第四話 始まりは入学式
僕と彼女は駆けていた。僕は誰かに見られたら恥ずかしいので、公園から出たところで、すっと彼女の手を放した。
すると、彼女は僕の横に並んだ。
「ふふっ」
彼女は普段見せない、綺麗というより、可愛らしい笑いを浮かべた。可愛らしく口元を抑えながら。
「どうしたの? 雪ちゃんがそんな感じで笑うなんて珍しいね。」
僕はそれなりに体力に自信があった。だから、このように、喋りながら話すなんてお手のものだ。彼女もそうらしい。この様子だと、結構ガチで走り込んでいるのかもしれない。
僕の場合、幼いころからバカの思いつきに付き合っていたからというのがこの余裕の理由。僕は長身細マッチョというやつだった。これでイケメンなら完璧だったんだけれど、僕の顔はなんというか、中性的らしい。実感はわかないけれど。だってあのバカは僕よりずっと女顔だから。あいつといっつも並んでいたものだから、僕は自分の顔は男っぽいとずっと思っていた。
僕は彼女の顔を走りながら見つめる。
そう。彼女が僕に教えてくれたのだ。僕は中性的な顔つきをしてる、って。僕の場合、態度は女々しくないから、それに引っ張られてそう言われることはあんまりない。だから、結構新鮮だった。
それも彼女は僕と初対面の、入学式で僕にそう言ったんだ。僕の隣に彼女は座っていたから。初めての会話でそんなこと言われるとは思ってなかったけれど、まあそれでも嫌な感じはしなかった。不思議と、しなかった。彼女が美人さんだっていうのもあったかもしれないけれど。
『君って、不思議な人だね。』
僕がそう言ったとき、
『あら、そう? キミって、面白い人ね。』
彼女はそうすぐに返してきた。無表情で、かなり抑揚の無い声で。彼女は未だ、この頃は今よりも高めの声で話していた。
そう。彼女はこんなでも、猫を被っていたのだ。
僕はこれまでの人生経験から、彼女がちょっと無理しているんだな、って気付いた。だから――――
『わっ!』
すると、
『ひゃっ!』
ちょっとびっくりさせるだけのつもりだったんだけど、やたらに可愛らしい反応が返ってきた。その声はやはり、今までの、作り声よりも少し低い。
彼女の顔に一瞬不快感が浮かんだのを僕は見逃さなかった。だからすかさず、フォローする。でも打算じゃあない。これは僕の心からの本心だったから。
『そっちの方がいいんじゃないかな?』
『えっ?』
彼女はまた声を作った。
『地声の方が、なんかいい感じだな、と思ってさ。』
『ふふっ。ぷふっ。うん、うん、そうね。そうするわ。そうすることに、するわ。……、あら。楽ね、これ。』
そのとき浮かべた彼女の笑顔。春にも関わらず、雪の妖精が微笑んだかのような、そんな笑顔に、僕の心は掴まれた。
そんなつもりは無かったんだけどなぁ。
当然、顔芸をして、そのことは顔には出さないようにした。
で、なんかこの人不思議だけどおもしろいなあと思って入学式が終わっても、端っこの方にわざわざ移動して色々彼女と話していたところに、バカが今の僕たちのグループの仲間を引き連れてやってきたんだ。あのバカ早速、気に言った奴を集めてきたらしい。
僕がちょっとそのことで皮肉を言っていったら、あいつは豪快に笑った。ここで僕の行動、入学式が終わっても彼女といて話し込んでいたという行動について何も言及しないところが、またよかった。
で、なし崩し的にみんなで合流して、ファミレスで食事をして、各自連絡先を交換したりして、別れた。
バカはそのまま、僕の家にズカズカと入ってきた。僕とバカは口を揃えてこう言った。
『背伸びして賢い大学入った甲斐、あったな!』
このバカにも、僕のような収穫があったのだろうか。だって全く同じ科白を吐いたんだから。
とまあ、そんな数か月前の過去を思い起こしながら、僕は彼女と並走し、目的地(中継点)である学校の横を走るやたらに道幅が広く、周囲より地高が低い場所へ辿り着いた。