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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
128/423

15 剣呑

「何が望み、……か。ふむ、そうだな……」


馬車の手綱を握りながら、腕を組んで考えにふけり始めたように唸る。困惑するヒルデブルクは視線を周囲にキョロキョロと向ける以外に取るべき行動がわからずにいた。


「やはり……、争いなく事が済めば良い、と望むかな。平和が一番だろう」


紛れもない紅蓮の魔王の――いや、彼の亡き妻の願いを口にした。

 刹那の間、面食らった豹の戦士たち。

 確かに恰好だけは聖職者のそれであり、本来ならその願いを持っていて然るべきである。

 だが現状、その本性を――魔王としての妖しさとも言うべき、他者を圧倒する王の気配、或いはヒトを堕落へと導くような蛇の一睨みにも似た言の葉を耳にした獣刃族ベルヴァの一同が、いったい全体、その言葉を信じられようか。

 言葉を飲み込んだあと、獣たちは吠える。


「平和……? 平和だと……!? 血を流さず、戦わず! 我らは恭順を続けろと言うのか!?」


「そうだ! 俺たちに、俺たちにまだ我慢しろって言うのか!? これ以上ッ!」


「我ら獣刃族ベルヴァは大人しく、飼われろと……やはり貴様も国は違えど人族ウィリアか! 人族こそが最上であると驕り、他者を見下す愚物か!!」


口々に不満が激しく、噴出し始めた。

 の面妖なる神父の言葉が信じられないだけではない、たとえ真実であろうとも、彼らの怒りを綺麗事では鎮めるのは到底不可能であった。

 ましてや相手が人族ウィリア――己たちを縛る鎖を握る者たちと同族であれば、かばっていると思われても仕方がないだろう。

 その熱くなる一同の中で、オセとフラウロスだけは怪訝な顔をして黙り続けていた。

 周囲の敵意が、煌めく。

 豹の、金色にも似た眩い月の瞳が強い感情を宿す。

 もはや怒りが膨らんで、爆ぜる寸前であった。

 ヒルデブルクは怯え、小さく悲鳴を漏らした。

 だが、まだ馬車に座り、手綱を握ったままの神父は一切動く気配も、また全く動揺している様子も見られない。それどころか――、


「だが貴様らが小娘を使えば、どうあれ待っているのは流血に彩られた――犠牲の上に立つ未来であるのは間違いないぞ」


むしろ薄ら笑いを浮かべて煽るではないか。


「――ところで小娘。聞いていなかったな。貴様がマルテへの帰還を拒む理由はなんだ?」


優し気のあった大人から、急に様変わりした魔王へ、少女は未だ震えている。


「わ、わたくしは……あの、……」


「言いよどむほど、下らぬものではなかろう。一時の激情に流された訳でもあるまい」


恐怖の震えを勘違いする魔王。周りや、特に自分への恐怖だとは微塵も思っていない。


「……ちが、あの、わたくしは!」


「お姫さまは、豚公爵と結婚を余儀なくされたんだよ。それで逃げてきたの」


シトリーが代弁した。

 彼女はまさに一時の感情に任せてここまで来ていたのだから、顔色は青から赤へ転じていた。

 恐怖、混乱、畏怖、羞恥――。

 流れるは重い沈黙。

 時が引き延ばされるように長く、長く静まり返っていた。

 ただでさえまだ十三の少女。

 これまでの道のりの辛さ、姫としての重責がずっしりと重く、また粘液や泥のようにへばりつく彼女の運命自体が強固なものであったと知らしめたせいで心が茫漠なる海へと沈んでいく。

 水圧に耐えられるはずもない。

 どんなに良い環境で、王族として強く育てようとしても、彼女はまだ若い。

 渦巻く感情が涙となって零れる。

 恥ずかしさもあった。だがそれ以上に、自分が迷惑をかけたという苦しさがもっと胸を締め付けて張り裂けそうだと感じていたのだ。

 周りから掛かる視線や重圧に心が耐えきれず、輝くオレンジの瞳が潤い、滴が溢れ、止まなくなってしまった。


「――……ッ、ぅぅ……!」


 別の意味で、獣たちは動揺し始める。

 それでも、彼女はあくまでも王族である自覚があるせいで、感情のまま泣くことはなかった。

 息を殺すように押さえ、整えてから喋りだす。


「――……ッ、わかりますわ! 私は、私は王族としての責務を果たさず、逃げ出した愚か者です! 王女ですもの、政略結婚なんて当たり前で――それが国のため、市井のために繋がるものなんだと! 知っていたにも関わらず! 私は……わたくしは! 外国そとぐにまで逃げ出した無責任な女です! グスッ…………帰らなきゃ、帰って……ヴィーくんも、ヴィーくんもちゃんと、帰さないと……!」


涙と嗚咽混じりの、声こそは大きくもないが、それは間違いなく彼女の叫びであった。

 だからこそ、響く。

 人々に、確かに響いたのだ。


「………………逃げるほど嫌だったか」


そっと呟く紅蓮の魔王。


「あ、ちなみにこんなの」


そんな彼にシトリーは何かを取り出して見せる。


「あたしが描いた似顔絵。だいたいこんな感じよ」


それは非常に、精巧な絵だった。その人物をそのままその畳んでいた用紙に移しこんで封じているのではと疑うほどの――遠目でそれを覗き見た颯汰にとっては、写真でも見ているような感覚であった。

 意外な特技にも驚かされたが、その絵の人物も驚嘆すべき相手であった。

 でっぷりと肥満した巨躯。横は縦の二倍もありそうな冗談みたいな体型だ。大きくごつごつとした鼻と厚い唇。壮年の薄くなった頭。瞳は垂れていやらしさがギラギラと迸っている。

 それがオズバルド公爵――王女ヒルデブルクの婚約相手であった。


「………………あー……うむ、これは……なぁ」


魔王も、呻り声を上げてしまう。

 歳が離れているとかそんな問題ではなかった。

 シトリーは豚と称していたが豚に失礼である。

 長年の間、贅に、欲にと浸かり、心身ともに堕落しきったに違いない、が一応確認をする。


「ちなみに性格はどうなのだ?」


「最低」


「具体的に」


「女の敵と民の敵」


紅蓮の問いを、シトリーが短く、しかし言葉に含まれた敵意と嫌悪感から察してしまう。事実なのだと。


「なるほど、理解した。であれば、――小娘を国に還すのも何だか可哀想になってきたな」


「「「――!!」」」


王女も、周りを囲む戦士たちも、幌の中の者たちも――会話をしている当人たち以外はまた混乱する。

 戦士たちは静まった感情を直ちに再燃させた。

 相手の思惑がわからぬが、獣刃族ベルヴァの目的は変わらない。力づくで奪ってもいいのだ。

 敵意が再燃したように瞳は鋭く輝きを放つ。

 戦士たちはまだ人の形をしているが、爪をたて、いつでも飛び掛かり、獣化できるようにしていた。


 ――気持ちは、気持ちは痛いほどわかるけど! 王さま、マジでどうするつもりなんだ……!?


幌馬車で緩慢たる動きで、気づかれぬように後退し、影に潜めていた立花颯汰。

 彼女を、まさか護るつもりなのだろうか。


 王女のために、国が動き――

 少女のために、国を亡ぼすと――?


 紅蓮の魔王として力を振るえば、この場で獣刃族の戦士たちも一瞬で灰にできるに違いない。

 過去に、大国を滅ぼし、大陸ごと焼き払ったという伝説を残して眠り続けていた魔王だ。国を亡ぼすのだってできるだろうとは前回の戦いでよく知っていたが、それは彼の『願い』と相反する結果を生み出すと想像するに難くない。

 血は流れ、その痛みを、ヒトは決して安易に忘れる事はないのだ。

 仮に報復という憎悪を断つために、完全に『根絶やし』にしたとしても、必ず恐怖だけは遺り――それはきっとヒトからヒトへ感染うつる。そうなれば真の意味で『種族の垣根を無くした平和な世界』など、築けやしないのだ。

 あの言葉は嘘だったのだろうか。

 それとも、これこそ短絡的な言動なのか。

 あの魔王は、一体何を、考えているのだ――?

 そう頭の中でいろいろと考えていた時、声が通った。それで意識が現実へと引き戻される。

 それはさっき聞いた楽しそうな女の子の声ではなくなっていた。

 沈黙を保っていたシトリーが、少し冷ややかで凛とした声を発したのだ。


「――みんな、少し落ち着いて」


その言葉を聞いた瞬間、他の獣刃族からサッと熱が奪われたかのように畏敬の感情に押し潰されていた。

 鋭き闘気を乗せた言の葉に皆、押し黙る。


「なるほど……、次期族長と呼ばれていただけはあるようだな」


魔王は静かに楽しむように関心を示す。


「――あたしは」


そんな魔王へ一瞥した後、辺りの仲間たちを諭すようにシトリーは語り始めた。


「あたしは正直、会った記憶もない、今も、生きているかすらもわかっていない“黒真珠”に執着するつもりは、ないよ」


「は?」

「おまっ!?」


族長おさのように伝統を重んじる気持ちはわかるけど、あたしたちがその伝統で不幸になるなんておかしいって思うんだよねー」


驚きの声を上げる同族にケラケラと笑って続けた。

 フラウロスが完全に身体を馬車にいる姫からシトリーの方に向けて叫んだ。


「馬鹿な! 気でも触れたか!? 我らが王となるべき“黒獅子”だぞ! “王”がいれば、他の部族のシーの民と共に生きられる――旅が終わるのだぞ! それこそが我らの悲願だろう!」


 長い間、誇り高き一族がマルテ王国に、人族至上主義の国家に尻尾を振っていた理由は、彼らの宝である未来の王となるべき『黒真珠』であった。


『 砂の民は貴重な『タテガミ』を持って生まれた子を“獅子王”として迎え入れる風習がある。

 そして、“王”の誕生が放浪の民である『シーの民』の旅を終える合図となるのだ。

 族長の命令で集落を作り、『砂の民(黒豹に姿を変える獣刃族)』である他の部族の者たちも、王の下に集うようになる。

 ここでの『王』は諸国の王とは異なり、ある種の“神”にも似た扱いを受け、神聖視されている。

 王の死後は、砂の民は散り散りになり、また旅を始める。

 それを延々と繰り返したのが彼らの歴史である』


    ――黒き獣たちの王

       ガウリ・ディウス訳編


 ――……そう思えば、そんな面倒なしきたりがあるんだっけな、あの豹の人たち


 颯汰がいつだか読んだ本の内容を思い出していた。少なくともワーの民と呼ばれるオオカミたちは、群れでの行動を止め、他種族――魔族と呼ばれるものたちと交流を始めていたのは確認できた。しかし、砂の民(かれら)は伝統を捨て去らずに生き続けているようだ。

 過去に縛られていると言えば、不幸に映るが、それについて決めるのは当人たちだ。

 そして、奪われた宝は本当に、彼らにとって《希望》となるモノであるのだとも理解できた。

 だからフラウロスの怒り混じり叫びの意味だってわかる。


「それでも、もしお姫さまをきちんと還したとして、あっちに“黒真珠”が人質としている限り、私たちは延々と搾取され続ける――じゃあ戦えば? 当然神父さんの言う通り、どっちもドロドロの血まみれだよ?」


 真剣な眼差しに対し、シトリーも笑みを止めて真摯な声色で答える。


「……ではどうするというのだ!? 我らの目論みもこの男に看破された今、引き返すことは出来ぬだろう! 姫様が言伝すれば、その瞬間に我らの未来は潰える!」


 フラウロスに指をさされた悪魔は薄く笑ったままでいる。

 周囲の他の者も殺気立っている。姫は連れて行くとして、颯汰たちを生かしておく理由はない。


「あーもう、落ち着いてって言ってるのにー……。まぁ今後のあたし達の未来の話はちょっと置いておいて――」


 少し呆れた声を出したシトリーの視線がスッと動いた。大事な仲間でも、一族を縛る鎖を解く鍵でも、神父服の謎の男でもない。彼女が捉えたのは、その馬車の奥――幌の内側にいる存在であった。


「――それより、そこに隠れている子を、そろそろ紹介して欲しいんだけど?」


 獲物を射貫かんとする鋭き目線――。

 豹の薄黄色いその目だけは、笑っていなかった。


「目敏いな。全て見越していたならば、心から賞賛に値するぞ。若き女豹め」


魔王が鼻で笑い、突き刺さる敵意を一切気にせず、余裕そうに後方を見た。

 ヌッと幌の中、影と同化していた者が姿を現す。

 シトリー以外の獣刃族ベルヴァ全員が、瞬時に後方へ跳び退き、獣化した。

 黒豹たちは低い声で唸る。

 警戒心を露わにする。

 その細かい枝のように伸びきった髪を垂らす正体不明の存在に対し――。


「違うよ。あなたじゃない。もう一人の方」


 だが一人だけ違った。

 用があるのはこの怪異ではない。

 出てきたエイルは少し顔を動かし、もう一人の方を見る。努めて存在感を消そうとしていた者だ。

 最初に顔を出し、その間は息を潜めていたが、少女が悲し気な顔をした時に咄嗟に踏み込んだ少年――立花颯汰を指名した。

 シトリーの人差し指の先、小さな少年が、追憶の彼方にいた彼が、同じ姿で現れた。


「………………」


苦虫を噛み潰したように、不機嫌な顔。


「…………あれは、あの時の、背中に傷のある坊ちゃんじゃねーか!?」


オセが叫び、フラウロスが困惑する。


「背格好が、同じ――!?」


遠い記憶を再生する。魔人族メイジスの英雄たるボルヴェルグ・グレンデルと対峙しあわや殺し合いとなりかけた荒野での記憶である。

 奴隷と勘違いして襲ったこの少年には、マルテの奴隷としての刻印はなく、代わりに背中に痛々しい創傷が刻まれていたのだ。

 五年が経ち、あれから彼らがどうなったかを知る術はなかった。

 ボルヴェルグが処刑されたと風の噂で聞いた時、僅かにこの少年がどうなったか、覚えている者は皆、詮無い事と知りながら考えてしまっていた。

 恰好こそはボロボロな衣服ではなくなっているが、まるで時が止まったように、その少年があの頃のままであった。


「久しぶりだね」


シトリーは旧友に逢ったように、優しい笑顔を浮かべた。相対する少年は、引き攣ったままだ。


「ねぇ――」


ピンと立てた尾を、ゆっくり大きく揺らし、馬車へ近づく。


「――あの巨大な光の柱。あれで“魔王”を倒したの、君だよね?」


「「!?」」


にっこりと、艶然とした微笑み。

 それを向けられた小さき少年の心音が警報を鳴らすように大きく音を生み出していた。

 周囲は、何を馬鹿なと小さく呟くがそんな声も風の音すら潰されていた。


「英雄ボルヴェルグと一緒に行った、あの強い子……! やっと、会えたね……!」


 感覚が覚えているのだ。

 たった数分も満たない死闘を。

 感じ取ったからこそ、理解できた。

 丘から降りてきたのが()なのか。

 だから野生の魔物ではなく、獣刃族ベルヴァだと断言できた。

 これから始まるであろう意味なき戯れ(、、)を感じ取ったならば、自然と身体に力みと熱が生まれる。

 避けられぬ闘争を感じて、立花颯汰は腰に差したナイフの柄に触れた。



食中毒には、気をつけようね(今年二度目)。

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