第三十一話
白金の塔が連なる王都は、未明の静けさに包まれていた。
その中心にそびえる王城――リクとレオンは、その正門をくぐっていた。
魔王討伐の報が届いてから三日。
王都の混乱は未だ完全には収まっていない。
だが、二人の姿を見て、王城の衛兵たちは驚きと敬意を込めて道を開けた。
リクは穏やかに歩き出す。
その手にはもう、剣も装備もなかった。
ただの一人の人間として――だが、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
煌びやかな装飾と重厚な空気に満ちた謁見の間に、王と重臣たちが並ぶ。
彼らが跪くと、王が立ち上がり、落ち着いた語気を響かせた。
「……魔王ヴァルスは、滅びたのか?」
勇者が一歩前に出る。
「間違いありません。二度と、同じ存在が生まれることはない」
王は安堵の息を吐き、玉座に腰を下ろす。
しかし、どこか探るようにレオンを見つめていた。
「して……君たちの今後は?」
重々しい沈黙の後、レオンが口を開く。
「リクは、この世界を救った存在です。そして――あと一ヶ月で元の世界へ帰ります」
重臣たちの間にざわめきが走り、王は微かに眉を動かした。
「彼はこの世界の外から来た者。役目を終え、帰還の時が迫っているのです」
少年が立ち上がり、王を正面から見据えた。
「俺はこの世界で多くのものをもらった。仲間、幸せな時間、居場所。でも、帰らなきゃいけない理由がある。家族が待っているからだ。残りの時間、誰にも邪魔はさせない」
王は言葉を吟味するように口を開く。
だが、勇者が一歩前に出た。
「この一ヶ月、リクの選択に干渉することを禁ずる。――神の使徒として、命じます」
空気が一変した。
レオンの体から柔らかな金色の輝きが放たれ、背後で翼のように広がった。
燭台の火がそよぐ、まるで神の息吹が舞い降りたようだった。
彼の瞳にはかつてない威厳が宿り、この世界そのものを貫く力が宿っているかのようだった。
王は指がわずかにわなないていた。
「神の……使徒だと?」
重臣の一人が言葉を絞り出した。
「勇者レオンが……いつ、どのようにして……?」
彼は全てを見透かすようだった。
「魔王ヴァルスの最期の瞬間、俺は神の声を聞いた。この世界の枷を断ち切るために、神は俺を選んだ。俺はただの勇者ではない――今、俺は神の意志をこの地に伝える者だ」
王の顔はこわばったが、すぐに平静を取り戻した。
重臣たちは息を呑み、王は玉座の手すりを握りしめる。
「……よかろう。彼の功績と、勇者レオンの神託、重く受け止める」
レオンは、王の瞳をじっと見つめた。
その視線には「全てを知っている」という無言の圧力が込められていた。
「もう一つ、伝えるべきことがあります」
全員が息を呑む。
彼の語気は静かだが、刃のように鋭い。
「我々の仲間、ガルドとカイン。彼らはある者の手により、魔王討伐から逃げ出した罪で地下牢に幽閉されていた」
瞬間、光が広がり、ガルドとカインが姿を現した。
傷だらけの鎧、憔悴した顔。
しかしその瞳には、不屈の意志が宿っていた。
「神の使徒として告げます。この国のある選択は、魔王ヴァルスの影に操られていた。聖女エリスがその中心にいたことは、言うまでもありません」
空気が凍りついた。
重臣たちのざわめきは小さく、怯えたものに変わる。
王の顔がこわばったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「聖女の……過ち、だと? 証拠はあるのか?」
彼の目は冷たい。
「神は全てを見通します。この場に立つガルドとカインも証人です。そして――王よ、貴殿も何をしていたかを、よくご存じのはずです」
王の瞳が揺れる。
重臣たちは気付かぬままざわつくが、王は手を挙げて場を静めた。
「聖女の行いは……遺憾だ。彼らをただちに解放し、名誉を回復せよ」
勇者が一歩近づき、語気を低くした。
「それだけではない。この国の過失――聖女を野放しにした責任に対し、魔王討伐の報奨金に加え、ガルドとカインへの賠償金を請求します」
重臣たちが息を呑み、ざわめきが再び高まる。
「賠償だと!? 何たる無礼!」
「聖女の罪を国に押し付ける気か!」
だが、王は短く頷いた。
「……分かった。報奨金と賠償金、支払おう。この国は責任を負うべきだ」
レオンの瞳が王を貫く。
しかし彼はそれ以上追及せず、続けた。
「もう一つ、告げるべきことがあります」
全員が再び沈黙する。
彼の言葉は確信に満ちていた。
「一ヶ月後、この世界から《スキル》と《職業》の制度は消失します」
「な、なに……!?」
「どういうことだ!」
騒然とした空気が渦巻く。
彼は続けた。
「それは、終わらせるということです。スキルと職業という名の枷を。人が人であるために」
少年が一歩前に進み、引き継いだ。
「スキルがなくても、人は生きていけます。魔王がいない今、魔物は数を減らし、脅威ではなくなった。俺たちはスキルなしで畑を耕し、家を建て直した。村人たちが互いを支え合った。絆があれば、人が生きる道は開けます」
王が深く息をつく。
「……貴殿らの村の復興は耳にしている。ならば、この変化も――信じてみよう」
彼らは同時に頭を下げた。
ガルドとカインも静かに仲間のもとに並ぶ。
こうして、王都に「新たな終わり」が告げられた。
「成ったのだな――一翔よ」
王が玉座で静かに呟く。
魔王という「圧政の象徴」は滅び、世界は今――確かに変わろうとしていた。




