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王の動揺

世界の壊し方は簡単だ。ただ、手を伸ばせばいい。

死にたいのだと、『彼』は言った。終わりにしたいのだと、『彼女』は嘆いた。

ただ、黙って首を振った。

そんな事は、絶対にさせない。





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





一時間目を終えるチャイムが鳴ると同時に、クラス中の視線が一人の男子に集中する。吸い寄せられるように、一人、また一人と彼に群がっていく。そのほとんどが女子だ。私はそんな様子を眺めつつも、彼の観察を始めることにした。


「大屋鳥君、それって地毛なの?」


一人の女子が大屋鳥直光の髪の色について触れる。彼の髪の色はブロンドに近い。ただ、染め上げたものでは無いと一見して分かるような綺麗な髪色をしている。


「そうだね」


「大屋鳥君ってクォーターとか?」


「いや、違うよ。あぁ、でも昔の先祖にはいたかもしれないね」


「そうなんだ?神戸に住んでたんだよね?」


「うん。その前は島根。その前は滋賀で、その前は高知」


「随分色々なところ転々としてるんだねー。お父さん転勤族?」


「まぁ、そんな感じ」


大屋鳥直光は周りを囲む女子の質問に気さくに答えている。かと言って、必要以上の積極さは見せずに、質問に対しての答えを淡々と返しているようだ。しばらく黙ってその様子を眺める。


「……弥子、気になる?」


声のした方を向けば一瀬七海が体を正面に向けてこちらを見つめている。必死な表情が見て取れた。


「そんな風に見えた?」


「うん、だって何か弥子、あの子来てから様子おかしい。凄い興味あるみたい」


拗ねたような口調で一瀬七海がこちらを伺ってくる。彼女に自覚はあるのか分からないけれど、まるで恋人の目が他の異性に移っているのを咎めるような態度だった。ふとおかしくなって、思わず一瀬七海の頬に触れる。触れた途端に一瀬七海が硬直し、目を見開く。


「だって、謎の多い転校生だもの。興味、あるわよ」


「……そ、そう」


ずっと頬を触っていると、一瀬七海の瞳がじわりと濡れていく。今にも泣きだしそうだ。私は少しだけ心配になる。「服従」させていないはずなのに、この反応は少し過剰かもしれない。本人に自覚が無いからこそ、無意識に積み重なっていく思いがあるのだろうか。今はまだ、この子をただの人形にするのは惜しい。人の心を扱うのは、容易くて難しい。


「でも、きっと七海の思っているような気持ちでは、大屋鳥君を見てはいないから」


安心して、という言葉を飲み込む。同級生に告げる言葉としては不自然だろう。ただ、気持ちは伝わったらしく、一瀬七海の強張りが解ける。少し経って、はっと表情を変えると慌てたように席を立った。


「い、や。ごめんね?私何か変なこと言ったわ……。あはは……。ちょ、ちょっと顔洗ってくる!!」


止める間も無く、教室を飛び出していく。気持ちに振り回されるということは難儀なものだな、と思う。いつの間にか隣に立っていた井上彩も心配そうな表情で一瀬七海を目で追っている。


「……七海ちゃん、どうしたのかな……」


「……突然の美形転校生の登場に動揺したんじゃないかしら」


私は知らない風に呟く。微笑を貼り付けて井上彩を見つめたが、彼女は不思議そうな表情のまま、言葉を返してきた。


「美形?」


「……そう見えない?」


私が思わず聞き返すと井上彩は可愛らしくにっこりと笑ってすり寄ってきた。


「弥子ちゃんが一番美人だと思う!!」


私は少しだけ頭を抱えたくなった。彼女達は本当に私を愛してくれているが、少し視野が狭くなってきているようだ。もちろん、何も問題ではないのだけれど、世間一般的な女子の反応とは随分乖離してきているように思える。日常生活に、支障が出なければいいのだけれど。


「それに、私……」


井上彩は大屋鳥直光を見つめると、そのまま口をつぐんでしまった。その表情は微笑んだままだったけれど、不穏な空気を感じて、私は井上彩の言葉を待つ。


さっきと同じ位可愛らしく微笑みながら、井上彩は私にこう言い放った。


「少しもかっこいいと思わないけどな、あの子のこと」



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



私はやんわりと一瀬七海と井上彩の誘いを断ると、放課後の教室に残っていた。グラウンドで部活に勤しむ生徒達を眺めながら、2人の反応を思い返す。


少しだけ、過剰に思えた。


私の関心に敏感に反応した一瀬七海も、敵意に近いような無関心さを見せた井上彩も、今まであんな反応を見せたことは無かった。「服従」させた男子生徒はこの教室にも3人ほどいるが、彼らの反応は更に顕著だ。初日から女子生徒に囲まれた大屋鳥直光を、羨望と嫉妬の眼差しで見つめる男子生徒はたくさん居たが、「服従」している者達は、はっきりと彼に敵意の視線を向けていた。あまりにもあからさまだったので、彼らの前での接触は断念した程だ。確かに彼らの忠誠心は、常人のそれでは無いし、彼らの世界は私を中心に回っている。彼らにとって主である私の強い関心に、彼らは気が付いたのだろう。


「臣下」の態度をあそこまで変化させる、大屋鳥直光という存在は一体何なのだろう。


私はますます興味を深くした。それに、この疑問はすぐさま解消されるだろう。



「……それで、何か用?」


声に振り向くと、教室のドアの前に、大屋鳥直光が立っていた。


「いいえ、呼び出したりして、ごめんなさい」


「別に構わないけれど……。転校初日から呼び出されるってのは、ちょっと驚いた」


「そう?大屋鳥君は、転校をよくしていたのでしょう?初日に女の子から、呼び出された経験位ありそうだけど」


「……どうだったかな」


いたずらっぽく微笑むと、大屋鳥直光は放課後の他には誰もいない教室へと足を踏み入れた。


「瀬名さん位の美人に呼び出されたことは無いね」


「あら、もう名前を憶えてくれたの?嬉しいわ」


少しだけ言葉で刺激を与えてみる。こうして話してみても、彼の能力の高さが自然と理解できる。特に身体能力は驚異的だ。一体、どうすればこんな風に鍛え上げられることが出来るのだろうか。私は彼を思わずまじまじと見つめてしまう。何て優秀な個体なのだろう。

彼が『駒』に加わってくれれば、どれだけの活躍が期待できることか。


「……瀬名弥子、でしょ」


大屋鳥直光が微笑みながらまた一歩近づく。


私も微笑んで、彼に手を差し伸べる。


「大屋鳥君。私、貴方のことがとても気に入ったの。……良かったら、お友達になれないかしら?」


彼を『服従』させるのは忍びなかった。ここまで圧倒的ならば、きっと私の「臣下」として素晴らしい働きをしてくれるだろう。ただ、それでも多少は『刻む』必要がある。


私の差し出した手を眺めると、大屋鳥直光は魅力的に微笑むと、手を差し出してきた。


「もちろん。断る理由は無いね」


私はますます笑みを深くして彼の手を取った。


瞬間


「――――――!?っっ」


私はとてつもない悪寒を感じ、彼の手を振り払った。今のは、何?淀んだ澱のようなものが、爪の先から這い上がるように迫ってきたのが分かる。一瞬で噴き出した汗が全身を濡らしたようだ。震える手を握り締めながら、思わず彼を見ると、彼自身も弾かれた様に手を振り払って、信じられないものでも見るように私を見つめていた。


「……お前……!?まさか、こんな……」


振り絞るように呟いた彼の顔は、先ほど前の表情が嘘のように歪んでいた。はっきりと憎悪と取れるような悪意を向けられているのが分かり、私は少しだけ動揺した。この私に悪意をここまではっきりと向けてくるような人間は今までいなかったからだ。


「……毒?」


思考から生まれたものでは無い言葉が、私の口から洩れた。その瞬間、はっきりとした殺意が私に向けられた。それは形の無いものだったけれど、だからこそ圧倒的な力を持って、私に注がれようとしていた。私は大屋鳥直光を茫然と見つめた。


彼の手が再び私に伸ばされようとした瞬間だった。


一切の音が消えていたように感じていた教室のドアを誰かが開く。


私も大屋鳥直光も弾かれた様になって、ドアのほうに目を向けると、クラスの男子が見てはいけないものを見たような顔で立っていた。


次の瞬間、大屋鳥直光は物凄い勢いで教室を飛び出していった。私は固まったまま、彼を目で追う。


「……ごめん、僕何か大事なところ邪魔しちゃったかな……」


教室に入ってきた男子が恐る恐る尋ねてくる。私は自分のものでは無くなったような体を無意識に抱きしめながら呟いた。


「ううん、いいの。……大丈夫よありがとう」


助かったわ、という言葉を必死で飲み込んだ。



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