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銀の月 改稿版  作者: 紅月 実
第二話  雨
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雨(三)

 テンの姿を見付けたのはミアイだった。彼の振る舞いのせいでとても後味が悪い。同じ気分の仲間たちも、食堂を出たもののぐずぐずと帰りあぐねていた。暗がりから走り出たテンは広場の端にいた。それを目にした途端ミアイの不満も爆発した。

 駆け寄って背後から呼んでもテンは答えず棒立ちだ。肩を掴んで強引に振り向かせると思い切り頬を張った。小気味良い音が辺りに響き、瞬時に周囲が静まり返った。


「……っ、ミアイ? 何を…………」

 呆気に取られて見返すテンに更に怒りをぶつけるべく、手の甲で反対の頬も張ろうとしたが今度は止められる。

「あんな事するからよ! 離してっ!」

「いようお二人さん、痴話喧嘩かぁ?」

「うるさい!」

 周りで茶化す誰かを見もせずミアイが怒鳴り付けた。相手はその剣幕に一応黙りはしたものの、面白そうな見物からは目を離さないでいる。

「辛いのはみんな同じなのよ。それなのにかしらのテンが動揺してどうするの!?」

 手の自由を取り戻そうともがく。掴まれていても痛みは無いが無性に腹が立ったのだ。


「……そうだな、お前の言う通りだ」

「え?」

 てっきり自分にも喰って掛かって来ると思っていただけに、かえってミアイの方が驚いた。急に走り出したミアイを追って来た仲間たちにもテンは素直に侘びた。

「当たり散らして悪かった。許してくれ」

 無遠慮な視線を浴びせるヤスは顎を突き出して仏頂面をしている。

「頭は冷えたのかよ」

「ああ、すまなかった」


 確かにテンの様子が変わっていた。さっきまでの鬱屈した嫌な雰囲気は消え、いつものテンに戻っているようだ。

「あの……、そろそろ離して…………。ってごめんなさい。……痛かった?」

「良い一発だった。おかげで目が覚めた」

 すまなかったと謝ってミアイの手首を解放する。集まり始めた野次馬も修羅場にはならないと悟ると、名残り惜しそうに散って行った。それを目の隅で捉えながら、改めてタカに向き直ったテンは大きく深呼吸した。

「……雨の匂いがするな。さっき言い掛けたのはこの事だろう」


 タカにも空読みの能力がある。頷くのは当然だが、〈絆〉で聞いたらしいカクも無意識に頷いていた。

「明日、明後日あさっては雨になる。その次の日はどうだ」

「よく分からんが、雨の感じは……、しないと思う」

 頬を指で掻きながら空をじっと見詰めてぼそぼそと答えた。テンも微かに口元を綻ばせている。


「俺もそう思う。二日間は非番にしよう。明日の見張り番はもう埋まってしまってるだろうな……。明後日の空きを確かめに行くが、一緒に行くか?」

「行く!」

 ずっと強張った表情だったシムもほっとしたようだ。絆を持つ兄弟は時折目配せを交えつつ、余人には聞こえないいつもの会話をしている。

 しかし、まだ気の収まらないヤスはテンに噛み付いていた。そんなに怒らなくても良いのにとミアイは思ったが、男二人がじゃれ合うのを聞いているうちに馬鹿馬鹿しくなってきた。


「俺にも一発殴らせろ」

 仏頂面のヤスが拳を握って一歩踏み出した。テンは有難い申し出を無視して換金所へ向かう。

「お前のは洒落にならない。目が覚めるどころか意識が吹っ飛ぶ」

「だからやるんだよ」

「ミアイの平手でちゃんと目が覚めた。これ以上はいらん」

「俺の腕を見ろ! 痣になってるだろうがっ! それなのにミアイの腕には跡すら残ってねえぞ!」

「お前のは手首を砕くつもりで掴んだからな。ミアイは軽く押さえていただけだ」

「手前……。そこまでやるかよ!?」

「お前が大人しく腕を潰される訳が無い。……そうだろう?」

 テンの挑戦的な視線に、ふんと鼻を鳴らしたヤスが拳を突き出した。それに応えてテンが拳を合わせると二人でにやりと笑う。ほっとするやら呆れるやら、ミアイは首を振りながら後を付いて行った。


「お前も役所に行くのか? 狩りが非番の時は治療所にべったりだろ」

 ミアイはカクのからかいを聞き流す。

「明日の見張りは埋まってそうだから休養日にするか他の仕事をするかでしょ。安くても食事の付く仕事をしたいならねじ込む人数を知りたいの」

 今までにも割りの良い仕事が埋まってしまった組衆に治療所の雑用を世話していた。治療師師補のミアイには手伝いを雇う権限があるのだ。治療師として無資格のテンたちは、手伝いも奉仕義務も同じ最低賃金である。それでも食事付きならずっとましだった。


 テンがアシュトンに二日間狩りを休むと伝え、最後に「申し訳ない事をした」と添えた。アシュトンは黙って頷き侘びを受け入れた。その足で役所へ行って明日以降の仕事を確かめる。やはり明日の仕事は殆ど埋まっていた。雨が降るのが分かっているので屋外の作業は全て黙殺した。夜番の見張りには三人分の空きがあったので、組から人手を出す形でとりあえず押さえておく。


 主だった奉仕作業は村の施設の雑用や力仕事である。治療所の雑用だろうと食堂の厨房の手伝いだろうと、義務として受けるなら役所に申告しなければならない。十二歳になるとその義務が生じ、個人の体力や技術に合った仕事を選んで申告するのだ。

 基本的に老若男女の区別はなく平等に月三回と決められていた。特例として身体の動かなくなった年寄りと、女子供の奉仕作業に門衛としての見張りは無い。無論掟を破って秩序を乱せば懲罰として重労働や無賃労働を課せられた。


 ミアイも割り当てを消化する際には師補よりずっと安い最低賃金で治療所の仕事をしていた。組衆に融通を利かせるついでに自身の義務も消化するつもりだった。

「三人だけ夜番の見張りが出来るが、明後日の昼間をどうするかが問題だな。稼ぎになる仕事は殆ど取られていたし、休養日にするか?」

 役所の外でテンが皆に尋ねた。奉仕義務が残っている者、全く手を付けていない者、王のせいで無収入なので稼ぎたい者と様々だった。

 自然とミアイに視線が集まった。承諾の印に肩を竦めたミアイは、師補と五人の助手を治療所での奉仕作業に登録した。


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