11
一夜あけた。
まだ信じられなかった。
いい加減しつこいのかもしれないけど、なんて自分に都合のいい夢を見ているんだろうと思う。
だって、鏡に映る自分は紛れも泣く18年間慣れ親しんできた、ある意味憎んできた自分で。
何も変わっていないように見えるのに。
ユーリは、私が誰もがうらやむような美人で、しかも何もせずともただ居るだけで感謝されるような存在だという。そんな馬鹿な。
家に戻ってきた私たちは沢山食材を買い込んできていたのでバロウにものすごく喜ばれた。
大はしゃぎの柴犬は実に可愛らしかったので存分に撫でさせてもらった。ユーリに作り方聞いて、美味しいものをつくってあげたいと思いました。
長生きの魔精なのかもしれないけど、私には柴犬にしか見えないので大いに可愛がりたい。犬大好き。
ユーリも家に戻ってきてから、かなりぼんやりしている。
空を眺めては、ため息をついて時々首をふっているのを何度か見た。
うーん、かなり親近感を覚える仕草だ。
多分私も端から見たらあんな感じなんだろうな。
「ねえ、バロウ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「なになに? 何でも聞いてくれて構わないよ!」
一人悶々と考え込んでどうにも答えが出そうになかったので、聞いてみることにした。
いつまでも悩んでるわけにもいかないしね。
バロウと二人分、お茶を用意して向かい合わせに腰掛ける。
お昼ごはんを食べたあと、ユーリはふらりと出掛けていった。
なので今がチャンスとばかりに昨日の事を聞いてみようと思うのだ。
「ユーリは何処に行ったのかな?」
尋ねれば、バロウは少し遠くを見つめる瞳をして答えた。
「うーん、この感じだとダイダラの湖かな? あ、ダイダラの湖ってのはね、ここから歩いて一時間位のところにある大きな湖だよ! ダイダラって言う巨人が昔に作ったっていう伝説があってね、それでダイダラの湖って呼ばれてるんだ! まあ、この森にあるだけあって人の入らない静かできれいな湖だよ! ユーリは落ち込んだり、考え事をしたいときはよくそこに行くんだ!」
「あ、そ、そうなんだ」
それ、私が聞いちゃってよかったのかな?
まあ、バロウは駄目だったら私に聞かせたりしないかな?
「ユーリの弱味だけどね、聞かせていいとおれが思ったから言ったんだよ! レイに伝えておけば、ユーリがダイダラの湖に行ったって聞いたらレイはユーリの事を気にかけてくれるでしょ? おれ、ユーリにはそういう人が必要だと思うんだ!」
「そっ、か」
これは、信用されてると見ていいのかな?
お茶を器用に肉球のついた手で持ってこくりと一口飲み干して、バロウは笑った。信用、してくれてるみたいだな。
「うん。ありがとう、バロウ」
「ユーリの側に、居てあげてね」
「それは、もちろん」
ユーリに疎まれない限りは。
「それで、聞きたいことってなーに?」
「…………」
ほんとは、沢山ある。
この世界の事をもっと聞きたいし、ユーリとバロウの事をもっと知りたい。魔法も、ユーリの弱点だというダイダラの湖のことだって。
でもいま一番、私が気になるのは。
「ユーリにね、私が美人だって言われたの。本気だと思う?」
「えー? おれはあんまり人の美醜には興味ないけど、確かに人の間では美人なんじゃない? ユーリも言ったんだったら、確実だと思うよー。ユーリは自分がそれで傷ついてきたから、そういう悪い冗談は言ったりしないし」
ユーリに良く似た色のくりくりの瞳を瞬かせながらバロウは言う。
バロウが言うなら、本当なんだろう。
バロウは人ではなく魔精である。魔精というのは人のような欲とか悪意を持たない。喜怒哀楽の感情はあるのだというけど、人が持つという七つの大罪はないのだという。
良くも悪くも素直で真っ直ぐ。特にバロウは人の目線で見れば長生きとはいえ、未だ幼性であるからして。
「そっか」
「そっかそっか」
私、この世界にいる限りは、見た目で嫌われることってないんだ。
疎まれたり、蔑まれたり。
バイ菌あつかいなんてのも、もうされない。
嬉しい。じわじわと喜びが滲んでくる。
気持ち悪いって仲間はずれも、もう終わりなんだ。
そして、ユーリのことを思い出して、はっとする。
ちょっと待って、こんな私が美人ってことは、じゃあ、ユーリはほんとに、前の世界の私のような扱いを受けているって言うの?
ユーリはあんなに優しくて、かっこよくて、私、大好きなのに。
「バロウ、じゃあ、ユーリは……」
「うん、あんまり、人に好かれるような容姿ではないみたいだね。むしろ、忌避されるような。まあ、俺にはユーリは大事な子だから、あんまり関係ないんだけど。みんなわかってないよなー」
レイなら、わかってくれるよね?
続く言葉に、うんうんと大きく頷いた。
昨日、ユーリも私のように生きてきたと言っていた。
バロウも、ユーリが見た目で傷付いてきたと言っている。
ユーリは、ユーリとバロウに会う前の私のように、まだ、暗闇にいる。
バロウが私にしきりにユーリのそばに居るのを勧めるのは、そういうこと。
異世界人の私なら、ユーリに対して先入観なしに見てくれるから。ユーリが私を連れてきたときに、私がユーリに対して嫌悪感を抱いてなかったから。本当に嬉しかったんだと、バロウはころころと笑った。
初めて、人に必要とされた。
見た目で嫌悪されなかったのも、ユーリが初めて。
「バロウ、私、ユーリのとこいきたい」
今、すごく、ユーリに会いたい。
何に対しても消極的で、人の顔を伺いながら、背中を丸めて生きてきた私。
生まれて初めて、背筋が伸ばせた。
自分から人と関わる勇気をくれたのは、ユーリ。
そのユーリが暗闇に居るのなら、私が一緒にいてあげたい。
痛みも、辛さも、苦しみも哀しみも悔しさも、全てわかる。
分かち合える。
今まで出会った全ての人のように、自分が、ユーリには嫌われてなかった。
それだけで、一歩を踏み出すには、十分。
「ダイダラの湖に、連れていって貰える?」
「お安いご用だよ! ふふふ、準備は良い? 一瞬だから気を付けて! さあ、いくよ!」
そのまはま柴犬が立ち上がって、ぽふぽふと二回、肉球を打ちならす。
辺りの景色が一新した。
いつのまにかすっかり見慣れた、木を組み合わせて作ったログハウスから、森と、足首までの草の生える草原。そして、対岸が見えないほど本当に大きな、大きな、湖。
水面が日の光を浴びてきらきら、きらきら輝く。
ぐるっと湖の縁をなぞる。その先に足先だけを水に浸した、ユーリが居た。
それはまるで一枚の絵画のように。
その情景を額縁に入れて永遠に閉じ込めて置きたいような気持ちになった。
ほら、やっぱり。ユーリはすごく綺麗だ。
ユーリの首回りまでを覆う金髪も光を透かして白くきらきら、光る。
白い肌も、ユーリがいつも着ている、白いゆったりした薄手のローブも、すべてがきらきら。
色彩を失った全身で、唯一残った色。
私の大好きな色。スカイブルーの瞳。
表情もなく、何よりも輝いて良いはずのそこは、今はなにも映さず、まるでガラス玉を嵌め込んだように無機質な色だけがただ、あった。
それはまるで、初めて会った時のよう。
「ユーリ!」
思わず大きな声で呼び掛ければ、ユーリははっとしたように身を震わせて、顔を上げた。
「レ、イ」
ユーリの顔が泣きそうにくしゃりとゆがんだ。
人形のように無表情なユーリもとてもきれいだと思うけど、やっぱりユーリは表情があった方がいい。だって、生きてるんだもの。
そして、できれば泣き顔よりも笑顔が似合う。
満面の笑顔ではなく目を細めただけのものだけれど、私はそのユーリの笑顔が好きだ。ユーリが好きだ。
「どうしてここに……ああ、バロウか」
「そう。バロウに連れてきてもらったの」
話しながら靴を脱いでユーリの隣に座った。ユーリの真似をして同じように足を水に浸してみれば、水はひんやりと冷たいものの、今日の気温ではそれが逆に気持ちいい。
あのお店で買ったワンピースが水につからないように少し裾を上げた。
「バロウは?」
「帰りはユーリに送ってもらってって帰ったよ」
自由なものだと二人して苦笑が漏れた。魔精というのは魔という文字がつくからなんとなく悪魔とか魔人だとかそういった人にとって良くないもののイメージが浮かびやすいのだけれど、その本質は妖精とか精霊とかそういったものに近いのだと感じていた。いたずら好きで自由。うん、ぴったりだ。柴犬でかわいいし。
「レイ、水が冷たくはないか? その、女性は冷え性なんだろう? 足元を冷やすと風邪を引くんじゃないか?」
「ううん、今日はあったかいし、風も冷たくない。気持ちいいくらいだよ」
「そうか」
相も変わらず心配性なユーリといつものようになんでもない会話をしながら、切り出すタイミングを見計らう。
でもユーリはさっきの表情に触れられたくないのか、なんだか早口だ。
ユーリの右手に左手で触れた。
ユーリの目には、私が……その、美人? に映ってるんだと思ったら勇気が持てた。
昨日は無我夢中で握りこんでしまった手だけれど、今日はちゃんと冷静だ。
冷静な状態で、ユーリに触れている。これは、恥ずかしい。顔に血が昇って行くのはもうしょうがない。
人とまともに話す経験すらあまりない私に、恋愛経験なんてあるはずもない。
こういう行動を起こすのって、いかに恋愛経験値が高いかな気がする。沢山恋愛をしてきてれば、どんな触れ方をしたら相手が嫌がらないか、どんな反応なら相手が嫌がってないか、はたまた喜ぶか、意識させられるか。そういう見極めが上手くなっていくんだと思う。
ユーリも、手に視線を落としたものの、振り払うでもなく、そのままにしてくれている。
ユーリの顔も赤くなってきているので意識してくれているのかな。
「ねえ、ユーリ。昨日言った、アースでの美人のことなんだけど」
「……ああ。俺を、からかっているんだろ?」
「違う、違うよ。信じられないのは分かるけど」
私もそうだから。
本当に、見た目の正反対な私たちなのに、内面は良く似てる。
誰かに愛されたことがなくて、愛してほしくて。
「ユーリ、私、ユーリのこと、すごくきれいだと思う。本当だよ」
自分の殻に閉じこもって、傷つけられることに臆病で。
「ユーリが信じられないなら、私毎日言うよ」
「私の世界、アースでは本当にユーリがきれいだって言われるんだよ」
目線を前、空のほうに固定したままこちらを見ないユーリだけど、無視してるわけじゃないのはよくわかる。これはきっと涙が落ちないようにそこに意識がいっている顔だ。
「私、ユーリが、好き」
あれ、何言ってるんだろう。そこまで伝えようとは思ってなかったのに。
でも、月とすっぽんだと思っていたユーリが、もしかしたら、私を、私こそを月だと思ってくれているのかもしれないのだったら。
「やさしいユーリが、好きなの」
自分に都合のいい世界を利用して、傷ついていたユーリを手に入れようとしてるのは分かってる。
こんな風に弱みに付け込むような真似をして。
ごめんなさい、女神様。卑怯な私をどうか、許して下さい。
ああ、胸が苦しい。初めての告白は、口から心臓が出そうなほどに怖く、甘く、せつない。こんなひとりよがりな押し付けの感情を、恋と呼んでしまって、いいのだろうか。
生きる意味なんて無いと思っていたけれど、ユーリを幸せにしたい。
愛されないと思い込んでいるユーリに、笑ってほしい。
私はこの世界で生きていきたい。
ねえ、女神様。この世界が、こんなに素敵なユーリを、いらないというのなら。
この世界でユーリが誰にも必要ないとされているのなら、どうかどうか私にユーリをください。
私にとっては他でもない、ユーリを。美しすぎて、やさしすぎるこの人を。
こんなにも傲慢で身勝手な私には、そのうちに罰が下るのかもしれない。
それでも私は初めて抱いた、この気持ちを大事にしてあげたかった。




