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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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06 雨と精霊

 男と女。

 冷たき焔と燃え盛る水。

 双璧が相見あいまみえた。

 魔王と精霊。

 ヒトの子の生い末を巡って。


 しとしとと降る雨が辺りを鎮めていく。

 そこへ、精霊――湖の貴婦人は語り始める。

 それはどこか独白、あるいは懺悔に近かった。


「…………剣を教えたのは、私の判断ミスです。

 いえ、そもそも何処ぞの魔王がこの世界に、この子を召喚したと答えてしまった段階から過ちであったと認めましょう」


静かに、悔いる声で言う。それを聞いて、


 ――精霊はヒトと違って嘘を吐かず、正直だな


紅蓮の魔王が心内で呟く。それは哀れみではなく、感心が多大に含まれていた。既に魔王は、先ほどまで一方的に命を狙われていたとは思えないほどに落ち着き払って、話を聞く姿勢をとっている。


「それでも剣を教えたのは……。きっと、剣を教えなければ、この子は勝手に飛び出してアンバードに向かい……死んでしまうと思ったからです」


「えっ、いや、いくら俺でも……」


『わかる』


「なんでだ!?」


平静さを失い、暴走寸前であってもそんな特攻紛いな真似を仕掛けやしないと今でこそ口で言うが、保護者二人は同意見であったらしく、紅蓮の魔王は大きくうなずいて同意した。

 納得がいかない立花颯汰が叫ぶ。


「いやいくら俺だってそんな自殺行為は……ねぇ?」


 最低限自衛できる程度に剣術を覚えていなければ

、野盗に襲われて復讐どころではない。

 命の価値が日本にいた頃よりも低い世界で、旅に出る際には身を守る術の習得は必須である。

 ボルヴェルグと旅をしたから頭では理解している。……のだが、確かに“獣”に憎悪を刺激されていたであろうあの頃では、盲目的にアンバードへ単身で乗り込むといった強行をしでかす可能性がない、とは決して言い切れなくなってしまい、徐々に自信を失い始めたのか語調が次第に弱まっていく。


 コホンとわざとらしい咳払いをしてから師は言葉を続け始めた。


「……正直言えば修業中、いつか諦めると思ってました。剣を捨て、村で平穏に暮らすというなら私は一切止めるつもりはなかったのです。

 剣を通じて心の鍛錬たんれん――なんてのは今どきの子には無理だろうとは思ってましたが、どこかで期待はしていました……。でも、その決心が揺らぐことはなかったのです……。

 魔王を殺すなんて不可能だと言っても聞く耳持たないし、才能がないと嘘つけば良かったのかな、と。……あなたの狂気をぬぐえなかったのが、師として私の至らなさですかね……」


 授けた剣はあくまで“技術”。活かすも殺すも当人次第である……のだが、野盗などに対する自衛以外の手段では、本音を言えば使って欲しくなかったのだろう。この精霊は、剣を捨て村で家族と卓を囲み、穏やかに生きるというならば止めるつもりはなかったのである。

 ばつが悪そうに顔を下に反らす少年を、兜の奥から横目で見るように若干顔を動かしたあと、紅い甲冑の騎士は言う。


『この聞かん坊が相手では仕方あるまい』


 ――なんかさっきからチクチクと小言が刺さって痛いんですけど……


颯汰は目で不満を訴えるも双方とも反応がなく、師はさらに続ける。


「それでも長く修業すればいつか理解してくれるのでは。村人ともちゃんと仲良く生活できるようになったし、手伝いもしっかりやっているから、いつか復讐を忘れてこの世界で静かに生きていくのでは……と思っていたのに、まさか村から離れて復讐のために他の魔王と契約するほど馬鹿な子だとは思ってませんでした……」


師匠からの説教も終わらない。


『ふむ。心中を察する』


「俺と契約した魔王アンタが言うのかアンタがぁ!」


紅蓮の魔王が茶々を入れているのか真面目なのか、落ち着いた声だけではなかなか判別できない。

 その平静さに反して、湖の貴婦人は激昂する。


「よりにもよって魔王の! しかもこの“古の蛇”の化身と……! 蛇の舌三寸に騙され、煽られてまんまと契約を結んで……!!」


『ハハハ。なるほど。まさに蛇蝎だかつのように嫌ってくるわけか』


魔王は相変わらず感情のない笑い声を上げる。


「……“古の蛇”って何です?」


というか通り名みたいなの多くないっすか、とまで颯汰は尋ねる。


『私が召喚するあの腕の持ち主の事だ』


通り名、称号に関しては勝手に呼ばれているだけだと肩をすくめて魔王は答えた。

 “あの腕”とは……紅蓮の魔王がよく戦闘で使う魔法――魔方陣から飛び出す騎士の巨腕の事である。術者である紅蓮の魔王と連動、あるいは意思に従って振り下ろされる暴力を具現化したような拳は人間を余裕で掴めるほどに大きい。


「~~! あれかぁ! 蛇、……蛇?」


明らかに蛇らしからぬ二つの腕。あの巨腕の持ち主もあだ名が“古の蛇”なだけの有人機動兵器ぐらいの巨人なのかもしれない。そんな変な想像を颯汰が巡らせていたが、途中で鋭い怒気が頬を掠めて通り抜けていくのを感じて止める。

 一瞬流れた穏やかなムードを断ち切るように研ぎ澄まされた、感情が振り切った大声で、女が叫ぶ。

 呼応するように“白亜の森”に振る雨も強まっていく。空から降る涙は、間違いなく彼女のものなのだろう。


「それでも! あなたは、あなたの力があればっ! この子を巻き込まずに迅雷の魔王を討てたでしょうに!! 結果的にこの子は生き延びました……! でも身体の中身はボロボロで穴だらけなのに、また“力”を使おうとして……!

 “王”となれば必然的に争いの中心となるでしょう!? 権力争いなんて小さいものではなく! 他国はあの力を見て、確実にこの子を『魔王』と認識しているはず! そうなれば他の魔王が動き出し、最悪の場合、この子が……この子は……!」


 ――師匠……。やっぱり俺が騎士崩れどもに襲われた際に血ぃ吐いてぶっ倒れた後、仙界で傷を治してくれてたんだ……


 師の叫び――。それは間違いなく颯汰の身を案じたものであった。元より自身が剣術を教え始めたが、復讐を諦めて欲しかった気持ちも否定できない想いもあった。その葛藤の末、アンバードへ向かうのならば全力で止めるつもりであった。だが、村の被害を抑えるために精霊の身であるのに地上へと干渉したせいで死にかけたゆえに、颯汰と紅蓮による迅雷討伐作戦を止められなかったのだ。いや、もし無事であっても紅蓮に阻止されていただろう。だからこそ彼女は紅蓮の魔王を責め立てながら、自身をも責めていた。


「精霊であるこの身に生まれ、何度も後悔しました……直接村も救えず、魔王へ挑むという暴挙を止められず――何より私が彼の王を殺せなかった。……本当なら、私がクルシュトガルに赴き、仇を討つべきなのに……」


いくら“管理者”として強い力を有する彼女であっても、精霊であれば人界では生きられない。

 それに、その剣が届くことは絶対にないと――無いもの強請りのような言葉であると理解していても、その思いの強さは彼女の下げた顔の震える瞳と、握り拳がはっきりと示していた。


「お願い……! もうっ、この子を解放して!! 復讐はもう終わったの(、、、、、、、、、、)っ! この子を、この子を無益な戦いに、巻き込まないでちょうだい!」


『…………』


言葉を聞き、紅き王は沈黙に浸る。


 湖の貴婦人は、“蛇”の使いであるからではなく、この魔王自身の目的が不明瞭ではあるから信用できないでいる。

 自身が魔王であるのに、少年を王にするなど酔狂すいきょうを通り越してただの愚物ぐぶつである。

 仮に摂政なぞしても無駄なだけで意味がない。

 影武者にしても幼い子供では役に立たない。

 颯汰が王の役割を担う必要が、ないのだ。


 ゆえに叫ぶ。

 届いて欲しいと願いを込めて。

 戦いから遠ざけたいという優しい想いを。


「師匠……ありがとう」


 颯汰が紅蓮の代わりに口を開いた。

 感謝の言葉に続くのは――、


「でも……」


 だが、それは到底受け入れられないという、


「俺はちょっとだけ、王さまの口車に、乗るよ」


 離別を表していたであった。


 雨が、次第に、強くなる――。


 目を見開きながら言葉の意味を頭の中で反芻している師が叫ぶと、


「どうして……。どうして――!?》


木々が嵐に巻かれて揺れ、暴風が突き抜ける。

 万人であれば恐れおののく剣鬼たる精霊の狂乱だ。

 木の葉が千切れ、舞い散る。

 つんざく風の音が刃先のように鋭く、冷たい。

 風の勢いのせいで、前をきちんと見ることがかなわず、彼女の表情は全くわからない。

 でも、この気象からおおよそは察せられる。


《どうしてわかってくれないの!? 私が……私がヒトじゃないから……ヒトと、同じ時間を、同じ場所で生きられない精霊だから!?》


 自ら死地へ歩もうとする者への怒り。

 理解されないという苦悩。

 また止められないのかという悲しみ。

 滾る感情が心を震わせる。

 心と一緒に周囲の景色が荒れ狂い始めた。


『ヒトに近づきすぎた精霊、か』


 紅蓮の小さな呟きが風に流されていく。


 ここまで人を想う精霊も珍しい部類である。

 精霊はそもそも地上とは異なる仙界で生きている。わざわざ寿命を減らし苦痛を味わってまでヒトと関わることをしないものである。

 それでも、この精霊は自ら歩み寄っていた。


 だが、ヒト同士の、他種族ですら文化や寿命の関係で争いあう。相互理解や知見を広めるのは容易ではないと彼女も知っている。それが「ヒトとヒトならざる者であればより一層、溝は大きく埋められないものなのでは」と、その苦しさが彼女の精神を苛んでいるのだろう。

 彼女に必要な救う手段は颯汰も理解していた。

 その道を選べばきっと苦しい思いも痛い目にも遭う事もなく過ごせるだろう。

 骨が折れる事も、血が噴き出す事もなく余生をただゆったり、一人の民として生きる――なんて優しく甘い夢だろうか。


 ――だけど、それはあり得ない


それでも、颯汰は引けぬ理由があったのだ。


 一歩踏み出し、風に負けない声で答える。


「俺は、元の世界に、絶対に戻らなきゃいけないからです!」


右手を置いた胸の奥に満ちる感情――五年以上も時を経ても変わらない。『眠る彼女』が目を覚ました時、誰もいないなんて孤独を感じて貰いたくないという強い想いと、もしもう起きているならば、会いたいという気持ち。否、会わないといけないという決意が、この恐れと甘い誘惑の一切を掻き消した。


 雨はまだ止まらない。

 だけど颯汰の感情もまた同じであった。


「俺は、確かに“王”になんかになりたくない! ガラじゃないし、人前に立つような器じゃあないです! 正直、すぐに元の世界に帰りたい。帰らなきゃいけないんだ!

 だから、師匠がさっきみたいに答えてくれたじゃないか『他の魔王が俺を召喚した』って。この魔王(王さま)から逃れられないって事実もあるけど、王になればそいつら(他の魔王たち)も黙ってないだろう!? だって現に、一人目の魔王を殺したんだから! 師匠の言う通り何らかの動きを見せるでしょう!

 そうなれば、闇雲に帰る術を探し回る必要がないでしょ? もし、敵対するならば今度こそ魔王(王さま)にやってもらうつもりですし! いいですよね!?」


豪風の中、懸命に大声を出すと、


『……やれやれ、この老骨に鞭を打とうとは。本当に恐ろしい者だ』


王権レガリアを纏う紅蓮の魔王がわざとらしく腰に右手を打ってそう答えた。


「アンタのような老人がいてたまるか」


呆れながら冷めた声で少年は返す。

 この魔王は仙女と同様、外見は二十代半ばくらいにしか見えないほどに若々しい。老化が遅いエルフや、不変の精霊と付き合いがなければ何百年前の人族であるなんて嘘であると疑っていただろう。


 強い風が吹き荒ぶ中であっても、大声出した甲斐あって言葉はしっかり届いた。

 暫しの沈黙――。

 元の世界に戻るために、魔王のふりをして国を治め、他の魔王テンセイシャを誘き寄せると言い始めた弟子に、絞り出すような声で師は言う。


「でも、それじゃあまるで、他の魔王を誘き寄せるための“餌”じゃない……!」


「まぁ、確かに」


『そうだな』


颯汰に返答に、間髪入れずに肯定する紅蓮の魔王に噛みつく。当人が認めつつあるが、そうなるように仕向けた元凶が悪びれずに言うのが気に入らない。


「――いやそれ本人の前で言う!?

 ……でも、やっぱり元の世界に帰る手段を探して歩き回ったり、魔王のいる国を探して、赴くよりもずっと安全で確実だと思うんですよ。魔王が正確にどの位置にいるかもわかりませんし。それならいっそ相手の方から何らかの形で動いてもらった方が早いでしょ?」


 颯汰の訴えに、落ち着き始めた風。

 大荒れの心が凪いだように静まり始める――。

 だけどまだ、雨だけは止まない。

 颯汰はそのまま続けて訴えかけた。


「だから俺は決めたんだ。この魔王ヒトが俺を利用するように、俺もこの魔王ヒトを利用する――元より危険な橋を渡らなきゃ帰れないんだ……。だったらその中で一番確実な方法を選びたい。

 玉座に座って待ちながら情報を集め、超強力なボディーガードが後は全部頑張る。下手に冒険して怪我するより安全でしょう?

 それに、俺より相応しい王様が出てきたならその人が代わってもらうつもりです。いいですよね?」


『…………相応しい者であればな』


「ほらぁ!」


魔王の返答に、颯汰はしたり顔で師を見やる。

 師は、自身の暗い表情を明るくさせようとニコリと微笑む弟子を呆然としながら見つめ返した。

 厳しくも優しい、まるで本当の母のような慈しみを持った精霊に、心配しないでと大丈夫であると。

 だけどその作り笑いの裏――瞳の奥では、まだ復讐が終わっていないと蒼く静かに燃えては告げる。


 だからまだ、雨だけは止まない。



説得パート。


また文字数がオーバーし、

だいぶ削減したせいでこの話で終わらなかった。


次話は来月中で。

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