第十話 忘れた頃に
「ゆっくり、ゆっくり、よ……」
小鹿のような雪ちゃんは声まで震わせていた。
「それ、僕の台詞じゃない?」
僕はそう言って、笑った。
雪ちゃんが転びそうになって、僕に抱き着いてきて、その慎ましやかな膨らみを僕に当てて来ないか期待を抱きつつ、そんな感じで楽しんでいると――――
トラックなどの類の、重そうな車両の音がした。一台分。
僕も雪ちゃんも、その方向を振り向く。
ガッ。
雪ちゃんが振り向きざまにバランスを崩して、僕にしがみついたのだった。でも……。雪ちゃんは僕の胸に飛び込んでこなかった。あくまで、ちょっとだけバランスを崩しただけだったから。自身の体幹の良さを、僕はちょっと恨んだ……。
「何かしら、あれ?」
「うわあっ」
僕は突然声を上げてしまった。雪ちゃんの顔がとっても近くにあったから。その冷えても赤さを保っている、鮮やかな唇が丁度今湿っていくのが細部までしっかり見えるくらい。
「きゃっ」
当然の帰結。雪ちゃんは僕が突然上げた声に反応し、かわいらしい声を上げた。普段絶対上げないようなかわいらしい声を。ちょっと低いけれど、またそれがいい。
ズサァ。
雪ちゃんはがっしり僕に抱き着き、
ゴッ。
僕は辛うじて受け身を取った。運よく、雪ちゃんは僕の腕ではなく、僕の胴体、腰辺り
に抱き着いていたから。
確実に雪ちゃんの肌が、胸が、僕に当たっているということは分かるが、場所があまり良くなかったかもしれない。
腰辺りだと、雪ちゃんの柔らかさは味わうのは難しかった。だから、反応が遅れつつも辛うじて、受け身を取れたのだろう……。
「あら、御免なさい」
雪ちゃんは、いつもの冷たい感じでそう言ったけれど、僕のお腹越しに、雪ちゃんの拍動が伝わってきていた。
そう。ずれたのだ。雪ちゃんの位置が。さっきまでより、雪ちゃんの抱き心地をしっかり感じることができていた。
僕は二重の意味で、それが嬉しかった。
「雪ちゃん、大丈夫か? 結構な音がしたぜ? おい、雹、お前何やってんだぁ?」
「お兄ちゃん、お姉さん、大丈夫?」
「大丈夫?」
やってきたのはこの3人だけではなかった。
バンっ。
バンっ。
氷のリンクのある坂から余裕を持った距離で、大型のトラックが止まり、二人の男が降りてきた。
男1、男2、だった。男1は、僕から見て左側の、中背で筋肉質な、白いスキーウェアの奴。男2は、僕から見て右側の、高背で、痩せた、細いスキーウェアがスカンスカンな奴。二人のスキーウェアは、お揃いであるようであったが滑稽に見えた。二人とも、白のニット帽に、白のゴーグルをつけており、さらにその上にスキーウェアのフードを被せており、正体不明。
まあだが、トラックから勢いよくジャンプして豪快に二人は飛び降りてきたことから、まあ男である、と僕は判断したわけだ。
そいつらが雪ちゃんの方へ近づいてくるので、
「ねえ、雪ちゃん、下がって」
僕が前に出ることにした。雪ちゃんは小さくこくんと頷いて、素早く僕の後ろに隠れた。
「僕がいるから大丈夫だよ、ねっ」
僕の服の裾を後ろからきゅっと引っ張って、不安そうな顔をしていたから僕は恰好つけて、そう言った。
雪ちゃん、しおらしくてかわいい。
そんな心の声は当然、口にはしない。
雪ちゃんが僕の後ろに隠れても、僕より背が高いから丸見えであるなんて、ロマンがないことも、思ったけど、なかったことにした。
「さて。君ら二人は、誰なの? その恰好じゃあどう見ても不審者にしか見えないから、頭に被ってるもの全部取って顔見せてもらえる?」
僕は少し、声を張って、不審な二人組に向かって、臆することなくそう強く言った。




