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極道の花婿くん  作者: 佐東
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遭遇、そして威嚇された



 話の内容は、至極簡単で。

 翌日から始まる組同士の抗争の、いわば激励会だったらしく。今となっては思い出すだに恐ろしい戦々恐々とした生々しい極道用語が飛び交い、その度に男共は奮起し沸き上がり、僕は縮上がった。

 空が暗くなり、月が昇るまで続いたその集会は、宴会という第二ステージへと進む。


 ……激励会っつーより、前夜祭じゃねえだろうか。


 僕の率直な感想は、もちろん、今目の前で広がる酔いどれオヤジたちの盛り上がりを見てのことだ。

 帰るタイミングをすっかり逃した僕は家族に連絡すらままならず、こうして手に透明な液体入りのコップを持たされている。



「よおい、あんちゃん。どうだい、若は良い味すんのかい」



 オヤジの一人に絡まれた。



「さあ……僕、まだ食ったことないんで」

「っかー! もったいねえな、若のあの美貌だぞ!? おまえもタマもってんなら遠慮せずガンガン行け!」

「僕タマなんて持ってないですもん。武器になりそうなのは、剪定バサミくらいで。だからもちろん抗争なんか参加しませんし」

「んだおまえ男じゃなかったのかよ!? 若も物好きだなあ。正統派女子より変わり種を選ぶとは」

「変わり種って言ったら、僕、スイートピーとコスモスのあいの子スイーモスが好きです。ふわふわしてかわいい子なんですよ」

「そのくせもう子どもの名前まで決めてんのか。変わってらあ」



 極道の組員とも恐れることなく普通に喋れるのは、この環境に慣れたせいか、疲れているせいに違いない。断じて、この水で酔っているわけではない。

 どんちゃん騒ぎの中しばらくうだうだと喋っていると、後ろから声がかかった。



「真央さん、お兄さまを知りませんか?」

「お、いよう、魚ちゃん」

「はい、三郎さん、真央さんに絡むのはそのくらいにしてくださいませね」



 僕の肩を組んでいたオヤジの手を、魚姫さんは軽くはたき落としてくれた。なんだよつめてえなあ、とぼやきつつオヤジはフラフラと違う群に向かっていった。



「魚姫さん、小笠原さんいないの?」



 聞いてから、そういえばずっと見かけなかったなと気付く。宴会が始まるまでは僕の隣で話を聞いたり声を荒げたりとしていたけれど、みんなが酒盛りを初めてから席を立ってそのままな気がする。



「いつものことなんですけれどね。こういう宴会にはちっとも参加しませんの。騒がしいのがお嫌いですし、また一人寂しい夜を過ごしているのだとは思うんですけれど」

「ふうん……じゃ、今のうち僕帰ろうかな」

「あら、薄情ですわね」

「うん、探してくるね」



 くるんと手のひら返しをしたのは、その魚姫さんの言葉をその通りに取ったからではない。逆に、素敵と言いたげなその笑みが僕のイラン評価を上げそうだったので、回避すべくだ。

 よろしくお願いしますね、と若干残念そうに頼まれた。



 とは、言え。

 初めて入ったこの極道屋敷で僕がどこをどう探せるわけでもなく。田舎の古い家特有の板間の廊下をあてどなく歩き続けて、かれこれ。


 30分。

 経ちました、と。


 ……おい、広すぎんだよこの家……!


 明かりがない中、慎重に歩いているせいもあると思うけど、だいたい似たようなふすまの部屋が並んでるのも問題だと思う。上方の木枠の飾り穴から明かりが漏れているけど、人の気配はまるでない。

 そういや、さっきのオヤジが若い衆は景気づけに外で女をどうのこうの言ってたな。もしや小笠原さんも外に出てるんじゃないよね?


 本当は一つ一つふすまを開けて回りたいけど、ロシアンルーレットばりに強面ヤクザさんがいるところを当てたらと思うと、博打の打てない小心者つまりこの僕には無理な芸当です。末恐ろしい。

 二つくらい前に通り過ぎたふすまからは酒ヤケと思われるガラガラ声の高笑いが聞こえてきたし、その三つ前の部屋では罵声と悲鳴がこだましていた。


 聞かなかったフリして全力で駆け抜けた僕。

 こんなときでなければ歩きたいと思わないよ!? 遊園地のアトラクションでも絶対いや!

 ゴールどこだよう。

 魚姫さんに、めぼしい場所でも聞いておけば良かった……。



 うなだれつつ歩いていると、少し先のふすまから人の声が聞こえきた。

 今度は何だよ。頬をひくつかせ、腰を落としスタートダッシュを決め込める体勢を取っておく。



「あっ、そこは駄目だ……!」



 今度は何の断末魔だとおっかなびっくりの僕の耳に飛び込んできたのは……苦しそうでそのくせ甘ったるい男の……。


 なんだ?


 ――と、耳をそばだてたのがいけなかった。

 聞こえてくる声を理解した瞬間、脳みそが沸騰しそうなほど顔が熱くなった。


 これは、あの、いわゆる嬌声ってやつ。


 きゃあああ。

 な、な、なにやってんのっ!



「リュウ、良いだろ……?」



 それから嬌声に混じって、低く艶っぽい声がやけに明瞭に聞こえてくる。良いだろって、リュウって。

 うそ、ええ、おい、もしかしなくても中に居るの小笠原さん!?

 

 ますます何これえええ!

 耳を塞いで後退ったら、後ろのふすまに背中がぶつかった。それに体が敏感に反応してしまい、さらにぎゅうと身を固くする。


 そのとき、目の前のふすまがするりと開いた。



「リュウ、また来る」



 目を見開く僕の前に姿を現したのは、浅黒くて、筋肉質で、汗ばんでいる広いむないた……って、どこ見てる僕!

 って、どうして上半身裸!

 ぎしりと床がきしんでそれが胸板ごと近づいてくるのが分かった。ああ、ああ、見られてる見られてる。すいませんすいません。聞き耳立てててすいませんったら。だからそんな近づいて見ないでください。穴ほげる。



「アンタ誰だ?」

「あの、僕」

「見ねえ顔だな。もしかして、アンタ、リュウの……」

「ち、ち、ちが」

「……ふーん?」



 いろいろと恥ずかしくてマトモに顔を見られず、かといって俯くこともできず、ますます近づいた胸板を凝視したまま狼狽える。すると、小笠原さんじゃない、僕の顔を穴が開くほど見つめてくれちゃっている相手の男の声が、ワントーン下がった。



「顔でもないし、その体でもなさそうだな」



 何か、威嚇するような声色に、反射的に顔を上げる。



「オレは納得していないし、認める気もねえ」



 正面を向いた僕の目の前で、波打つ黒髪が横切った。隙間から覗く鋭い双眸が僕の目を射止めて強い光を残していった。

 追いかけるように視線を揺るがした僕には、今はもう後ろ姿しか見えない。


 どういう、意味だ?



「真央」



 血の気が引き、身動きのとれなくなった僕を誰かが呼んだ。部屋の明かりに照らされながら見た先では、小笠原さんが気怠げに突っ立っていた。

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