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極道の花婿くん  作者: 佐東
7/8

窮地に陥らされた



 今日も、晴天です。

 雲ひとつない、嘘みたいに晴れ渡った空がとても良い気持ちです。時折吹いてくる爽やかな風が木々の間を通り抜け、健気に咲く小さな野花を揺らします。

 何てことない裏庭が命溢れるエンターテインメントです。

 意味不明です。

 

 僕は今、塗装もされていない地面に正座をしています。

 事実は、それだけです。



「殺されるかもしれない」



 それが、避けたい未来です。



 お弁当箱を片手に持った僕は、絶望のまま、地面に突っ伏した。体中に遠慮なく砂利が突き刺さろうとも、習慣で作ってしまったお弁当箱が涙でしょっぱくなろうとも、今は関係なかった。

 今の僕を支配しているのは、恐怖と、そして後悔。それ以外に余裕なんてないのだ。


 昨日、初めて招待されたお屋敷で催された激励会。それが今日のためだったのだと僕は知っていた。知っていてなおかつ気を付けるほどの心配りなんて持ち合わせていない。ともすれば、どうでも良かったといっても過言はない。

 確かに、そうでなくたって、アレは無いと思う。普通の人間相手にだってそんなことしでかしたりしない。


 天下の小笠原組跡取りを、投げ飛ばし、池に落っことし、あげく。

 ……風邪をひかせてしまうだなんて。



 スイマセン、きっと酔っぱらってたんです、僕。正直に告白します、あの透明な水に僕は見事に躍らされていたんですよ。

 そんな反省だか言い訳だか、とにかく謝罪の気持ちからこうして真っ青な外のもと、正座を繰り広げてみても目の前に謝罪対象がいないので結局自己満足。


 昨日逃げ帰った僕が、朝になって恐る恐る家を出た途端、セーラー服を華麗に着こなした魚姫さんから、ニッコリと「鬼畜」呼ばわりされた。

 どうやら、あえて小笠原さんを病に伏せさせ、まだ未熟だからと抗争に参加させないように画策したのだと思われたらしい。


 ……どんだけ深読み!?

 わざと? それわざとじゃないよね?と、言いたくなるような勘違いっぷりな上、あり得ない展開である。


 むしろ病に伏せさせる方が怖いっていうのに……。

 ああ、お酒の力って怖いね。

 


 昼休みを過ぎてまだ続く懺悔をうち切ったのは、震えるポケットだった。



「メール……」



 嫌な予感がする。

 綺麗に正座し直し、脇にお弁当箱を置く。それから丁寧な動作でスパンっと折り畳みの携帯を開く。


 差出人。小笠原さん。


 ぎゃっ、予感的中。

 できれば、やきそばぱんかってこい、とか、ばななもってこい、とかそういう内容であって欲しい。逆にそういう内容しか思い浮かばないのは日々のパシられ具合から仕方ない。

 あああ、近くのコンビニでバファリン買ってお見舞いに行かなくちゃ、それとも持っていくのはカッコントウ? コンビニじゃ売ってないかもだから、ここから徒歩三十分はするドラッグストアまで足を運ばなくちゃ――



『まてない』



 そっと携帯を閉じた。

 地面に置いて、正座のまま後ろに後ずさる。


 ……ほんとすいません、ちんたらしていてすみません、ただいますぐにはせ参じます!


 そのままクラウチングスタートの要領で飛び出した。

 主語をなにもかも吹っ飛ばして待ちこがれているのは、決して僕の命じゃないと思いたい。




 極道屋敷に向かう途中でスーパーを見つけたのはよかった。とりあえず手当たり次第に看病グッズを買いあさって、時間のロスをおさえたのも自分的には上出来だ。


 ただ、急いでいるときほど、予想だにしていなかったサプライズが起こってしまうものなのである。

 僕は、そう思う。

 今、ひしひしと感じています……!



「キミ、学校は?」



 いやあのねサプライズっていうか起こるべくして起こったんだろうけどねー!

 道の真ん中でうつむく僕の周りを取り囲むのは、青い服きたおじさんたち。


 お ま わ り さ ん。



「え、えと、ちょっと、体調不良で……」

「そうか。その袋、ちょっとだけ見せてもらえるかな」



 確実に取り調べ。

 取り調べに違いない。

 その口調は明らかに、学校をさぼっているであろう悪い子供をたしなめるそれ(対小心者用)である。

 ええっ、警察官ってこんなことまですんの!? これって、教育関係の人がやるんじゃなくて!?


 しかし逆らえるわけもなくおずおずと袋を差し出す僕。小笠原さんに殺されるのも恐ろしいが、国家権力にあらがい社会的に抹殺される方がリアルに怖い。


 大丈夫、袋の中は確かに風邪薬だ。体調不良っていう裏付けがあって良い。じゃあ保健室行けよというツッコミは今全力で反射する。

 確かに中から薬、体温計、ジュースと順番に取り出されていく。怪しいものなんてあるわけないじゃないか。



「これは、何だね」



 最後に取り出されたのは、新聞紙にくるまれた何か。一部分だけ、茶色い柄が見えている。

 答えを聞くまでもなく新聞紙をゆっくり開いていくおじさんの手元に集中する。取り囲むお兄さんたちがさらに詰め寄って僕の逃げ道をふさぐ。

 きらりと太陽光に反射して、光った。


 出刃包丁が。



「……ちょっと来てもらえるかな」



 ぐぁしり、と発音できないような感覚でもって僕の手首がとらわれた。しかも、背中でひとまとめにされた状態で。

 通行人が何事かとこちらを見ながら通り過ぎていく。

 状況を理解できていない僕は、は?と間の抜けた声を出して険しい面々を見返すが、懇切丁寧に説明される雰囲気ではない。


 ていうか包丁!?

 そんなの買った覚えねーよ! あれか! 焦りすぎて無意識に自己防衛反応が先走ったか!? 命を守ろうと必死だったのか僕!?

 どんだけ焦ってた……!


 手首さえとられていなければ、僕は地面にorzしていたに違いない。



「まま間違いです! 僕、善良な市民です!」

「近頃このあたりで殺傷事件が頻発している。しかも目撃者によると制服を着た学生による犯行だ。キミ、本当に何の関係もないと言えるか?」



 声が出ず、力強く何度もうなずいて見せるも、怪訝な目をされて終わり。

 おいおいおいおい、本当に何の特徴もない、毒にも薬にもならないこの僕が、こんな目立つ場所で人に危害を加えるとでも思ってんのか。



「いいから来なさい」



 なんで、僕、何にも関係ないのに!

 話を聞こうともせず、強引に引っ張られる。とうとう通行人が足を止めてことの成り行きを見つめている。

 誰か止めてほしい。一人くらい違うんじゃないかって疑ってほしい。つーか、僕の話を聞けってば。



「だから――」

「バカか。何しょっぴかれようとしてんだ」



 引っ張られる僕の手が取り返された。

 上から落ちてくる影に目を向ければ、いつかどこかで見たときと同じ光景で。


 小笠原さん!?



「返してもらうぜ」



 きれいな顎のライン。挑戦的な目つきはやはり僕をとらえず、ただ真っ正面に注がれている。

 瞬間、ぐしゃりと嫌な音がして、その顔に見とれかけていた僕は視線を戻した。おじさんが仰向けに倒れるところだった。



「えっ……なっ!」

「おら、来い」



 乱暴に首筋を捕まれ、さっきとは逆方向に引っ張られている。あたりが騒然としているにも関わらず、小笠原さんは相変わらず堂々とした調子で歩く。

 っていうか、今、おじさん……殴りませんでした?


 当然のように若い警察官が追ってくる。

 呆然と引っ張られるがままの僕に向けてのばされた手も、しかし届くこともなく、地に落ちた。



「リュウ、どうすんだよ。これ」

「おまえが適当に片づけとけ」

「何でオレが! んな面倒なこと誰がするか。いいから走れ、死ぬほどだ、ソイツは捨ててもいい」



 小笠原さんのほかに、もう一人。人を殴りとばすという暴挙をやってのけながら、ひょうひょうと軽い会話を交わすのは、これまた見覚えのある顔。

 確か、つい昨日会ったばかりの、しかも何のいわれもなく威嚇された、小笠原さんの関係者だ。

 今日はなんとか服を着ているようだが、その白いシャツも胸元が見えるほど首周りが広がっていて遺憾なく浅黒さを目立たせている。


 なんでここに、という疑問の声はあっけなく飲み込まされた。

 引っ張られる力が強まったからだ。

 僕は、遠くにパトカーのサイレンを聞きながら、二人の悪い男につれられて現場を後にした。

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