第十六話
朝日が丘陵を越え、焼け焦げた畑と壊れたバリケードを明るく照らした。
トマスは折れた柵を直しながら呟く。
「また一からだな。でも、諦めねえ」
広場の隅では、焼け残った木材を運ぶ村人たちに指示を出していた。
「そこの梁、もっと右だ! 倉庫の屋根、今日中に張るぞ!」
日差しが、彼の背中を優しく照らした。
広場の中心では、クラリスが子供たちに火の蝶を教えていた。
「集中して! イメージが大事よ!」
エリは、「私もみんなのために魔法を覚える!」と練習に励む。
その小さな手が、希望を象徴していた。
リリィは井戸から水を運びながら、クラリスの魔法に目を輝かせた。
「ねえ、祈りで真似できる?」と尋ねると、彼女はにやりと応えた。
「火が出たら神官も前線送りよ、リリィ」
リリィは桶を担ぎながら楽しそうに手を振る。
「じゃあ、水魔法にしておこうっ!」
二人は顔を見合わせて喜んだ。
リクはコンソールを手に、資材や食料の在庫を整理していた。
「戦いで半分以上の作物がダメになったけど……なんとか持ちこたえられそうだな」
ガロンが槍を肩に掲げ、ゆっくりと立ち上がる。
「まだ厳しいが、みんなを見ていると、なんとかなる気がするな」
焼け焦げた畑の向こうで、夕陽が丘を赤く染める。
「魔王軍に焼かれた畑が蘇った……リクのおかげだ。ワシは諦めていたが、今、皆の平和が戻った。感謝しておるよ」
彼は穏やかに首を振って応じ、コンソールを閉じた。
戦闘後の村は、余韻とともに、ほのかに汗と埃の匂いが漂っていた。
クラリスは顔をしかめ、腕を組みながら不機嫌そうに呟く。
「こんな汗臭いままじゃいられないわ…」
リリィは温かくうなずき、さりげなく提案した。
「クラリス、もしよかったら、私と一緒に温泉に行きませんか? 気持ちいいですよ」
彼女は驚きの声を上げる。
「えっ、な、なんで修行の時に教えてくれなかったのよ!」
リリィは少し照れながら肩をすくめる。
「私も、忘れちゃってました……」
彼女は小さくため息をつき、渋々うなずいた。
「……まあいいわ。じゃあ、いきましょ!」
そう言い、二人は温泉へ向かった。
湯気が立ち込める岩場に着くと、クラリスは肩まで温泉に浸かる。
「……悪くない湯ね」
リリィも温泉につかる。
「クラリス、戦闘の後でも髪がキラキラだね」
彼女は少し得意げに胸を張る。
「あんたも十分綺麗な髪してるわよ。聖なる力でも使ってるのかしら?」
リリィがクラリスの髪を撫でる。
彼女は軽く足を揺らめかせ、湯面を見つめながらつぶやいた。
「それにしても、子供ってほんと元気ねぇ。エリちゃんなんて、あたしよりタフかもしれない」
リリィが小さく吹き出すと、彼女もくすりと応えた。
「エリちゃんがね、リクにぃが来てから、みんな変わった。ママの花畑もまた咲くかも……でも、怖い敵が来たら、私も戦うよ、だって」
少し沈黙が流れ、クラリスは湯面を見つめる。
「姉さん……ルナと焚き火を囲んだ夜、彼女はいつも歌っていた。火は心を温めるって。魔王軍にいた頃、こんな穏やかな時間はなかった。たくさんの人を傷つけて……こんな場所にいる資格なんてない気がするんだ」
リリィは優しく微笑む。
「私もリクをたくさん傷つけました。でも、もう二度とそんなことはしないって。これからはみんなでいっぱい幸せを作ろうって、そう決めたんです」
クラリスは湯を手で掻き混ぜた。
リリィは続ける。
「だからクラリスもこれから頑張ればいいんです」
「……そうかな。あたし、初めて帰る場所ができた気がする」
クラリスの手が湯面をパシャッと叩く。
「はい。クラリスと一緒なら、きっともっと明るくなりますね」
柔らかな会話が、戦いの疲れをゆっくり癒していった。
一方、村ではエリが無邪気に跳ね回っていた。
「丘の上でお花摘んでくるー!」
急に飛び出した少女を、リクは慌てて追いかける。
「エリ! 一人で危ないぞ!」
エリがにこやかに振り返る。
「リクにぃ、しつこーい!」
丘の花畑にたどり着くと、少女は花冠を作り始める。
息を切らした彼がようやく追いつき、「帰るぞ」と言いかけた瞬間――
「ほら、リクにぃ! 花冠似合う?」
頭に花冠を乗せる彼女に、彼は慌てて手を伸ばす。
「ありがとう……って、危ねえっ!」
少女は嬉しそうに「もうちょっと花欲しい!」と茂みに飛び込む。
ところがその茂みは、なんと温泉の岩場に繋がっていた。
湯気の中、突然甲高い叫びが響き渡った。
「誰!?」
クラリスの琥珀の瞳が光り、湯から半身を起こす。
エリは後ずさりながら元気よく指を差した。
「わっ、クラリスお姉ちゃんだ!」
その拍子に、後ろにいた彼がバランスを崩し、岩場にドサッと転がる。
「リク!?」
「ち、違う! エリが勝手に……俺、覗く気なんて!」
リクは必死に弁明する。
湯の中でリリィは顔を赤らめる。
「リク、ほんとタイミング悪いね……」
エリは指を差して喜んだ。
「リクにぃ、顔真っ赤ぁ!」
クラリスは髪をかき上げ、冗談めかして言う。
「ったく、仲間になるの考え直そうかしら?」
彼は焦って頭を抱える。
「頼む、誤解だ! クラリスが必要なんだよ!」
彼女はにやりと唇を歪めた。
「ふん、冗談よ。……でも、次やったら許さないから」
湯上りに、クラリスは濡れた髪を拭きながら歩いていた。
リクが後ろから追いかけ、気まずそうに頭をかく。
「クラリス、さっきの……ほんと、悪かった! エリが突っ走っただけで」
彼女は振り返り、金色の瞳を細める。
「次は鼻の頭、焦がすわよ」
彼は苦笑した。
「でもさ、クラリスが来てから、みんな楽しそうだ」
彼女は頬を染めて、そっぽを向く。
「昔のあたしなら、こんな村、焼き払ってたかもしれないのに」
彼女の声は小さく、過去の影がちらつく。
彼は静かにほほえんだ。
「俺一人じゃ、あの戦いで連れていかれてた。クラリスが支えてくれたおかげだ」
彼女は頬を軽く染め、リクを見つめる。
「あたしだけの力じゃないわ」
彼も真剣な目で彼女を見た。
「だから、これからも一緒に戦ってほしい」
二人の間に小さな絆が灯った。




