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ネガティブヒーロー△Level 1

次話投稿っていう便利な機能が。感動。




ヒーローは何も答えずに肩を上下させて大きく息をしている僕を、黙って見下ろしていた。 そのヘルメットの目を隠した黒さが、僕の表情を映し出す。 その合間に、また大きな爆発が起こり、爆風で髪が逆立つ。


「……っ、僕が、僕がヒーローになったら、みんなを救えるの?」


やっとの思いで声を絞り出す。 みんな、っていうのは、やっぱりクラスメイトたちのことで。 ギュッと握りしめた拳に汗が滲んで行く。


「君次第さ」

「……僕も、なれるの? …ヒーローに」

「……それも、君次第さ」


ヒーローは責任を負うつもりも、無理強いするつもりも全くないらしい。……それは当然か。 自分の決定くらい、自分で責任を持つべきだ。 どうしよう。 僕なんかに、ヒーローの素質があるんだろうか? …わからない。 ある、なんて思えない。 ヒーローは何も言わずにただ僕を見下ろしている。 待っているんだ、僕の答えを。


ヒーローに、僕は憧れていた。


それは、強さや外見の格好良さももちろんだったけれど、 なによりも恐怖に抗える、その勇気に。


ごくり、と生唾を飲み込んでから、僕は答えを口に出す。


「……な、なりたくない」

「……そうか。それが君の選択ならーー」

「臆病で、いやなことから、嫌いなものから逃げ続ける弱虫には……なりたくない…!」


それが、僕の答えだ。


「だから……だから、ヒーロー! 僕も、あなたみたいなヒーローに、なりたい…っ!」


生まれて初めて、僕は自分の運命を動かす歯車を自分で押し出した。 ……たぶん、これが、何かが始まるための、ハジマリ。

フッと、 マスクに隠れたヒーローの口が笑ったような気がした。


「“あなたみたいな”ヒーロー、か。 ……ふふ、アサギリさんが聞いたらなんていうかな」

「え?」

「…いや。 歓迎するよ、少年。よく決意してくれた。 さあ、こっちに来い」



あさぎり、と確かに聞こえた気がするのは空耳というやつだろうか。 僕は一瞬だけ、ドキリとした。 だって、それは僕の名字と同じだったから。 だけど、そんなの大したことじゃない。間違っても僕のお父さんなわけじゃないし。 同じ名前なんてそれこそどこにだっている。


僕はヒーローに導かれるがままに彼の隣に立った。 なにが始まるんだろう。 長身のヒーローのマントに隠されるようにして、僕は彼を見上げる。


「時間がない。 ……今回は俺の力を貸す。 君は敵を倒すことだけを考えればいいんだ」

「え? え、えっと、どうやって倒すの? ていうか今やるの!? すぐに?」

「君の友達が危険なのは今だろ。 今ならないで、君はいつヒーローになる?」


それは、たしかにそうだけど。 でも、今までヒーローがやってきたことを、すぐに僕がやるなんて無茶に決まってる。 うつむいて唇を噛む。 そ、そりゃあヒーローになりたいとは、言ったけど……でも。


「そうやってうじうじして、何度逃げ出してきたんだ?きみは」

「!!」


少し呆れたような口調で、ヒーローは言った。 そして、その言葉が、僕の足を無意識にも前へ動かした。

もう、逃げたくない。 さっきぼくが言ったんじゃないか。


「いいな。 きみはいまからヒーローになるんだ。 弱虫から卒業、するんだろ」

「……うん!」

「よし。 なら説明するからよく聞けよ」


僕の頭はぼーっとしていた。 ヒーローの話はよく聞こえてくるけど、まるで夢の中にいるみたいに、ぼわーっと耳鳴りがする。


「今日は初めてだからな。 俺の力を貸してやる。」


ヒーローはさっきと同じように説明をはじめた。 でも あれ? と僕は思う。 ヒーローの力がまだあるなら、なぜ今彼は戦えないんだろう。 でも、口を挟む間もなくヒーローは続けた。


「そしたら君は全力で走って〈侵略者〉がいるところまで行くんだ。 あとは、本能でわかるはずだ」

「えっ!? 本能? わ、わかるはずないよ! ちゃんと説明してくれないと僕ーー」

「大丈夫。 俺もついていくから。 困ったときは臨機応変! な?」


な? じゃないと思った。

なんでヒーローになったことなんて一度もない(当然だけど)僕が、本能なんかで戦い方が分かるって言うんだろう。 そりゃ、ヒーローなら分かるかもしれないけど。


「よし、じゃいくぞ」

「え? え、あの、僕なにもーー」

「ほら、動くなよ」


そう言うと、ヒーローは頭に手をやり、ヘルメットをガバッと外した。 ヒーローの、顔だ。 ……と、確認する暇もなくそのままヘルメットは僕の頭に落ちてきた。


「いだっ!! 痛い痛い痛い!」

「あれ? 案外頭でかいな……ふんっ!!」

「首折れる!! 痛い!」


無理やりヘルメットの中に頭を押し込むヒーローと頑として受け付けない僕の頭と首の、長い(たぶん実際はほんの少しだったと思う)戦いは、僕の頭が負け、 すっぽりとヘルメットに頭がはまった。 ……意外と、かぶってしまえば小さいとも感じない。


「よし。 じゃ、いいな。 行け。」

「え、あの……え?」


これで、終わり? 力もなにも感じない。 頭は攻撃されても大丈夫とか、そういうアレなんだろうか。


「あ、そうだった。 ほら、後ろ向け」


心なしかヒーローの口調が雑になった気がするが、 僕は言われたとおり後ろを向く。 ……そして。


「ハイッ!!」


バチィッ!!


「いったぁぁぁぁああ!?」


いわゆる、気合い入れというやつである。 背中にこれ以上ないというほどの怪力で張り手を食らい、そのまま痛みでうずくまる。 勇気づけにしちゃやりすぎだと思う。 涙目で背中をさすっていると、 ふと異変に気付いた。

体が、どんどん熱くなってくる。 じんじんと、足から熱が登ってくる。 ほれは背中を回り、手にまで登ってくる。


「あ……?」


見た目にも異変が現れ、僕は目を見開く。

手が青いスーツに包まれていく。 その青はみるみるうちに体を覆って、それと共に体はいつもの温度に戻っていく。 自分の姿はわからないけど、たぶん全身に青が回ったんだろう。


「間違いねーな。 お前は、ちゃんとヒーローだよ」


そう、表情がわかるようになったヒーローが微笑んだ。 想像どおり、やっぱり顔もかっこいい。 風からさらさらとこぼれた明るい茶髪に、 バランスのいい顔立ち。 空色に微笑む瞳が、僕を捉えて細まった。 思わず息を飲むほどの綺麗さだ。


「じゃあ、いけるな。 さ、走れ!!」



ヒーローの一声で、僕はぐっと足を踏みしめて地面を蹴る。 ……たった、それだけなのに、僕は学校の屋上を見下ろしていた。


「う、うわ……っ?!」

「驚いてる暇なんてない! 走れ!」


振り向くと、ヒーローが後ろからついてきていた。 あれ? ヒーロー、同じ動きしてる。 『戦えない』って、ほんとにどういう意味なんだろう。

……いや。 それはあとで聞くべきだ。 いまは、とにかくクラスメイトたちのところまで行かなきゃ! ……行って、どうするかは考えてなかった。 でも、ヒーローと一緒だったからなんとかなると思った。


ぐん、ぐん、と体は前に進む。 ちょっと地面を蹴っただけでいつの間にか宙を浮いている。 これが、ヒーローの力なのか。 身体能力はやっぱり僕らの比じゃなかった。 当然だけど。


「あれだ! 見えるか!」


横を走るヒーローが前方を指差す。 その方向を追って目を細めると、ドロドロとした紫色の液状の何かが街のビルを覆っていた。


「あ、あれが、そうなの…?」

「そう。 ……初戦から液体タイプなんて、やるな、【ヒーロー】。 いい初陣じゃないか」

「た、助けてくれるんだよね!?」

「だから、言ったろ? 俺は戦えない。 ちっとアドバイスするだけさ」


そ、そんな。 予想はしてたけど、まさかそんな。

自慢じゃないが、僕は走るのが得意というだけで、これまで体育で説明されてその通りにできた試しがない。……それを、こんなところで。 絶対失敗出来ないところで。


「なんだ、また逃げるか? 」

「……逃げないよ。」

「なら、口だけじゃないって証明しろよ、【ヒーロー】」



逃げない。 逃げない、けどさぁ……僕の意思に反して体はぐんぐん前に進む。 やだなあ、や、やだなあーー……!


そして、その弱気のまま、僕のヒーローとしての初戦が始まったのだった。





………が。



「……あの…助けてください…ヒーロー…」



始まった直後。 そう。ほんとに直後。瞬間のことだった。 僕たちの気配を感じたのか、液状の〈侵略者〉は体の一部(という表現が果たして正しいのかはわからないが)を飛ばし、いとも簡単に僕の身体を拘束した。 そして今、僕はマンションの窓にネバネバした液体と共に貼り付けられていた。


「………あのなぁ、お前いくらなんでも早すぎるぞ… まだ戦ってすらいないんだぞ」

「……すいません…」


ヒーローがため息をつきながら、ちょうど隣にあるマンションのベランダに降り立った。 あの瞬間、僕はあっさり捕まってしまったけれど、ヒーローは軽くひょいと躱していたのだろう。……さすがだ。

ところで、このマンションの住人は大丈夫なのだろうか。 首をひねって部屋の中をみてみると……誰も、いない。 早々と避難出来たようだ。 とりあえずこの窓を持つ部屋の住人にはあとから丁寧に謝罪しなければならない。 僕を中心とした蜘蛛の巣上にひび割れたガラスを背中で感じながら、僕は心の中でお詫びした。


「はあ。仕方ねーなぁ……」


ヒーローは右手でヒュンッと宙を切ると、僕の体から液体が溶け、重力のままに僕はベランダに落下した。


「い、いたた…っ」

「……お前、甘えてるんじゃないだろうな。」

「えっ?」


さっきまでの励ますような口調とは変わって、怖さを感じる声音を含んだ言葉に僕はおそるおそるヒーローを見上げる。


「いま、町の人々を救えるのはお前しかいない。 お前がこうやって足踏みしている間に、どんどん失われていくものがある。 ……なにかわかるか」


………。うしなわれていくもの。


僕はそっと、したに広がる惨状を見下ろす。 瓦礫。 倒れている人々。 悲鳴をあげて逃げ惑う人々。 ……失われてゆくもの。 ……わかってるよ。 わかってる、つもりだったけど。


「い……命……?」

「そうだ。 こうやって俺が無駄にお前と話している間にもどんどん、どんどん、俺の守るべき市民が失われていく。 ……わかっているだろ」


無駄に、の言葉でドクン、と心臓が震える。


僕がグズだから。 僕がグズなせいでどんどん、みんなが……? ……でも、待ってよ。 僕はヒーローじゃない。 僕は、ヒーローじゃなかったじゃないか。 初めてなのに、突然心の整理なんかできるわけない、突然覚悟を決めるなんて、できるわけないじゃないか。だって僕は昨日までただの、いや、平凡以下のダメダメの、みんなに嫌われているような社会のクズだったじゃないか。 だったらこんなのーーーー


「人々の、みんなの【ヒーロー】は お前なんだよ!! 戦え、 戦うんだ、マモル!」

「っ!」


マモル。 僕の、名前。


ヒーローに名前を呼ばれた瞬間、いままでまとわりついていた嫌な気持ちが、すっぱりと断ち切られた。


「うん……!」


ヒーローのつもりになるんじゃない。 それに、まだこわいし、 足もすくむし、手も震えてるけど、何故か名前を呼ばれた。 ただそれだけで心の奥から勇気がフツフツと湧いてきた。


「必要ならまた助けてやる。 まずは立ち向かえ!」

「はい!」


足を動かして立ち上がる。 ガラスの破片を身体から払い落として、グッと膝に力を込める。 そして、ヒーローを一瞬チラリと見る。 すると、親指を立ててヒーローが微笑んでいるのがガード越しに見えた。 頷いて、思いっきり、床を蹴った。



「なんだ、こりゃ思ったより腐ってないか?」


ヒーローは、眩しそうに目を細め、空に飛び上がった少年を見上げながらポツリと呟いた。


「……いや、そうでも、ないな」


そして、自らもグッと床を蹴り、新米の危なっかしいヒーローの元へと急いだ。




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