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極道の花婿くん  作者: 佐東
3/8

屋敷に連れ帰られた

 学校への行き帰りは、その後ろをひっそりと付き従うというのが、小笠原さんの嫁候補としての決まり事だった。

 金持ちなら車というイメージがあるんだけど、極道は違うのかはたまた小笠原さんだけ違うのか、いつも歩きだ。三十分ほどの道程、小笠原さんは顔が知れているのか常にチラチラと見られていた。

 うん、まあ、だからこそなんだけど、たまにこうして肩を組んだり手を繋いだりと、はたして理想の嫁像と合っているのかは別として、バカップルっぷりを披露させられている。



「チッ」



 小笠原組の極道屋敷、そのでかい木の扉に辿り着いた瞬間、忌々しく舌打ちされ手を投げ捨てられた。

 おおおい、あからさまだなあ。こっちだって繋ぎたくねーわ! 汗でドロドロの手のひらを制服のズボンでごしごしと磨き上げる。



「来い」



 って、いつもはここでお別れのはずが、今日は中まで入れられるらしい。ええ、やだなあ、父さんの付き添いで入るならともかく、この若頭と一緒だろ? つまり、ギンギンに鋭く注目されてしまうってことで。

 できることならパンピーのままでいたい僕。今日も平和な青空は、前に見たときとは違ってため息を付きたくなるほど重かった。





 連れてこられたはいいが、しばらく待ってろと部屋に通された僕は、どうせ暇だしと縁側から庭へと出てきた。

 父さんの手により剪定された緑の草木は、風通しまで計算されており虫さえ一つも付いていない。造園には欠かせない庭石や灯篭も、父さんのセンスにゆだねられ家主の満足のいく配置をされている。池から一定間隔でポンポンと無造作に置かれているように見えるが、それも計算尽くで後ろに見える景色との兼ね合いもあり風情を感じさせる。さすがだ。

 この屋敷は、こうして父さんの手が加えられた庭がたくさんある。というより、実質建物よりこの庭の方が大きいと言っても過言ではないと思う。

 僕もいつか、これくらいでかい家の庭を一人で立派に仕立てたい。汗水垂らして働く父さんの背中を見てずっと夢見てきたことだった。


 そんな思いを馳せながら庭を見渡したとき。

 いつからいたのか、ヤンキー座りをしていた三人のイカツイ男性陣と目が合った。ひいい。近づいてくるなり僕の全身をなめるように見回し、最後に「コイツがなあ」「男だなあ」「信じたくねえなあ」とそれぞれもらしガックリと消えていった。

 ……いろんな意味で、ほんとどういう意味。



「こんにちは。お義姉さま、ご機嫌いかが?」



 僕こそガックリしていると、背中に今度は柔らかい女の子の声がかかった。おねえさま!?と驚いて振り返ると、そこには黒地に桜吹雪の入ったすげえ着物を着た美少女が立っている。



「はじめまして。挨拶がまだでしたわね。わたくし、小笠原魚姫といいますの」

「うお、ひめ?」

「ふふ、変な名前でしょう。竜人お兄さまの妹ですわ」

「はあ、はじめまして。篠田真央ですが」

「知ってますわ」



 ひらっと蝶が舞いそうなほど可憐な仕草と声で、美少女が笑う。胡散臭いというか、わざとらしいというか、その口調も相まって不思議な感じがする。

 それにしても、妹さんか。いるなんてしらなかったな。いつもこの屋敷に出入りしていたけど、女の人一人も見かけたこと無かったし。



「っていうか、おねえさまって」

「お兄さまと結婚されるのでしょう? 法律上まだ婚姻関係は結べませんけれど、この世界じゃ寝床を共にすれば夫婦として認められるのですわ」



 ウソだろ。そんな簡単に夫婦になってたまるか。ふふふっという笑い方がやっぱり胡散臭い。

 魚姫さんはその腰にまで届く長い髪をふわっとなびかせ、僕の側にまで歩み寄った。



「お兄さまのどこが好きですの?」

「好きっていうか、むしろそれは僕が聞きたいくらいだし」

「まあ。理由が見つからないほど盲目に慕っていらっしゃると。それじゃあ、告白はどちらから?」

「え、ええと、好きと言えと強制的に口を割らされた感じで」

「まああ。お兄さまもお人が悪い。先に言わせて恋愛の主導権を握ったのですわ!」



 あれええ? 僕、言い方間違ってるかな。変な方向に誤解されてるんですけど。

 兄妹とはいえ、僕とお兄さまのウソのカップルを知らないらしい。魚姫さんが敵だか味方だか知らないけど、本当のコトを言ってはダメだろうか。



「お兄さまに真央さんのことを聞いても何も教えてくださらないの。まるで興味ないって言いたげに……酷いですわよねえ?」

「いえ、興味ないんですよ、本当に」

「あら? 悲しいことを言っては駄目ですわ。今までお兄さまが好きだと言う他人は一人もいなかったのですから……今となって、それは女性ではなく男性が好きだからだと判明しましたけれど。とにかく、自信をお持ちになって」

「は、はあ」



 本当に労りの気持ちを込めて、肩ポンされた。自信持っちゃうのはダメだろう。僕こそおかしな方向に突き進んで行くぞ。



「あのー、魚姫さんは、嫌とかじゃないです? お兄さまがまさか、男が好きだということは」



 本当のことじゃないが、共犯でウソを付いているゆえ、僕にも罪悪感。目をそろーっと泳がせつつ、堂々とした出で立ちの魚姫さんを見るとプッと吹き出された。



「人の趣向なんて、知ったこっちゃないですわ。私は正当に男性が好きですから、他の人がどうであろうとどうでもいいんです」

「自分以外、どうでもいいと?」

「ええ。それが例え実の兄であっても」

「……サッパリしてるね」

「よく言われますわ」



 ほんと羨ましいくらいサッパリしてんなおい。



「まあでも、お兄さまの気持ちも分からないではないですわ。組のしきたりに沿って女性と結婚した父も、形ばかりですぐに離婚しましたから。夫婦とは儚いものだとわたくしでも思いますもの」

「そうなんだ……それは辛いね」

「そう思ってくださいます? 優しいのですね」

「だってそうじゃなきゃ、男を好きだとまで言って結婚を拒否したりしないでしょ。そんな風に考えがねじまがるなんて、そりゃーもう、考えるだけで辛いし怖い」



 魚姫さんは、目をぱちくりとさせると、あらまあ、とうわごとのように呟いた。思ってもみない反応に僕こそあらまあ?だ。



「母親をなくしてしまったことではなく、考えをねじまげてしまったお兄さまを辛いと思ってくださるのですね」

「あ、そうか、今の言い方だとそうなるね。ごめんなさい、そういう意味じゃ……」

「あら、別に責めてるわけじゃないんですわ。偽善じゃない、極道的な考え方ですわね。素敵ですわ」



 ほっぺたに手を当てて、うっとりと呟く魚姫さん。

 ……に、うおおい、と青ざめる僕。見るからに一般ピーポーな僕に与える賛辞ではないよそれは。全くもって嬉しくねえ。

 一歩仰け反って風情立ちこめる庭の一部になりすまそうとする僕の肩を、もう一度ポンされる。



「応援してますわ」



 ニッコリと、小笠原さんに脅されるのと同価値がありそうな笑みを向けられて、僕は庭の一部になりきれず、浮いた存在のままぎこちなく頷いた。

 なんだったら、小笠原さん、この子がゴクツマにふさわしいと思う。

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