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極道の花婿くん  作者: 佐東
2/8

いちゃつかさせられた

 そこから、僕と不良の不思議な関係が始まった。

 いや、始まってしまった、と言う方が正しい。だって僕は微塵も望んではいないのだ、年齢=彼女いない歴だろうと、高校生は青春を謳歌しろと校長先生が言っていたとしても、それこそこの状態をクラスメイトの女子に羨ましがられていようとも。

 ……だって、なあ?


 相手は、極道の若頭で、男だ。



「お前も立派な人間になったものだなあ。小さなころは、セーラームーンとケッコンするとか宣言してたくせに」



 そう言うことは蒸し返すなよ。

 クラスメイト兼、幼き頃からの親友である慎太郎が茶化すでもなく半ば本気な面もちでそう言ってきた。

 ちなみに僕は小さな頃から強くてかわいい女子が好きである。自分が弱虫ということはとうの昔に自覚しているため、守ってくれる彼女というのが理想だったわけだ。



「それがまさか、今や小笠原先輩の嫁候補だとは」



 ……理想とはうらはらに、僕にあてがわれたのは強くてかっこいい男子だなんて、それ、ただの虐げてくる彼氏じゃないか。

 いろいろと間違っている。

 僕は慎太郎の真面目な関心声に否定も反論もできずに、深いため息を付いた。


 小笠原組というのは、この地域に昔から我が物顔で存在する極道一家だ。先祖が有名な政治家のお偉いさんだったということもあり、我が家が三十個は入りそうなでかい屋敷を拠点とし、その一方的な権力と力を振りかざしてこの地域一帯のヤクザを制圧している。

 そして、そんな恐れる小笠原組の長男であり、跡取り。その名も小笠原竜人……さん。

 いきなりダシにされ嫁候補にされ、何が一番やっかいだって、同じ学校だってことだ。存在はずっと知っていたけど、まさかこんな風に関わることになるだなんて思いもしなかった。せめて後一年でも遅ければ、小笠原さんも卒業してて、僕も何食わぬ顔して逃げられたに違いないのに……。


 ぶるぶるっとポケットが振動して、僕は喉の奥、ヒイイと悲鳴を上げた。



「お、お呼び出しか? 愛しい旦那サマの」



 恐る恐る携帯を取り出してゆっくり画面を確認する僕を見て、慎太郎が今になってニヤニヤとからかう口調だ。

 何が愛しい旦那サマだ……。

 ふらりと立ち上がっていつも通り教室を出ていく僕の背中に、いってらっしゃいという慎太郎の呑気な声と女子のヒソヒソ声がのしかかった。


 一ヶ月もずっとこれなんて、僕の寿命が心配だ。




「遅え。寄越せ。今すぐに」



 急いで教室に駆け込んだというのに、開口一番、罵られた。

 うおい、メールが来てから一分と経ってませんがね……というのは、到底口にしません。スンマセン、と即座に謝りつつ、用意していた漆塗りの弁当箱をサッと忍者のように差し出す。

 軽く睨まれ、鼻を鳴らしつつ、ぶんどられる。


 小笠原さんから来たメールの文面はそれこそ「いますぐおれのもとへこい」だった。面倒ごとが嫌いな性質らしく、絵文字も漢字でさえも一切使わないメールは憎らしくも男らしい。

 面倒嫌いなら呼び出すなとは思うけど、生まれた瞬間から人の上に立つ存在だったこの人にとって、命令も呼吸をするのと同じらしかった。


 弁当箱の蓋を開けた小笠原さんが、ぎゅいっと眉間にしわを寄せる。

 この瞬間、ほんっとやだ。極道の女たるもの、夫には誠意を尽くし、身を捧げ、愛情を注がなきゃいけないらしく、昼の弁当の準備までしているんだけど、これがまた。

 ただのしがない男子高校生が料理とか。できるわけねえだろ。



「中身……コンビニ弁当じゃねえか」



 げえ、やっぱバレた。



「いつになったら本気で作ってくる気だ? ああ?」

「すいません、だって、僕のへたくそなおかずよりコンビニの方がよっぽどおいしく愛情に溢れてると思うんですが」

「てめえは、機械より無機質な愛しか持ち合わせてねえのか? あああ?」



 いやっ、そういう意味じゃなくっ。

 ガンッと、机を蹴る音に床で正座をしている僕の首がぐひいっと竦む。音につられてか小笠原さんのクラスメイトの視線が集まるが、僕にはもう慣れっこなので今更羞恥心は無い。むしろ恐怖心。

 冷や汗たらたらな僕は、すぐに信用を取り戻そうと首をスポンッと伸ばして渾身のネタを指さした。



「これっ、小笠原さん。これ、見てくださいよ。これこそが僕が作ったものなんです。きれいでしょこれ」

「これこれうるせえ」

「スンマセ」



 ぐひい。

 伸ばした僕の指は、小笠原さんの箸で横にぞんざいにどけられた。その箸が摘んだのは、光沢のある深紅のバラだ。



「飴をとかして作ったんです。熱い内に形を作るのが難しくて四苦八苦しましたけど、これが一番良くできました」



 こうしてコンビニ弁当だと怒鳴られることは想像の範疇だったので、言い訳のためにも準備しておいたものだ。飴細工は初めてだったけど、溶かして形作るだけだったから意外と僕にもすぐできた。というより、指先一つ一つで見た目の味が変わってしまうのがおもしろく、ハマって昨晩は夜通しやってしまった。

 そんなこんなの自信作ですよ、と期待をこめた目で見るも。



「弁当に飴入れるヤツがどこにいる」

「ええっ、ダメですか?」

「却下」



 ……らしい。

 なんだなんだ。ひとに弁当作れと命令しておいて、せっかくの自信作を非常識だと突っぱねるなんて。それこそでかい器で、やればできる男だと誉めてもらわねば。僕、誉めて伸びるタイプだから。

 いや、何が伸びても困りそうだから良いけど。



「真央」



 名前を呼ばれて顔を上げると、頬に冷たい感触がした。

 あ、来た。来た来た、いつものヤツ来た!

 ガキンと氷のように体をかたくすると、小笠原さんが確認するように視線だけで辺りを見回した。ええもう、分かるでしょ、そんなことしなくたってみんながこっちを見ていることくらい。

 ふん、と鼻を鳴らした小笠原さんは僕の脇の下に手を入れ簡単に持ち上げると、隣の机の上に座らせた。

 ヒイッ、という僕と後ろの席の真田さんの悲鳴がカブッた。あ、ずっといたんですよね、スイマセン。



「寄越せ」



 開口一番の寄越せとは違うことは経験上分かっている。こうして、机の上やら、あろうことか膝の上にまで乗せられたときには、寄越せの意味合いは変わってくる。

 つまり、食べさせろってことだ。

 ……ねえええよ。



「おまえの一番、どれだって?」



 いらんこと言わなければ良かった。これですね、ええ、と僕の震える箸さばきが深紅のバラをとらえる。いや、これをどうしろと?

 今やクラス中が僕と僕の箸の行方に注目している。これにはどれだけ経っても慣れない。慣れるほうがどうかしている。



「お、小笠原さん」

「呼び方。くち、開けてやんねーぞ」



 だったら鼻にぶちこみますよ!?

 ……は、どうしても言えないので。うがあーもうっ!



「りゅうとさん、はい、あーん!」



 見るに耐えなかったので、目をつぶってからその口元に箸ごとぶんなげた。

 全僕の細胞が、燃えた。



「おまえな……」



 苛立ちを含んだような声と、がりごりと飴をかみ砕く音が耳に響く。知ったこっちゃねえぞ。

 だいたい、なんでこんな風にバカっぽく正しくバカな正真正銘バカップルをしなきゃいけねえんだい。

 僕、男おとこ! いや、この場合男だからこそ目を付けられたんだけどさあ!

 きゃあ、と密かに女の子の悲鳴が上がって、僕はウンザリ。



「マズイ」



 近づいてまるでほっぺにちゅーするみたいに、囁かれた味の感想。声が聞こえていない周りから見ればそら仲むつまじいバカのつくカップルに見えていることだろうけれど、実体はなんてことはない、ただの虐げるものと虐げられるものの関係だ。

 僕の一番って言ったそばから、けなしたよこれ!



「……いつまで続けるんですか」



 間近にある小笠原さんの整った顔立ちを見ながら、僕も小さく問いかける。

 本当に好きあってもいないのに、他人には仲の良いカップルだと思わせるウソの関係を、だ。

 こうして顔をつきあわせているのだって、どうせ周りから見れば秘密の睦言を交わしているとでも思われているんだろう。



「親父が諦めるまで、だ」



 簡潔に返された答え。黒い瞳は、強い決意を宿していた。

 どうしてそこまでしてして、女の人との結婚を拒むんだろう? 男といちゃつくくらいだったら、スパンッと清く正しく女性と結婚したほうがいっそ楽だと思うけどな。


 と、怪訝な目で見ていたらしい、スパンッと頭をはたかれた。次を寄越せ、って、あーもう好きにしてくださいよ。鼻の穴にでも、耳の穴にでも、好きなだけ寄越しますとも。

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