第三十三話
グリーンヘイブンの村に、柔らかな風が吹き抜けていた。
新しい柱が立ち、屋根には色とりどりの布がはためき、瓦礫は花壇や畑へと変わっていた。
リク、リリィ、クラリス、レオンは、汗を流し、楽しげに語り、絆を紡いでいく。
ガルドとカインは体が回復した後、この世界の展望を聞き、故郷に帰っていった。
子どもたちの笑顔、焚き火の温もり、星空の下での語らい――その一つ一つが、彼らの心に深く刻まれていた。
それぞれの未来がこれから始まる。
朝の花壇は、朝露に濡れたホープウィードで輝く。
リクはリリィと並び、土を耕しながら小さな苗を植えた。
彼女の髪は風にそよぎ、土にまみれた手には優しさが秘められていた。
花壇を広げ、花の名前を教え、花冠を編んでエリや子どもたちに贈る。
「リク、この花はどんな場所でも根を張るんだよ……私たちみたいに」
リリィの口調は柔らかく、しかしどこか遠くを見るようだった。
魔王との戦いで傷ついた心を、子どもたちや花々との時間で癒してきたのだ。
少年は彼女の横顔を見つめ、土を触る手に力を注いだ。
「リリィが教えてくれた花、全部覚えたよ。地球に帰っても、絶対に忘れない」
彼女の手が止まった。
「帰るの……? リク、本当に?」
少年の心が強く締め付けられた。
「まだ分からないよ。でも、毎日リリィとこうやって花を植えて、子どもたちと遊んで……こんなに楽しいの、初めてだ」
リリィは彼の手を握った。
「私もだよ、リク。この花畑、ずっと覚えててね。私も、二度と忘れないから」
二人は朝陽に照らされる花畑を見下ろす。
そこには、未来への希望を紡ぐ二人の記憶が息づいていた。
広場の端では、クラリスが子どもたちに囲まれ、杖を手に小さな火を灯している。
子どもたちの顔が柔らかく輝く。
リクは近くで木材を運びながら、彼女の指導を眺める。
「ほら、リク! 見てなさいよ、子どもたちにちゃんと教えてるんだから!」
クラリスが杖を振ると、魔力が花火のように弾け、子どもたちは歓声を上げる。
彼は嬉しげに拍手した。
彼女は少年たちににこやかに指導する。
「クラリス、お前、ほんと子どもみたいだな。魔王を倒した奴が、花火見て喜んでるなんて」
彼女は少年を睨む。
「ふん、本気で撃ったら村が消滅しちゃうわ!」
彼女は仲間を守るため、命を賭けて炎を放った。
その力が、今、子どもたちの明日を照らしている。
「そうだな。でも、クラリスが救ったんだ。ありがとう。……クラリスが教えてくれた、諦めないって気持ち、俺忘れないよ」
彼女は目を細める。
「なら、ちゃんと最後までやりなさいよ、リク。あたしも、絶対に見届けるから」
昼の陽光の下、クラリスは子どもたちに風を操ってみせ、涼しいそよ風を広場に呼ぶ。
少年は彼女の隣で汗を拭い、青空の下で復興を夢見る。
子どもたちが楽しそうに走り回る。
彼は、戦い抜いた誇りと楽しさを重ね合わせた。
畑の真ん中では、トマスとレオンが土まみれで作物を収穫し、リクがその後ろで袋を運ぶ。
夕陽が畑を金色に染め、汗と喜びが伝わり合う。
「レオン、勇者様がこんな土だらけでいいのかよ?」
リクがからかうと、彼は汗を拭い照れくさそうに口元を緩める。
「畑仕事がこんな楽しいなんて、俺、知らなかったよ」
「神様パワーは使わないんだな」
「大地は神の創造物だ。人の手でやらないと、あとで説教喰らうんだよ!」
この一か月、レオンはリクやトマスと畑を耕し、子どもたちに剣の手ほどきをし、夜には焚き火を囲んで語り合った。
村での日々に癒され、仲間との絆に心を開いていった。
「リク、お前がいたから、俺、ここにこうしていられるんだ。仲間を信じられなかった俺が……こんな家族みたいな時間、持てたんだ」
リクは袋を下ろし、レオンの肩を叩いた。
「レオンがいてくれたおかげで、俺は強くなれたんだ。あの時は悲しかったけど、レオンはやっぱりレオンだった」
二人の間に静寂が訪れる。
「でもさ、家族を守るには選択が必要だよな」とレオンが地平線を見つめて呟いた。
少年の心がざわめく。
「……ああ。でも、絶対忘れない」
遠くからトマスが呼びかける。
「おい、二人とも! 収穫祝いの酒、用意したぞ!」
畑に楽しげな声が広がり、二人の視線が交差し、顔がほころんだ。
汗と絆が、彼らの心に新たな力を与えていた。
星空の下、丘の上で村が夕暮れに朱く染まり、星々が瞬き始める。
リク、リリィ、クラリス、レオンは並んで座る。
「この一カ月、楽しかったなぁ……こんな幸せ、想像もできなかった」
リクが口を開く。
リリィが花冠を手にうなずく。
「私も。子どもたちと花冠作って、リクと暮らせて……私の心を変えてくれた」
クラリスが続ける。
「あたし、こんな穏やかな日々、初めて知ったよ」
レオンが星を見上げ、言う。
「俺、変われたよ。リク、リリィ、クラリス……お前たちのおかげだ」
リクは呟く。
「ここに残っても、幸せに生きていける気がする……でも、やっぱり――」
四人の視線が交錯する。
誰もが同じ思いを抱いていた。
リリィがクラリスのネックレスを手に取り、リクに渡した。
「これ、持ってて。私たちみんなの魔力を込めてある。どこに行っても、私たちは一緒だよ」
クラリスが杖を掲げ、明かりを小さく灯す。
「リク、ちゃんと最後まで戦いなさいよ」
レオンがリクの肩に手を置き、頷く。
「どんな選択でも、俺はお前の背中を押す。それが、俺の誓いだ」
星々が瞬き、まるで彼らの絆と未来を見届けるように。
リクはネックレスを強く抱き、星空に誓う。
この絆を、どんな道を選んでも胸に刻むことを。
そして、最後の「選択」の時が、静かに、しかし確実に近づいていた――




