第三十二話
村の広場は、朝の光にきらめく野花や色とりどりの布で彩られ、すでに祭りの準備が始まっていた。
グリーンヘイブンは、魔王の脅威に怯えた日々を乗り越え、今、希望に満ちた喜びで溢れている。
村人たちは、遠くの丘から聞こえる馬蹄の音に耳を澄ませ、期待に胸を膨らませた。
「来たぞ! リクたちが帰ってきた!」
広場は歓声に沸いた。
子どもたちは駆け出し、村人たちが集まった。
先頭のリクを見て、エリが真っ先に飛び出した。
「ほんとに、ほんとに帰ってきたんだ!」
彼女は喜びに震えていた。
リクたちが魔王の城へ旅立った夜、エリは彼らの無事を祈り続けたのだ。
リクがにこやかに呼びかけた。
「ただいま、エリ。帰ってきたよ」
その言葉には、長い戦いの重みと安堵が混ざっていた。
その後ろには、リリィとクラリスが並び、疲れ切った顔に優しい笑みを浮かべていた。
リリィは風になびく髪を押さえ、空気を深く吸い込む。
「やっと帰れた! この匂い、最高!」
クラリスはうなずいた。
「平和って、こんな温かさだったのね」
村人たちは彼らを囲んだ。
ガロンがリクの肩を叩く。
「お前ら、魔王を倒したんだってな! さすが俺たちの誇りだ!」
だが、村人たちの視線は、馬車から降りた三人の見知らぬ男たちに集まった。
一人は鎧に輝きを帯び、威厳を漂わせるレオン。
もう二人、ガルドとカインは、どこか落ち着かない様子でいた。
エリが小首をかしげる。
「ねえ、リクにぃ、あの人たち……?」
リクが落ち着いて答える。
「紹介するよ。レオン、ガルド、カイン。俺たちの仲間だ。……特にレオンは、勇者。この世界を救った一人だ」
村人たちは息を呑み、次いで驚きの叫びが上がった。
レオンは照れくさそうに頭をかく。
「初めまして。こんな歓迎、慣れてなくてな。緊張するよ」
彼の控えめな口調に、拍手が沸き起こった。
トマスが豪快にレオンの背中を叩く。
「なんだ、勇者様か! リクが連れてきたなら、いい奴に決まってる!」
エリが花をレオンに渡し、子どもたちが彼の鎧を興味深げに覗き込んだ。
ガルドとカインは少し離れて立ち、喧騒を見つめていた。
──宴の準備が加速した。
レオンが馬車から、報奨金で買い込んだ葡萄酒の樽と香辛料まみれの肉の山を降ろす。
村人たちはその量に目を丸くした。
「英雄たちに感謝だ!」
トマスが樽を転がし、広場に運んだ。
リリィがレオンに明るく呼びかける。
「レオン、豪勢ね! 報奨金使いすぎじゃない?」
クラリスが呆れ顔で呟く。
「まあ、喜んでるなら、許してあげるわ」
リクはくすくすと笑った。
薪が積まれ、焚き火が灯る。
巨大な鉄板で肉が焼かれ、ジューという音とスパイスの香りが夜風に舞った。
子どもたちがリリィの周りで歌い、クラリスが優しく見つめる。
レオンが連れてきた楽師が太鼓と笛を鳴らし、エリが花冠を手にくるくる回り始めた。
ガロンが杯を掲げる。
「リクたちに乾杯!」
村中が笑顔で溢れかえった。
夕焼けが村を朱に染める頃、レオンがリクにひそやかに呟く。
「この温かさ、俺の故郷を思い出すな。……いい仲間を持ったよ、リク」
その口調には、癒された安心が秘められていた。
リクが温かく応えた。
「これからだろ、レオン。ここは、お前も家族だと思ってくれるさ」
リリィとクラリスも互いに視線を交わした。
宴の熱気が最高潮に達し、トマスが大きな杯を掲げた。
「お前ら、疲れを癒すなら星見の湯だぞ!」
「星見の湯?」
リクが言う。
「おう! お前らが帰って来た時の為に、皆で温泉をいい感じにしておいた! 勇者御一行で浴びて来てくれ!」
クラリスが手を叩き喜んだ。
「やった! 温泉! 疲れが吹っ飛ぶね!」
それを見てリリィが温かく顔を緩める。
リクが小さく首を振ると、レオンが「よし、行こうぜ」と促した。
ガルドとカインは顔を見合わせ、後ろをついてくる。
村人たちの好奇の視線が彼らに刺さるが、誰も何も言わなかった。
丘の麓の温泉に着くと、野ざらしだった温泉に囲いができていた。
湯気が星空に溶ける幻想的な場所。
「星見の湯かぁ。いい名前だな」
リクが微笑んだ。
古い木製の衝立が男女を分け、向こう側からリリィの明るい笑い声が聞こえていた。
「リリィ、先に入ってるわよ!」とクラリスがはしゃぐ。
リリィは湯に浸かり、「もう。すっかりハマっちゃってるんだから」と呟いた。
男湯では、リク、レオン、ガルド、カインが肩を並べて湯に浸かる。
湯気の向こうで、星が瞬いていた。
静かな湯音の中、ガルドが重い口を開いた。
「リク……あの時、俺がお前を追放したのは、怖かったからだ。お前の純粋さが仲間を死なせると思った」
カインも言葉を絞り出す。
「俺もだ。リク、お前の力を信じきれなかった。この村を見て、俺の小ささを思い知った。本当に……悪かった」
リクは湯に浸かりながら、穏やかに息を吐く。
「いいさ。こうやって一緒に湯に浸かってる。それで十分だろ? 過去は過去だ」
レオンがにこりと顔を緩め、ガルドの肩を叩く。
「リクの器、でかすぎるな! 俺だったら、一回切らせてくれくらいは言うぜ!」
ガルドが小さく口元を緩め、カインが呟く。
「追放したのはお前なんだけどな」
空気が和らぎ、彼らは初めて本当の仲間のように和やかに語り合った。
突然、カインが湯船でニヤリと笑い、リクに近づく。
「なあ、リク。リリィとクラリス、どっち狙いだ? いや、英雄様なら両方いっちゃえよ!」
「バカ、んなっ!」
リクは顔を赤らめ、湯をバシャバシャかける。
「この村もあるんだ。甲斐性は十分だろう」
ガルドは口元を緩める。
「そうだ! 俺が仲人やってやるよ! 天使とか降ろしてやろうか!」
レオンもにやりとほほえむ。
その瞬間、衝立がガタッと音を立て、「きゃっ!」という声が響く。
衝立が男湯側に倒れ、リリィとクラリスの姿が見えた。
リリィが叫び、クラリスも固まり、頬を染めた。
「こ、これは……聞き耳なんて立ててたわけじゃないわ! ただ、たまたま近くにいただけで!」
リリィが慌てて付け加える。
「そうそう! 私、ただ星見てただけだもん! ね、クラリス!」
リクが湯の中で縮こまり、顔を真っ赤にした。
「と、とにかく前を隠してくれ! 頼むから!」
レオンが腹を抱え、ガルドが「責任取ってやれよ」とリクの肩を叩く。
カインが「お前、顔真っ赤! でも、いい眺めだったろ?」とニヤニヤする。
クラリスがますます赤くなり、魔法陣を展開する。
「み、見ず知らずの恥知らず! このこと、頭から焼き消しなさい! 焔で織られし運命断章、界を跨ぎて放たれよ」
リリィが「クラリス、やりすぎ!」とくすくすしながら突っ込む。
レオンとガルドが衝立を戻す。
その奥で、クラリスが「次は火球で済まさないから」と冷静さを取り戻しながら返す。
湯気の向こうで、仲間たちの楽しげな時間が広がっていた。
「これからも、こうやって過ごせればいいな」
リクが呟く。
「そうだな」
レオンが答えた。
夜の帳が下り、星見の湯の明かりの中、仲間たちの笑いが夜風に舞う。
この平和な夜が、新しい物語の始まりを祝福していた。




