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短いです
板張りの階段を上った先には廊下と、三部屋分のドアがあった。
ユーリは先に上がって、すぐ右側のドアを開く。
「ここ、レイの部屋だから。中にあるものも、好きに使ってくれ」
こざっぱりとした六畳程の広さの部屋には、板張りの床にはカーペットにベッド、ベッドのとなりにはランプ、衣装ケースに文机、出窓まで一通り揃っていた。
「わあ! ユーリありがとう!」
「さすが、ユーリ。良い感じに掃除が隅々まで行き渡ってるね!」
「お前はどこの小姑だ」
思わず笑顔になる私と、ベッド下を覗いてユーリがしてくれた掃除のあら探しをするバロウ。そんなバロウに無表情で突っ込みをいれたユーリ。
大きな出窓からは森が見える。出窓のおかげで部屋の中が明るく見えた。
今は日が傾いてきて赤い日差しが部屋の中に差し込んできている。
「日用品は近々そろえるから、当分は我慢してくれ」
お布団やタオルなど一通りそろっている。他に何が必要なんだろう?
それに、服もある。
「好みがあるだろう。それに、魔法で作った衣類は耐久性が低い。それに、その……」
ユーリが急に言いよどんだ。とても言いにくそうにしている。
「……下着はさすがに作れない」
ぽつりともらしたつぶやきはとても小さな声だったがしっかり聞こえてしまった。
「あー、ユーリ今想像したろー」
バロウがぴんと立った耳をひくひくさせて小学生男子みたいなことを言う。
すごくすごくうれしそうだ。
「そんなわけないだろ」
「またまたークールぶっちゃってユーリは純情だなー」
無表情を若干しかめる絶世の美形ユーリ、じゅんじょーじゅんじょーと表情豊かにからかう柴犬バロウ。
なるほど、シュールな光景だなあと思いながらもとても楽しかった。
「レイ、とにかく近日中に買いに行くからそれまでは我慢してくれ。洋服は毎日洗浄の魔法が掛けられるから」
「うん。わかった。何から何までありがとう」
本当に感謝してもしきれない。
「おれ、腹減ってきたなー」
「レイも腹減ったよなー」
バロウに言われ、そういえばもう時間は夕方で、今日は一日何も食べていないことに気づく。
人の体は現金なもので、気づいてしまえばすごくおなかが減ってきた。
しかし、何も持っていない私は気軽におなかすいたとも言い出せない。まるで夕食を要求しているみたいで。
面倒を見てくれるといった手前断られはしないだろう物のさすがにそれは図々しすぎるんじゃないか。
気を抜けば鳴ってしまいそうなおなかをあわてて押さえつける。
私のそんなもじもじとした様子を見て、ユーリは少し目元を緩ませると、夕飯作ってくる、と1階に降りて行った。
「あれ、レイ、エンリョした?」
バロウは口元に手をあてながら少し首をかしげた。ぬいぐるみのようなしぐさ。これが流行のあざとかわいいか。
それにしても、鋭い。そんなにわかりやすかったかな。
「う、うん」
少し、と返せばバロウは笑い出した。
「もー、エンリョなんていらないよー。友達なんだからー」
けらけらと笑いながら、バロウも降りて行った。
何も言ってないのに、気を使ってくれて、どこまでも優しい二人。
大きな出窓に腰を下ろす。
二階の窓から見下ろす森はずっと向こうのほうまで見える範囲がどこまでも森だった。
この森はとても広い森だった。ユーリが見つけてくれてなかったらと思うとぞっとする。
姿はまだ見ていないが、聞いただけでも魔獣というのは恐ろしい。
魔法のあるファンタジーな世界だ。モンスターのような物がいてもおかしくないと思う。
思わず電気で攻撃するかわいらしい黄色い生き物もいるのではないのかとも思って和んだけど、考えてみればうちにはもう魔精であるらしい二足歩行の柴犬がいるんだった。これ以上の癒しは、うん、必要ない必要ない。
それにしても、ため息が出るほどに長い一日だった。
私、学校の屋上から飛び降りた、はずだったのに、なぜか生きていて、なぜか森にいて。
生まれ変わったのかと思えばそういうわけでもなく、変わらずあまりに醜い自分がいて、絶望したかと思えば、そんな自分とは正反対な見たこともないくらいに美しいユーリと出会って。
ユーリが、その、手に……。
そんな夢みたいなことあるのかと思った。誰もが目を背けるこんな自分に触れてくれる人がいるなんて。
あまつさえ、キスなんて。
風習だとは言ってた。おそらくユーリとしてもいやいやだったんだろう。
それでも、自分で否定した自分を。いらない、捨ててしまおうと思った自分を。ユーリは、拾ってくれた。
少なくとも、魔法を体験させてくれた時のユーリの恋人繋ぎを考えると、私の世界の人のように、私を汚いもののように扱ってはないことがわかる。
こんな自分に、感謝してくれて、すごく親切にしてくれて。バロウなんて、友達とまで言ってくれた。
ユーリとも友達になって、なんて。
人の温かさがうれしくて、うれしくて。
これが自分にとって都合のいい夢だとしても、ずっと覚めないでいてほしい。そう思った。
気づけば、日はすっかり沈んでいて、ぼんやりしている間にいつの間にか夜になってしまっていたようだ。
階下から、バロウの声がする。
「レーイー、レーイー、ご飯できたよーーーー」
「あ、今行くよー」
階下に下りれば、おいしそうなビーフシチューだった。
卵のミモザサラダに、オニオングラタンスープ。
「おいしそう!! これ、全部バロウが?」
「いや、ユーリだよ! おれも手伝ったけどね」
「あ、ごめんなさい、私、手伝いもしないで」
失敗してしまったと焦る。何から何までお世話になりっぱなしだ。
「いや、構わない。手間ではなかった」
「そーそー。ユーリに全部お任せでいいんだよーー」
バロウの何気ない一言にぎくりとする。
確かに、何もしなくてもユーリが魔法でなんとかしてくれるだろう。
しかし、それは良くないと思うのだ、とても。
バロウが何の裏も無く言ったのはわかっている。自分が気兼しないように優しさで言ってくれたのだと。
「片付けは私がします! あの、やり方を教えてもらえると助かります……」
「ああ。有難う」
「レイってばまじめだなー」
お友達を目指すならば尚のこと、お世話になりっぱなしはやっぱりよくない。覚えていこう。少しづつでも。
このやさしい人たちの助けになれるように。
ちなみに、ビーフシチューはとてもおいしかった。
絶世の美男子で、魔法が使えて、料理も出来るってユーリは超人か。