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私を愛して王になれ  作者: 淡島かりす
2/7

2:執事とメイド

 先王から仕える執事のルーティは、その仕事ぶりから周りには「石像が魔法で人間となった」と言われていた。

 生真面目で慇懃で、立っていろと言われれば何時間でもそこに立ち、歩けと言われれば暴風雨の中でも背筋を伸ばして闊歩する。

 表情に乏しいのが欠点であるものの、お茶会の準備も王の執務の補佐も、何事も卒なくこなしてしまう手腕に比べれば微々たるものだった。城下町を最近騒がせている美形の吟遊詩人ではないのだから、無駄に愛想を振りまく必要もない。


「ルーティ」

「なんでしょうか、姫」


 シャルハは紅茶の準備をしている執事の返答に、眉間に皺をよせた。


「ボクはもう姫じゃない」

「失礼しました、陛下。どうなさいましたか」

「南の方で最近悪い病が流行っていると聞いたが、実際にはどうなんだ」

「あぁ……」


 ルーティはティーカップを丁寧にシャルハの前に置く。琥珀色を煮詰めたように美しいその色は、ティーカップの白磁を一層引き立てている。


「国の医師たちに依頼して、優先的に南に治療薬を回すように指示をしてあります」

「ボクの承認なしで?」

「お言葉ではございますが、姫」

「姫じゃない」

「陛下、この病については先王の指示で陛下の即位の前に行いました」

「ならいい」


 シャルハはルーティのことをあまり信用していない。国の中には、新たな女王を祝福しない勢力も存在しており、どうにかして先々王の孫たるガーセルに位を譲渡させようとしている。

 ルーティはシャルハのことを王と呼ばぬことが多く、また先王の決定事項に関してはシャルハの断りもなく遂行する。隙あらばシャルハの廃位を目論む一派と似たような匂いがして、苦手だった。


「ルーティ、私にも紅茶を頂戴」


 シャルハの向かいに座った、金髪金眼の少女が声を出した。


「ウナ様、勿論でございます。お砂糖を多くいれましょう」

「よろしく」


 国の守護天使であるウナは、代々国王に愛されることでその力を奮って来た。だが女王であるシャルハは、少なくとも見た目と性格は同性であるウナをどうしたら良いか悩んでいる最中だった。

 愛を与えればいいと言われても、どうすれば愛になるのかがわからない。

 仮初の愛情などウナは望まないだろうし、かといって国を守る義務のあるシャルハがそれを投げ出すことも出来ない。


「ねぇ、我が女王」


 ウナが少し冷ました紅茶を飲みながら、シャルハに話しかけた。


「なんだ」

「眉間に皺をよせてるとよくない。若いのに老けた顔になる」

「放っておいてくれるかな」

「私は心配して言ってるの。結婚もしていないうら若き女王が眉と眉の間に嘆きの谷を作ってたら、婿も来ない」

「余計なお世話だ。愛の天使のくせに外見に拘るな」

「愛は魔法の言葉じゃないの。愛を得るには努力が必要だよ、我が女王。無限に湧き出る愛なんてこの世には存在しない」


 ウナは細い腕を伸ばして、スコーンを手に取る。小麦色に焼けたそれを頬張り、欠片が零れるのにも構わずに話し続けた。


「外見に拘れとは言わないけど、愛される努力は必要だよ」

「努力、ねぇ」

「その点、私は愛され天使だけど」


 顎の下で両手を組んで小首を傾げるウナは、確かに可愛らしい。だがシャルハにはどうしてもそれが愛すべき天使ではなく、自分にまとわりつく小動物に見える。


「シャルハも私を見習って、愛され女王になろう?」

「嫌だ」

「手始めに剣を置いてドレスとか着ない?」

「ドレスを着ても、ウナへの愛にはならないだろう」


 男装の女王の返事に、ウナは口を尖らせて椅子の上で足を揺らした。


「堅いんだから。ちょっと見てみたいって思っただけなのに。ねぇ、ルーティ?」

「……執事の身ではお答えしかねます」

「ルーティ、素直に言っていいぞ。ボクの格好なんかに興味はないと」

「興味と言いますか……」


 ルーティが何か言いかけたその時、廊下から慌ただしい音がして、ドアが突然開いた。


「ふにゃはううん!」


 聞き覚えのある、妙な悲鳴と共に部屋に転がり込んで来たのは、モップと壺を抱えたメイドだった。


「………ティア」


 シャルハがメイドの名前を呼ぶ。

 スカートが殆ど捲れかけた状態で床にあおむけになったメイドは、泣きそうな顔をして灰色の目を向けた。


「女王様、申し訳ありません」

「一応聞こうか。今日はなんだ」

「さっき、この壺をお掃除しようとして棚から下ろしたら、自分の右足で自分の左足を踏んじゃって、そのままバランスを崩して」

「そうか。壺を割らなくて偉かったな」

「ガーセル卿のところで割った壺と似ていたので、今日はちゃんとキャッチ出来ました」

「ティア、陛下の前でなんという格好をしているのですか。ちゃんと立ちなさい」


 ルーティが叱責すると、ティアは慌てて立ち上がった。

 しかしその途端に腕から壺が滑り落ちる。


「あっ」


 ティアが声を出したのと、金髪の影がその下に入り込んだのは同時だった。

 椅子から即座に飛び出して、落下する手前で壺を受け止めたウナは嬉しそうにそれを持って踊りだす。


「偉いでしょ、我が女王」

「はいはい、偉いね。持って踊ると転ぶから、やめてくれないかな」


 頭上高くに掲げているウナを見て、シャルハは溜息を重ねた。

 従兄のガーセルのところから預かったメイドは、何かと失態が多い。噴水の掃除をするつもりで、水を逆流させてしまったり、窓を水拭きしたために枠の塗料が剥がれ落ちたり、毎日なにかしら問題を起こしている。

 だがガーセルから半ば強引に引き受けた以上、やはりだめでしたと返すなど出来ないので、仕方なく手元に置いている。決定的なミスでもしてくれれば解雇も出来るのだが、どれもそこまでは至らないのが厄介でもあった。


「それにしても重い壺だね。ルーティ、元のところに戻してきて」

「畏まりました、ウナ様」


 ルーティは丁重に壺を受け取ると、流れるような所作でテーブルを回ってドアに向かい、そしてティアの襟首を掴むと引きずるように外へと連れ出して行った。


「そのうち、そなたの私物も壊されるよ」

「ボク個人は大したものは持っていないからいいが……、国宝を壊されでもしたら一大事だな」

「私の宝物まで壊しそうだから、あのメイドは苦手」

「宝物?」


 興味を惹かれてシャルハが尋ねると、ウナは慌てたように口を両手で覆った。


「なんだ、気になるじゃないか。天使の宝物というのは聞いたことがない」

「駄目。そなたには内緒」

「誰かに貰ったものか?それとも拾ったもの?」

「拾ったものは流石に宝物にはしない。貰ったの、先王から」

「父上から?」


 シャルハは亡くなった先王のことを思い出して首を傾げた。「騎士王」と呼ばれた父親は、華美なものを好まない性質であり、妃であるシャルハの母にも贈り物などしたのを見たことがなかった。

 妻への愛がないというより、照れくさくて出来ないというのが実際のところだったが、そんな父親でも天使には何か贈り物をしたらしい。


「何を貰ったんだ」

「だから、そなたには内緒なの」

「何故」

「もー、天使の秘密を暴くもんじゃないの」


 頬を膨らませたウナが椅子に戻るのを見ながら、シャルハは小さく笑った。


「何、我が女王」

「いや、ちょっとおもしろいと思っただけだ。いつか見せてくれるか?」

「んー……そうだね、先王を超える愛をくれたら見せてもいいよ」


 挑戦的に笑う天使に、シャルハは苦笑いをして肩を竦めた。


「相当先になりそうだ」




 ティアはメイド長と執事に怒られた後、涙ぐみながら庭に出たが、誰もいないのを確認すると指で涙を掬って手を払った。


「あの天使が邪魔をするから、また仕留めそこないましたわ」


 未だ出番に恵まれない、手首の内側に隠した短刀を装着しなおしながら苛立ちを口にする。

 ガーセル卿に雇われた暗殺者である彼女は、メイドに扮してシャルハの隙を狙っていた。二週間もドジなメイドを演じるのは、それなりの苦労がある。だが今のところそれが報われたことはない。

 いつもいいところでウナが邪魔をしてしまうので、手首の短刀も靴に仕込んだ針も、毎日丹念に磨かれるだけである。


「愛の天使だか何か知りませんけど、私の邪魔をする者は容赦しません」


 暗殺者としてのティアは、その筋では有名な一人であった。曲芸師のように身軽で何処にでも潜り込み、闇に乗じて標的を仕留める。十八歳の身空ながら、これまで手掛けた仕事は、並みの暗殺者の比ではない。

 だがそんなティアでも、王を殺す仕事は初めてだった。しかも相手は「騎士姫」と異名を取っていた剣の腕前である。寝首を掻こうにもシャルハには隙がなく、枕元には懐刀が置かれているので、下手に強行突破するわけにもいかない。

 

「だから苦労してドジをしているのに、あの天使と来たら……!」


 ある時は、背中から一突きにしようとしたら、ウナが何かの遊びと思ったのか突進してきて失敗した。

 またある時はシャルハの食事に毒を入れたが、ウナが空腹を訴えて騒ぎだしたので、シャルハがその食事を与えてしまった。どうやら天使に毒は効かないらしく、大皿一枚の肉を平らげたウナは平然としていた。

 また別の時は、城下町に視察に出かけた女王の後を追い、人ごみに乗じて殺そうと思ったが、ウナが空を飛んでいた鳩を追いかけまわして、怒った鳩がなぜかティアの方に来てしまったため、慌てて逃げ出した。

 ウナがティアの目論見に気付いているかは不明であるものの、このままではいつまで経っても暗殺出来ない。


「………そうですわ。天使を女王から離せばいい。女王個人は少し抜けているところがおありだから、私に油断して隙を見せてくれるはず」


 ティアは悪質な笑みを浮かべると、メイド服のスカートを持ち上げて小走りに城の中へと戻って行った。









 翌日、シャルハはティアの騒がしい入室で目が覚めた。

 メイドが王の眠りを妨げることは本来厳禁であるし、そもそも入室の許可すらない。

 だが、元々あまり寝起きがよくないシャルハは、それを目覚ましとして使っている節があり、口では苦言を呈しながらも、何かと重宝していた。


「おはようございます、シャルハ女王様」

「うん、今日は何をしたのかな」

「はい、メイド長のいいつけで床を磨いていましたら、モップが勝手に踊りだしました」

「そうか。多分君の足がモップを踏んだんだろうね」


 いつもならそこでティアは立ち去るのだが、今日は何か言いたげな表情をしていた。


「どうした?ボクは着替えたいのだが」

「女王様はドレスを着ないんですか?」

「………はぁ?」


 思い切り顔をしかめて返せば、ティアは少し肩を跳ねたものの、臆せずに続ける。


「ガーセル卿がお贈りしたドレスがあると思うんですけど」

「確かに受け取ったが、ボクはあぁいうものは」

「絶対綺麗なのに、もったいないです」

「………」


 シャルハは牽制の意味を込めてティアを見るが、その何やら情熱が秘められた視線に逆に押しかえされた。


「ドレス着たことないならお手伝いしますから、一回着てみましょうよ」

「ティア、ボクは」

「着てみたいんでしょう?」


 直球で尋ねられて、シャルハは言葉を飲み込んだ。

 昨日、ウナに言われた時には興味がないと言ったが、シャルハとて若い女性であり、興味がないわけではない。

 先王に生まれた子供が一人だけだったので男のように育てられたし、男装をすることに抵抗があるわけでもないが、それでも女性らしくしたい気持ちはある。

 髪を綺麗に整えて、美しいドレスを身にまとい、化粧をして社交界に現れる貴族令嬢達を羨ましいと思ったのも二度三度ではなかった。


「一回だけ、着てみましょうよ。皆には内緒で。公務のお時間までに脱いじゃえばいいんです」

「………」

「ウナ様にも内緒にしておけば揶揄われることもないですし」


 シャルハは腕を組んで考え込む。

 昨日、ドレスは着ないと言った手前、ウナにその姿を見せるのは気が引ける。というよりも、ウナの性格上、それを自分の胸だけに押しとどめるとも思えない。ドレス姿を見られた次の瞬間には城中の者がそれを知ったとしてもおかしくない。

 その点、ティアは新人メイドでドジで有名である。もし彼女が吹聴したとしても、真面目に受け取る者は少ない。

 そういった打算の後、シャルハは小さい声で「じゃあ着てみるか」と呟いた。少々気恥ずかしくて俯き気味に言ったので、ティアの悪意のある笑みには気付かなかった。




「待て。世の女性は本当にこんなことをしているのか」

「コルセットは上流の女性の嗜みです」

「でも窮屈なんだが」

「女王様が着ている鎖帷子に比べたらマシですよぅ」


 一時間後、慣れないコルセットやリボンで精神的にも肉体的にも疲労したシャルハはカウチに凭れ掛かっていた。

 ティアはドレスに似合う髪飾りを、専用の棚から物色している。


「やっぱりボクには向かないのでは」

「それより、ドレスが銀色だから髪飾りも銀がいいと思うんですけどー。こっちのハニャーっとしたのと、こっちのトゥリーンとしたの、どっちがいいですか?」

「どっちがどっちだ……。とりあえずそっち」

「こっちのハキューンとしたのですね」

「選択肢にないのが出て来た」


 美しい花の銀細工をふんだんに使い、レースでその周りを縁取った髪飾りを持ち、ティアはシャルハの後ろに回り込む。


「女王様は髪が短いから、飾るだけにしますね」

「短い方が戦場で有利なのだが」

「大丈夫ですよぉ、可愛く飾っておきますから」

「そうか……もう好きにしてくれ」

「はぁい」


 喜んで、と口には出さずにティアは微笑んで、右手首に隠していたナイフを滑らすように手中に落とす。

 警戒心のない首筋を見て、その皮膚の下に脈打っている血管に狙いを定めた。衣擦れの音も立てず、腕を振り上げた刹那、銀髪が揺れた。


「ティア」

「ふにゃはらふ!」


 振りむいたシャルハは怪訝そうな顔をしており、ティアはナイフを隠すために上半身だけを大きくひねった状態で声を出した。


「よかった。気配がないのでいなくなったかと思った」

「後ろ壁だからいなくなるのは無理です」

「それもそうだ」

「女王様、気配とかいつも気にしているんですか?」

「気にしているわけではないが、昔から男達に混じって剣の訓練をしていただろう。ボクは力はそんなに強くないから相手の隙をついて戦う方法を師匠から伝授されて、まぁもはや癖だな」


 ティアはそれを聞きながらナイフをしまいなおす。一国の姫であったシャルハにそんな生態を身に着けた師匠とやらを恨みながら。


「いますよぉ、心配しないでください」

「あぁ」


 再び前を向いたシャルハに、今度は気配を消すことなく髪に指を通す。

 傷み気味だが、元から美しい銀髪は照明を浴びてガラスのように輝いている。これに血を浴びせたらどんなに美しい光景になるだろうか、と恍惚にも似た感情を込めて櫛を滑らせた。


「女王様、髪飾りはどの位置がいいですか?」

「ティアに任せる」

「はーい」


 櫛を通しながら、だんだんと手首に隠したナイフを袖口から出す。

 シャルハに気付かれぬように、しかし緊張感は見せずに、絶妙なバランスの中、その切っ先を肌へと近づけていく。

 殆ど紙一重の位置になった時、突然シャルハが息を飲む声が聞こえた。


「鼠だ!」

「ふへっ」


 シャルハは即座に立ち上がったと思うと、髪に刺さっていた飾りを引き抜いた。先端が簪になっているそれを、部屋の隅目がけて投擲する。

 鼠の悲鳴が聞こえて、何処かに走り去る音がそれに続いた。


「逃がしたか」

「シャルハ様、髪飾りを投げないでください」

「すまない。鼠は伝染病を持っている可能性があるので城で見つけたら駆除するのが決まりになっている」

「そんなの他の召使に任せておけばいいのに」

「王が鼠如き倒せぬようでは示しがつかない」


 シャルハの隙をつくことに集中していて、鼠に気が付かなかったティアは内心で地団太を踏む。

 正攻法で倒せるとは元から思っていなかったが、ウナを排除したところでシャルハも十分手強かった。


「さぁ、続きを頼む」

「はーい……」

「どうした、元気がないな」

「気のせいです」


 床に落ちた髪飾りを拾って布で拭い、再び後ろに立った。

 作戦を変更し、今度は短い髪を編み込んで複雑な髪型にする。最後に髪飾りを刺す時に、ナイフを一緒に刺すという、少々荒っぽい手段に転じる。

 相変わらずシャルハはティア本人には全く警戒心を持っておらず、ただいつもと違う髪型にされる期待と不安の混じったような溜息を零していた。


「女王様、ちょっとここ押さえてください」

「どこだ」

「この編み込み」


 言われた通りにシャルハが手を髪に添えれば、一時的にではあるが手が塞がった状態になる。


「ありがとうございます」


 礼を述べて、髪飾りとナイフを右手に握り込んだ。

 その時、とんでもない勢いで衣装室の扉が開かれた。


「シャルハ!お散歩!」

「ぎゃああああああ!」


 悲鳴を上げたのはシャルハで、カウチを倒さん勢いで立ち上がり、一跳躍でドアを開いたウナに駆け寄る。

 そしてドレスの裾を持ち上げると、そのままウナを包み込んで視界を遮ってしまった。


「ちょっと、我が女王!天使に冒涜は許さないの!」

「今、何か見たか!答えによってはボクは命を絶つ!」

「ドレス姿見られただけで!何も見ていないから安心して!」

「見てるじゃないかぁああ!」


 ドレスで天使を包み込んで嘆くシャルハの傍らで、髪飾りとナイフを中途半端に掲げていたティアは溜息をついて手を下ろした。

 今だったらシャルハを殺すのはわけもない気がするが、暗殺者としてのプライドがそれを許さなかった。

 仕事をするなら格好よく。こんな間抜けなシーンで女王の命を終わらせても、何の自慢にもならない。


「でも似合ってると思うよ、我が女王」

「煩い、煩い、煩い!」

「ただその髪型は頂けないなぁ」

「あの一瞬でどれだけ見たんだ、ウナは!」

「そなたのことはちゃんと見てるよー。あ、このドレスいい匂い」

「匂いを嗅ぐなぁ!」

「じゃあ出してよー!」


 女王と天使の攻防戦は、お互いが疲れ切って空腹で動けなくなるまで続いた。




 計画が失敗しても諦めないのがティアという暗殺者の長所だった。シャルハが脱ぎ捨てて行ったドレスを片付けながら、次の計画に頭を巡らせる。

 シャルハを油断させるのは問題ないことがわかった。あとはウナに邪魔されなければ、あるいはシャルハの少々神がかった運の良ささえ合致しなければいい。


「ボート遊びとか……。いや、泳げるなら駄目ですわね。入浴時を狙うのも手かもしれませんわ」


 自分だけに聞こえる声量で呟いていると、衣装室の扉が開いてルーティが顔を出した。


「ティア。ここはもういいです。自分の仕事に戻りなさい」

「はーい」


 元気よく返事をして、部屋から出ようとしたティアだったが、なぜかルーティがその場を退かなかったので、怪訝な表情を作って首を傾げた。


「感心しませんね」

「え?」

「メイドが女王の格好に口を出すなど」

「出してないですよぉ。ドレス着てみたらどうかって言っただけです」

「姫がお優しいからよかったものの、そうでなければただでは済みませんよ」

「次から気を付けます」

「次は何をするつもりですか」


 意味ありげな質問に、ティアは目を瞬かせた。

 ルーティの表情は相変わらず無表情に近い。


「お茶会に毒を仕込みますか」

「何のことですか?すきゅんっとわからないです」

「ガーセル卿の雇った暗殺者でしょう」


 今度は直接的な物言いだった。ティアは一瞬動揺するが、口元の笑みは崩さずに笑い声をあげる。


「何言うんですか、ルーティさんたら。変なの」

「別に貴女が姫の命を狙おうと、私にはどうでもいいことですが、こういう後始末が面倒なので控えていただきたい」

「だからぁ」

「イルヴィナティの領主を殺したのも貴女でしょう」


 ティアは眉を寄せて、ルーティを見上げた。


「殺し屋だと思うなら、何故それを女王に進言しないのかしら?」

「どうでもいいからです」

「クビにすれば面倒な後始末もないでしょう?」

「たまにならいいですよ。私も暇をしていますし」

「よくわからない執事ねぇ。貴方から始末したほうがいいと、何処かの殺し屋とやらに伝えましょうか」


 ルーティは挑発的な言葉を鼻で軽く笑ってあしらった。


「どうぞ、ご自由に」

「余裕じゃない」

「だから、私にはどうでもいいのです。私の執務に影響がなければ、貴女が女王を殺そうと、王がガーセル卿に代わろうとどうでもいい」

「影響があったら?」

「貴女を処分します」


 互いの目の奥に、一瞬だけ火花が散った。

 ティアは暫く睨み付けていたが、やがてそれを止めると、いつものドジなメイドの表情に戻って笑顔を浮かべた。


「メイド長に怒られないうちに、サスッと行ってきます」

「急いだ方がいいですよ。大目玉を食らうでしょうから」


 ルーティが道を開けると、ティアをそこを小走りに通り抜ける。一度も後ろを振り返らないまま廊下に出ると、顔の笑みには似つかわない舌打ちをした。


「変な執事ですわ。まぁ彼の邪魔をしなければいいようですし、私はこのまま女王の命を頂くとしましょう」


 面倒な条件が増えたという事実からは目を逸らして、ティアはメイド長の元へと急いで去って行った。



END

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