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銀の月 改稿版  作者: 紅月 実
第五話 王狩り
24/25

王狩り(四)☆イラスト有り

yamayuri様よりイラストを頂きました!

ありがとうございます!

*イラストの著作権はyamayuri様にあります。無断使用や複製は固くお断りします。

2014.11.14

 洗濯物よろしく水浸しにされたシムは目に見えて回復していた。途中で幾度も変調したと聞かされていたが、やっと安定したようだ。そばで付き添うナナイもほっと胸を撫で下ろした。

 彼を井戸まで運び、水汲みを手伝っていた野次馬たちも今は居ない。治療所の責任者と巫女が口を揃えて休息が必要だと言ったからだ。要は『王狩り』の武勇伝をあれこれ尋ねるのを止められたのである。


 しかし、体調は上向きでも気持ちは逆らしい。何か訊ねればちゃんと答えるが、自分からは話をしようとしない。たらいの中で黙りこくったシムは、はたから見ても分かるほど意気消沈していた。

 ナナイは父と八つ下の弟と三人で暮らしている。早くに母を亡くしたので幼い弟の世話も彼女がした。今は『村』の食堂で働きながら家事をこなし、治療師としての勉強をしている。

 シムはナナイの弟よりも年上だが、小柄で童顔なシムが弟と重なって見えた。患者に対して必要以上に肩入れしてはならない事は重々承知していたが、それでも『姉』としては心配でならなかった。


 いつの間にか空のとばりは茜色から濃紫へと変わっていた。いつもなら食堂の厨房で、目が回るように忙しくしている時間帯である。

「ねえシム、お腹は空いてない? 気分が良ければ薄いスープを持って来るけど」

 狩り場でも具合が悪かったようだし、ここでも水ばかり飲んでいたので、胃を宥めてはと思ったのだ。

「……いらない」

「欲しくなったら用意するから言ってね」

「……ありがと」

 沈黙は少々気詰まりだったが、そこを堪えて井戸に桶を落とす。ロープを手繰っていると、ふいにシムが口を開いた。


「……オレってさ、駄目なヤツだよね。ほんと役立たずだ」

 突然の告白に驚いて、ナナイはせっかく汲んだ水桶を落としそうになった。嫌な事があっても上手く行かなくても、文句を言いつつ次こそはと前向きな姿勢を崩さない。ナナイの知るシムはそういう若者だった。初めて見る姿に戸惑ったが、不調で気持ちまで弱るのはよくある事だ。

「そんな事――――」

「みんながアイツを仕留めようとしてる時に、オレ……、動けなくて何も出来なかったんだ。湖までアイツを運ぶ時だって、オレがみんなの足を引っ張ったんだ。そうじゃなきゃあんなに苦労しなかったはずなんだ」


 シムは俯いていたが、ナナイにはたらいの水に映ったシムの顔が見えていた。くしゃくしゃに歪んだ表情は水面の揺れが原因ではないだろう。

「ギゼも村のみんなもオレたちが『王狩り』だって騒いでる。でも、オレにはそんな資格無いんだ……」

 小さな声と共にポタポタと水滴が落ちた。重なる波紋が水面を乱す。ナナイは虚しく響くだろう元気付けの言葉を飲み込んだ。

「……やっぱりスープを持って来るわ。冷めるまで少し待っててね。何かあったら呼んでちょうだい」

 下を向いているシムの頭に手桶の水をたっぷり掛ける。食堂に向かうナナイは「チクショウ」とすすり泣く声を頭から締め出した。


 通い慣れた勝手口を潜ると、厨房は料理の匂いと熱気の塊だった。その中を食堂の主人と手伝いの二人がせわしなく動き回っていた。すぐにナナイの額にも汗の玉が浮いた。

「スープを少し分けてもらいに来たの。冷めるまでここに居させて」

「おお、腹が減るんなら治って来た証拠だな。……ん? シムの様子がおかしくないか」

 勝手口から井戸を見て心配そうな顔をしているのは食堂のパウデリだ。年齢としは四十絡みで胸だけでなく腹回りにも厚みがある。

「ほんのちょっとだけで良いから一人にしておいてあげて」

 ナナイは出て行こうとするパウデリを止めた。それ以上何も言わずともパウデリはシムの心情を察したようだ。

「……獣王にされたんだってな。五体満足で戻ったんだから、胸を張りゃあ良いのにな」

「狩り場の事は狩り人にしか分からないわ……。それにパウデリだって、自分の作った料理を他の人がどんなに美味しいと言っても納得しない時があるじゃない」

 それもそうかと呟いて食堂の主人はごま塩の顎鬚を撫でた。ナナイはスープが冷めるまでの暫しの間、厨房の手伝いで時間を潰した。



―― ◇ ――



 換金所を後にしたテンたちはティーアの言葉に従って、診察を受けるために治療所を訪れた。

 一人ずつ別の部屋に通されたテンたちは、複数の治療師に狩り場での様子を訊かれつつ全身をくまなく調べられた。その結果、テンとヤスには湿布と包帯が用意され、〈絆〉に干渉された二人は後からやって来たティーアが能力ちからを使って精査した。


 診察を終えたテンは用意された清潔な布で身体を拭き清めた。知らないうちに出来ていたあちこちの小傷にぴりりと染みる。手桶には薄めた水薬が入っていたようだ。痛めた右肩の手当てを受けながら、気掛かりのシムについて尋ねてみた。しかし女たちは「何も知らない」と首を横に振るばかりだ。

 呼ばれるまで部屋に留まるよう言い置いた治療師たちはそそくさと出て行った。村には上級治療師シャウナ巫女ティーアも居る。彼女らの邪魔をせず大人しくしているのが一番だと分かってはいても、気にするなと言うのは酷だろう。

 一人残されたテンは床に腰を下ろす。治療所に寄付された患者用の古着だと思っていた服は私物だった。これは『王狩り』の介添えを自任したギゼたちが、テンたちの自室までわざわざ取りに行ったのだ。


 とても長く感じたが、実際には一刻(一時間)足らず待たされただった。声を掛けられ通路に出ると、他の部屋から皆も出て来た。仲間の姿に安堵したテンは連れ立って母屋に近い奥へ向かう。

 産屋として使われる広い部屋の前に、巨漢の衛士ボブが佇んでいた。手を上げて挨拶するとボブの口元が緩み、扉代わりの垂れ布を上げて中へ入るよう身振りで示す。ボブはおしなのだ。しかし彼は豊かな表情で様々な事柄を雄弁に語る。にこやかな様子を見る限り心配はいらないようだった。


 中に居並ぶ顔触れは錚々そうそうたるものだ。治療所の責任者であるシャウナは当然として、領主ガリ=テスと巫女ティーアまでが同席していた。衛士は巫女と共に在るのだから、ボブが居ればそこには必ずティーアも居るのだが。

 ティーアとシャウナの間に座していたミアイが顔を上げる。しかし、すぐにまた視線を泳がせた。おどおどした態度がテンに嫌な連想をさせた。


「まさか……、シムがどうかしたのか!?」

「オレは平気だよ」

 テンを安心させたのは最後に来たシム本人だった。目の縁に赤味が残っているものの、自らの足で歩く彼は今度こそ本当に平気なのだろう。全員が敷物に腰を落ち着け、入り口の帳が下ろされるのを待ってティーアが口を開いた。

「ご覧の通りシムは大丈夫よ。ただし、二、三日は安静にしてもらう事になるけれど」

「やはり〈祝福〉の暴走だったのか?」

「……それが不思議なのよねえ」

 テンの問いに、ティーアは首を傾げて美しい貌を曇らせた。訝しげなテンに答えたのはまたしてもシムだった。

「オレはまだガキだったらしいよ」




「シムの身体には暴走した気配が無いのよ。〈月〉の力で祝福を正したとしても、その痕跡は分かるもの。〈咆哮〉を受けた時の事や、その後の状況をミアイから詳しく聞いたわ。普通は祝福が暴走したら一気に悪化するけれど、途中で何度も回復するなんておかしいわ。

 だけど、もしシシ王の能力が祝福を狂わせるのでは無く、打ち消すものだったとしたら、どう? ……そう、あの牙に残っていたのと同じ性質ものね。消された祝福を補おうとして、きっと急激に力が湧き出したのよ。でも、咆哮の影響はシムの身体に残っていたし、そばにはあの牙があったでしょう。体調に波があったのはそのせいだとすると筋が通るわ」

 怪我は癒えても傷跡は残る。しかし、ティーアはそれが無いと断言した。祝福の暴走は主に外から力を集め過ぎて起こるが、シムの不調の原因は体内の調和バランスが狂っただけの、所謂いわゆる〈知恵熱〉に近いものだったのだ。


「それに、同じように咆哮を受けたはずのミアイは、肉体的には元気になったくらいよ。おかしい事はまだあるわ。狩りを始めた時にシシ王が囮の二人を攻撃したがらなかったんですって? はっきりと敵対しているのにどうして躊躇う必要があるのかしら。

 色々と聞いているうちに、シシ王の力が及ぶのは男性だけじゃないかと思えてきたの。『彼』にとって女子供は敵ではないのかも、とね。シムは歯向かって来たから咆哮を浴びせたけど、男性でもまだ成長しきっていないから――――もしかしたら『子供』だから少し手心を加えたかも知れないし――――完全には影響されなかった。ミアイは『女性』だから悪い影響が無かった。と、言うのが私の考えよ」


 雄の力を奪い雌は活性化させる。そんな事があるのだろうか。しかし縄張りや雌を掛けて争う際に、敵手ライバルとなる成熟した雄だけを無力化出来るのならば、どれだけ有利に働くかは明らかだ。


「それに、貴方たちもあの牙のそばにずっと居たでしょう。知らなかったとはいえかなり危なかったのかも知れなくてよ。女性ミアイが一緒に居なかったら、今頃獣王と一緒に狩り場で力尽きてたかも知れないわ。

 幻覚まやかしを見せる事も出来たようだし、きっと色々な形で〈能力〉が発達したのね。私には聞いた話から推測するしか出来ないけど……。とにかく、念の為数日は狩りを休んでもらうけどシムは大丈夫」

 話すだけ話したティーアは長嘆息で締め括った。なるほど、先に話を聞いていたシムの言葉は的を射たものだったのだ。しかし、テンは眉根を寄せてティーアの視線を捉えた。まるで、朗らかな笑顔の下にあるものを探ろうとしているようだ。


「はいはい、あんまり睨まないで。不遜な態度をとるとボブをけしかけるから。……冗談よ、ミアイも大丈夫よ」

 ずっと俯いていたミアイは一層身を縮めた。不安げに腿のところで両手を握り締める。ミアイの肩を優しく抱いたティーアがガリに気取った笑みを向けた。

 後を受けたテスも負けじとすました表情をしていたが、すぐに悪戯を企む子供のような口調になった。

此度このたびの王狩り大儀だった。皆が無事で真に重畳である。……ところで実はな。喜ぶべき知らせはもう一つあるんだ――――」



―― ◇ ――



挿絵(By みてみん)



 二日後、禁足地の奥深い一画は、静かな興奮と熱気に包まれていた。鬱蒼とした森にぽっかりと空いた空間。その奥にはサヤナに連なる歴代の長とその血族が眠る墓所――――『聖地』がある。

 山の霊気が色濃く漂うこの場への立ち入りが許されるのは一族と巫女。そして〈自然の恵み〉を強く宿した戦士である狩り人のみ。

 晴れ渡る空から陽光ひかりが降り注ぎ、金糸の髪を煌めかせた。太鼓に合わせて踊る美しい乙女を中心に、多数の人間が半円に座している。各々の頭を先頭にした全ての狩り組と、森に点在する集落の中で狩り人の資格を持つ者たちである。


 半円の一段内側、最前列に在るのは夏の正装に身を包んだ長が唯一人。巫女は『聖地』に眠る〈テス〉のために舞い、皆は巫女を通じて『聖地』へ祈りを捧げる。

 汗の粒さえも光り輝き、荘厳な舞いを引き立てるための飾りとなった。風を受けた薄物の隙間からは、形の良い胸の膨らみやなだやかな臀部の稜線が覗けた。しかし巫女の全ては〈自然〉へ捧げられており、肉感的な印象は無い。

 夢のように神秘的な舞いは、巫女が抱く真摯な想いのあらわれれだった。自然への敬意とそれを担うためのたゆまぬ努力は、こうして実を結ぶのだ。


 太鼓の音が鋭い余韻を残して止むと、奉納舞いを終えた巫女は小腰を屈めて後退った。祭祀を行うテスに場を譲る。額と二の腕に飾り石を付けた編紐を巻いたテスは、凛々しくも堂々と立ち上がった。

 左肩から垂らした幅広のたすきと、夏の正装である袖無しの長衣に身を包んでいる。胸元には長の証、鶏卵よりも大きな針水晶が重そうに揺れていた。水晶石の中の模様は放射状の輝きを放つ太陽のようでもあり、また大輪の花が金色こんじきの花弁を広げているようにも見える。

 父祖の眠る地へ一礼して踵を返すと、帯に挟み込んだくるぶしまでの長襷が翻った。襷はサヤナ=テス族の色と定められた黄色で染められ、同色の絹糸で施された精緻な刺繍が光の加減で浮かび上がる。


 聖地を背にしたテスが鷹揚に手招きした。半円の中央から進み出た一団がテスの正面で跪いて頭を垂れた。黄色い縁取りの長衣ローブを羽織った巫女が、年若い衛士を従えて静々とテスの横に並ぶ。白絹を敷いた木の盆を手にした若者は一歩下がって二人の間に控える。テスが光沢のある絹地に乗せられた物を手に取った。

 それは狩り組のかしらを表す楕円型の柘榴石と、犬歯を模して削られた獣王の歯が通された首飾りだった。湾曲した一対の乳白色の飾りが中央の王石を護っているようかのようだ。


「狩り組組頭テン。汝に此の証を授ける」


 片膝をついて目を伏せていたテンがおもてを上げた。敬愛する人物とその後ろ、聖地を仰いで眩しそうに目を細める。その首へ厳かに王狩りの証が掛けられた。続けて進み出た巫女が恭しく盆の小皿に盛られた青紫の漿果に手を伸ばす。

 種子を含んだ果実は強い生命力が結実したもの。山の霊気をたっぷり吸って育った特別な実は〈自然の恵み〉そのものだ。細い指が〈祝福ルル〉と呼ばれる希少な木の実をテンの口元に運んだ。


 テスが一人ずつ名を呼び、同じ手順を繰り返した。

「……テン組女衆ミアイ。汝に此の証を授ける」

 組の中で狩り人としての経験が最も浅いミアイが最後だった。飴色の丸い玉髄は男女共通の狩り人の印。首飾りとルルの実が彼女にも与えられた。全てを見届けたテスが高らかに宣言する。

「此の者たちは名実共に『王狩り』と相成った。皆で勇気と誉れを讃えようぞ!」

「王狩り! 王狩り!」

 立ち上がった者たちの喉から割れんばかりの歓声が湧き上がった。テスが王狩りの面々を立たせて回れ右をさせ、皆に応えてやれと身振りで伝える。

 両の拳を突き上げたテンは天まで届けとばかりに勝ち鬨を上げた。 

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