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突撃というものは派手ながらも避けられやすいものです。
かのハンニバルはザマの戦いで戦象を突撃させましたが、スキピオ率いるローマ軍にさらりと避けられてしまい、最後には大敗北を喫してしまいました。象が突っ込んでくる様子というのはいかにも恐ろしげで兵たちを威圧しますが、まっすぐにしか走らないので避けようと思えば簡単に避けられたのです。当たらなければどうとういことはない、というお話ですね。
告白というのも、戦象の突撃に似ています。
象に乗り決死の覚悟で突撃しても、それを予期され冷静に対処されては簡単にかわされてしまいます。このような空回りを避けるためには、事前の準備が肝要なのです。
まず、こちらの動向を悟らせないこと。これには心底苦労しました。なにしろわたしたちくらいの歳の女子生徒は、バレンタインデーの一週間前にもなれば頭の中がチョコレート色になってしまうのです。その話題を安宅田さんの耳に入れないようにするのは不可能でしたし、さらにわたしの口からその話題を切り出さないこと自体が不自然でした。
ですから、わたしは話さないよりもむしろ素早く話すことを選んだのでした。
安宅田さんは、基本的に同じ話題の繰り返しを好んでいない様子でした。わたしもいちいち同じ話をしたいタイプではないので気が合ったのですが、今回はそれを逆手に取ったのです。
バレンタインデーからさかのぼる事一週間、二月七日の昼休みのことでした。
「安宅田さん、甘いものって大丈夫?」
「ええ、それなりには好きだけど」
その回答を聞くや否や、わたしは安宅田さんにさらりとチョコレートを渡したのです。もちろん手作りなどではありません。駅前のデパ地下で買った箱入りチョコレート、ひと箱九百円也。ラッピングすら頼みませんでした。
「ほら、来週バレンタインだから、そこら中でチョコレート売ってるでしょ。気になったんだけど、自分だけで食べるのもなんかなあ、って思って。よかったら一緒にどうかな?」
「じゃあ、一緒に。お金は……?」
「いいよいいよ、わたしが食べたくて買ってきたんだし。一足早いけど、ほら、友チョコっていうの? そういうつもりで」
「ふうん、小野谷さんもそういうの、気にするのね」
アーモンド入りのチョコレートをぱくりと食べて、安宅田さんが目を閉じます。最近気づいた事ですが、安宅田さんは普通のひとが笑うようなタイミングに目を閉じるのです。表情を隠しているのかな、とも思いましたが、口の端が上がるような素振りもなく。単純に、安宅田さんにとっては目を閉じることが笑顔の代わりになっているようなのでした。
「ううん、そんなに。自分がお菓子を食べられるならそれでいいかなあ。堂々とチョコレートを買えるから、そういう意味では好きなイベントだけど」
「小野谷さん、自分の欲望には正直だよね」
どきり、としました。
まるで安宅田さんはわたしをすべて見透かしているようで、けれどそれはきっとわたしの勘違いで。見透かされていると思い込んで、思わず真意を打ち明けてしまいそうになる、そういう不思議な言葉遣いをするひとなのでした。
「安宅田さんだって、それ三つ目っ」
「そうだった? 小野谷さんが食べたかと思ってた」
白々しく言って、安宅田さんは次のチョコレートを食べたのでした。こういう自由気ままな安宅田さんが好きなのですが、どうにもわたしはそれに振り回されがちで、そうやって翻弄されるところまで含めて、おそらくわたしは彼女のことが好きなのでした。
とにもかくにも、こうして先んじてバレンタインデーというイベントを消化することで、わたしが十四日に対しては無策であることを装ったのでした。この策謀が功を奏し、わたしは安宅田さんとバレンタインに関する話題を交わさないまま、十四日を迎える事ができたのでした。