第四話
パーティは血の臭い漂うダンジョンから戻り、町の宿屋兼ギルドの拠点に入った。
ギルドホールの古びた木の床はリクの足元で軋み、薄暗いランタンが壁に影を作る。
空気には汗と鉄の臭いが混じり、誰もが口を閉ざしていた。
ガルドは別室に運ばれる。
レオンたちの臨時ミーティングが始まった。
張り詰めた沈黙の中、リクは部屋の隅にひとり立っていた。
仲間たちの態度が彼を避け、あたかもそこに誰もいないかのようだった。
「確認するが、なぜ罠に気づいたのに伝えなかったのか」
レオンの口調は抑えられ、固く握った拳がわずかに揺れた。
失望か、怒りか、あるいはその両方か。
少年の喉が詰まり、背中に冷ややかな汗が流れた。
「あの時は本当に確証が持てなかったんだ……だから迷惑をかけると思って」
「だから、それで迷惑かけたんだろうが!」
カインが語気を荒げる。
「カイン。俺が聞いている。今は黙っていろ」
レオンがそれを制した。
「クロウゴアが現れた時、なぜ逃げなかったんだ。お前が引いていれば余裕が生まれ、誰も傷つかなかったかもしれない」
「ごめん、でも……あの時、変なスキルが現れて……! コードエディットが急に視界を塞いで、動けなかったんだ……!」
リクの訴えは掠れた。
カインが壁にもたれたまま、嘲る言葉を投げる。
「ハッ、言い訳か?」
レオンがカインに一瞥すると、彼が黙る。
リリィはうつむいていた。
ダンジョンで見た少年の涙と、ガルドの倒れる姿が重なり、彼女の心は軋む。
「リクもこう言っ……」
リリィがつぶやきかけるが、レオンの視線が彼女を黙らせた。
「二度言わせるな。黙っていろ」
レオンの眼差しに苛立ちと不安が交錯していた。
リリィの拳が固く縮こまった。
仲間たちの沈黙が彼を孤立させた。
「本当だ! あの時、眼前に浮かんだんだ! ……システムのデバッグログさながらに、異常を検知してたんだ!」
リクは興奮してまくし立てた。
「考えてみてくれ。もしこの世界がプログラムなら、俺のスキルはバグを直すためのツールだ。信じてくれ、俺にはそれができる!」
少年の叫びはギルドホールの重い静けさに飲み込まれた。
リリィの頬を伝う一筋の涙がきらめいた。
「リリィ……」
少年の掠れる囁きは、誰にも届かない。
レオンが眉を寄せ、口元を固く結ぶ。
「なら、今ここで使ってみせろ」
レオンの口調は冷たく、疑わしい存在を値踏みするようだった。
少年の鼓動が乱れ、喉がカラカラになった。
(見せる……? でも、どうやって……!)
頭の奥を探る。
コンソール。
クロウゴアの咆哮。
無数のコード。
そして――地球でバグを直した記憶。
一行の修正でシステムが息を吹き返した瞬間。
「コードエディット……起動!」
リクが虚空に手を伸ばす。
青白いコンソールが眼前に現れた。
《戦闘プロトコル:待機中》
《実行しますか? はい・いいえ》
文字が乱舞し、点滅する。
「できた! これがコードエディットなんだ!」
少年は興奮して告げた。
しかしレオンは眉をしかめた。
「戦闘プロトコル? なぜ戦闘モードに固定されているんだ? ロジックの分岐がズレてるのか?」
コンソールの文字を追うが、スクロールが速すぎて内容が読めない。
少年は戦闘プロトコルを解除しようとしたが、「いいえ」を押しても反応しなかった。
「ブレークポイントもセットできない。例外ハンドリングが効いてないぞ」
(これを選んだら、戦闘になるのか?)
指が虚空を掴もうとするが、手が硬直する。
「ちょっと待って……戦闘プロトコルじゃ危険だ! 安全なコマンドに書き換えたい!」
少年は呟き、操作しようとする。
しかし反応しない。
壊れたコードに閉じ込められたような感覚だった。
――ダンッ!
ギルド内に机をたたく音が反響する。
レオンの拳が木でできた机にめり込んでいた。
「……リク」
「……これがコードエディットなんだ」
レオンの目が潤んでいるように見えた。
「……俺には何も見えない。お前が何を言っているのかもわからない」
「あの……だからここにコンソールが」
「もういい」
レオンが厳しく遮る。
「お前のせいでガルドがやられたんだ! いい加減認めてくれ!」
コンソールが滲み、消えた。
リクの指は虚空をかき分け、むなしさだけが残った。
「俺はお前を信じていた。だからこれ以上俺に……俺たちに嘘をつかないでくれ」
「お願いだ! 俺、辞めたくないんだ! ただ、認められたいだけなんだ!」
リクはレオンの腕にすがる。
「俺、もっと頑張るから……置いていかないでくれ!」
だが、レオンの眼差しが刃のように鋭い。
「終わりだ」
静寂がギルドホールを満たし、ランタンの炎がそよぐ。
少年の胸が凍てつき、息が止まるようだった。
(レオン……俺は……!)
言い訳も、努力も、すべて無意味だった。
レオンが立ち上がり、淡々と告げる。
「これ以上、お前を連れて行けない。足を引っ張る仲間は敵と同じだ。嘘つきと一緒にいたくない」
レオンの頬に一滴の涙が滑り落ちる。
リリィは俯いたまま動けない。
彼女の心は、少年を信じたいという思いと、仲間を守る恐怖の間で引き裂かれていた。
「……荷物はすでにまとめてある。俺たちも明日の準備があるんだ。出ていってくれ」
レオンが壁に指をさす。
簡素な布袋が置かれていた。
「治療費で最低限の食料と旅装しか用意できなかった。……すまない。リク」
レオンが呟く。
「俺はお前を甘やかしすぎたのかもな」
その言葉に、かつての記憶が滲む。
リリィは扉の枠越しに、少年の背中に目を向ける。
だが、すぐに目を逸らし、唇を噛んだ。
リリィの指先が、抑えきれぬ後悔でわななく。
カインは顔を背け、ガルドの傷跡が染みた手袋を握りしめる。
レオンは一人、扉の外で立ち尽くし、リクの背を眺めた。
少年が重い扉を押すと、軋む音がホールに響き、暖かな空気が背後で遠ざかっていった。
夜の街をリクは茫然と歩く。
冷たい風が肌を刺す。
「俺はただ君の役に立ちたかっただけだったんだ……」
少年は石につまずき、膝をついた拍子に、布袋の中身が散らばった。
月に照らされたレオンの使い古した短剣が、まばゆく光る。
少年がかつて「かっこいい」と褒めちぎった剣だった。
そばに、殴り書きの紙片がひらりと落ちる。
「生きろよ」
――ただそれだけが、乱暴な筆跡で刻まれていた。
「レオン……!」
涙がこぼれ、リクは地面に額を押し付ける。
土が指先に食い込み、少年は嗚咽した。
これは、追放された少年が世界を変える物語の始まりだった。




