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極道の花婿くん  作者: 佐東
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脅迫された


 とある理由で、僕が不幸な人生を歩むことになったのだと思うと、僕は僕をうんだ両親を恨まずにはいられない。


 すべての原因は、僕が平凡な人間で、庭師の息子だったことにあるのだ。



「……今まで、隠してたけどな」



 通い慣れた極道屋敷の庭で、いつも通り父さんの手伝いをしていた。最初は恐れ多く、脳細胞が死滅しそうなほど緊張したものだったけど、たくさんの出入りする極道の方々は一般ピーポーである僕たちなんかこれっぽっちも眼中が無いと分かると少しは楽になった。

 近くに縁側があって、奥の畳部屋でなにやら重大そうな会議が始まろうとしていても。腰を落とした強面のおじさんたちの間を厳格のあるじーさんがのっそりと歩いてこようとも。言葉の端々に血なまぐさい単語を織り交ぜ、緊迫した空気を演出していようとも。


 ……ああ、平和だ。

 空を優雅に飛び回る鳥を見上げつつ、額の汗を拭う僕。

 いつの間にか、現実逃避が上手くなっていた。



「俺は……」



 だから、じーさんの向かいに立った男が強く何かを主張していたことにも、その内容が少し特殊だったことにも、それから、こちらに向かってきていることにも、気付かなかった。

 僕は、残念ながら気付いていなかったのだ。



「真央っ」

「……あ、え、何、父さん?」



 慌てて手元から目線をはがし、父さんの指さす方を見る。

 着流し姿のすらりとした体格の男が、ちょうど僕に手を伸ばすところだった。腰をぐっと引き寄せられ、手にしていた剪定ばさみを取り落とす。

 何も理解しない僕に、おじさんたちの驚愕の眼差しが突き刺さる。

 なんか、誰かと、密着してる。


 ……うん、どういうこと?


 ぎぎぎと首を回して見上げたら、すっと通った顎筋が目に入った。一切こちらには目を向けず、決意のこもった眼差しでその先を見ている。

 見たこともないような綺麗な顔に見とれ、僕はまた疑問を忘れていた。



「俺は、女になんて興味はねえ。俺が好きなのは、こいつだ!」



 一瞬にして我を取り戻した。





 呆然とする父さんはもちろんのこと、世界の終わりのように絶望にくれる強面のおじさんたち、何故か強気でどうだ分かったかと胸をはるこの謎の男を前に、まずは説明が欲しいと冷静なのが、この僕。


 今し方愛の告白をされたような気がするのだけど、なにぶん今まで関わったことのない人だし、それによりによって怖い関係の人だし、それどころか男同士だし。

 現実に真っ向から受け止めることはできず。

 眉をひそめて見上げ続ける僕の視線も、いまだ受け止められていない。



「何を、言っておる。お前には早く妻を持ち、わしの跡を継いでもらわねばならんのだぞ。そのような戯れ言を聞いている場合ではない」

「だから嫁はまだいらねーんだよ。んなほいほいと結婚できるか」

「これはこの小笠原組が出来てからの決まりなのじゃ。跡を継ぐためには、妻の支えが無ければならん。人の上に立つ上で大事なことなのじゃぞ」

「俺は俺一人の力で組を率いてみせる! 古いしきたりなんぞ知ったこっちゃねーんだよ」

「リュウ!」



 ……なんか親子げんからしきものが始まったぞ。怖え。この人が力こめる度に僕の肩がミシミシいってんだけど。痛え。

 それはそうと、話の内容からものすごく恐ろしげな全貌が見えてきた。

 組がどうの、跡を継ぐだのなんだの、妻だのと……これ、結構デリケートな極道の話じゃね?



「だから、俺は、今こいつしか眼中にねーんだよ!」



 その渦中に、なぜ、僕が……!

 こいつしか眼中にねえって、こいつだけは眼中にねえの間違いじゃない!?



「女と結婚なんかしねえっていってんだろ! 俺はこの男以外認めん! 絶対に認めん!」



 この人、明らかに僕のことダシにしてる!



「あ、あのー!」



 分かってしまったマヌケな真相に、僕は抗おうと勇気を振り絞って声を上げる。言い合っていた二人は最初ひたすら気付かなかったけど、何度か大きな声を出す内にやっと言葉が届いた。



「ぼ、僕、帰っていいですか……?」

「そうだ、おまえさんからもリュウに言ってやってくれ。分家の娘たちから早く嫁を召し上げろと」

「しねえって言ってんだろ頑固じじい。おい、おまえ、俺が好きなんだろう!」

「そうじゃなくて……」



 誰も聞いてねえしな。

 僕、どっちの味方になるつもりもなければ、自分の平凡な人生を守りたいんですけど。



「ああ?」

「ああ!?」

「ひいいいっ」



 しかし、お二人から鋭い眼光で睨まれ、亀のようにきゅっと首を引っ込める。


 え、えええ、どうすればいいのー……?

 助けを求めて、父さんの方を見れば、すでに忽然と姿を消していた。父さん、今僕は、あなたから生まれたことを激しく後悔しました。



「……いいから、おまえ、俺のことを好きと言え」



 泣きそうになる僕の耳元に突如暖かい吐息がかかる。囁かれた言葉はこれまた恥ずかしいものだった。

 なにこれ、ほんと、何プレイ?

 この場はどうあれ、艶めいた仕草に我知らず顔が熱くなる。そうして俯くと、聞こえてるのかと顎を引き上げられ無理矢理顔をあわせられる。

 ひーっ。

 やめろ、その顔はあなたの武器ですか。綺麗と表現するに何の間違いもない端正な顔立ちに、男の僕でさえ息が詰まる。断じて言うが、僕にはソッチの趣味はねえ。



「言わないと、強引にでも証明してやるぞ」



 顎を掴まれたまま、強引に顔が迫ってくる。

 こんな脅迫ってあるか? 今なら、殺してやると言われるよりもやたらリアルに恐怖を感じる。

 僕はすぐに喉から声を振り絞った。



「僕も心からこの人を愛しています!」



 妙にクサいセリフ出た。

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