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目当ての万年筆が決まると、安宅田さんは本を見に行くと言って書店の二階へ向かいました。
彼女は近頃の高校生らしくなく、誰かと一緒に無駄な時間を過ごす事がありません。なんとなく隣にいる、というような友達関係とは対極にあるのです。率直に言って距離がありすぎるほどなので、なんとかして隣にいたいと思ったりもするのですが。
それはともかくとして、安宅田さんとの距離ができるのは想定どおりです。お父さんには申し訳ないことですが、プレゼントの万年筆には安宅田さんの名前を刻印してもらいました。こういうサービスがあることは事前に調べていたので、作業はスムーズなものです。伊達に戦場をセッティングしたわけではありません。
こうして安宅田さんの軍を崩す弾丸の準備を整えて、作戦は最終フェイズに入ります。あとは彼女を目の前の公園に電話で呼び出して、そして――。
と、想像を膨らませていた時、ポケットの携帯電話が震えました。
おまえまで武者震いしなくてもいいのに、と手に取ってみると、安宅田さんからのショートメッセージが届いていました。
『安宅田です。外の公園、時計のある藤棚の下で』
もともと携帯電話のショートメッセージは長い文章に向きませんが、それにしても短すぎる文章でした。けれど、開戦には長々とした口上など必要なく、このように戦場を駆ける鏑矢のような一声があれば、それだけで全てが動き出すのです。
――わたしは、安宅田さんの軍がすでに陣形を整えていることを知りました。
いつから気づかれていたのでしょうか。一週間前? それとも、ついさっき? 今となっては考えるのも不毛なことです。自軍は会戦に備えて総力を結集し、敵軍も同じく迎え撃つ準備を万端に整えているのですから、あとは両軍がぶつかるのみ。
たんたかたん、たかたん。
書店のスピーカーから、どこかで聴いたような行進曲が聞こえてきます。まるで、授業で見たアメリカ独立戦争の映画のようです。勇壮でどこか可笑しいブリティッシュ・グレナディアーズをかき鳴らしながら、イギリスの兵隊が横隊を組んで進むのです。
たかたんたん、たかたん。
眼前にはずらりと銃口が並び、銅鑼を叩くように大砲の音が響き渡り。
それでも怯まず、勝利へ向けて行進するのでした。