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追放されたプログラマー、異世界をリブートせよ ~バグスキルで神システムを書き換える~  作者: 川合 佑樹


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第三十四話

 あれから――一ヶ月。

 世界修正プロトコルの演算は終了した。

 スキルと職業を失った世界は、変化を始めていた。

 王都の市場では、かつて《商人》のスキルで交易を独占していた者たちが、自らの手で荷車を引いていた。

 戸惑いながらも、隣の店主と語り合い、新たな取引の知恵を分かち合う姿があった。

 グリーンヘイブンの村では、村人たちが畑を耕していた。

 子どもたちは木剣を振り回して「英雄ごっこ」をしていた。

 世界は確かに、新たな一歩を踏み出していた。


 ――そして、元の世界に帰還できる猶予の「最後の日」

 最後の宴の後、リクが帰る時が訪れた。

 祭壇の周囲のざわめきが静まり、クラリスが一歩下がって誰かを呼ぶ。

「ルナ、来て……リクに会ってほしいの」

 薄暗い焚き火の光の中に現れたのは、クラリスにそっくりで、しかし儚げな雰囲気をまとった銀髪の女性――ルナだった。

 長い眠りから覚めたばかりのように潤む瞳が、少年をまっすぐ見つめる。

「リク……あなたがクラリスを救ってくれた人ね」

 その語気は静かだが、温かみがあった。

 驚きに目を見開く少年に、クラリスが言う。

「リクのスキルが発動したあと、姉さんもようやく目を覚ましたのよ」

 ルナは静かに歩み寄り、優しくほころんだ。

「私も、かつて転生者だった。この世界に来て、クラリスと生きてきたけれど……守れなかった。リク、あなたがクラリスに希望を与えてくれた。本当にありがとう」

 少年は心が締め付けられ、問いかけた。

「ルナ、君も……元の世界に帰るのか?」

 祭壇は、帰還の時が迫っていることを告げていた。

 彼女は首を振る。

「いいえ。私はここに残る。クラリスと過ごした時間、彼女との思い出――それが私のすべて。元の世界にはもう居場所はない。この世界で、クラリスと一緒に新たな一歩を踏み出したい」

 彼女はさらに続けた。

「元の世界では、家族も友もいなかった。冷たい街で、ただ生きるだけだった。でも、この世界でクラリスと過ごした日々が、私に初めて生きる意味をくれたの」

 ルナはクラリスの手を握り、姉妹の絆を示す。

 クラリスの瞳に涙が浮かび、強く握り返す。

「ルナ……ありがとう。あたし、ひとりじゃないよね」

 二人の姿を見て、少年は言葉を失った。

 ルナが問いかける。

「リク、あなたは? この世界に残る? それとも、元の世界で新たな一歩を踏み出す?」

 少年はネックレスを強く抱き、クラリスをじっと見る。

「俺は……帰るよ。クラリスや君たちの思い出を、向こうの世界でも忘れないために。君たちがくれた希望を、俺の人生に刻んで生きていく」

 ルナは小さくうなずき、温かくにこやかに応える。

「リク、どこにいてもクラリスの心にはあなたがいる。私がそばで守るから」

 クラリスは少年の手をそっと包み込む。

「リク、ルナがいてくれるから、私、負けないよ。あなたがくれた希望は、どんな闇にも消されない」

 ルナは優しくクラリスの髪を撫でる。

 焚き火の残り火が瞬く中、クラリスが口を開いた。

「あなたを、好きだった人がいたの。この世界に、確かに――いたのよ」

 リクの胸が痛んだ。

 彼と過ごした時間は、彼女にとって初めて「生きている実感」だったのだ。

 リクはただネックレスを抱きしめる。

 クラリスの温もりが、そこに残っていた。

「ありがとう、クラリス。俺も……忘れない」

 クラリスの目に雫がきらめいていた。

 リリィがそっと涙を浮かべる。

「リクがいなくなっても、大丈夫。私たち、強くなったもん」

 だが次の瞬間、リリィが少年に駆け寄る。

 そして強く抱きしめた。

「でも……一緒にいたかったよ、リク!」

 彼女の肩は硬くなり、涙が少年の服を濡らしていく。

「リクが来てから、いっぱい笑えた。リクのおかげで元気になれたのに……だから行かないで!」

 ルナが優しくクラリスの肩に手を置き、ささやいた。

「クラリス、我慢しなくていいのよ。心のままに……」

 クラリスの瞳に溜まっていた涙が一気に溢れ出す。

 感情のダムが決壊し、彼女は少年に向かって飛びついた。

「リク……! 行かないで、リク!」

 クラリスはリリィと肩を並べて嗚咽を漏らす。

「あたし、リクと過ごした時間が……初めて生きてるって感じたの! リクがいなくなるなんて、嫌だよ!」

 リリィとクラリス、二人の涙が焚き火にきらめき、互いの手を握りしめる。

 少年の心は強く動かされ、抑えていた感情が溢れ出す。

 リクの目から雫が溢れた。

「リリィ、クラリス……ごめん。俺だって、君たちと離れたくない……!」

 彼もまた、二人の肩を抱きしめ、共に涙を流した。

 三人の嗚咽が、焚き火の揺らめきに溶け合う。

 遠巻きに見ていたレオンが、いつもの軽い口調で、しかしどこか温かく呟いた。

「……こんな時くらい明るい顔で送らせてくれよ」

 彼の目にも、わずかに涙があった。

 少年は涙をぬぐい、続けた。

「君たちの想いは、俺の心にずっと残る。絶対に忘れない。君たちが教えてくれた希望を、俺のコードに刻んで帰る」

 涙をこらえて、最後に言葉を残す。

「ありがとう。本当に……楽しかった。みんな、大好きだ」

 光が少年を包み込み、やがて姿を消す。

 それは、抱きしめるような柔らかさだった。

 誰もがしばらく黙って空を見上げた。

 遠くから、子どもたちの笑い声が風に乗って届く。

 焚き火の最後の火花が夜空に舞い、星と溶け合った。

 クラリスはリリィの手をとり、そっと顔を緩めた。

 新たな朝が、この世界に息づいていた。

 星の名残が残る空の下、クラリスが静かに目を細める。

 彼女の心の思いが静かに伝わる。

「リク、君が教えてくれた希望は永遠だ。誰かの役目が終わり、誰かの人生が始まる。この世界は、君の絆とともに、今日も確かに生きている」


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