屁理屈と優しさ
「全部で1618円になりまーす」
「あ、レシート下さい」
「はーい、2円とレシートのお返しになりまーす。ありがとうございまーす」
このレジのおばちゃんの、語尾の上がりも最初のうちは笑いを堪えるのに必死だったが、さすがに何度も通えば慣れるもんだ。
俺はお釣りとレシートを受け取りスーパーサンヨウを出る。
(何で俺がこんな事を…)と毎回思いつつ、優しい俺は言われた通り1000円分のお菓子やら惣菜を買ってある人物の家に向かう。
スーパーからその人物の住家まで歩いて5分程度だ。俺はいつものように全く知らない人物の家に辿り着く。
目的の人物はこの家の庭のプレハブに住んでいる。
コンコン
………。
いつものように返事はない。「勝手に入れ」という事だ。俺は一応一声かけてから入る。
「入るぞ〜」
そして買って来た物を前に突き出して見せ付けるように言う。
「ほら買って来たぞ」
「おせーよ。たかがお使いに何時間かかってんだよ!!この役立たずが」
この部屋の住人は俺の方を見もせず、万年床の布団の上でテレビを見ながら悪態をつく。
「なんだとテメェ!!買って来てもらってありがとうも無しか!!」
「はいはいありがとう。で、いくら?」
「1000円ちょっと。でもい−−」
「あ、マジで!?ありがとー。さすがパシリ体質」
「誰がだ!!?人の好意を……、俺はパシリなんじゃなくて親切なだけなんだよ!!」
「……うわぁ〜、引くわぁ…自分で言うかな」
「うるさい!!!」
(ったくこいつは…、本当人をバカにしてやがるな)
部屋の住人は俺の買って来た物を物色しながら
「ろくなもん買って来てねーな。役立たずが」とか言いながらもスナック菓子の袋を開けバリバリ食っている。
(ったく、この女は−−
)
俺は呆れて何も言えない。
この部屋の住人、近藤マチとは幼稚園の時からの付き合いだ。
同じ県営住宅に住んでいて子供が同級生という事もあり親同士が仲良くなった。そこからの腐れ縁だ。
高校卒業後マチはこっちを離れて大阪の専門学校に行ってしまい俺も短大で忙しく、ほとんど連絡を取る事がなくなっていた。
マチが休みで帰って来ているというのを母親から聞くぐらいだった。
マチが二十歳になったのを好い事にマチの両親はマチとマチの姉を残して夢の海外生活をする為にに移住した。
姉と反りが合わないマチは帰る所が無くなったも同然で、だから俺はマチはそのまま大阪に住み着くのかと思っていた。
ところが専門を卒業してこっちに帰って来た「らしい」というのを母親から聞かされた。
帰って来るのなら連絡の一つぐらいしてくれたっていいのに……と少し淋しく思った。
どこに住んでいるのかと聞いたら、何でも知り合いの家の庭にあるプレハブに住んでいると聞いて浮足立って向かったら、
会ってくれなかった。
中からテレビの音が聴こえていたから何度もドアを叩いて呼んだが、居留守を使われた。
相当しつこく呼びかけたからそれが煩かったのか、家の住人の男が出て来て問答無用で追い返された。
それからメールを送ったり電話をしたりしたが完全無視。
3ヶ月間の無視に少し心が折れかかり始めていたら、突然マチからメールが来た。内容は
「お菓子買って来て」だった。
それからちょくちょくお使いを頼まれ、今に至る。
寝転んだままバリバリ菓子を食べているマチを見て
(完全にオバサンだな…)と思った。
マチはいわゆるニートだ。働きもせず家に引きこもっている。
昔はこんなんじゃなかった。憎まれ口は変わらないが、よく笑う明るいやつで女の子らしいとは言えないが可愛いらしかったのに……と、どうしても思ってしまう。
……あ、そうか!!
もしかしたら専門で何かあったのかもしれない。心に傷を負うような辛い出来事が……
俺はマチの方をちらっと見る。
今どう見ても他の誰かと交流しているようには見えない。あれだけ誰とでも仲良かったのに…
さすがにこのままではマズイ。
こいつには俺しかいないんだ!!俺がどうにかしてやらないと−−−
牛乳を飲む為に起き上がったマチの両肩をがっしり掴み、自分の方に向けしっかり目を見て言う。
「マチ!お前には俺がいる!!」
いきなりの事でマチは驚いているが俺は続ける。
「専門で辛い事があったんだろう…、けどこのままじゃ駄目だ!!俺がお前の支えになるから、だからこんな生活止めよう…な」
マチは眉間にシワを寄せ訝しげに俺を見る。
「マチ俺心配なんだ。こんな風になったのには何か理由があるんだろ?俺に話してみろよ」
マチの目が見開かれ、俺の言葉に心を打たれたみたいだった。
(俺って本当いい奴だよな−−−)と思っていたら、
「あたしはあんたが心配だよ」と掴んでいる手を払われた。
「え…?」
「なに勝手に専門で辛い事があって引き込もってるとか決めてんの?別に何もねーよ」
「…え?そうなの??じゃあ何でニートとかしてんの?」
「世の中の為だよ」
「……………………………………………………………………………………………はぁ?」
(理解できない…。なんでニートしている事が世の為になるんだ??)
訳が解らず悩んでいるとマチが勝手に説明しだした。
「世の中の人間ってのは人を見下して生きてんだよ。自分より駄目な奴を見て、自分は大丈夫だ〜アイツよりマシだ〜ってそうして自尊心を保ってんの。だからあたしは皆に安心感を与える為にあえてニートをしているのよ!!」
訳の解らない事を宣言するマチ。
(何言ってんだろ−−この人…)
今の俺にはこいつの原語が理解できない……。俺にはどう考えても屁理屈にしか思えない。
「いい例がお前だ!」
マチは名探偵が犯人を言い当てるように俺を指差す。
「は?俺!?」
「そうだお前!私はお金払うから買って来てと言ったのにお前はさっき私がお金払おうとしたらいいと断っただろ」
「…それが?」
「その時点でお前は私を見下してるんだよ!!」
(何故そうなる−−!?)
心の中でそうツッコミ、俺は一気に脱力した。
マチはそのまま話しを続ける。
「お前は私がニートでお金がない可哀相な奴だと勝手に決めつけてお金を受け取らなかったんだ。それにニートを駄目だって決めつけてる時点で見下してるんだよ」
人を指差した指をくるくる回しながら、探偵が犯人のアリバイを崩すように得意げにいう。
「何でそうなるんだよ…?親切心でやっただけなのに…」
「その親切心ってのがもう見下してんだって」
「だから何で!?」
「親切心ってのは余裕がある人間が自分より余裕がない人間に対してする行為なんだよ。良い事してやれば自分の気持ちも良いだろう。そうやって自己を満たしてる。私、良い事してあげたのよ〜って可哀相な人間に手を差し延べてあげて自己を満たすんだよ」
「解ったよ!!じゃあ金払ってくれ」
「え…でもちゃんとした金額とか分かんないだろ…?」
「レシートがある」
そう言うとマチは立ち上がって抗議した。
「何でだよ!!?何で男の癖にレシートとか貰ってんだよ!狡いなお前!!」
「な、なんだよそれ!!家計簿付けてんだよ。悪いか!!!」
「悪いわ!!男がケチケチ家計簿なんか付けてんじゃねーよ」
「んだよ!結局払う気ねぇーんなら素直に人の親切は受け取りやがれ!!このバカ女!!!」
人の親切は素直に受け取ろう。
読んでくれてありがとうございました。
拙い文章ですが、気に入ってくれたら何よりです。