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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
【転生者の記憶の欠片】
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elektriciteit

これはある男の記憶――その断片の物語……。

 飲み屋街――ネオンの海が眠りにつく朝方。一人の男が路地裏の壁を背にして肩で息をする。


Godve(ちく)rdomme(しょうめ)……!」


切らした呼吸を整えようと試みながら、静かに壁伝いに擦りながら表の様子をうかがう。


「――……奴め! どこに逃げた!?」


「この辺にいるハズだ! 決して逃がすな……! 今応援があっちの方から来る。俺たちは向こうへ行くぞ!」


二人の男の声が聞こえた。


kut(クソ)……このままじゃあ……!」


日の当たらない路地裏から座りこけ、空を見る。

 急いでここを脱出して、何処かに隠れなければならないが、慣れぬ土地で夜通し逃げ回って体力は限界が近い。

 薄い顎鬚をさすりながら男はどうにかしなければと身体に鞭打った。

 疲れてはいるが、このままここに居ても意味がないどころか、先ほどのサングラスに黒スーツの男二人の会話が正しければ、更に追い回す人数は増える。人海戦術でしらみつぶしに捜索されれば捕まってしまうだろう。


 ――クソッ! 俺の馬鹿野郎! せっかくのチャンスを棒に振りやがって!!


――……

 ――……

  ――……


「――何ですって!? 今、何て!?」


昨夜――とあるビルの中、老齢の女が激昂した。テーブルを叩き、椅子から立ち上がった。この男はそれに応じるように負けじと熱くなったのである。


「もう一遍いっぺん言ってやるよババア!! てめぇの音楽は最低最悪だッ!! 上手い下手、とかじゃねぇ!! 大切なハートが足りねぇんだッ!

 こんなクソつまらない曲、似たようなもんを何十年も出して続いている理由がわかんねえ! 若い頃に身体でも売ってたんじゃねえの?」


悪辣の限りを尽くし、精神ココロを抉る罵倒を繰り出す。それを聞いた老女は顔を一度真っ赤にし、ふるふると震えながらうつむいた。


「あれ? 黙っちゃう? も、し、や、図星ですかぁー? 何が『サッキー』だよ年齢考えろババア! バーカバーカ!! 情熱を捨てた腐れ老いぼれめ!!」


ギターを持って路上ライブをしていたこの外国人の男。彼をスカウトしてたった数時間後、まさかここまで悪口を言われるとは想像できまい。


「………………捕らえなさい」


搾るような声で女が言うと、


「「ハッ!!」」


付き人と言うには身体つきがガッチリとして、背丈も高くサングラスも相まって恐ろしい雰囲気を出していた男二人が、汚い言葉を吐いた男に向かって走り出した。


「おい、何をする気だクソババア!?」


「…………知れたこと、私と同じ思いを味わってもらいます」


「!?」


「私が直々にその身体に、刻み付けてあげると言っているのです!!」


細く枯れた両手で自分の身体を舐めとるように触れる仕草を見て、彼は恐怖を覚える。


「――!? じょ、冗談じゃねえ!! 何が嬉しくて歌手デビューできるって聞いて訪れた場所で、棺桶に半身沈んだババアの枕にならなきゃならねえんだ!! そんなもの、死んでも御免だっての!!』


途中から母国語で酷い罵倒を口にして、彼は必死に逃げ始めた。


「この業界で、私をコケにして逃げ切れると思わない事ね! もう蜘蛛の巣の中! 警察にだって逃げても無駄よ!!」


遠のくが、ヒステリックの声がキンキンと響く。

 また自ら地雷を踏んだと歯軋りしながら建物から脱兎の如く逃げ果せた。


……――

 ……――

  ……――


幼少の頃に出会った日本のある楽曲が好きで、この国に訪れた男――ディルク・レーメルは確かに歌手としての実力はあった。

 ギターの演奏は卓越していたし、歌は熱い魂が込められていた。

 ただ彼の短所は女癖の悪さと口の悪さ、足りぬ柔軟さ――言うなれば自分を曲げない所だろう。

 元は母国でグループ活動を行っていたが仲違い、暴力事件さえ起こしており、それに背部と腹部に刺し傷があり、これは痴情のもつれから起き、今生きているのは奇跡的であったが、彼はその性分を変えるつもりは一切ないようだ。

 ゆえに例え相手が歌手の大先輩であろうと、その彼女が直々にデビューのチャンスを恵むと言っていても衝突は免れなかっただろう。

 とはいえ、折角のチャンスを勢いで無駄にしたのは変わりない。その結果、彼女は本気でディルクを殺すよりも恐ろしい目にあわせようと躍起となって追手を使ってまで捜索を始めていた。

 とても胸ポケットに掛けているサングラスを着ける余裕はない状況なのである。


 今は黒スーツの男たちに追われながらも何とか逃げ隠れる事に成功しているが、それも時間の問題である事は彼自身もよくわかっていた。

 だからすぐに離れるべきであると、よろよろと立ち上がり、路地裏の奥へ進もうとした時であった。


「あの、大丈夫、……ですか?」


「――!?」


驚いた顔でディルクがそちらに顔を向けると、一人の青年が立っていた。コンビニ袋を片手に、夏場らしいラフな格好――具体的に言えば寝間着であろう半袖の白シャツに紺色の短パン姿である。


 ――たぶん、日本人……か? ……ったく、アジア人の判別って難しいぜ


 ディルクは母国語で少し悪態つく。

 この青年は大学生くらいだろうか。顔つきは毒もない優し気な感じである、と思った。


 ディルクは第一に自分が見られた事に後悔をする。もしあの黒スーツの男たちに所在を聞かれれば、彼は見かけたと答えるだろう。何より自分は異邦人、母国であれば特徴的でもないが、ここでは目立ちすぎる、と焦慮が顔に出ていた。


『この青年に放っておけと言い、退散してもらう』

――あの男たちに聞かれるかもしれない。駄目だ。


『この青年に黙ってもらう』

――いくら見た目が優男とはいえ、口約束を守る保証はない。


『この青年を気絶させ黙らせる』

――トラブルの種を増やしてどうする。何より最初にそれをやらなかった時点でもう手遅れだ。


『この青年に助けを乞う』

――いや、いくらなんでもそれは……。


 頭の中で選択肢を上げては潰していく。

 ディルクはふと、青年のもう右手の人差し指に絡んだキーホルダーのリングがある事を発見する。青年の片手には鍵――二つあったのだ。片方は自宅で、もう片方は……バイクの鍵である事に気づいた。


「大丈夫ですか? 日本語、話せます?」


「――っ、あ、あぁ……チョットだけデス」


話しかけられていたが、少し考えていて放心していたが我に返り、ジェスチャーで人差し指と親指を狭めて返事をする。

 この男、普段は日本語は達者ではないが、何故か――観ていたDVDなどの影響なのか、悪口だけはハッキリと淀みなく喋られるタイプという最低最悪なレベルに達していた。


 ――どうするか、鍵を奪って逃走? それじゃ駄目だ。犯罪をすればより奴らの思うつぼだ


ディルクは逃げているが別段、罪を犯したわけではない。殺人も放火も盗みもしていない善良な…………善良とは言い難いが、口が悪いだけの男である。


「どうしたんですか? 道に迷ったり……」


「あ、ああ。そうなんデス。財布も(逃げる途中に)落したデス」


「携帯電話も?」


「ないデス」


落したのかな? と小声で青年が男に、と言うより自分に問いただすように呟いた後、


「……それは困りましたね。この辺の交番は――」


親切心で交番の場所を教えようとする。


「――警察はいいデス! その、家に帰ればGPSで探せマス!」

 ――善意なんだろうが、奴らが警察などの周りに網を張ってるに違いない。それに逃げる際、あの老女ババア『警察』がどうのこいの言っていた。なんか善からぬコネクションを持っていると見た。今は息を潜めるのが賢明だろう


 しかし、今の断り方は不自然だっただろう。そう思えてディルクの唇は乾き、額に小さく汗が浮く。


「……? そうですか。お家はどの辺ですか? 遠ければ駅まで案内しますけど」


「いや、その――」


緊迫した時の中、場を壊すほどの音が響く。

 情けない音の正体は――腹の虫が鳴ったのだ。

 ぎゅるるとはっきり、ディルクの腹から空腹を訴える音色がなる。思えば昨日の昼から何一つ口にしていない事を思い出し、嘆息が出る。

 青年は苦笑い気味にハハハと声に出した後に言う。


「……財布ないんでしたもんね。すぐに交番に財布が届いてあるかもわかりませんし、おごる――ってほどふところに余裕はありませんが、家来て何か食べます?」


 ……――

  ……――

   ……――



「ご馳走様デス。美味しかったデス。ありがとございマス」


「えぇ、お粗末さまでしたディルクさん」


畳の上、小さなテーブルの足にはタイルカーペットが四つ敷かれ傷つけない役割を担う。

 その小さなテーブルに並べられた皿四つに並べられた料理――ハムエッグとトースター。

 ハムの焼けたいい匂いと半熟卵の色つやが食欲をそそる。空腹であったのもあるがあっという間に、ディルクは普段はあまり口にしないように避けていた野菜――付け合わせのレタスも平らげていた。


 ――美味かった。本当、満足。……本名を思わず言ったのは失態だったな、どんだけ飢えてんだ俺


逃走者は母国語で己の間抜けさに多少落胆したが、狭いマンションの一室――であれば調理中に匂いが瞬時に鼻を突き、食欲が爆発的に増してしまったのは致し方がない、と終わった事であると吐いた息と共に忘れようと努めた。


「カイトさん。料理、上手い、デスね」


青年の名は黒木クロキ海斗カイト。マンション番号は『304』。どうやら大学生で、今日は自主休講。学生としてそれはどうなのかと思ったディルクであるが、自分もさしてそれを立派に説教できる立場ではなく、ましてや彼の親切心でここに逃げられたのだとわかっているため、それに関して口を挟むのは止め、朝食を待った。


 そして頂いた朝食は絶品の一言。即席で造れる簡素な手料理、誰でも作れるものであるというのに焼き加減も絶妙で、舌触りも味付けも非常にディルクの好みであった。

 卵は半熟にするか否かと問われ、半熟にしてもらった。抗えぬほど良い色をしている目玉焼きに、カリカリに焼いたハムの調和ハーモニーが舌を呻らせる。トースターで焼いたパンにチーズとバターを合わせたものを塗ったもの。もっちりとしたパンのほのかな甘みに加えとろとろのチーズにバターのほんのり塩味が利いて、それも互いの長所を邪魔せず両立していた。

 パン以外の食材自体はコンビニエンスストアで買えるもの、それが悪いとは言わないが、最上の食材とは違うはず……であるのに何がこうさせるのかが不思議でならない。


「実家でもよく食事当番させられてました」


少し照れ臭そうに笑うカイト青年。食材の備蓄が充分で、時間があればもっと凝った料理が作れましたが、と申し訳なさそうに続ける。


 皿洗いをする青年の背を見ながら、ディルクは考える。腹ごしらえは無事に出来たが、今後をどうすべきかが彼にとって真の問題である。


 ――おそらく、家は押さえられているに違いない。どうにか国に帰る手立てを……畜生、自分の口の悪さにも呆れるくらいだぜ


そんな事を考えていると、食器を洗いながら青年が話しかけてきた。


「すいません、何もない部屋で」


「本当デスね。テレビもない、というか、どうやって生活してんデス? 音楽もないなんて、ふつー生きていけないのでは?」


無駄なモノがないと言えば聞こえがいいが、あまりに小ざっぱりとした部屋。最低限の物以外すべて排除したかのようなワンルーム。生活感が正直感じられない。そういった性分なのだろうか。


「ハハハ、実はバイトと講義で家に帰っても布団敷いて寝るだけなんですよ」


「へー、……苦学生!」


「そうです。苦学生です」


 ――頑張って、無理して、田舎からここに来たのかも


 それなのに巻き込んで彼を大学を休ませたのは問題あるなと考えたディルクはやはり早々に立ち去るべきだと思い、立った――時である。


「――Wat()……!?」


目が霞み、足がふらつく。急激に襲い来る睡魔がディルクの意識を掴んで畳の上に伏せさせる。


 ――まさか、睡眠薬……!?


 狭まる視界の中、青年を見る。輪郭もぼやけるが確かにそこにいて、ディルクを横目で見ていた。


め、やが……――」


意識が闇に引きずり込まれた。

 確かにディルクは大きく油断していた。

 最初こそ若干警戒はしていたものの、バイクでこの部屋に来た段階で、黒スーツたちに引き渡すにしては二度手間どころではない、と気が緩んだ。

 カイトの顔や立ち振る舞いがあまりに自然であるため、気付かなかった。料理中もそれらしい薬を入れる間も、出された飲物も口にしていない。

 だが食事に手を着けた段階で甘いとしか言いようがない。まんまと罠に掛かり昏睡に落ちた――。


 ディルクがどさりと倒れ込み、沈黙が暫し流れる。その静寂の安寧を崩すのは、おそらく初期設定のまま変えていないシンプルな着信音であった。


 青年は左手に持った携帯電話の画面には『進藤』と表示され、通話ボタンを押す。

 そっと左耳を近づける。


『よぉバレット(、、、、)。 やったか?』


海斗カイトではなく、もう一つの偽名で呼ぶ声はどこか大人びながら、いやらしさと悪戯心を失っていないお調子者のような雰囲気が伝わる。

 そして好青年の仮面を外し、バレットは抑揚のない冷めた声で答えた。


「あぁ、捕縛対象ターゲット『ディルク・レーメル』の確保完了。“ファクトリー”の奴らを呼べ」


「もう向かってるぜ。外野(、、)には見られてないだろうな?」


「この男を追っていた連中は“表”の人間たちだ。素人同然にそんなヘマはしないさ」


外野とは、外でディルクを追いかけた黒スーツや命令者の『サッキー』の事である。

 今回の件、外野は“ファクトリー”とは無関係――つまりはバレットはディルクを『サッキー』に渡すつもりではない。


「ひゅー!! 頼もしーっ!! 蒙古斑もうこはんがまだ抜けてないような青二才が立派になって師匠的に嬉し――」


ブツッと通話が途切れる。

 当然バレットから切ったのである。


「………………」


 逃げた相手ではなく、彼は“ファクトリー”に引き渡される。彼に待ち受ける運命は、外野に捕まるよりも下手すれば重いものとなるだろう。


「当人は自覚はないが“能力者”……ゆえに“ファクトリー”がそれを求める……か。運が良ければ……いや、悪ければまたえるさ」


前のめりに倒れる男を背に、バレットは歩き出す。

 玄関まで進むと立ち止まり、また誰にも聞こえぬ声音で独り言ちた。


「こんな事を言うのもアレだけど“幸運”を」


その無慈悲な瞳には似合わぬ、暖かな言葉で扉を閉めて出て行った。


次話から新章、

もしくは雑なキャラ紹介やります。


※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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