9
「いらっしゃいませ! なにかお探しですか?」
「ほら、レイ。行って来い」
「う、うん。わかった」
おかめ顔で朗らかな店員さんに話しかけられてしまった。
ユーリと離れて知らない人と二人になるのは心細かったけど、ユーリも女性の服屋には入りにくいんだろう。
そういえば、下着も買うって話だったし。
「あ、レイ。フードは絶対にはずさないでくれ。サイズの調整は俺がするから」
店員さんのほうに体を向けたとき、肩越しにユーリが声をかけてきた。
視界をさえぎっているフードを押さえる。
角度的にユーリの顔も今は見えない。角度の問題じゃないにしても、町に入ってからフードかぶりっぱなしだからユーリの感情が顕著に現れる水色が見えなくて少し寂しい。
……ユーリはそんなにも私の顔を人前に出したくないのだろうか。
わかっているけどやっぱり傷つく。
「……うん。わかった」
それでもユーリが言うことだ。そうした方がいいんだろう。
うつむきたくなる気持ちを押さえて、笑顔を返す。
「ちょっと待て。レイ、どうした? 何か気に障ったか?」
「ううん。大丈夫だよ。洋服ありがとう。ちょっと見てくるね」
気遣わしげな視線を感じるが、本当に大丈夫だから気にしないでほしい。
これは私の問題だから。
私たちが話している間、別のお客さんを接客していた店員さんが再度私のほうに戻ってきた。
にこにこと人当たりのいい笑みを浮かべている。
「さあ、お客様。何をお出ししましょうか」
「あ、えっと、最近越してきたばかりなので生活に必要な衣類を全般的に頂きたいんですけど」
「承知いたしました! 好みの色とかはありますか?」
沢山買っていきそうだと思われたのか、店員さんの瞳がキラリと光った。まあ沢山買うんだけど。
必要な分だけとは思うんだけど、多少はまとめて買っておかないと、ユーリにまたつれてきてもらわなきゃいけなくなってしまう。ユーリも必要な物は余分に買っておいてくれって言われている。
遠慮せずに沢山買うように言われてしまった。うう。
好みの色といわれて、ユーリの瞳の色の空色が浮かぶ。
いやいや、確かにユーリの瞳はきれいな色だと思うけど、それはない。
恋人でもないのに、それはない。恥ずかしすぎる。
「あの、青系のきれいな色のとか、あとは橙色とか明るい色が好きです」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さいね」
……結局、中途半端に誤魔化してお願いしてしまった。
青がすきなのは本当だし、橙色が好きなのも本当。
でもきっと、ユーリがいなければ青とは言わなかったし、もしかしたら黒とか白としか言えなかったかもしれない。
何色を着たってどうせ似合わない。周りの目が怖い。ブサイクがおしゃれをしているなんて、滑稽だ。
それでも、きれいな色を着たいと思えるようになったのはユーリのお蔭。
きっと、ユーリもバロウも私が何色をきても見るに耐えないと顔をしかめたりはしないだろうから。
あ、もしかしたら空色ばかりだとバロウにはからかわれるかもしれない。危ない危ない。
「今の時期ですと、春に取れた染料できれいな物が多くあがっておりますよ。これから暑い日が多くなりますから、薄手のものを多めにご用意させていただきました。羽織物も長袖半袖、薄手のものを中心にご用意させていただいております。お客様のご希望の色を中心に、各色お出しさせていただきましたのでごゆっくりご覧くださいませ」
本当にいろんなものを出してきてくれた。
今着ているワンピースのような形を中心に、薄手の長い羽織り物、靴。小さい籠の中にはきれいに折りたたまれた下着まである。
派手なものは似合わないし、フリルが沢山ついているものはなんとなく気後れしてしまうけど、紫陽花のようなお花の刺繍が襟についていたり、ボタンが真珠のイミテーションになっていたりと素朴でかわいいものが沢山あった。目移りしてしまってしょうがない。結局、きれいな色のを沢山出してもらったけど白を中心に、黒と、青とオレンジのをいくつか。さっき店員さんの言っていた春に取れた染料で若草色のも色合いがきれいだったのでそれも少し選んだ。
似合わないんじゃないかとそわそわするけど、これでも、わたしにとっては進歩だ。
それにこれからはユーリにいろいろ仕事を任せてもらいたいと思うのでエプロンも一枚選んだ。
これだけはユーリの色に良く似たきれいな空色だ。
もしかしたらからかわれるかもしれなくて気恥ずかしいけど、家の中でしか使わないものだし、洗い物とかするときしか使わないと思うから、なにも言わなければ特にユーリだって気にしないと思うし。
ぐちゃぐちゃと言い訳が頭に浮かぶ。どうしてもそれがほしかった。笑うときらめく、空色が。ユーリの色だからほしいのか、きれいな色だからほしいのか。
「お探しのものはお揃いですか?」
「はい。大体大丈夫です。あ、ズボンはありますか?」
今まで出してもらった中には1枚も無かった。オーバーオール型のがあれば動きやすくていいんだけどな。
そんな気持ちで何気なく出た質問だった。
かわいい洋服が沢山でたぶん浮かれていたんだと思う。
「は、お客さま用のですか? 当店は女性用のものしかお取り扱いがございませんので、申し訳ありませんが……」
何言ってるのといわんばかりの、店員さんに怪訝な顔をさせてしまった。
そういえば、ここは異世界だった。
いままで町にいた女性たちはみんな裾の長いスカートだったのを思い出す。
もしかして、女性がズボンをはくのは一般的ではない? 日本の普通のお店で男性がスカートくださいって言うようなものだったのだろうか。人の趣味を悪く言うつもりはないけど、それが店員さんに怪訝な顔をさせてしまう程には変なことだったと察して焦る。
私、すごく変なこと言った?
「あ、そ、そうですよね。ないならないでいいんです。計算お願いします。おいくらですか?」
「あ、お客様?」
ちょ、ちょっとユーリを呼んでこよう。
「ユ、ユーリー……!」
商品を店員さんに託し、あわてて、ユーリのところに行こうと駆け出した私は、間抜けなことに足元の箱に躓いて、転んだ。
それはもう盛大に、大きい音がして。
「キャア、お客様!」
「レイ? 呼んだか?!」
ユーリが店内に飛び込んだのと、店員さんが私に駆け寄ったのは同時だった。
接客のプロは、少々の事では動じないらしい。
さりげなく私を助け起こして、そして、さりげなくフードをおろして怪我がないか、全身を確認する。
「お怪我はありませんか? 当店は少々商品が散乱しておりますからお気をつけくださいましね。お召し物も少し汚れてしまってーーまああ、なんて……」
足元から確認していって、顔までその視線が上がったところで不自然にその言葉が途切れる。
しまった!いつのまにかフードがおりてる!
フードを下げる手があまりにも自然すぎて、思わず受け入れてしまっていた。
どうしよう、ユーリに言われてたのに。
「レイ!」
慌ててフードを上げたが、時既に遅し。
店員さんにしっかり顔を見られてしまった。店員さんは私の顔を見上げてぼんやりと固まってしまっている。
あまりの失態に駆け寄ってきたユーリの顔が見られなかった。
顔が強張っているのを感じる。
どうしよう、どうしよう――。
「レイ、転んだようだが、怪我はないか?」
「え?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
不用意な発言をしてしまったところは見られてなかったにしても。転んだところも、フードをはずしてしまったところも一部始終を全て見られていたというのに、第一声が、私の心配だなんてそんな。
怒るか、失望するか。
もっと悪ければそのまま見放されることもありうるような失敗だったと思う。
私のせいでこれから町に買い物にきづらくなることも充分あり得る。
異世界での初めてのお出かけにふわふわと浮き足立っていた心が一転、奈落の底まで落ちて行った気分だったのに。
「ユーリ、あの、ごめんなさい。私、顔見られちゃった」
「そんなことよりも、今転んだだろう。痛みはないか? 膝打ってなかったか?」
「うん。膝は大丈夫。転んじゃったけど、どこも痛くないよ」
「そうか。よかった」
おろおろしてしまう私を歯牙にもかけずに、なんでもないように、安心したようにため息をつくから。
「顔を見られたことなら、気にしなくていい。……どうせ隠し通せる物でもないと思っていた。それでも隠させたのは……俺の弱さだ」
「ユーリ……」
お礼も、謝罪も。言わなきゃいけないことは沢山あったはずなのに、何も言葉にならなくて。どう考えても転んだ私が悪いに決まっているのに一切責めなかった。非難めいたものの欠片も顔に出さなかった。ただただ心配だけ。
ユーリは本当に、やさしい人なのだと思った。
「とりあえず、店を出よう」