王の配置
悲痛そうな顔をしながら岡本涼がこちらを見つめてくる。だが、私には岡本涼の感情を受け止める気は無かった。『屈服』は絶対的な支配。それは支配というよりも裁きに近いかもしれない。私が望む『屈服』は、私の立つ頂きに、その刃の切っ先を届かせた者だけ。それは呪いであり、祝福でもある。今の岡本涼に、その資格は無い。
「いやいや『王様』!!何か揉めてるんですかー?うわ、岡本!お前また『王様』困らせてんのか!」
声のした方を見やると、相沢勇が大袈裟な反応をしながらこちらへ歩いてくるところだった。
「……相沢」
岡本涼の顔が不愉快そうに歪む。その様子に私は内心ため息を尽きたくなる。まったく、この2人はどうしてこんなに相性が悪いのかしら。
「相変わらずの軽薄さだな。『王』に対して何という態度だ」
「いやいや、お前がおかしいんだって。そりゃ俺だって従者だもん。『王様』は敬愛してますよ?でもお前みたいに『王様』べったりの依存気質じゃねーから」
「……!!」
岡本涼は今にも相沢勇に飛び掛からんばかりの表情だ。実際、私の前でなければ躊躇いもせずに『力』を行使しただろう。
「おいおい、そんな顔するなよ。いくら図星だからって。同じ従者だろ?」
「……お前が私と同じだとは。絶対に認めない」
ニヤニヤと笑う相沢勇に絞り出すような声で岡本涼が牽制する。
「あ、そ。……『王様』?あまり長く『裏返って』もいられないので手短に。今日転校してきたあいつ、何なんですか?」
岡本涼の言葉に興味なさ気に頷くと、相沢勇はそれまでの表情が嘘のように、こちらを真剣に見つめてきた。
「あいつ、普通の人間じゃありませんよね?何なんですかあいつの存在の大きさ。得体が知れなくて気持ち悪いですよ。『王様』には分かったんですよね?あいつの『本質』」
「……そうね」
伝えるべきなのか、少し迷った後、私は口を開いた。口を開きかけながら、私は自分自身の表情の変化に気が付いて戸惑う。この感情は何かしら。
「私は彼に『刻め』なかった。彼は私の力を拒否したわ。そして、同時に私に対する強い支配の力を感じた。……あなた達、信じる?彼は『王』かもしれない」
私は自分が微笑んでいることに気が付いた。そんな私とは対照的に、相沢勇はぎょっとしたように表情を強張らせ、岡本涼は茫然とこちらを見返している。
「……『王様』……。さすがの俺もその冗談は笑えないですけど……」
「……まさか、そんなことが……」
言葉を紡ごうとして、私はとうとう堪えきれなくなってしまった。喉の奥から溢れだしてくる。私の全身を震わせる。
それは歓喜。歓喜。歓喜。
「ええ、そうなの。彼はきっと『王』なのよ!私だけじゃなかった!!信じられるかしら?私と同じ存在がいるだなんて!ねえ、昨日まで私はこの世界で唯一の存在だったわ。でも今その認識が揺るがされている。とっても素敵よ!私、本当に、今までで一番楽しいわ」
黙ったままこちらを見つめる2人の従者の表情に、私は少し不満を覚える。
「どうしたの?嬉しくないのかしら」
「……『王』は唯一無二の存在。『王』に似た者が居ても、それは似て非なる者。『王』の言葉といえ、私は大屋鳥直光を王とは認めません」
岡本涼は一切の表情を失った様な顔をしている。少し、遊び過ぎたかもしれない。私の前だというのに溢れてくる力を隠そうともしていない。
「おい、岡本。いくら頭来たからって『王様』の前でお前の『本質』溢れさせんなよ。つーか俺にまで届きそうですげえ邪魔なんだけど」
そんな岡本涼を見て、普段はふざけている相沢勇も流石に口を挟んだ。
「『王』。大屋鳥直光にはどういった処遇を?」
岡本涼は相沢勇の言葉に一切耳を傾けずにこちらを見つめたままだ。本当に、柔軟さというものがまったく無いのね。盲目であることが岡本涼の私への忠義なのは、分かっているけれど。
「そうね、確かにお前の言った通り、確証を得たわけではないから、飯塚直美に監視をさせることにしたわ。きっとあの子なら、大屋鳥直光の近くに寄り添って、彼の正体を暴いてくれる。それまで待ちましょう。あなた達はあの子を手伝ってあげて」
「え、マジですか?飯塚が『従者』に!?うわ、ラッキー俺実は飯塚可愛いなーって思ってたんですよ!あ、でも『裏返ってる』から別人なのか!うわ、どんな感じになってるんだろ、すっげえ楽しみ!!」
「……私は『王』に忠誠を誓った身。それが『王』からのご命令とあれば。最後には従うのみです」
駒の配置は終わった。後は少しずつ、駒を進めていくだけ。私は目の前の従者達に微笑みかけた。
「……ごめんなさい。もうこんな時間だわ。私、もう帰らないと」
「そうだよね!ごめんね!引き止めちゃってさ!!……あ、そうだ瀬名さん!携帯の番号……」
「ええ。気を付けて帰って下さい」
私はゆっくりとその場を離れていった。背中から2人の声が聞こえてくる。
「……うわー!瀬名さん行っちゃったし!!ふっざけんな相沢空気読めよ!!瀬名さん一人で放課後残ってるとかすげえチャンスだったのに!!」
「何を言っているんだ岡本。彼女、困っていただろう」
「はー!?どこがだよ!!……あー!もう!!マジありえねえわ!!」
「そんなことより、その金髪を直せと何度言えば分かるんだ?この間の抜き打ち検査で先生に言われただろう」
「あのね、相沢君。俺はね、地毛なの。これ。何度言えば分かるんだよ」
「アジア圏の日射量でそんな髪色のはずが無いだろう」
「何言ってんのかわかんねーよ」
合わせ鏡の様な従者達の声を聞きながら、この先の見えない盤上で、私は静かに歩みを進めていった。




