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「これをまわせば、水がでる。お湯なら、ここを。熱くするならここで、冷たくするならここ」
「うん、わかった。ユーリ、ありがとう」
ユーリとバロウの手料理を堪能した後、私にもできること、ということで早速夕飯の片づけをかってでた。
ユーリたちの役にたてることはもちろんのこと、魔法を使えるということ自体がうれしかったりする。
(例えそれがささやかだったとしても)
くれぐれもやけどには注意と念を押されてしまった。
大げさだなあとは思うものの、その気持ちはとてもうれしかった。
さて。それでは。いよいよ。いざ。
気合をいれてはみたものの、やることといったらお皿洗いだ。さっさとすませてしまおう。
動力は魔法か、わからないけど確かに蛇口をひねればお水がでてきた。
普通の状態であれば冷たい水だったのでユーリに言われたとおり、蛇口の上にあるくぼみに指を入れてくるくる回す。
まわす。まわ……まわ……ら……ない!!
かったい! なにこれ! ユーリは簡単にまわしていたけど、私には固くてどうしても無理だった。
何度かまわそうと試みてはみたものの、くぼみはさっぱり動かない。
水の温度を上げるだけという小さな魔法すらも発動しないということは。私にはやはり単独での魔法は無理のようだ。悲しい。
結局冬でもないし、普通に水のまま洗いました。ユーリの心配は完全に取り越し苦労だったようです。
ソファでくつろいでるユーリのところに戻る。
ユーリに水は出たがくぼみが固くて回せなくてお湯が出せなかったことを伝えると、少し首をひねって考えていた。
「たぶん、レイには水を出すことはできても温度を変えるほどの魔力は無かったんだろうな」
食事によって、わずかながらマナを取り込むことが出来た。
それにより、問題なく水を出すことが出来た。しかし地下の水源とつなげている水道の蓋は開けても、地球と違いガスを通しているわけではないため水を温めるのには自分のマナで炎を発生させなければならず、私は水温を調整するに至らなかったらしい。
そこにあるものを動かすよりも、何も無いところに何かを生み出すほうがよっぽど大変。つまりそういうことなんだろう。
ユーリは考えておくとは言ってくれたが、そこまでしなくとも水さえ出れば洗い物くらいならなんとかできるし。お礼を言って遠慮しておいた。
それよりも、ユーリが洗い物をしたことを思いのほか喜んでくれた。
ささやかな魔法しか使えないのは残念だったけど、そっちのほうが私にはうれしかった。
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朝、目を覚ましてぼんやりとする。
見慣れた天井ではなく、素材感溢れる木目が目に入った。
あれ、私、なんでここに。
ベッドから上半身だけ起こしたところでふとこちらを見上げる一対の目と視線が交わった。
なんか、デジャヴ……。
そうだ!! 異世界!
一気に目がさえて、がばりと起き上がる。
「おはよう、レーイー」
「おはよう。バロウ」
じわじわと姿を現しながら窓を開けて換気をしてくれるバロウにお礼を言った。
窓の外は明るく、もう太陽が姿を見せていた。今日もお天気がよさそうだ。
あれから、突然現れた不審者な私をアースの客人としてふたりはすっかり受け入れてくれていた。
普通に話しかけてくれるし、話しかけたら返事もしてくれる。(ちなみに、バロウは圧倒的に話しかけてくれることが多いし、ユーリは私が話しかけることが多い)
それは私がこの世界に恵みをもたらす存在だからなのかもしれないけれど。
(何もせずに与えてもらっているばかりいる気持ちの私としては非常に恐縮な話ではあるのだけど)
もうこの世界に来て1週間がたった。
早い物だと思う。さすがにそんなにも接していれば二人が本心で私に親切にしてくれているのがわかった。
気の置けない友達同士のように、ちょっとしたことで笑いあったりだとか、今までになかったことで。
地球での辛かった思い出とか、二人と一緒にいれば少しづつ軽くなっていくような気がした。
自分が世界に存在していてもいいと思わせてくれる。大げさだけど、本気でそう思う。
バロウに部屋を出て行ってもらってから(柴犬とはいえ、人前で着替えるのはちょっと……)ユーリに初日にもらった服に着替える。
麻の布を縫い合わせた白い服だ。
魔法で作られているその服は、受け取ったときは確かに新品だったように感じたのだが、もうほつれが出てきたように思う。
まだわずか1週間だ。ユーリは耐久性がもともと低いと言っていたが、なるほどこれでは長持ちはしないだろう。もしかしたら毎日洗浄魔法をユーリに掛けてもらっているせいなのかもしれないが。よくわからない。
ちなみに、来たときに来ていた制服にもユーリは洗浄魔法を掛けてくれた。それから保存魔法も。
大切に木箱にしまってベッド下に収納してある。ユーリがそのうち必要になるときがくるからと言っていたが、それはいつか私が地球に帰るということなのだろうか。怖くて聞けなかった。
二人の温かさに触れてしまった私にとって、それがなくなるのはとても恐ろしいことだった。
バロウに呼ばれて階下に下りる。
「おはよう、レイ」
「あ、ユーリ、おはよう」
階段を降りた先ではバロウはもうテーブルについていて、ユーリは朝ごはんの準備をしていた。
挨拶をかわしてすれ違う瞬間に、ユーリにさらりと頭を撫でられる。
まるで恋人同士のようなそれをユーリはいつからか恥ずかしげも無くやるのだ。
毎朝恥ずかしい、が、嫌ではない。惹かれている私としては嫌でもユーリのことを意識させられているのだが、ユーリには些細なことで、そのくらいは挨拶なのだろうか。
無表情の中の口元を少しほころばせつつ、席に着くユーリの向かいに腰を下ろす。
今日の朝ごはんはオムレツと葉野菜、トマトに丸くて少し固いパンだ。この一週間ですっかり慣れてしまったユーリシェフの朝御飯を頬張る。おいしい。うう、女子力。
「ユーリ、今日は出かけるんだっけ?」
バロウの問いかけにうなずきで返すユーリ。
そうなんだ。ユーリはお出かけか。
「バロウもユーリとお出かけ?」
「いや、おれは留守番かなー。おれが一緒にいったってしょうがないしね」
「そうなんだ。ユーリはどこに行くの?」
聞いてから、あまり詳しく聞かないほうが良かったかと少し後悔した。
ユーリの眉間に小さなしわが寄ったのをみたからだ。
「……いつも買い出しに行く町だ」
「そ、そっか。気を付けてね」
「いや。他人事みたいに言ってるが、レイも行くぞ」
「連れてってくれるの?!」
ユーリの言葉に思わず立ち上がってしまった。
この家で過ごす穏やかな時間は大好きだが、それはそれ。
異世界溢れる街を見に行けるなんて!
「ああ。そもそもレイの日用品を揃えるのが目的だからな」
「え、でもユーリに頂いた物で十分生活できてるし、これ以上足りない物なんてないよ?」
遠慮も混じっているが、本心だ。
何もかもお世話になっているのに、これ以上おんぶに抱っこなんて……。
洋服だって、ほつれていてもぜんぜんまだ使える物だ。
「あー、またレイ、エンリョしようとしてー。ユーリはお金いっぱい持ってるし、使い道なんて大して無いんだから、甘えておけばいいのにさー。全く。欲がないというかなんと言うか」
「ああ。気にするな」
「うーん、そういわれても、気になるものは気になるしなー」
「毎日洗い物をやってもらっているだろう。それのお礼だ」
でもそれをいったらそもそもご飯をつくってくれているのはユーリだ。バロウも、ユーリも、私が不自由しないように生活を整えてくれていることのささやかなお礼なのに。お礼にお礼とは。
それでもただの生活用品を買うだけだから、と、ユーリに言われてしまった。
うう。このご恩は、いつか、いつか必ず……。
もう少し、家のことで出来ることを探してみようとおもいました。まる。
とりあえず、ユーリシェフのお手伝いくらいはさせてくれないかな。