第九話 僕は彼女に手取り足取りより、ただ見ている方が好き。
さて、と。
「雪ちゃん、行こっか」
「……。」
「どうしたの?」
「ねぇ、雹君。私ね、実は、スケートやったことないの。」
なんか、しゅんとして、しおらしい。どきっとした。これは、待ちの姿勢だ。僕を待つ姿勢だ。つまり――
「じゃあ、この、マイスケートシューズ持ってる僕が、雪ちゃんにスケートを伝授してあげよう!」
「ふふ、お願いね」
寒いからだろうか? 雪ちゃんが少し、ほほを赤らめているように見える。僕は両目をこすった。再び雪ちゃんを見る。なんだ。気のせいか。
このスケート、実はそう与えられた時間は無い。氷が解け始めたら、そこで終わりだからだ。日が昇り、明るくなってきたら、もう不味い。
せいぜい、2時間程度が限度。
それが、僕に与えられた、雪ちゃんに手取足取り、そう、合法的に触れ合うことができる時間だ。
それが分かっていた僕は、大量に並べられたスケート靴の中から、雪ちゃんの足のサイズに合いそうなものをさっと一足掴み、渡す。
「はい、雪ちゃん」
「ありがと」
雪ちゃんは、僕が渡したそれのサイズを目視で確認することすらせず、そう、サイズが合ってないなんて疑いもせず、受け取る。
僕の方が、ありがとうと言いたかった。信頼してくれてありがとうって。
僕と雪ちゃんは、氷と道の境界面付近へ座り込む。
「じゃあ、まずは、それ履いてみて、氷の上に立ってみよう」
「ええ」
そう言ってうなづいた雪ちゃんは、てきぱきと長いレースのスケート靴を履いた。見た感じサイズは大丈夫そうだけども、どうかな?
「踵はしっかりホールドされてる? 横滑りしない?」
「大丈夫そうよ」
第一関門クリア。
「爪先は変に余ってない? 逆になんか曲げられるように痛かったりしない?」
「それも大丈夫そうよ」
第二関門クリア。
となれば、最終関門。
「よ~し。じゃあ、次は、氷の上で立ってみよう」
「いきなり……なのね」
「大丈夫。僕が支えになるから」
僕はこのために、まだスケート靴を履いていない。僕が道側に。雪ちゃんが、そのすぐ傍の氷の上に。
そして雪ちゃんは、震える小鹿のようにぷるぷるしながらも、転ぶことなく、僕を支えに立っていた。
これも問題なさそう。最終関門クリア。靴選びは無事クリアだ。
「雪ちゃん、やっぱり運動神経いいね」
「あら、そう?」
そう、余裕そうな声色でそう言った雪ちゃんではあったけど、相変わらず足はぷるぷるだし、道側で立つ僕の肩を握る力が、掛かる力がどんどん強くなっていっているような気がすることから、それが強がりであることは丸わかりであった。
なんか、それが微笑ましかった。
「ははっ。そうだよ。いきなり氷の上で、支えがあったとしても転ばずに立てる人なんてあんまりいないんだよ」
大抵、スケート初体験は幼稚園から小学校の頃になりがちだ。だからそうなのだが。だけど、そんな事実は口にしない。
僕としてはこのまま雪ちゃんに波に乗ってもらい、上手いこと滑れるようになって欲しい。彼女に触れる時間が短くなって、少し勿体ないような気がするが、僕は、雪ちゃんが動いているさまを見る方が好きなのだ。長身で、美人で、大人っぽい雪ちゃん。その動きは、美麗で、艶やかにすら見える。
だから僕は、運動している、汗を流している、そんな雪ちゃんを傍で見るのが好きだった。