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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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04 紅の契約

 叫びが、途絶えた――。

 断絶された世界へと堕ちる――。


 美しく、まさにこの世の物とは思えない大自然が広がる有限の世界。遠くへ続く大地であっても、それは一定から輝くオーロラのカーテンで遮られ、簡単に渡ることはできない。

 地上クルシュトガルから人間を自分の地へ招き入れる事ができる“管理者”ですら侵入を拒まれる――。

 そんな境界線にへだたられたこの地――木々は白く葉は蒼く、透き通り、澄み渡る空や藍玉アクアマリンを思わせる輝く湖と点在する池。薄っすらと黄緑の光が蛍のように浮かんでいる異空間こそが仙界せんかいの第三階層――“白亜はくあの森”であった。


 仙界は表裏で十三もの階層に分かれ、その土地の特色に合わせた生物がんでいる。多くが体外魔力マナの恩恵を受け、地上とは異なる生態系が形成されている。

 階層にはそれぞれ“管理者”と呼ばれる者がいて、彼らがその階層を治める王である。しかし地上の王とは異なり形式上のものが殆どであり、どちらかと言えば支配者というより守護者という立ち位置が正しいだろう。

 強く、気高き魂を持つ“管理者”たち――その中で別格な存在が、幻獣と精霊を超越した生態系の頂点に立つ星の守護者――竜種ドラゴンであるのだが、現在そのほとんどがその姿を消している。

 死んだものもいるし、そうでないものもいる。

 どちらも止むを得ない理由で管理者代理を置いて地を去ることを選んだ。

 『世界の危機』――クルシュトガルも仙界も脅かす“邪悪な気配”を感じ取り、既に「四大竜帝」たちが動き出していた。

 仙界に住む住人――体外魔力マナが充分に満ちていない世界では生きることができない精霊と違い、己の心臓で魔力を生み続ける竜種たちは今クルシュトガルのどこかで世界中に睨みを利かせている。それに気づく人間は極僅かであった――。


 “白亜の森”の神秘的な青い池に立花たちばな颯汰そうたは落下し、着水した。

 魚も虫もいない、僅かに水草と転がる砂利や石だけが水底に存在するこの水に、颯汰は見覚えがあった。瞬間、げんなりすると同時に顔も全身も緊張に強張こわばる。ドボンと大きな音を立てて落ち、状況が呑み込めないまま必死に陸地へと泳ぎ進む。ぎこちないが、カナヅチであった五年前に比べるとだいぶマシであっただろう。


 ――ッ!! 急げ、急いで岸に上がらないと! 


 身についた習慣は恐ろしい。

 毎度、前触れもなく――泳げなかった頃からこの場所に落とされ続ければ、数か月離れたところで、身体が勝手に反応を示す。


――『あと八つ数える間に上がってこないと、地獄の特訓メニューが倍になりますよ~』


陽気な声で悪魔の如き囁きが想起され、脳に響く。

 望んで剣を取り、修業に明け暮れていた颯汰であるが、いくさも武道の心得も知らぬ一般人であった高校生――身体年齢しんたいねんれい十歳児程度に縮んだ子供は毎度悲鳴を上げていた。

 全ては復讐のためと理解しつつも地獄の筋トレと剣術の特訓、毎回死にひんする実践練習は何度(くじ)けかけたか数えられない。

 大慌てで水を掻き、草が生い茂る陸地に手をついて身体を起こす。

 ずぶ濡れとなっているが、最低限、前髪と顔の水を手で拭うだけにして周囲を見渡し始めた。


 どこかにここの“師”がいるはずなのだ。


「し、師匠! どこですか!?」


姿が見えぬが間違いなくいると感じ、颯汰は叫ぶ。

 精霊である美女、立花颯汰に剣術を教え込んだ剣鬼“湖の貴婦人”を探すが、その声が森閑とした世界に木霊するだけで、返答がなかった。

 頭上に疑問符を浮かべながら、颯汰は途方に暮れ始めたところ、二人の女が水面から現れた。


「……あ、どうも。お久しぶりです」


颯汰が頭を下げた相手は精霊。この世界はマナが濃くて普通の人間は住めないから当然の帰結である。


「うん。お久ー」


青い髪に青く半透明な裸の精霊が、もう慣れた様子で颯汰に返事をするが、


「いや、ちょっと待って? 君ニンゲンだよね? なんで君まで縮んでるの?」


もう一人の幽霊のように身体が透けている精霊がツッコミを入れてきた。ヒトがいないはずのこの空間に現れた事に対する疑問はないのは慣れゆえだ。


「ニンゲンの、特に男の子にはそういう性質があるんじゃない? デリケートな話だから聞いたらダメだよー」


後半部分を耳打ちするように小声で話す、


「えっ、そうなの!? あ、あの……ごめんなさい」


が、ほとんど丸聞こえであった。


「なんか盛大な勘違いしてるところ悪いんですけど、師匠います? 俺を呼んだと思うんですけど」


 彼女たちとはもう何度も顔を合わせている。当初こそ初めて会う地上の人間に困惑していたものの、“白亜の森”を治める女主人に弟子入りした事から打ち解けあい始めたのである。なお我らが主人公へたれは未だ女体に慣れていないせいか視線をそらして会話をするもよう。

 仙界に自分のような人間を呼べるのは彼女のような存在だけだと知る颯汰は理由は不明であるが自分を呼んだと決めつけていた。颯汰は、おそらく血を吐いて倒れた後に地上のプロクス村まで運んだのも彼女であると睨んでもいた。


「…………あー、そのー、なんというか。ねぇ」


「うん……」


「?」


颯汰の問いに麗しい精霊たちが互いの顔をちらっと見て、言いよどみ始める。一体何だ、と颯汰は首を傾けた時である。


《――弟子よ。愛弟子よ……》


「師匠?」


声が聞こえてくる。聞き覚えのある声だ。


《――愛弟子くん。……きこえますか……今……あなたの……心に……直接、ってこっちの方を向かない! 黙って前を見るっ! …………して愛弟子よ……あなたは……よく、頑張りました……え? 今ちょっと古いとか言いませんでした? えぇ…………ごほん。 ……愛弟子くんよ――》


あ、続けるんだ。と颯汰が言葉を無視し、貴婦人は続行する。声音は先ほどより真剣みが増し、颯汰も茶化すのを辞めた。


《並みの者では諦めてしまう天鏡流剣術を……、あなたは基礎を怠らず……、途中で投げ出さず……、よくここまで成長しました。……ついに奥義の入り口である蛟牙こうがまで、……ヒトの身でありながら辿り着けたようですね……あなたは、ほんとうに、よく……やりました。厳しい修業しゅぎょうにも耐え、苦行しゅぎょうにも耐え、無茶振り(しゅぎょう)にも耐えました……。……そして、……ついに、……迅雷の魔王を討ち果たしました……!》


 ――……やっぱ無茶振りだったのかよ


ついルビの下の本音を覗き見た颯汰は心内で言う。

 何となく気づいていたが、それでも愚直に取り込んでいったのは、それしかすがるものがなかったのと、異界の仙人たる彼女が教える剣術だけが復讐を果たすカギとなると信じていたからである。



 しかし一方で――、



――『泳ぎのコツですか? そうですね~……。まず呼吸が大事です。一秒間に十回呼吸できるようになればイケますよ?』


――『では一日一万回、感謝の素振りをやってみましょーう♪ 気を整えて、拝んで祈って、構えて振る! 拝んでる最中、気を抜いたら私に斬られると思ってくださいね?』



「あ、この精霊ヒト頭おかしいんだな」と颯汰は即座に思ったのも事実だ。


 プラチナブロンドの髪と紅い宝石のサークレット。碧い瞳に白い絹のマーメイドドレスの美女――まさに人離れした美しさを持つ貴婦人であるが、同時に精霊魔法と剣の腕前は達人の域を越えているせいか、どうも常識が通じない節もあった。


 ――だけど……今思えば、俺に諦めさせるためにあんな無茶な特訓をやらせたんだろうなぁ……


颯汰がボルヴェルグの死によって精紳が狂いかけていたから、師は手を差し伸べた。しかし、だからと言って仇の相手が悪すぎる。

 ヒトを超越した肉体を持ち、魔法を自由に行使する“魔王テンセイシャ”。前世の記憶と共に《固有能力(イデア・スキル)》まで有する規格外のバケモノ……。ただの小僧がそれを討つのは――虫けらが獅子へ挑むようなものである。


 そうだとしても――。


 口で無駄と言っても、この男は決して諦めない、理解しないとその瞳を見て直感的に師は思ったのだろう。現にその言葉を何度受けても『それがどうした』と跳ね除けて、その度に柄を握る手に力がこもったのであった。


《本当は……、あなたを切り伏せてでも、……止めるべきでした……。師として、迷った末に……あなたを止められなかった事が私の過ちです……》


師は復讐を否定するだけの材料と、己の心がそれを妨げて良いものかと葛藤していた。

 その結果、もしアンバードへ行こうとするならば、どんな事をしてでも止めようと彼女は考えていたが、それも「とある事情」でできなくなっていた。

 師が引き留める前に彼らはアンバードに乗り込み、……結果的には復讐を果たせたが、危険で分の悪い賭けでしかなかったのが事実である。


「切り伏せてとか冗談でも言わないでください。今背筋がヒヤッとしたんで……! ん? 過ち? どういう――」


言葉が、小絶えた。


「――こ、と……?」


続く言葉が爆音に掻き消される。

 静寂に満ちた森に、相応しくない耳障りな爆発音とガラスのようなものが破壊され飛散する音が一緒に飛んできたと思った矢先、激しい熱量が負の力を帯びて放出される。


 木々がない空間に、裂け目が生まれていた。

 その刹那に爆炎が広がり、裂け目がもろく砕け散る。

 あまりの熱気と衝撃に颯汰は小さな両腕で顔を庇うようした直後、その方向に視線を向け直すと、爆炎が引き起こして立ち昇る塵煙じんえんから一筋の紅い光が飛んできた。

 驚く間も避ける間もなく、それが颯汰の胸に突き刺さる。貫くかに見えた光線であったが、痛みも何も一切感じない。

 颯汰はその光が伸びてきた先、煙が大剣が起こす刃風によって霧散した場所を見ると、“王”がいた。

 全身が血を浴びたような重々しい真紅の鎧。鬼を想起させる二本角。幾たびの戦場で流れた血を受け継いだような真っ赤な襤褸ぼろのマントが揺れる。

 身の丈を超える巨剣を携え、紅き王が降臨した。


王権レガリア・《黙示録の赤き竜王レイジ・オブ・ヴァーミリオン》……!』


響く声が反響し耳朶じだの奥へ届く。

 その姿と声は紛れもなく“魔王”のものであった。


『さぁ、いの…………らなくてもいいか』


別段、誰かを倒すために王権レガリアを纏った訳ではないため、紅蓮の魔王は剣を再度振るわずに、手放して光へと還した。

 数瞬、驚嘆のあまりに声をなくしていた颯汰であったが、一歩踏み込んで喋った。


「王さま!? 来たんだ……。……え、何このレーザーポインターみたいな赤い光の線は?」


紅い光線が《王権》を身に纏った『紅蓮の魔王』の胸から伸び、颯汰と繋がっていたのである。


『契約の証だ。紋章と紋章を繋ぐ線……。ここでは目に見える。私が単騎で仙界に足を踏み込めば、煉獄の鎖がたちまち現れ監獄に封印されてしまうが。少年、お前がいればこの通り問題ないのだ』


“契約”による繋がり(リンク)が可視化したもの――その言葉を聞いて颯汰が自身のえりの辺りを引っ張り、胸に浮かび上がっていた竜を模る“契約の紋章”を覗き見た。確かにそこへと紅い線が服を貫通して繋がっているのがわかった。


「……よくわからないけど、なんか邪魔っていうか、ちょっと気持ち悪いっすねこれ」


痛みこそないものの、可視光線が胸から繋がっているのは何だか気味が悪い。それも男同士でだから尚更そう感じてしまうのは無理もない。


『そう言うな。しばしの我慢だ』


「暫し?」


『あぁ、ここの“管理者”に用事があってな』


「管理者?」


そのワードの意味を知らぬ颯汰が、聞いた言葉をそのまま口にする。

 紅い魔神が歩き始めた途端、森が騒めき始めた。

 精霊たちはいつの間にか姿を消し、無風であるのに木々が揺れ、浮かんでいる光もどこか落ち着かない様子にへと変貌していた。


《紅蓮よ。貴様、我が愛弟子をどうするつもりだ》


ゾクリと颯汰の背筋に冷たいものが滴るような感覚が走る。凄まじい殺気――、剣を持ったスパルタ教師が稀に見せる鋭く慄然りつぜんとする気配に颯汰は縮こまりそうになっていた。

 口調が変わり、言葉に含まれる感情が表に出ていた。他者に戦慄せんりつを与える――棘というより圧し潰すほどに重く、熱いものがほとばしる。


『王にするつもりだが』


それに対し紅い甲冑の騎士は平然と返す。

 短く、ごく当たり前のように。


《王、だと……!?》


不自然に空気が冷え込むのを感じた。

 戦慄わななくと震える声が、一気に爆ぜる。


《貴様……! ふざけているのか!? この子を王にするだと……!? また争いに巻き込むつもりか! ……その舌、頭蓋ごと斬り落としてくれようか!》


森の奥の方から強い気配を感じる。

 紅蓮の魔王とはベクトルは似ているがまた性質が少し異なる『恐れ』を持っているのが彼女と、天鏡流剣術であった。颯汰にとって長年の付き合いで恐怖がどっぷりと身体の芯まで染み込んでいる。しかし、この荒れ具合は常人であれば誰でも恐れを抱くほどに狂乱しているとみていい。

 曲りなりに精霊である。ヒトの尺度では測れない精神構造と常識を持ち合わせている生物だ。――時に人より残酷に、時に人より急激に、時に人より冷淡である事もある。


 ――なんか、めっちゃくちゃ怒ってるぅ……!


剣呑な雰囲気が漂う。

 その渦中の少年だけが取り残されていた。

 怒りに燃える清水と冷たく泰然とした劫火がぶつかり合うまで秒読みだと、颯汰は肝を冷やしながらただ目を見張る以外に何もできないでいた。


新年あけましておめでとうございます。

今年も何卒宜しくお願い致します。


あ、今体調が非常に危うい状態なので寝ます。

こいついっつも病に負けてんな。




2019/01/12

お師匠さまの台詞部分『』の修正→《》。


間違ってたので修正しました。

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