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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
偽王の試練
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02 追憶と再訪

 音がする。

 パチパチと、耳朶じだへと響く暖かな音。

 それで立花たちばな颯汰そうたは目を覚ます。目蓋をこすり伸びをした。口からは欠伸が出て双眸そうぼうに滴が溜まる。

 胡乱うろんげで、呆けた顔で音する場所へ視線を移すと炎が揺らめき、薪が燃えているのが見えた。


「…………? 迅雷ジンライは……?」


 辺りはすっかり暗闇に沈んでいた。

 雲におおわれた空。星も見えない夜。

 吹く風にわずかな湿り気を感じる。


「目が覚めたか」


「――!?」


遠い日に見た記憶の影――火の照り返しに、踊る炎が見せた過去の情景が作り出した一瞬の幻……。

 炎の先に座る男を、立花颯汰は“とある人物”と見間違えたのであった。

 ほんの僅かな時、英雄と呼ばれた男の面影を無意識に追ってしまったのだろう。


「…………はぁ」


「?」


黒い聖職者の装束を身にまとった長身の男が首を傾げた。座りながら焼いた肉を食っていたのか片手に骨と、もう片手に本を持っていた。いささか行儀が悪い。


「………………ここは?」


「ヴェルミ地方の南部だ」


颯汰の問いに対し、金の髪に翡翠ひすいの目を持つ男――紅蓮グレン魔王マオウが心無く返答する。


 ――そうか、俺は……


立花颯汰はぼやける脳を働かせ、気を失う直前の物語を再生させ始めた。


 ――……

  ――……

   ――……


 時間をしばさかのぼる。


 颯汰がアウィス・イグネアで目を覚ましてから五日後、三度目の逃亡を計った。彼は王などなる気はない、と荷馬車に紛れて逃げたのであった。身体が縮み幼くなったお陰で積み荷の一つ、空いた木箱に難なく身を隠して南東へ運ばれていったのだ。


 ――そこまでは、順調だったんだけどなぁ


 だが、日も通り過ぎ、寝過ごしていた間に事件が起きたのだ。


 旧ヴェルミ領――ヴェルミ地方の各地は魔獣及びドロイド兵、加えて死兵の襲撃により壊滅的な打撃を受けていた。

 街も村も焼け、多くのヒトは死んだ――。

 ヴェルミとアンバードの戦争は終わったが、出兵した騎士たちの一部は潰走し、野盗へ落ちるしか生きる道がなくなっていたのだ。


『――そこの荷馬車たち!! 止まれ!』


武装した騎士たちは雇い主でもある領主をなくし、または戦闘中に逃亡したゆえに戻る事が出来ず、食い扶持と行き場を失ったから、通りすがる民を襲撃し、難癖付けて横暴な略奪を行っていた。


『そんな! これは王のご命令で――』


『知らぬ! 我らが王はダナン国王のみぞ! 新王クラィディム、さらに魔王などと僭称せんしょうするどこぞの馬の骨なぞ我らが仕える主に非ず!』


『それにたかが商人風情がなんだ貴様! 我ら騎士を愚弄したな!?』


『ひえっ! お、お止めくださ――ぎゃああっ!!』


騎士が、先頭の荷馬車の商人を切り伏せた。


『我ら騎士の名誉を傷つけた罪は重い。賠償を直ちに支払うがいい』


『――んな無茶苦茶な……!』


荷物の中で、騒ぎで目を覚ました颯汰が顔を出してそう呟いた。


『勘弁してくれ騎士の旦那! 俺たちゃこれを運ばなきゃ食っていけねえ!!』


『何を言う。我らが戦わねば貴様らは生きていなかったであろう? ならば大人しく荷物を全て置いて立ち去るがいい。ウマも置いて歩いて行くならば見逃してやろう』


『そ、そんなあ!』


『…………これは、まずいぞ――!』


荷馬車は八台、護衛の戦士は三人だけだ。経費の削減のためか。戦争後で人手が足りないのか。

 騎士は八名、囲うように散開している。

 金属の鎧を着込む者も、革の鎧を着込む者とバラバラであった。戦闘によって武器も鎧も汚れ、欠けている部分も見受けられるがそれが逆に凄みを生む。生きるために何だってするとその姿から物語っているのだ。

 さらに敗走したとはいえ騎士。階級が商人たちよりも上の者で逆らう事は出来ない。


『逆らうか貴様!』


別の方向から響く悲鳴。

 賊の一人が護衛に手を掛けたのだ。


 ――!!


 気が付くと、颯汰は飛びだしていた。感情が爆ぜ、足が勝手に動いた。手には今の自分には少し重くなってしまっている短刀。護身用に、目覚めた部屋からくすねてきたものだ。


 ――関わる必要はない。救う義理も道理もない。

 ――違う! ここで戦わなきゃ最悪詰む!


商人たちが全滅し、最後の一人が子供だけではどうあっても逆転の手立てはない。そう言い聞かせながら颯汰は叫んだ。


『ッ! やめろーッ!!』


 昔の自分であったら、きっと動かずおびえ、嵐が過ぎるのを待っていただろう。でも今は違う。それを打ち破る“力”がある――そう颯汰は考えた。

 何事かとえた賊たちの視線が一か所に集まる。そこにいたのは見知らぬ小僧っ子であった。変声期前の高い声の先には、右にさやに収まった短刀を持ち、左腕を高々と掲げる少年であった。


 叫んでは敵の気を引き、敵の数を冷静に確認する。多勢に無勢であるが、それを押し返すだけの“力”が、ある。――新たに得た強い力、それをヒトに対して向ける事に抵抗は無かった。発した言葉の熱さと裏腹に、その瞳は恐ろしい程に冷え切っていた。


 燃え上がった感情が沈み、あおく、氷塊のような無慈悲むじひな重圧がその目に光をともした。

 いつからか、剣術の修行にはげむ中、立花颯汰はこの機械的なスイッチの入れ替わりを会得し、それが自然なモノであると受け入れていた。

(だが、まだ精神的に未熟な部分があるからか、処理しきれない感情の波に飲まれて暴走したのが前回の戦いであった)。

 今思えばこれもそれもきっと“獣”の影響だろう、と颯汰は考えている。


 自身が持つ特異な才能とは気づかぬまま――。



 手を掲げイメージする。

 目が覚めてから一度も使っていない、魔王すら圧倒する暴力が具現ぐげんした姿を。

 全身を保護する黒い装甲。

 四肢には蒼い炎が燃える黒の籠手と脛当てに靴。

 口までおおう拘束具を担う半面。

 背中に輝く銀の傷口。

 思い出す。世界を塗り替える禁断の力を。


 それを発動するため、呪文のように叫ぶ。


 ……その時であった。


『デザイア・フォ……ゴフォッ!?』


口から出たのは言葉だけではなく、微量の赤。

 コップ一杯にも満たないが、充分すぎる量。

 それが血液であった事に気づくのに数瞬の間があった。鉄っぽい嫌な味と臭いが、口腔に広がる。


 同時に、颯汰は理解した。

「まだ、安静にしているべきであった」と。


 どこから傷が開いて、血を吐いたのかはわからない。身体の表面上の回復が異常なほど早かったせいで、もう大丈夫なものだと思い込んでいた。

 身体中から血を流し、魂も傷つけて無事であるはずがないのだ。意識が、再び遠退いていった。


『おい! 子供が血吐いたぞ!』

『何だ!? 何? 病気か!?』

『貴様の子か!?』『急いで手当してやれ!』


場に混乱を与える事には成功していた。突然のことに賊たちも、血を吐いてぶっ倒れた少年に心配そうに声をかけている始末。

 うすれゆく視界が白に染まる前、悪寒が走る。


『まずいぞ! 顔色まで悪くなって来てやがる!』


『医者だ! ただちに医者を呼べ!』


賊の二名ほどと商人たちが様子をうかがうように囲んで颯汰を見ていた。そのお陰で何が起きたか目では知覚していない。だが、他の感覚が、主に肌寒さがそれを感じさせる。だから颯汰はとりあえず目をつむった。脳裏に浮かぶのはただ一人。自由を得るためにいつか決着をつけなければならないであろう契約者。逃走する度、力づくでベッドへ引き戻す紅き王。


『? おい、何だ……?』


『地響きか? いや、……何だあれ?』


賊の一人が指をさした方向に砂煙が舞っていた。

 ドドドドドと地鳴りのような音が響く。 

 大地が揺れている錯覚に陥る一同であったが、何かが高速で近づいてくると気づいた。ウマだろうか。それとも貴族が乗るガルカーゴ車だろうかと考えたが、そのシルエットを見て誰もがギョッとする。


『…………ヒト?』


誰かがそう呟く。皆の頭には“あり得ない”という否定しか生まれない。人間が超高速で移動するはずがない。だけど、その目に映るのは砂塵を撒き散らしながら爆走する男の姿である。

 それが、一直線で、こちらに向かっている。

 賊たちが覚悟も迎撃する準備も整う前に、それは颯爽さっそうと現れた。

 頭天に輝く光の円盤が反射し、金の長い髪が煌めき、原石から磨き抜かれた玉、あるいは鍛え抜かれた刃の如く鋭い強さを持った翡翠の瞳。

 重々しい黒の衣服であっても爽やかな雰囲気を醸し出していた。


『…………神父?』


 刹那の間、人々はその男から感じる不思議な魅力とでも言うべきか、惹かれる何かを覚えながらも直ぐに正気へと戻るに至った。

 二人(、、)だったのだ。

 神父の衣装に身を包んだ男の背にいる人物を見つけ賊だけではなく、商人たちも目を剥いて後退る。


『血の、匂ぃい……!』


現れた神父が首を傾げると、負ぶっている人物が恐ろしく低く掠れた声を出す。

 脳が作り出す幻――幻覚だと思ったが、纏い放つ陰の気と揺れ動く細く白い指先と、長すぎる髪の間から睨む赤い目を見た瞬間、


『…………!!』


一同は声を失う。

 辺り一帯の温度が著しく下がったように感じていた。空の彼方にある太陽神アルオスの円盤も雲によって遮られ、辺りが唐突に薄暗くなっていたせいもあるだろう。

 かつて騎士であった賊も、商人たちも思う

――「神父の背に悪霊が憑りついている」と。

 立てば地べたに着くのではと思うほど伸びきった黒髪は幕のようにも見え、神父がただ黒い布でも運んでいるのではとさえ思っていたが、そうではない事がはっきりとした。

 いる。存在している。

 だが、確かにそこに存在しているのに、どこか朧気で気味が悪い。


『医者を、呼んだな?』


『患者ぁ…………!』


金髪の神父の後に悪霊がそう呟く。悪霊は軟体動物のような滑らかな人外の動きで神父の背から零れるように抜け出しては、一帯に向けて摺り足で距離を詰めてきた。身体のどこにも水っ気はないのに、ぬちゃあ、と粘着質な得体の知れない何かを彼らは敏感に感じ取ったのだ。

 恐怖を覚えれば、人が取る行動はシンプルである。勇気を振り絞って立ち向かうか、おびえてすくむか……


『ひえぇええ~!!』

『ガルディエルの怨霊おんりょうだぁああああッ!!』


逃げ出すかであろう。

 騎士たちは己の邪魔な装備を投げ捨てながら、商人たちも動ける者から無我夢中で走り、荷馬車を忘れ一目散に逃げだしていった。

 残るは馬と積荷と無残な死屍……いや、まだ辛うじて生きている負傷者たちもいた。


 ちなみに『ガルディエルの怨霊』とは、戦争で殺し合って負けたのに生き残った者、あるいは敵前逃亡した魂を冥府へと連れ去り永遠に捕縛し続ける悪霊。長い黒髪に赤い瞳を持つ女の亡霊であり冥府の神々の手先――無論、実在せずそう信じられている存在だ。


 賊たちは彼女を本物の霊的な存在だと思い込んでしまうのは致し方がない。

 何故なら、ぱっと見が幽鬼の類なのだから。

 白日の下であっても、その纏う不気味な雰囲気が詛呪そじゅを操る悪霊と相違ない。

 誰が彼女を医者だと判断出来るだろうか。それに説明したところできっと誰も信じまい。


『医師よ。あとは万事任せた』


 喧騒けんそうなど存在しなかったように森閑しんかんとした場所に変貌したと草原の上。神父の言葉を受け取っているのかどうか不明な女怪異は倒れている者たちに近づき、傷口を確かめ始めた。


『このヒト、もう駄目』『こっちのヒトは……浅い。奇麗なの出てるけど、縫合ほうごう』『この子の喀血かっけつは……横にして窒息を阻止』


一人目をさっさと諦め、次の人物が急を要すると判断し、倒れた颯汰を仰向けに倒して寝かせる。


『魔王、かばんから二番のビンと水筒を』


『あ、ああ。これだな? 何だこれは』


女が流暢りゅうちょうに言葉を使い始め、それに少し動揺しながら神父――紅蓮の魔王は肩に下げていた鞄から瓶と水筒を取り出した。

 怨霊とまで称された女は長い髪を後ろにまとめ上げリボンで縛り、終わってからそれらを受け取る。

 隠れていた顔はやはりエルフと言うべきか。少々痩せている印象はあるが、例外なく美しい。

 白い肌――顔まで覆う黒髪により日が遮断され、さらに際立って映る。赤い瞳は意外にもタレ目で、優し気な印象すらあった。少々光が足りない感じはあるが。


『乾燥させて軽く火であぶったデュポンの果実。これに水を加えるとある特殊なガスが発生するもの。多量摂取は身体に毒だし依存性もあるけど少量であれば麻酔として機能するわ』


『………………よくわからんな』


急に饒舌じょうぜつとなった怨霊女は「そう」、と短く言って上着のポケットに収納されている医療道具の中からを針と糸を見ずに選び取り出した。

 どうやらこの場で処置を行うらしいと素人目でも判断できる。


『傷は浅いのではないか?』


『それでも放っておけば傷口にばい菌が入る。貴方たちのようなオカシナ身体の構造をしていないの。だから早々に縫合し――』


 ……――

  ……――

   ……――


完全に闇に沈む前、それが最後に聞いた声であった。


「――なんか……記憶が混乱してる」


「それは難儀だな」


颯汰の言葉に、無感情で紅蓮の魔王は返す。


「俺、アンタに殴られて、……血吐いた?」


「それは二度目の脱走時だ。あとそのときは血は吐いてなかったぞ」


「あれ……そうだっけ……」


相対して睨み合ったが勝負は一瞬で着いたのである。脳内でその時の記憶と上記の記憶が若干混ざりあっていたが、徐々に鮮明になっていく。


「あの後、医師にめちゃくちゃ殴られ注意されたからな。私は少年を止める際は細心の注意を払う事となった。治るまでは殴らんよ。治るまでは」


「…………でエイルさんは?」


治ったら殴るのね、と思って嫌な顔をする颯汰は尋ねる。エイルとは怪しい悪霊のような女医の名だ。


「少し離れた村まで行って怪我人を看病している」


「あの見た目で!?」


「あの見た目で」


彼らが頭に浮かべている姿は異なっている。颯汰はエイルが女医としてキチンとやっている姿をまだ一度も見た事は無いのであった。


「よく警戒されなかったなぁ…………あれ? 何で俺達もその村じゃなくて野宿?」


どうせ怪我人を運ぶのならば、一緒に安静できる場所に移るべきなのだ。野盗だけではなく魔物だって襲ってくる危険性があるのだから。

 それに対し、魔王は平静に返す。


「仕方なかろう。少年が今まで消えていたのだから」


「…………消えてた?」


「記憶にないのか。少年は仙界に潜っていたぞ」


「……なんで?」


「知らん。気が付いたらあの場所から消え、つい先ほどそこに少年が現出したのだ」


「え、何それ怖い」


紅蓮の魔王がおもむろに立ち上がって言う。


「見覚えあるだろう。ここが」


その言葉に疑問符を浮かべながら颯汰はゆっくりと立ち上がる。草が風によって揺れ、湿り気と共にどこか懐かしいものを感じていた。


「…………!!」


 ここが、どこかの丘の上であると気づき、辺りを見渡して理解した。

 夜のせいで殆ど見えないが、畜産のため遠くまで広大な土地。その村の前に構える森から青い目が無数に光っているのは、闇の中だからこそはっきりと捕らえることが出来る。

 闇に慣れた目が、黒くなった廃墟を見つけた。


「プロクス、村……!」


血を吐き倒れた地点から東南東にずっと、進んだ場所。焼け焦げて落ちた村――颯汰が五年の間過ごした村の残骸が、丘の上から一望出来た。

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