ肉から染み出る肉汁に舌を焼ける思いをして狼狽えた後、


「熱……。思ったんだけど、親書をあのグレモリーとかいう人族ウィリアに渡せば済んだんじゃないかな?」


進撃する鬼人の軍勢に圧倒され、ノリで馬車を走らせたルチアとカロンに流されていたが、日が暮れて夕餉の席で落ち着き、我に返った。

 しかし、兄の質問をルチアは突っぱねる。


「ダメだよ。陛下から『直接』渡すようにって言われたんだから。……内容は大したことないって仰ったけど、きっと重要なモノに違いないわ」


毛皮の上に置いた背嚢から、王の指輪で印璽いんじされた親書を取り出す。施された封蝋は紛れもなくヴェルミ国王のものであると示している。


「そんな重要なモノだったら、もっと厳重に届けると思うね」


数年ぶりに会った兄は相変わらず、妙に自分に突っかかってくる感じがしてルチアは鬱陶しく思えた。


「……そんな事言うなら、お兄ちゃんが直接、陛下に聞きに戻れば?」


「ぐっ……俺はお前が心配で」


「いい迷惑なんだけど?」


「うっ……」


ルチアが冷たく毒づく度に、ボディーブローのような痛みを精紳に受けるグレアムを、器用に顔を隠しながら食すカロンが温かい目で見守っていた。

 グレアムは兄としては早々に任務を終わらせて妹を無事に帰国させたいのだが、どうもその想いがすれ違ってしまうことも悩みであった。昔の純真な妹はお兄ちゃんっ子で、どこに行くにもついて来たが、今では真逆であった。


 食後、獣脂のランプを消し、闇夜に眠りつくルチア。

 二人の男は交互に起こしあい見張りを続けていた。軍勢を率いるファラスが心底、神――ヴェルミから来た“魔王”へ心酔し切っているため危害を加えないと誓っているが、他兵全てがその考えなのか怪しいし、それを含めて信用はできないため見張りをしていた。

 不用意に近づく者はいなかった訳ではないが、カロンがグレアムを起こし、剣を持って天幕から出た時にはファラスの拳固が炸裂していた。どうやらルチアが目的だったと知ると、倒れている鬼人に向かってグレアムが蹴りを入れ始めた。その足蹴の連打の最中、一日の始まりを告げる輝きが、稜線の彼方から顔を覗かせていた。

 そうなれば、身支度を始めなければならない。

 雄鶏の叫びよりも、強烈な音が響き渡る。

 鬼人族――ファラスの咆哮が天地をも揺らす。

 耳を塞いでいるのに魂の根底まで震わせる叫びがビリビリと神経を苛む。


「――出発準備!」


 広い草原に設置された夜営の天幕の数々から、のそりと男たちが起き上がり、口を大きく開いて欠伸あくびをする。

 ウマたちもその怒号に慣れているのか、身を起こしてぶるぶると身体を揺すり始める。

 ただグレアムたちの馬車を牽くウマだけは暴れ出し、それをカロンとファラスが慌ててなだめに奔走していた。


「…………帰りたい」


その光景を見て、グレアムは嘆息を吐いて呟いた。

 故郷の草原の色の緑を思い出し、少しばかり恋しくなっていた。まだその景色を見てから一月も経っていないというのに――衛兵として転勤は何度もあったけど、さすがに隣国の普段とは違う景色を見るとそんな女々しい気持ちになっていた。


久々に登場。

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