第十四話
夕暮れの村に、焦げた土と汗の匂いが漂っていた。
広場では、村人たちが折れたバリケードを片付け、疲れの中にも希望を浮かべている。
「このままじゃ、魔王軍にやられるわね」
焚き火のそばで腕を組んだクラリスが、金色の瞳でリクを射抜く。
彼女の赤髪が火の光にそよぐ、その表情には疲労を押し隠した強い意志が見えた。
「リクのスキルも、私も、このままじゃ持たない。特訓よ!」
少年はコンソールを閉じ、彼女の真剣な視線に応える。
「確かに……あの暴走、なんとかしないと」
そばにいたリリィが杖を強く持つ。
「私も、もっと役に立てるはず。クラリス、協力するわ」
エリが、瞳をきらめかせた。
「お姉ちゃん、すごい魔法見せてよ! 私も応援する!」
ガロンがエリの肩を支え、槍を肩に担ぐ。
「再建は俺たちに任せな。力を磨いてこい、リク」
少年の胸に温もりが広がる
「よし、やってみるか」
クラリスが眉を上げ、にやりと唇を歪める。
村の北、丘陵地帯。
リクはこれまでの戦闘データを解析した。
「コードエディットは魔力不足で暴走する。制御の精度をどうにかしないとな」
指でログをなぞる。
「コンソールが赤くなるのは、土や闇の魔物を対象にしたときだ。逆に、リリィやクラリスに魔力を流すときは青くなる。……この赤いとき、シャドウゲイズや呪術兵のときも出たな。まさか、魔王と関わったときは必ず出るのか?」
クラリスが腕を組み、金色の瞳を光らせた。
「リクが壁を作ったとき、ヴァルスの魔力を感じたわ。無理やり世界をいじったせいで歪みが生まれ、そこから敵が送り込まれてきてる気がする」
少年は呪術兵との闘いを思い出す。
「コードをいじると、狙われるリスクが高まるな。地形操作は、当分控えた方がよさそうだ」
彼はログを遡り、リリィをちらりと見た。
「リリィ、祈りを強化したとき、俺、魔力をほとんど使ってなかった。どういうことだ?」
彼女は答える。
「わからないけど……祈るときは、神様に抱かれているみたいに心が軽くなるの。だから、あれは私の魔力じゃなくて、神様の力なのかもしれない」
クラリスが片眉を上げる。
「神様ねえ? そいつが魔王軍を焼き払ってくれるなら助かるけど? ……とにかく、ヴァルスへの対策はちゃんと考えなさいよ」
訓練が始まった。
リクが《魔力譲渡プロトコル》を起動すると、魔力がクラリスに流れ込む。
彼女が杖を振ると、火焔が渦を巻いて膨れ上がり、近くの枯れ草に飛び火した。
「まずい!」
少年はコンソールを急いで停止した。
焦げた草から煙が立ち上る。
「くそっ、魔力の流れが不安定すぎる!」
クラリスが額の汗を拭い、皮肉っぽく笑う。
「派手な花火ね。魔王軍を驚かせる前に、辺り一帯を焼き尽くすつもり?」
リリィが穏やかに提案する。
「魔力の流れを整えてみる。リク、タイミングを合わせて!」
二度目の試行。
少年が魔力の譲渡を再開し、クラリスの炎が再び渦を巻いた。
リリィが魔力の輪郭を抑え込む。
「まだだ!」
リクが出力を微調整し、三度目でようやく火の勢いが安定した。
三人の視線が交差し、息の合った手応えが伝わる。
リクの指がコンソール上で震え、汗が額をつたう。
やっと掴んだ制御の感覚に、胸が高鳴っていた。
「悪くないわね」
クラリスは余韻に浸る。
「この感覚……忘れないようにしないと」
リリィが息を吐き、杖に額を寄せる。
「これなら、ヴァルスにも一矢報いられるかも」
リクが小さく呟き、クラリスが満足げに頷いた。
訓練の終盤、リクが新たなテストを提案する。
「小規模なコードエディットを使ってみる。魔力制御できれば、暴走を防げるはず」
少年がスキルを発動する。
コンソールが赤く瞬き、周囲に歪が現れた。
《警告:外部干渉を確認》
歪から現れたのは、二体のダスク・ボア。
黒い毛皮に紫の霧を纏い、鋭い牙のイノシシ型魔獣だ。
クラリスが語気を荒げる。
「あたしは簡易詠唱だけ行うから! あなたたちで強化してみなさい!」
少年がにやりとする。
「これくらいなら、訓練の成果を試せるだろ! やってやる!」
戦闘が始まる。
一体のボアが咆哮し、光の霞を吐き出す。
崩れかけた壁に絡んだ木が軋む。
「まずいわ! 攻撃が見えない!」
クラリスが魔法陣を展開する。
もう一体のボアが地面を叩き、土が爆発的に跳ね上がる。
土煙の中から牙がリリィを狙うが、彼女が祈りを込める。
ボアの動きが鈍るが、すぐに牙を振り回し、再び突進してくる。
リリィは杖を掲げ、聖句を唱える。
「光よ、守れ!」
淡い聖光の盾が展開し、ボアの突進を弾く。
衝撃でリリィが膝をつく。
クラリスが杖を掲げる。
「紅き灯よ、掌に集い、敵を穿て――《フレア・スパーク》!」
炎がボアに直撃するが、厚い毛皮が熱を散らし、ボアは向きを変えて突進の構えを見せる。
「ちっ、効きが悪い!」
少年がコンソールに指を素早く滑らせる。
「魔力譲渡実行!」
リクから魔力がクラリスに流れ込む。
「リリィ、撃つ瞬間に祈りを合わせて!」
彼女が立ち上がり、杖を掲げる。
「燃えろ、回れ、穿て――《ファイア・スピン》!」
クラリスの烈焰が螺旋を描き、リリィがその輪郭を強化。
業火は生き物のようにうねり、一体のボアの側面を焼き焦がす。
さらにリリィが神聖な力を放ち、ボアの動きを鈍らせる。
「今だ!」
リクがボアの死角を狙い、身を低くして短剣を構える。
素早くボアの足元に飛び込む。
クラリスが杖を振り、烈焰の刃がボアの首を貫く。
もう一体が突進してくるが、リリィの光がボアの目を眩ませ、クラリスの第二の炎が直撃。
静けさが訪れ、少年は息を吐いた。
「制御できた……これなら、次はもっと強い敵にも対応できる」
クラリスが杖を下ろし、汗を拭う。
「これなら、まだ戦えそうね」
リリィが言う。
「私たちの力、ちゃんと一つになったね」
その瞬間、コンソールが激しく点滅する。
《異常検知:高エネルギー反応接近》
「これは……!」
クラリスが森の奥を睨む。
「ヴァルスの気配だ。すぐそこまで来てる」
村に戻ると、ガロンが槍を握りながら言った。
「リク、森の奥からとんでもないうめき声が聞こえてきた。嫌な予感しかしねえぞ」
エリが怯えながらも笑う。
「また敵が来るの? でも、私、怖くない! リクにぃを信じてるから!」
リクは決意を固める。
「次は何が来ても、絶対に護る」
クラリスの金色の目が焚き火の光に揺らめいた。
「なら、あたしも本気だ。紅蓮の魔女として、ヴァルスに借りを返す」
森の奥から風が吹き、強大な魔力が不気味に脈打った。




