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小説書くのってむつかしい。
急に目の前に現れたその人は、さらりと流れる金糸の髪に、空を思わせるスカイブルーの瞳。
スッと通った鼻筋に、薄く、柔らかな唇。ああ、まるで、私とは対局にある人だと思った。端正こめて描かれた絵画のように、今までに見たどんな人間よりも美しいと思うのに、その表情は抜け落ちたかのように何も表してはいない。
その真っ青に、私が映った瞬間、その人はまるで人間に今成ったかのように驚愕を浮かべた。
恐らく、私も同じような表情を浮かべているに違いない。それは確信をもって言える。
だって我ながらめっちゃびっくりしたし。
互いの間に沈黙が落ちる。
……とても気まずい。でも勇気を出してみない、と。
「あの、すみません」
せっかく勇気を振り絞ったのに、間髪いれずに返された。
「お前、誰だ。どこから来た。この森に立ち入る者などいないはずだ」
「榊、レイといいます。あの、ここはどこですか」
「……知らずにここにいる、のか」
とても警戒されている。きれいな空色の瞳に剣呑な色を浮かべて。
「あああの、怪しい者じゃないんです。自分でも何でここにいるのかってよくわからないんですけど、ほんと。でも気づいたらなぜかここにいて」
説明にもなっていない支離滅裂な言葉をじっと聞いてくれている。
「見ない服だな。それに、気づいたらここにいただと?」
うう、怪しさが増しただけのような気がする。
「もしかしてお前…… アースの生まれか?」
なにか思い当たるところがあったのか、ふと警戒をゆるめた。
「アース?」
アース?……アース? あ、earth? 地球の事か!
「そそ、そうです! ていうかここ地球じゃないんですか?」
「ああ。アースの人間だったのか」
無表情ながらもその人はうなずいて、すっとその場に跪いた。
川を挟んでしゃがみこんでいる私と向かい合うと、うっすらと笑った。
そして紡ぐ。歌うように。祝詞のように。
「フォンドヴォへようこそ、アースの旅人。大地に、空に、海に、豊かな実りをもたらしてくれること、ここに生きる全てのものへの恩恵を、女神ガルニに、榊レイに感謝する。その身の息災を、自由を、笑顔を、安寧を、命を、阻む全ての物から守られるよう、祈りを捧ぐ。感謝を。多大なる感謝を」
とても美しい笑みだった。まっすぐに見上げる瞳のなかで揺らぐ自分は相変わらず醜いけど、誰かが自分をまっすぐに見て微笑むなんてどう考えても初めてで、涙が出そうになった。
麻の服に上着を羽織っただけの簡素な衣装を身にまとってはいるものの、堂々とした彼はまるで、物語の王子さまのようだった。
立ち上がると川を長い足で越えて目の前に再度跪いた彼が私の手を取り甲に口づけた時には、思わず涙も引っ込み呆然としてしまった。
「嫌だろうが我慢しろ、そういう風習なんだ」
私と青年のじわじわと赤くなる頬。美しく微笑んでいた彼は、少しうつむくと、再度顔を無表情に戻してしまう。
風習?
「あの、風習ってなんですか?」
「アースからの客人はこの世界に大きな恵みをもたらす。アースの人間に会ったときはああして祈りを捧ぐことになっている。それに、アースの人間は魔法も使えず、この世界の人間よりも脆いと聞いている。見つけた場合は、その保護も、義務だ」
保護を貰えるのか。良かった。帰り道どころか、まさかここが地球じゃないなんて。
初めて男の人に手を握られた。それどころか、キキキスまで。いろんな衝撃で頭がパニックだ。なんかもっと大事なことを今さらっと聞き逃してしまったような……。
「ついてこい、レイ」
ぶっきらぼうに私を呼ぶと、返事も聞かずに青年はさらりと金の髪をなびかせながら木々の間をガサガサとわけいっていく。
男の人に名前を呼び捨てにされたのも初めてだ!
そう思いながら、慌ててその後を追った。