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雪の降らない冬の街中で  作者: 鯣 肴


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第十三話 雪化粧

 容赦なく雪は降り注ぐ。視界が降り注ぐ雪の弾幕に占められていく。顔の表面に積もる雪が、雪ちゃんを皮肉にも、白く見せる。視界は悪くなり、僕の目は半開きになる。


 雪下美人に、雪が降る前よりも、ほんの微か、少しだけ近く見えた。それが皮肉染みていて、そして、とても、情けなかった。


「私は、美人の仮面を被ったの。そして、ちょっと抜けた感じにして。笑顔ではなくて、微笑で。色々やったわ。私、南の方出身だから、お化粧で誤魔化すのは地元じゃあ無理だったの。だからね、冬に雪が降る、こんな北の大学を選んだの。できるだけ、高校までの私を知っている人がいなさそうなところ、来なさそうな、来れなさそうなところ」


 雪ちゃんは、涙眼だけど、微笑みながら、そんなことを言う。暗い声でなくて、明るい声で。一見楽しそうな調子で言っているのに、全然そう思えなかった。


 なんだか、聞いてて辛くなってきた。けど、聞かないといけない。最後まで。そんな気がした。それに――雪ちゃんはきっと、最後まで話し終えるまで、きっと、止めない。






「上手くいったわ。とてもとても上手くいったわ。私のことをみんな、美人さんだって見てくれる。夏でもそんなに暑くならないから、お化粧も工夫すれば、落ちない。化けの皮が剥がれないの。雪女みたいに白く透き通った美人でいられる。ここでなら、見掛けのせいでびくびくなんてしなくて済む。これが本当の私なんだって、何だか、演じなくても、自然とそうできるようになって」


 思い返すように、思い出しながらしゃべっているかのよう。素敵な思い出に浸るように。その様子は素敵だった。雪ちゃんが、少し綺麗に見えた。


 そうやって、気持ちを言葉にする雪ちゃんの様子が、綺麗に思えたんだ。鈍い僕にだって分かる。今、雪ちゃんがさらけ出しているそれは、きっと、汚いものだ。誰もが持っている、心の奥底の、普段なら秘めている、見せない、汚いもの。


 けれど、雪ちゃんはそれを見せている。嫌がるでもなく、辛がるでもなく、決意を宿した目で、僕へ、見せている。


 僕にはできないこと。できないこと。曝け出すということ。見せるということ。伝えるということ。汚く見えるかもしれない、嫌悪されるかもしれないそれを、見せること。嫌悪されることを恐れて尻込むのじゃなくて、その恐怖を知った上で言葉にすること。


 僕にはできないことだ。これまで、一度もできたことがない。そりゃ、綺麗に見える筈だ。


「そうしたら、心に余裕ができてきたわ。するとね、視野が広くなるの。これまで見えていなかったものが見えてくるようになって、そうなると、もっと自然と、余裕を持って振る舞えるようになるの。何にでも積極的になるし、醜い自分であって自分の努力で私は美人な自分を掴めたんだって思えたの。これまで怖かったものが怖くなくなったの」


 ……。


「そんな頃。何人か、仲良くお喋りできる対等な友達ができて、それが自然になった頃。だいたいゴールデンウィーク後くらいかな? キミのことを意識し始めたの」


 ……、えっ……?


 僕は言葉には出さなかった。流れが変わり始めた、いや、本題にいよいよ、前置きが終わって入ろうとしている気配。


 それに、その言葉は、ちょっと、耳を疑うような言葉。こんなに色々ぐしゃぐしゃってなってないなら、素直に、はしゃぐように喜べた筈の言葉。


 願ってもない、奇跡のような言葉。だけども――そういう気持ちは浮かばなかった。だって、それは、僕から言わなければならな―…


「ねぇ、雹くん。見て。私を、見て。……、どう……? 美人……?」


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、――


 そう言われて、迫られて、ドキドキと心拍が音を上げた。けれども、漫画みたいに、真っ赤になて、なんて僕の顔はならなかった。寧ろ、きっと、青白く、苦悩していたと思う。


 だって――どう、答えればいい……? 黙るのはなし。「何か言うんだ。けど、何を……? っ!」


 知らずのうちに、考えが言葉にそのまま出てしまっていたことに気づくけど、それでも、雪ちゃんは、僕の顔をただ真っすぐみて、どこか目の奥で怯えを抱えながらも、逸らさず、僕を見ている。


 ……。待たせている。待たせてしまっているんだ。


 何がともあれ、よく、分かった。どうしてかは分からない。どうなって、こうなったかは分からない。けど、確かなのは――彼女が泣いているのは、こんなことを言わなくてはならなくなったのは――僕の、せいだ。

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