第二十一話
レオンの空虚な目が光り、リクを射抜いた。
「リク、スキルを捨てろ。そうすれば魔王は襲うのをやめる」
彼が剣を振ると、少年は石柱の陰へ転がった。
「全部お前のせいだ。責任を取れ」
ゲートの映像に、村人が逃げ惑う姿が映り込む。
リクは歯を食いしばり、力強く立ち上がる。
「レオン……お前はいつもそうだ。なんでも捨ててばかりだ!」
少年の声に力がこもる。
「俺も、リリィも……あのとき、お前は切り捨てた! だが、それは覚悟じゃない。逃げだ!」
レオンの刃が止まった。
彼がたじろぎ、レオンの記憶がゲートに映し出された。
──追放の夜。
ダンジョンの中、重苦しい沈黙だけが支配していた。
カインが壁に背を預け、苛立ちを隠せぬ声で切り出した。
「……レオン、リクのことだ。今日の戦闘、またやらかしたよな。あいつ固まって……。あの隙が、全員を危険に晒したんだ」
毒舌家である彼の言葉は、いつもの棘とは違っていた。
視線を逸らすことなく告げたその目には、焦燥と……そして確かな心配が宿っていた。
「……俺が言うのもなんだけどさ。心配なんだよ、あいつのこと。戦場に立つには、優しすぎるんだ」
ガルドが、重い鎧を鳴らして深く頷いた。
「俺も同意だ。……これ以上は、守りきれねぇ」
盾役として最前線に立つ男の声は、苦渋に滲んでいた。
「俺は誰かを守るために己を削って立ってる。俺たちは選ばなきゃならねぇ。リクを切るか、俺たちを切るかだ」
その一言は、場に冷たい鉄槌を落としたようだった。
リリィは何も言わず、膝の上で震える手を固く握りしめた。
回復役であるがゆえに、仲間を守れない無力感を誰よりも知っている。
唇を噛み、視線を落としたまま、ただ沈黙で答えるしかなかった。
──そして、レオン。
胸の奥で、葛藤が渦を巻いていた。
「リクは……俺を慕ってくれる。あいつを嫌いになんて、できるわけがない。だが……皆の言うことも、痛いほど分かる」
握りしめた拳が震える。
脳裏に浮かぶのは、必死に食らいついてきたリクの姿。
不器用な笑顔。
がむしゃらな努力。
信じて疑わぬ眼差し。
――だが、現実は非情だった。
今日の戦いで、また全員を危険に晒した。
純粋さも、信頼も、戦場では命を救ってはくれない。
「……くそっ!」
押し殺した嗚咽が漏れ、レオンは机に突っ伏すようにして手紙を書いた。
掠れたインクと震える筆跡で、殴りつけるように。
――生きろよ。
たった四文字。
乱暴で、不器用で……それが彼の精一杯の祈りだった。
机の端に、リクが憧れていた短剣を置いた。
布袋に収めるとき、刃がかすかに鳴り、部屋の空気をさらに重くした。
仲間たちはそれを黙って見ていた。
カインは唇を歪めて舌打ちし、ガルドは拳を固く握り、リリィは俯いたまま血がにじむほど唇を噛んでいた。
それぞれが胸に後悔を抱えながらも、誰も声を上げられなかった。
──翌日。
目の前で、リクは明らかな嘘をついた。
レオンはその一瞬で悟った。
もう庇いきれない、と。
仲間を守るために。パーティを存続させるために。
……いや、きっとそれは言い訳だ。
心のどこかで、もう耐えきれなかったのだ。
追放の言葉を口にしたとき、レオンの胸を突き刺したのは、安堵でも怒りでもなく――計り知れない虚しさだった。
その後。
王城で、今度はリリィを追放することになる。
聖女ルミアを迎え入れ、魔王城を目指した。
だが、それは罠だった。
聖女に扮していたのは魔王ヴァルスだった。
カインとガルドは転送され、レオンは一人きりにされた。
仲間を失い、心の隙間を抉られ、耳元で囁かれた。
――「お前は弱い。パーティを守れなかった敗北者だ」
その言葉は、洗脳の鎖となって、彼を絡め取っていった。
「……俺は……弱い。俺は、皆を失った……」
レオンは闇に堕ちていった。
そして今、レオンは目を覚ます。
「俺は……何をしていた……?」
ゲートの映像にクラリスが現れる。
彼女が叫んだ。
「リク! 聞こえてるなら、あたしにまたアレをやりなさい! 全部解決してやるわ!」
少年はログを呼び出し、禁断のコマンドを見つけた。
《魔力無限供給プロトコル》
リクは躊躇なくコマンドを発動した。
「やめろ!」
ヴァルスが咆哮する。
少年とレオンの体から魔力が奪われ、空間が脈打った。
クラリスは走りながら詠唱を始めた。
《焦熱の風は羽撃き》
《逃れし影を許さず》
《群れし鳥は焔と化し》
《報いの火輪は翔け上がる》
《焼くは抗い》
「今ここに解き放たれよ――《スカーレット・アームズ》!」
彼女の背後から、無数の火の鳥が羽ばたく。
「全部やっちゃいなさい!」
クラリスが村に着くと同時に魔力の奔流が逆巻く。
紅蓮の翼が空を裂き、魔獣の群れを追尾した。
一匹、また一匹と、業火の牙が魔獣を捉え、灼熱の嵐が吹き荒ぶ。
咆哮が悲鳴に変わり、爆炎と灰が夜空を染めた。
リリィの目に涙が光り、村人たちの歓声が少年に届いた。
村はクラリスの力で守られた。
だが、その代償が少年を襲う。
魔力回収プロトコルにより、リクとレオンは同時に膝をつき、倒れた。
そして、ヴァルスの魔力の重圧はさらに弱まった。
「よくぞここまで……」
魔王が呻く。
少年は血を流し、視界が霞む。
レオンの体がわななく中、黒い霧が薄れていく。
「リク……なんでここに」
レオンの眼差しに力が戻り、その姿は、かつて憧れた彼そのままだった。
「リク……俺は……なんてことを……」
レオンは少年を見つめると、自身の手に視線を落とす。
雫が彼の頬を流れ、刃が石床に落ちた。
「お前を……傷つけたのか……」
少年は血に染まった手でレオンの肩を強く捉えた。
「レオン、戻って来たんだな……」
意識が朦朧とする中、リクはコンソールを操作し、《精神安定プロトコル》を起動した。
レオンの視線に温もりが戻る。
「リク……俺を、助けてくれたんだな」
彼は少年を強く抱きしめた。
互いの体温が確かに伝わり、失われた時間が一瞬で繋がった気がした。
二人を隔てていた鎖は断ち切られ、残ったのは絆だけだった。
その温もりが、レオンにとって最後の救いだった。
レオンの語気がかすれ、少年への信頼がよみがえる。
少年は胸を熱くした。
そして、意識を失った。
ゲートが閉じ、少年の戦いは新たな局面へと進んだ。




