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――バレンタインデーとは、すなわち会戦のことを指します。
アメリカ独立戦争を描いた映画のワンシーンを上映し終えて、世界史の先生はぼんやりとした声で説明をはじめました。眠そうな先生の声に、眠そうな午後の教室。しかし、わたしの目は来るべき戦いに備えて冴え渡っていました
「アメリカ独立戦争における会戦はこんなものです。お互いに横隊を組んで何度か撃ち合い、然る後に突撃。こういう儀式めいた戦いが行われていたわけです」
つまるところ、双方の総力戦。現有戦力のすべてをこの日この場所に集結させ、決戦を試みるのです。より効率的なゲリラ的戦闘は行わず、バレンタインデーというただ一日に賭ける。それは確かに、儀式的な行為と言えるでしょう。
「このような戦いでは、戦列歩兵と呼ばれる兵士を配し、規則的な陣形が構築されました。勝利の条件は敵軍の殲滅ではなく、陣形の崩壊でした」
そう、倒す必要はないのです。ただ、安宅田さんの仮面に動揺を走らせることができたなら、それで勝利はわたしのもの。
もとより殲滅戦など考えてはいません。戦力はわたしの圧倒的不利。そもそも、不利でなければこんな無謀な会戦に挑むことなどないのです。恋愛においては、奇襲とか待ち伏せのような搦め手の方がよりスマートで効果的な気がしますし。
それでも、わたしは正々堂々と戦うつもりなのです。
「現場の兵士にとってはたまったもんじゃありません。なにしろ敵が撃ってくるとわかっても避けられないのですから。とはいえ逃げれば味方に撃たれるという板ばさみ。いわゆる、当たって砕けろの精神が必要だったわけですね」
当たって砕けろ。
これこそまさに、言い得て妙。自軍の圧倒的不利は理解しつつも、わたしは逃げも隠れもしません。ただ、安宅田さんの軍へと行進し、然る後に突撃するのみ。
その決意でもって、わたし小野谷英は、安宅田さんへの告白を敢行するべく、チョコレートの銃剣を用意してこの戦いに臨んだのでした。