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バロウ、いわく。
アースの人間には、基本的に魔力がないらしい。
さっき流してしまったけど、会ったときにユーリが言っていたような気がする。
鳩尾にある魔力を貯める器官も、体内を張り巡らせる機能も持っていない。フォンドヴォの人間はみんな呼吸をするように生活の中で魔力を生み、それを体内で循環させて生きている。少々の怪我や、風邪程度なら本人も自覚しないうちに魔力を使うことによって治癒してしまうのだ。
アースの人間よりもフォンドヴォの人間の方が体が強くて丈夫なのはそれが理由だ。
アースの人間代表として言わせてもらえれば、自分たちが弱いのではなくフォンドヴォの人間が強いのだと言いたい。魔法ってなにそれ。反則か。
しかも、それは自我の生まれる赤ん坊の頃から誰に教わるでもなく無意識にやっていることなので後天的に身につけることは不可能だ。
なぜなら、吸って吐けば息が吸えることは知っていても、息を吸ったことのない人間に呼吸の仕方を教えられる人間などいない。自分が当たり前にやっていることをそれをできる感覚のない人間に教えることはとても困難だ。
ましてや、赤ん坊とかならともかく、すっかり成人した人間に。
無くても必要ないように体が完成してしまっているから、それを作り変えるのは並大抵のことではないらしい。
では、アースの人間は絶対に魔法が使えないのかと言われると、これもそうではないらしい。
体内を循環させることは不可能だが、ユーリがやったように、フォンドヴォの人間と触れあうことで一時的に魔力を受け取ることができるらしい。
ただし、溜め込むことができないから大きな魔法はつかえず、使える威力はもらえる量によってて、つまり渡す側次第と。少し残念だけど、魔法が使えること自体がファンタジーだ。
使えないというのならば、仕方ない。きっとそういうものなのだろう。
ユーリのほうに不都合がないのであれば、また、ユーリに頼んで魔法体験させてもらおう。
ユーリは今まで出会った人たちとは違う。アースの人間だからかも知れないけど守るって言ってくれたし、話しかけても嫌な顔されない。
頼めばきっと魔力を分けてくれるだろう。
決して、決してまたユーリと手をつなぎたいとか、そういった邪な気持ちではない。うん。ないない。
「バロウ、レイの部屋を片付けてくる」
私がバロウに魔法講義を受けていると、静かにお茶を飲んでいたユーリはさっと階段を上っていった。
「あ、ユーリ。私も手伝う」
「いい。この世界のこと、バロウに習っておけ」
「わかった。ありがとう」
ログハウスの上階から声だけ降ってくる。それに少し声を張り上げて返せば、また声が降ってきた。
「大丈夫だよ、使ってなかった部屋があるんだ! まさか人が増えるとは思ってなかったから倉庫みたいになってるけど、魔法使えばユーリひとりでも全然平気だよ!」
「そっか。・・・・・・魔法って便利なんだね」
「アースには魔法は無いんだよね? 何だっけ、カガクが発達しているんだっけ?」
「うん。そう。電気ですべて動かしてるの。私たちの世界のことってこの世界ではみんな知ってるの? それとも、バロウだけ?」
「知っている人もいるし、まったく知らない人もいるよ。学者とかでなければ知っている人も大体は御伽噺程度だね。おれは自分で言うのも何だけど詳しいほうだね!」
「そうなんだ……」
自慢げに胸をはる柴犬。すごくかわいい。
程よく冷めてきたお茶を置いて、静かにバロウは語りだした。
「この世界はね、結構歪なんだ。女神様がとっても気まぐれでね、魔法を沢山使える人間や使えない人間、エルフやドワーフ、獣人や人型をしていない俺たち魔精。いろんな種族を作ったんだ。作ったときはとてもテンションが上がってて、こう、一気にばーっと生み出したから、疲れて飽きちゃって、眠っちゃったんだよね」
「女神様が?」
「そう。女神様は滞ることなく、魔法の元になるマナを生み出して自然にばら撒くのが仕事なんだけど、眠ってる間はそれが完全にストップしちゃうんだよね。もちろん、世界にばら撒かれたマナが一瞬で無くなるわけじゃないけど、植物が大地から吸収したマナを生き物が食べることで摂取して、動物や植物がため込んだマナを人属のものが生きるために食べて、エネルギーにしたり、魔法として使ったり、生活に本当にすこしづつ使用するんだ。現象にして消費することで使用されたマナは消えてしまうから、世界のマナは少しづつ減っていく。女神様が起きない限りはマナは世界に供給されないから、だんだんと植物が育たなくなって、だんだんと生き物が減っていくんだ。畑を作っても収穫が少なく、森もつける木の実をだんだんと減らしていって、困った昔の人は考えた。どうしたら女神を起こせるのか。色んな事を試して、結果成功したのがひとつだけ。アースから人を召喚することなんだ。理由は女神が珍しさに起きるとか自分の世界に異質なものが入ってきたことで起きるとか、色々言われているけど、本当の所はわからないんだよね」
不思議な話だ。
私の頭のなかに気まぐれな女性がぽんと浮かんできた。想像上の女神様だ。私の頭の中の女神様は一所懸命走り回って、山を作り川を作り動物をつくり人をつくりと大忙しだ。やがて完成した世界を見て、マナを一生懸命降らせて満足げに笑って、疲れ果てて寝てしまう。ずいぶんとかわいらしい女神様像になってしまった。
「私も誰かに召喚されたのかな?」
いつの間にか来ていたし、足元が光ったりだとか声が聞こえたりだとかそんな予兆も無かったけど一応聞いてみる。今の話の流れだとそんな感じがした。
もし仮に呼ばれたとして、ブスだったから捨てられたんだったらどうしよう。やだ、笑えない。
そもそも、私、死のうと思って飛び降りたし、召喚されたとは考えにくい気がする。
「うーん、どうだろう。大量のマナを消費するから、そうそう召喚なんてできるものではないけど……。アースの人間は召喚だけじゃなくて、迷い混むこともあるから、レイの場合はそっちかな? どっちにしてもアースの人が居れば女神様は目覚めるから、この世界のものとしてはありがたいことなんだけど」
「そっか」
とりあえず、今答えが出るものでもないし、捨てられた訳じゃなくてよかったと言うことにしよう。
それにしても、女神様とは。
「女神様は実在するの?」
この世界はファンタジーだし、実際に声をきいたりだとか。
「誰も会ったことはないし、声なんかを聴いたことのある人は存在していないよ。でもマナの増減は事実だし、アースからの旅人が召還なり偶然なりでこの世界に現れるのはそれも事実。アースの人がいる間はマナが増えてるってのも、ちゃんと検証されてるし事実だよ」
「そうなんだ」
そっか、だからユーリは私がアース、地球の人間だってわかったときに感謝をしてくれたんだ。
確か、女神ガルニって言ってたかな。何かをしたわけでもなくただたまたま地球の人間ってだけで感謝をされるのは、むずむずするものがある。
もし、私があまりにもブスなせいで女神様が起きてくれなかったらどうしよう。二度寝しちゃってたらどうしよう。
卑屈すぎる自覚はあるけど、そんな考えがとまらない。
悶々と考えても仕方ないループにはまりそうになってたとき、再度バロウが口を開いた。
「そういえば、ユーリのことなんだけど」
「うん」
ユーリ。あの、途方もなく美しい人。あまり表情はないが、とても、優しい人。まだ出会って間もないが誰からも避けられてきた私を保護してくれて、私をおなじ人間として扱ってくれる、とても、とても優しい人。(顔のわりに言葉が結構粗い気がする)
「ユーリのこと、どう思う?」
「え、えっと」
思わず顔が赤くなる。どうって、非常に好ましい。どう考えたって身の程知らずにも程があるが、惹かれてしまっていた。まだ出会ってすこししか経ってないけれど。
森で途方にくれてた私を見つけてくれて、微笑みかけてくれて、守るっていってくれて。
正しく月とすっぽん、美しさの対極にある私達。
きっと一生秘めることになる想い。
「すごく感謝してるよ。持ち物もなにもなくて、ここがどこかもわからなくて、途方に暮れてたから。それに、この森には魔獣っていうのがいるんでしょう? 先に会ったのがユーリじゃなくて魔獣だったら、危なかったと思うし」
「そっか、そっか。とりあえず悪い感情はもってないんだね」
「うん、それは、もちろん」
好意を抱いてこそいるものの、悪意なんてぜったいにない。
声をひそめて問いかけてきたバロウに、思わず小声で返す。全力のうなずきと共に。
「よかった! ユーリと友達になってあげてよ! ユーリはほんとは寂しがりやなのに、友達がだーれもいないんだ!」
「それは、もちろんかまわないけど……。ユーリは私と友達になってくれるかな?」
「もちろんだよ! だってユーリに友達が出来なかったのは――」
バロウの言葉をさえぎるように、ユーリが階段を下りてくる音がした。
準備ができた、と降りてきたユーリに呼ばれてみんなで一緒に二階に上がる。
随分早かったね、と言えば魔法だからな、と返ってきた。さすが、ファンタジー。
それにしても、友達、友達か。私が喉から手が出るほどにほしかった物。環境が変わるたびに期待をして、裏切られて、いつしかすっかりあきらめてしまった物。
ユーリを見れば、ちゃんと合う視線。そこに敵意は見受けられない。侮蔑の色もない。普通の人には当たり前のことだけど、私にとってはぜんぜん当たり前じゃないこと。
私にも、できるのだろうか、友達。
それも、こんなにもきれいな人。
求めてしまって、いいのだろうか。
あああ、話が進まない。さくさくいきたい。文才ほしい。