第十七話
朝の陽光が村の畑を照らす中、リクはコンソールを操作していた。
クラリスは杖の汚れを慎重に拭き取り、エリとトマスは畑仕事に励む。
ガロンは槍を振り回しながら汗を流し、そこには穏やかな朝の風景が広がっていた。
だが、蹄の音が静けさを破った。
鎧の軋む音とともに、王都からの使者が姿を現す。
重厚な甲冑をまとった男が六人の護衛を引き連れていた。
朝日を受けて刃と槍が輝きを放ち、使者の口元には嘲りが浮かぶ。
「王命だ!」
その号令は村中に轟いた。
村人たちは驚き、慌ててその場にひれ伏す。
リクは膝をつき、クラリスは杖を強く握り、毅然とした眼差しで使者を正面から見据えた。
「不敬だ! 王命を侮辱する者は斬る!」
使者が低く唸って威嚇する。
馬の前脚が地面を蹴る音が響き、緊張が場を覆った。
エリが、クラリスの腕を掴む。
その手は固く、眼差しには必死の懇願が宿っていた。
クラリスは息を吐き、不満を押し殺して渋々膝をつく。
それでも瞳に強い願いが込められていた。
使者は鼻で嘲り、言葉を吐き捨てた。
「田舎娘が……身の程を知れ」
村人たちは頭を垂れたまま身動きできず、エリは青ざめた顔に冷や汗を伝わせる。
ガロンは槍を突き立て、護衛たちの睨む視線に耐えていた。
やがて使者が再び叫ぶ。
「王命だ! リクとクラリス、貴様らは反逆罪の疑いにより王都に召喚される!」
護衛たちが一斉に武器を構える。
使者が一歩前へ踏み出した。
「今すぐ姿を現せ! 匿う者は皆殺しだ!」
重苦しい沈黙が落ちる。
ガロンが膝をついたまま、掠れた呟きで言った。
「ここには……そんな者は……」
しかし、リクが立ち上がる。
「俺がリクだ! 連れて行け!」
彼の姿は震えていたが、強がるように胸を張った。
クラリスも立ち上がり、杖を突き付ける。
「あたしはクラリス! 逃げる気はない!」
張り詰めた空気を切り裂いた。
護衛たちが刃と槍を向け、使者が命じる。
「二人とも拘束しろ。王都へ連行する」
リクが囁く。
「クラリス……俺一人で十分だったのに」
衛兵が二人に鎖をかけ、馬車へ押し込む。
クラリスは戦う覚悟を胸に秘めた。
馬車が出発する前、彼女は胸元のネックレスを外し、リクの手に押し付ける。
「これ……姉さんのお守り。……リクが持ってて」
彼女は息を呑んだ。
リクはネックレスを強く抱き、ポケットにしまった。
馬車は王都へと進み、村は再び静寂に沈んだ。
車輪が石畳を鳴らしながら進み、やがて高い城壁に囲まれた王都が姿を現す。
城門前には重装の衛兵が並び、その眼差しは冷たく、通行人さえも睨みつけるようだった。
門をくぐると、広場のざわめきが伝わる。
しかし、リクの耳には届かない。
鎖の重みが手首に食い込み、クラリスの横顔が視界に浮かぶ。
やがて馬車は王城の中庭に到着し、白い石階段の前で止まった。
兵士たちに促され、二人は謁見の間へと連行される。
城内は静寂に包まれ、足音すら響かなかった。
謁見の間は氷のように冷えた空間だった。
石柱が見下ろす中、高い玉座から王が二人を睨んでいる。
その視線は、盤上の駒を操る策士のようだった。
「リク、クラリス」
王の重い言葉が鳴り渡る。
「ヴァルスが貴様らの名を挙げた。魔王と通じ、レオンを陥れたと。かつての仲間カインも、貴様が裏切ったと証言している。……興味深い話だと思わぬか?」
リクは掠れた語気で反論した。
「俺がレオンを裏切るはずがない!」
傍らに控えていた衛兵が刺すような咆哮で制止する。
「無礼者! 王の御前で許可なく口を開くとは何事だ!」
衛兵の手が剣の柄に伸び、場に緊張が広がる。
王は片眉を上げ、指を組み、衛兵を制した。
「よい。……ならば、なぜレオンは姿を消し、ヴァルスは貴様らの名を口にした? 真実は往々にして見えづらい。レオンを連れ戻せば、その真実が明らかになるやもしれん」
クラリスが唸る。
「ヴァルスは、あたしとリクのスキルを欲してるだけよ! 王、あたし達を魔王の元に送るなんて、ヴァルスの手のひらで踊る気!?」
王の語気に冷たさが加わる。
「クラリス、お前の過去は我々の知るところだ。影を背負う者が、忠誠を語るとは滑稽だな」
一拍置いて、王はリクへ視線を移す。
「リク、行動で示せ。レオンを連れ戻し、ヴァルスの思惑を覆してみせろ」
クラリスが眉を寄せる。
「あたしも行くわ! リクだけで行かせるなんて、犠牲にするだけよ!」
王はクラリスを手で静止させる。
衛兵が動きかけるが、王の言葉は穏やかだ。
「クラリスは我が城で丁重に預かっておこう。レオンを連れ戻せ。それが、そなたに許された唯一の道だ」
クラリスはこわばる唇で詠唱を始めた。
謁見の間に風が渦巻いた。
《我が意に応え》
《時の鎖をほどけ》
王の視線が強さを増す。
しかし感情を抑え、言い放った。
「ほう、魔王軍の技か……止めさせろ」
クラリスは拘束に抗いながらも詠唱を続ける。
その詠唱は次第に力を帯びていく。
そして、リクのポケットに収められたネックレスが強く輝く。
「今ここに開かれよ――《ゲートドライブ》!」
リクが叫びを上げるより早く、光が彼を包み込んだ。
その中で、クラリスが最後の力を振り絞って轟く。
「リク、負けるな……! 私を、必ず連れ戻して……!」
王は玉座に座したまま、冷ややかな眼差しを向けた。
「リクよ……そなたの旅が、我らの思惑を覆すか、見ものだな」
リクは荒野へ投げ出された。
ひび割れた土には石が散らばっている。
足元には濃い霧が這うように広がっていた。
心臓が激しく鼓動し、冷たい空気が肺を締めつけた。
視界がかすみ、霧はさらに濃さを増していった。
「ここは……」
掠れた呟きを漏らし、膝が地に沈む。
前方には、黒々とした巨大な門、その奥に黒鉄の城がそびえ立っていた。
「あれは……もしかして魔王城?」
とてつもない重圧がリクを押し潰す。
心が逃げ出せと叫ぶが、ネックレスを握り締めた瞬間、彼女の瞳と不屈の微笑みが脳裏によみがえった。
その奥に、語られぬ過去の傷が垣間見えた。
「リク、負けるな……!」
あの叫びが、胸を熱くする。
唇を噛み、立ち上がる。
「クラリスを……レオンを……俺が取り戻す!」
リクはネックレスを見つめた。
遠く離れた仲間たちの想いが、この荒野で背を押してくれる。
奥から、魔獣の咆哮が近づいてきた。
魔王城の外堀の門は黒くそびえ、哨兵の影がちらつく。
背後では重い足音が地面を歪ませる。
少年は息を殺し、門への潜入を決意した。




