綺麗な君の視線
宮治華蓮 (みやじ かれん)
この物語の主人公。
焦げ茶色の髪に染めている女子高生。
低身長で体型がふっくらしているため体力が無い。
優等生を目指す努力家な一方、クラスメイトとは仲が良い。
楓とは気まずくてどうしようか悩んでいる。
佐々木楓 (ささき かえで)
黒髪ロングが似合う。高身長でスラッとした体型なため、自他ともに認める「美しい女の子」
正体は人間を食い、華蓮を襲った化け物である。
華蓮のことはお気に入りらしい。
華蓮とどうにかして関係修復したいと思っている。
窪田先生 (くぼた)
華蓮と楓のクラスの担任。
担当教科は古典。
中肉中背の無精髭を生やした男性。
典型的なダメ教師。
タバコ臭いが、本人はファ〇リーズをしてるから問題ないと言い張っている。
足の痺れは、まだ完全には消えていなかった。
長く立っていると、脚の奥がじんと重くなる。走ろうとしても思うように力が入らない。
それでも――
日常生活を送れる程度には回復した。
華蓮は松葉杖をつきながら、久しぶりの校門をくぐる。
校庭にはいつものように生徒たちの声が響き、部活の掛け声やボールの音が遠くから聞こえてくる。
(……学校だ)
数ヶ月ぶりの景色だった。
靴箱で上履きに履き替え、ゆっくりと廊下を進む。
松葉杖が床に当たる乾いた音が、コツ、コツと静かに響く。
そして――教室の前にたどり着いた。
華蓮は扉の前で一度立ち止まる。
胸の奥が、少しだけそわそわしていた。
数ヶ月も休んでいたのだ。気まずさがないと言えば嘘になる。
(……まあ、なるようになるか)
そう思い、扉を開けた瞬間――
「お、おい!華蓮だ!」
「大丈夫だった!?」
「心配したよ〜!」
一斉に声が上がった。
クラスメイトたちが、椅子を引きずる音を立てながらこちらへ集まってくる。
「退院したって聞いたけど本当に来たんだ!」
「怪我ヤバかったんだろ?」
「お見舞い禁止されるほど重症だったって聞いたぞ!」
あっという間に人だかりができた。
華蓮は松葉杖をついたまま、少しよろけそうになる。
「ちょ、ちょっと……」
「みんな心配しすぎ〜」
ヘラヘラした調子で言った。
けれど、その顔の裏で胸がじんわりと温かくなる。
(……こんなに)
正直、思っていなかった。
自分がこんなにもクラスメイトに気にかけられているなんて。
普段は適当に冗談を言って、適当に笑って過ごしているだけだと思っていたのに。
胸の奥が少しだけくすぐったい。
嬉しい気持ちを隠すように、華蓮は軽く笑い続ける。
「ほらほら、囲むと危ないって。松葉杖なんだからさ」
その時だった。
人の隙間の向こうに、ひとりの姿が見えた。
楓だ
机の上に腰をかけて、こちらを静かに見ている。
騒ぐクラスメイトとは対照的に、彼女だけが落ち着いていた。
目が合う。
楓の表情は――いつもの軽い笑顔ではなかった。
華蓮の胸が、わずかにざわつく。
(……あの夜)
病室の前で聞いてしまった会話が、頭の奥によみがえった。
あれは偶然聞いてしまっただけだ。
聞き間違いかもしれない。
冗談だったのかもしれない。
そう思おうとしているのに――
忘れられない。
クラスメイトたちに囲まれながら、華蓮はなんとか自分の席まで移動する。
椅子に腰を下ろした、その瞬間。
楓がすっと立ち上がった。
そして迷いなく近づいてくる。
クラスのざわめきが、少しだけ静かになった。
楓は華蓮の前に立つと、いきなりその手を掴んだ。
温かい手だった。
「ごめん、華蓮。本当に」
突然の謝罪。
楓の声は、いつもより低くて真剣だった。
華蓮の肩がわずかに強張る。
(……)
警戒心が胸の奥に浮かび上がる。
病室で聞いたあの言葉。
人間を食い殺さなかった。
目撃者を精神病院に送った。
あの二人の会話が、耳の奥で何度も繰り返される。
楓の顔を見つめながら、華蓮は何を言うべきか考えた。
謝罪の理由は分かる。
神社で起きたあの出来事。
それについて謝っているのだろう。
けれど――
(楓は……)
言葉が出ない。
その時だった。
ガラッ、と教室の扉が開いた。
「はーいお前ら座れー」
だるそうな声が響く。
担任の窪田だった。
無精髭を生やした中肉中背の男で、シャツの袖を適当にまくり上げている。
片手には日誌。もう片方の手で大きなあくびをかみ殺していた。
「ホームルームだぞー」
気の抜けた声。
生徒たちは「やべ」「先生きた」と言いながら慌てて席へ戻る。
楓も静かに華蓮の手を離し、自分の席へ戻った。
教室はいつもの朝の空気に戻る。
椅子を引く音、机を叩く音、小さな笑い声。
窪田は教卓に日誌を置き、クラスを見回した。
そして華蓮を見る。
「おー」
「復活したか」
それからクラスに向かって言う。
「まぁ、宮治の怪我はまだ治ってないからな」
その言葉に、華蓮の胸がドキッと跳ねた。
(名前出された)
普段ホームルームなんてほとんど聞いていない。
急に名前を出されて、妙に意識してしまう。
窪田は続ける。
「お前らサポートしてやれ」
するとクラスのあちこちから声が上がる。
「うーす!」
「はーい!」
軽い返事と笑い声。
その空気に、華蓮は少しだけ肩の力が抜けた。
(……なんだ)
思ったより、普通だ。
その時だった。
すっと手が挙がる。
楓だった。
教室の視線が一斉に彼女へ向く。
「先生」
「華蓮のサポート担当をしたいです」
教室がざわつく。
「お、いいじゃん」
「楓と華蓮って仲良いしな」
「さんせー」
軽いノリの声が飛び交う。
窪田は頭をガシガシ掻いた。
「あー……そうか」
少し考えるような顔をする。
それから肩をすくめた。
「じゃあ佐々木、頼むぞ」
楓は小さく頷く。
「はい」
静かに答えて席に座った。
窪田は最後にクラス全体を見回す。
「だけどお前ら」
指で軽く机を叩く。
「華蓮のサポートはしてやれよー」
「うーす!」
また気の抜けた返事が教室に広がる。
その中で――
華蓮は前を見つめていた。
楓の背中を。
胸の奥に、小さな違和感が残ったまま。
午後の教室は、どこか気だるい空気に包まれていた。
窓から差し込む春の光が、机の上に長い影を落としている。外では風に揺れる木の葉がさわさわと音を立て、遠くから体育の授業らしい掛け声がかすかに聞こえてきた。
華蓮はノートを開き、右手でペンを走らせていた。
左手はまだ包帯に包まれている。完全には治っていないらしく、少し動かすだけでも鈍い違和感が残る。
けれど――
利き手は右手だ。
授業を受ける分には、ほとんど支障はない。
(まあ、問題ないか)
ノートに板書を書き写しながら、華蓮はぼんやりと思う。
正直なところ、授業内容にはあまり興味がない。
古典。
昔の人が書いた文章を読んで、登場人物の心情を考える授業。
嫌いというわけではないけれど、夢中になるほどでもない。
それでも華蓮は、黒板の文字をきちんとノートに写していた。
(我ながら真面目だなぁ)
少しだけ自分で感心する。
興味がなくても板書はする。
そんな自分の優等生ぶりに、心の中で小さく笑った。
黒板の前では、担任の窪田がチョークを持って立っている。
無精髭の残る顔。少し猫背の姿勢。
やる気があるのかないのか分からない声で授業を続けていた。
「この川に身を投じ、自ら生贄になった女性の心情描写は〜……」
チョークが黒板をこする音が、教室の静けさに混ざる。
キィ、キィ、と乾いた音。
数人の生徒が小さくあくびをしている。
窓際では誰かが頬杖をついてぼんやり外を眺めていた。
そんな、いつも通りの授業だった。
その時。
窪田の手が、ぴたりと止まった。
チョークの音が急に途切れる。
「……あ」
「そういえば」
窪田が振り返る
その一言で、何人かの生徒が小さく笑った。
(あ、まただ)
華蓮も思う。
この人はよく話が脱線する。
むしろ脱線している時間の方が長いんじゃないかと思うくらいだ。
けれど――
この時間は嫌いじゃない。
むしろ、こういう雑談の方が面白いことが多い。
窪田はチョークを置き、教卓の前に戻った。
そしてクラスを見回す。
「お前ら」
少し低い声で言った。
「神人共食って知ってるか?」
教室が一瞬だけ静かになる。
「……しんじん?」
「なにそれ」
小声があちこちから聞こえる。
けれど、誰も手を挙げない。
窪田はそれを見て肩をすくめた。
「だよな」
そして教卓に両腕を置いた。
体重を預けるようにして、だらっと前かがみになる。
「ペーペーなお前らに簡単に説明すると」
そう言って指を一本立て、くるくる回しながら。
「神と同じもの食って、神のパワーを貰う儀式みたいなもんだ」
ざわっ、と小さな反応が広がる。
窪田はそれを見て、へらっと笑った。
「まあ、今も結構身近にあるみたいだぞ」
そして、少し遠くを見るような目をした。
「俺の親さ、結構ひどくてなぁ」
苦笑いを浮かべながら続ける。
「ガキの頃よく言われたんだわ」
声色を変えて、わざとらしく低くする。
「『早く寝ないと神に目と指だけ食い残されて、あとは俺たちが食うぞ〜』って」
教室が一瞬静まり――
次の瞬間、ざわざわと騒ぎ始めた。
「え、なにそれ!」
「キモッ!」
半分笑いながらの反応だった。
窪田は肩を揺らして笑う。
「いやー、まじだよ」
本当に嫌そうな顔をする。
「ほんとに嫌な思い出だわ」
けれど表情はどこか軽い。
結局、自分でも冗談みたいに思っているのだろう。
教室にはくすくすと笑い声が広がった。
華蓮も思わず口元を押さえる。
(さすがに嘘でしょ)
そんなこと本当に言う親がいるのか、と少し疑う。
でも窪田の話し方が妙にリアルで、余計におかしい。
クラスメイトたちも同じらしく、あちこちで笑い声が起きていた。
その時――
華蓮の視界の端に、ひとりだけ違う様子の人物が映った。
楓だった。
窓際の席。
彼女は頬杖もつかず、背筋を伸ばして座っている。
そして――
窓の外をじっと見ていた。
まるで授業を聞いていないかのように。
けれど、ただぼんやり眺めているわけではない。
その横顔は、どこか固かった。
窓の外では風が吹き、カーテンがゆっくり揺れている。
光が楓の髪に反射して、静かにきらめく。
けれど彼女の目は、そこには向いていないようにも見えた。
まるで――
聞きたくない言葉から耳を塞ぐように。
華蓮はふと、胸の奥がざわつくのを感じた。
(……楓)
さっきまで華蓮は笑っていたはずなのに、笑いが少しだけ止まる。
病室の前で聞いてしまった、あの会話。
それが、頭の奥にちらりとよぎった。
窓の外を見つめ続ける楓の横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
完結できるまで頑張っていきます。
3日に1話のペースで更新したいです。




